20話 姉ちゃんと義妹は同い年
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部屋でパソコンをしながら、のんびりとくつろいでいると、アンさんがお茶を出してくれた。
同室で過ごすのは少し気が引けるが、こういう特典はありがたい。
コンコン。
扉が叩かれ、二人の女性が入ってくる。
イーリスさんとリネットさんだ。
「フーカお兄様、聞いてくださいまし!」
リネットさんは僕の正面に立ち、テーブルをバンと勢いよく叩く。
「へ? な、何? ん? お兄様?」
「あのアノンとかいう者は、なんなんですの! ユナハは自治領です。第一騎士団であろうと許可なく入ることはできませんのに、理由を聞いても、「我らはシャルティナ皇女殿下のもとに馳せ参じた騎士である。入らせてもらう」と言い張るのみ。そこで、シャル様に確認を取りましたら、とんでもないことを聞かされましたわ!」
「とんでもないことって、まさか……?」
「はい、雇った襲撃者との打ち合わせを間違えて、シャル様を救出することに失敗し、諦めればいいものを護衛と称して押しかけて来たというではないですか! アノンという者はバカなんですの?!」
アノンの様子から、そんなことだろうとは思ったが、シャルも証拠を掴んだのなら、僕にも教えて欲しかったな。
しかし、どうやって調べたのだろう?
それにしても、自分で提案しただろう打ち合わせを間違えるなんて、間が抜けているにもほどがある……。
「もしかして、アノンをアルセに入れちゃったんですか?」
「入れません、入れるものですか! シャル様からの「護衛は不必要」とのお言葉とともに強くお断りしました」
「なら、良かった!」
彼女は再びテーブルをバンと勢いよく叩く。
「良くはありません! あのバカは、言うに事欠いて、今度は、お姉様がオイゲン・フォン・レクラムの妻になることも、アルセはレクラム領となることも決まっているのだからと言い放ち、ならば、我らをアルセに入れるのは当然ではないかと言い出したのですよ! そんなことを言われて、フーカお兄様は、将来の旦那様として黙っておられるのですか?!」
「でも、イーリスさんとの婚約はさっき決まったばかりだし、今は僕の正体がバレてもダメでしょう。それに、リネットさんのことだから、それなりの反論をしてくれたのでしょう」
「もちろんです! お姉様がレクラム伯爵の妻になることは、この世界が滅びようともありません! と言ってやりましたわ!」
「ありがとうございます」
「いえ、当然のことですわ。でも……」
まだあるのか……。
「あのバカは……あのバカは……、「妹殿がそんなことを言っているようでは、ラート伯爵の行き遅れに拍車がかかりますな!」とお供の数人の騎士団員と、高笑いをしたのですよ! お姉様とフーカお兄様のことは極秘ですから、言い返せないのが、とても悔しくて……悔しくて……」
彼女は椅子に座り、泣き出しそうなのを堪えていた。
そんな彼女にイーリスさんは優しく微笑んで、彼女の頭を愛おしそうに撫でていた。
最後の言葉は、さすがに僕も悔しい、何か仕返しができないかと考えてみるが、何も浮かばない。
ヒントがないかと部屋を見渡すと、何だか怒っている様子に見えるアンさんが目に留まる。
「アンさん、何か怒ってる?」
「いえ、そうではないのですが、ただ、癪に障ることを思い出してしまい、ちょっと、イラッとしてしまいました。不快を与えたのなら申し訳ありません」
食事の時に、ケイトの手元にフォークが刺さった光景を思い出した……。
「いやいや、謝ることじゃないよ! アンさんがイラッとするなんて、相当なことだと思うしね」
「いえ、大したことではありません」
彼女もストレスが溜まっているのだろう? まあ、火種はケイトだと思うけど。
何かうっぷんを晴らせる事があればいいんだけど……。
アンさんの強さなら、第一騎士団に勝てるのかな? まあ、八つ当たりなんだけど、彼女と僕たちからすれば、気に食わない相手だし、彼女がアノンたちをこてんぱんに打ちのめすことで、ストレスを解消できればいいんだけどな。
ただ、彼女には、怪我をさせたくはないし、どうしたものかな……。
「アンさん、変なことを聞いてもいいかな?」
「何でしょうか?」
「アンさんは、第一騎士団に一人で勝てる?」
「余裕です!」
「えっ……。余裕なの?」
「シリウスが団長だったころでは無理ですが、今の連中は自分たちは強いと思い込んでるだけの烏合の衆ですから、先日の闇ギルドたちよりも弱いと思います」
そんな連中が、第一騎士団でいいのか……。
「あはは……。そうなんだ。闇ギルドよりも弱いって……。何のためにあるの?」
「さあ? 何のためにあるんでしょうね?」
アンさんも首を傾げちゃったよ。
「何か企んでますね」
イーリスさんが楽しそうに視線を送ってくる。
「企んではいないけど、アンさんのストレス解消のために、第一騎士団には犠牲になってもらおうかなと……。ただ、アンさんには傷ついて欲しくないから、どうしようかなと……」
彼女たちの目がキラッと輝いた。
「どういったことをお考えですか? 私のことは気にせずに教えて下さい!」
アンさんが前のめりになって迫ってくる。
何だか、彼女が一番乗り気のようだ。
「シャルの警護に就く条件として、アンさんに勝つ……アンさんの試練に耐えるとかのほうがいいのかな? アンさんには、第一騎士団をこてんぱんに打ちのめして欲しいんだけど、相手は三〇人もいるから、どうしようかなと考えてます」
「それなら、一対三〇、いや、アノン卿を入れた三一で、私と勝負をし、勝つか生き残れた者が一人でもいたら第一騎士団の護衛を認めましょう」
アンさんの目がとっても生き生きしていて、逆に怖い。
イーリスさんとリネットさんは、ウンウンと頷いて満足していた。
「彼らには、引き返すしかないほどのダメージを与えて欲しいんだけど、木剣だと無理だよね……」
「普段は、刃を潰した剣で訓練を行うから大丈夫です。木剣を使うのは新人だけです。フーカ様とレイリアの時は、その、フーカ様に怪我をさせないための配慮だったのですが……」
アンさんが困った顔をする。
「そ、そうなんだ。アハハ……」
配慮されていたのに、怪我をしてのびてしまったことが恥ずかしい。
「本当なら、アノンとアンさんで勝負をして欲しいけど、勝ち目がないと、こっちの条件にのらないだろうからね。アンさん、ごめんね」
「いえ、うっぷんを晴らすのにはちょうどいいです。さっそく、準備をしなければ! フーカ様、失礼します」
まだ、提案の段階なのに、アンさんは笑顔で部屋を出て行ってしまった。
彼女の中で、この提案の実行が決定したようだ。
シャルに相談もせずに決まってしまったけど、あとで怒られないかな……。
「そう言えば、リネットさんは、アノンのことを呼び捨てにしてたけど、彼を知らないの?」
「いいえ、知っています。宰相のところのボンクラは有名ですわ! 面識はありませんが、いつも、自分は宰相の孫だと吠えていますから。それに、あんな失礼な男に敬称を付ける必要はありませんわ! そもそも、近い将来、敵として討つことになるのですから。フフフフフ」
リネットさんは、口を手で隠して笑った。
自分の手でアノンの首を取る気でいる彼女に、ゾッとしてしまう。
「フーカお兄様、そんなに怖がらないで下さい。戦争の時は、残念なことに、私は本陣で指揮を執る役目ですから、戦場に出たり、実戦はさせてもらえませんわ」
「そ、そうなんですか」
戦場に出たら、率先して戦いそうで怖いよ。
「ん? さっきから気になっていたんですけど、その、お兄様という呼び方は、変えてもらえませんか?」
「どうしてですの? お姉様の旦那様なのですから、お兄様ですわ!」
「そうなんですが、失礼ですけど、リネットさんは、僕よりも年上ですよね?」
「ええ、二〇歳ですが、そんなことは些細なことですわ」
姉ちゃんと同い年じゃないか! こんなことが姉ちゃんに知れたら……絶対、妹っぽく演じて絡んでくる。
それに、先ほどから、とてつもなくむずがゆい感覚が襲っている。
「僕が落ち着かないので、他の呼び方にしていただけませんか?」
「では、フーカお兄ちゃんとお呼びしますわ」
「へ?」
もっとおかしな呼び方にされてしまった……。
「お兄ちゃんは、もっとダメです!」
「フーカ兄貴、フーカ兄、フーカ兄上……似合いませんわね。難しいですわ」
彼女は本気で悩んでいるのだろうか? その選択肢は、すべて間違っている……。
「その、兄から離れてもらえませんか……」
「なるほど。確かフーカお兄様は異世界から渡ってきたのでしたわね。ですから、違和感を感じているのですわ。ですが、こちらでは普通のことですよ」
その言葉を聞いて、イーリスさんに目を向けると、困った顔をしていた。
彼女の顔色で真実は分かったが、ただ、本人がそう呼びたいだけか? または、僕をからかって遊んでいるのか? リネットさんの様子からは、全然読み取れない。
「リネットさんは、僕の姉と同い年なので、生理的に受け止めきれないんです」
「あら、それなら諦めるしかないのですね。とても残念です。せっかく、可愛らしいお兄様が出来て、いっぱい甘えたり、イチャイチャしてみたかったのですが……」
僕の想定の遥か上の答えが返ってきたよ。
兄に飢えてたようにしか見えない。もしかして、ブラコンなのでは……。
誰かさんと被って、少し身震いがする。
「それでは、どうしましょうか? うーん……。何も思いつかないので、皆様に合わせて、フーカ様とお呼びすることにしますわ」
「はい、それでお願いします」
僕と彼女の会話を聞いていたイーリスさんは、いつの間にか両手で口を押えて、笑いを堪えていた。
「プフッ……。ハァ。では、アンと第一騎士団の勝負の件は、私とリネットで、シャル様に話しておきますね」
「お願いします。あれ? シャル様? イーリスさんは、殿下と呼んでましたよね」
「ええ、もう、皇女ではなく、同じ人の妻になるのだから、殿下と呼ぶのを止めるように言われまして……」
「そうだったんですね」
イーリスさんと婚約したことを実感させられる。
「「フーカ様、おやすみなさい」」
二人は部屋を去って行く。
二人がいなくなると、どっと疲れが押し寄せてきた。
何だか、姉ちゃんの相手をしていた……させられていた頃の懐かしい疲れ方だ。
イーリスさんの弟さん、確かクリフさんだったかな、彼はリネットさんにどう接しているのだろう……。
首都ユナハで話す機会があれば、是非とも聞いてみたい。
兄妹と姉弟では違うかもしれないが、何か助言してもらえたらいいのだけど。
ふと、イーリスさんもブラコンだったりしないよね……そんなことが思い浮かぶ。
彼女に限って、ないと思う……思いたい。
でも、リネットさんを見ているだけに否定ができなかった。
その後、アンさんが戻ってくるのを待っていたが、彼女はなかなか戻ってこない。
今日一日で、イーリスさんとの婚約が決まり、さらに、姉ちゃんと同い年の義妹まで出来てしまった。
よく考えてみると、ミリヤさんとレイリアにも兄弟がいるかもしれない。
特にミリヤさんはハイエルフだ。
どれだけ兄弟がいるのかも分からないし、そもそも、ハイエルフと人族の結婚って許されるのか? 何だかおおごとになる予感しかしないのは何故だろう……。
色々と考えを巡らせていた僕は、いつの間にか眠ってしまった。
◇◇◇◇◇
朝日がカーテンの隙間から差し込んできて、僕は目が覚めた。
ソファーからベッドに移されていることから、アンさんは戻ってきたようだ。
しかし、彼女のベッドを見ると、そこに彼女の姿はなく、ベッドは奇麗に直されていた。
すでに、部屋を出て行った後らしい。
一声かけてくれればいいのに。
とっても張り切っている彼女の姿が目に浮かび、思わずにやけてしまう。
僕も早く着替えてしまおうと、用意されていた服を手に取る。
……。
確認のために服を広げてみると、やっぱり、メイド服だった……。
ヒラヒラと、何かが落ちたので拾うと、質の悪い紙に『アノン卿にバレないように、この服に着替えること。シャルティナ』とメッセージが書かれていた。
渋々メイド服に着替える。
迷うことなく、すんなりと着替えられてしまう自分が情けない……。
それに、日本では、女子に間違われる事はあっても、女装をさせられることはなかったとを思うと、ファルマティスに来てからのほうが、理不尽に見舞われている気がする。
そして、部屋を出ると、メッセージの差出人の所へ行くべきだろうと、シャルの部屋へと向かった。
彼女に愚痴の一つでも言ってやりたい。
コンコン。
シャルの部屋の扉をたたく。
「どうぞ!」
「おはよう!」
僕は、彼女に挨拶をして部屋へと入る。
そこには、イーリスさんの家族もいるではないか……。
その衝撃が強すぎて、彼女への愚痴が何も出てこなくなった。
「これは、また……」
「まあ。あらあら……」
ラース夫妻は、僕の姿を見て、驚きのあまり、言葉が続かなかったようだ。
「とても可愛らしくて、素敵ですわ! フーカお姉様とお呼びするべき……いえ、お姉様でもいけませんわね。でしたら、妹としてお迎えいたしますわ!」
両手を組んで興奮しているリネットさんに、冗談はやめて欲しいと思った。
だが、彼女の場合は本気かもしれないところが、怖ろしい。
恥ずかしさのあまり、少しうつむいた状態で、シャルのいる机の前に立った。
「えーと、フーカさん、怒らないで下さいね。まだ、フーカさんの正体をバラす訳にはいかないので……」
シャルは、僕が顔を真っ赤にしているのを怒ていると勘違いしたらしい。
「怒っていないよ。ただ、イーリスさんの家族もいたから、恥ずかしいんだよ!」
「そ、そうでしたか……。良かった」
彼女はホッとしていた。
決して、良くはないんだが……。
背後でクスクスとしているケイトは放っておくとして、目を丸くして僕を見つめるオルガさんとヨン君の視線が痛い。
説明をしたかったが、二人が気を使って、何も言わずに視線を外したので、何も言えなくなってしまった。
「アン、シリウス、レイリア、イーリス、ミリヤが頑張って勝負の準備を終えてくれたので、私たちも合流しましょう」
シャルがそう言うと、僕たちは会場に向かうべく動き出す。
城を出ると、馬車が用意されていて、それに乗って移動するようだ。
僕たちが乗ると、馬車は城壁へと向かって走り出す。
城内の敷地で行うと思っていたので、少し驚いてしまった。
「城内で行うと思いましたか? それでは、あの輩を市内に入れてしまうことになりますから、市外に会場を設置しましたわ!」
リネットさんが、僕の思っていたことを当てる。
「そうなんだ。僕は城内の閉鎖的空間なら逃げるのも容易ではないから、思う存分、ボコボコにできると思っただけだから」
「あっ! そんな手があったとは……。私もまだまだ未熟ですわね。フーカ様にはかないませんわ。ホホホ」
彼女は笑ってはいたが、その顔はとても残念そうだった。
「それにしても、フーカさんは面白いことを考えますね!」
「シャル、えげつないとか思ってるんでしょう?」
「フフッ。そんなことはないです。それよりも、ケイトの余計な一言で、少し落ち込み気味だったアンを、あんなに生き生きさせた手腕に感心しただけです」
シャルはニコッと微笑む。
面と向かって微笑まれると恥ずかしい。
「なんか、カザネ様を思い出します。さすが、ご姉弟ですね!」
オルガさんは、別の意味で微笑んでいた。
そして、僕たちは、馬車の中で、楽しく、和やかなムードを共有しつつ、用意された会場へと向かうのだった。
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誤字脱字、おかしな文面がありましたらよろしくお願いいたします。
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