196話 お礼はうな重
銀行の周辺には警察の規制線が張られてしまったため、銀行員は規制線を迂回するように車を走らせて、自宅まで送ってくれた。
「「「「「ありがとうございました」」」」」
((ありがとう!))
車を降りた僕たちは、送ってくれた二人の銀行員にお礼を言う。
「いえ、こちらこそありがとうございました。おかげで銀行に被害がありませんでした。本当にありがとうございました」
「ありがとうございました」
僕を乗せた車を運転していた銀行員が、逆にお礼を述べて頭を下げると、二台目を運転していた銀行員も、彼の後に続いて頭を下げた。
そして、二人は運転席に乗り込み、僕たちに軽く頭を下げてから、ゆっくりと車を走らせる。
僕たちは二台の車に向かって手を振り、その車体が見えなくなるまで見送った。
僕は家の中に入り、「ただいま!」と声を掛けるが誰も出てこない。
皆も僕の後から入ってくる。
「「「「「ただいま戻りました」」」」」
皆の声にも反応がない。
((ただいまー!))
ドタドタドタ。
「あら、お帰り! なんか、銀行で強盗事件があったらしいわよ。あんたたちは大丈夫だったの?」
金ちゃんと銀ちゃんの念話には反応した母さんが、大きな足音を立てて現れると、すぐに銀行強盗の話しを出して、僕たちを心配していた。
「「「「「……」」」」」
僕たちは沈黙する。
「ちょっと、あんたたち、何かやらかしてないわよね?」
母さんは、僕と姉ちゃんをジッと見つめる。
「えーと、やらかしてはいない……かな?」
「そうそう、少し巻き込まれただけ」
僕が答えると、すかさず、姉ちゃんがフォローに入ってくれた。
「巻き込まれただけって……ハァー。まあ、とにかく上がりなさい」
母さんは、僕と姉ちゃんを怪しむ目で見つめながら、溜息をついた。
リビングに入ると、爺ちゃんと婆ちゃんがお茶をすすりながら、ニュース番組の放送を食い入るように見つめていた。
「只今、銀行強盗を行った容疑者たちが、警察官たちによって連行されてきました」
テレビから女性リポーターの声が聞こえてくる。
「あっ、人質にされていた方々も、救急隊と警察官たちに護られるようにして出てきました。人質にされていた方々に話しを聞くため、移動したいと思います」
女性リポーターは黄色のテープのギリギリまで近付き、出てきた人質だった人たちにマイクを近付けてインタビューを始めた。
「大丈夫ですか? 中では何があったのですか?」
「神社のお狐様が現れて、助けてくれました」
「……はっ?」
人質だった女性の一人が答えると、女性リポーターは困惑する。
「あのー。それはどういうことですか?」
「お狐様が強盗を退治してくれたんです」
「は、はあ……?」
再び答える女性に、女性リポーターは頭の上にクエスチョンマークを浮かべて、さらに困惑する。
「きつねさんが、やっつけたの!」
女性と手をつなぐ女の子に、カメラが向く。
「えーと、狐さんが悪い人たちをやっつけたの?」
「そうだよ! たこ焼きを食べながら、美味しそうにやっつけたの!」
「……た、たこ焼き?」
女の子が答えると、女性リポーターは対応が分からず、焦りだしていた。
僕たちは汗をたらしながら、気まずそうに中継を見つめる。
爺ちゃん、婆ちゃん、母さんがサッとこちらを振り返った。
「狐? たこ焼き?」
母さんは、僕たちを怪しみながら口を開いた。
「いや、やむを得ない事情があって……」
「そうそう、あれは仕方がなかったのよ」
僕が答えると、姉ちゃんがフォローに入ってくれる。
「あんたたち、まさか……また、買い食いしたの?」
「「えっ? そっち?」」
母さんの予想外の質問に、僕と姉ちゃんは困惑する。
「そっちじゃないわよ。一人、三、四〇〇円の買い食いでも、この人数だと四〇〇〇円以上になるのよ。分かってる?」
母さんは、僕たちを流れるように見ていく。
「ごもっともです。……でも、そのたこ焼きは、この間の買い物の時に買った物だから、今日は買ってないよ」
「この間の買い物の時って……。ちょっと、そんなの食べて大丈夫なの!?」
僕が答えると、母さんは心配そうに驚いていた。
そう言えば、母さんは、金ちゃんと銀ちゃんの収納魔法の性質を知らないんだった。
僕は母さんに、二人の収納魔法でしまった物の時間が経過しないことなど、詳しいことを説明した。
「何それ、便利ね。ラーメンやアイスみたいに時間が経つと困る物の時は、二人に頼むことにするわ」
母さんは、今後、金ちゃんと銀ちゃんをとことん使う気らしい。
ゾクゾクッ。
金ちゃんと銀ちゃんは、母さんからの熱い視線に気付くと、本能で危険を察知したのか、両腕を押さえるように身震いをしていた。
◇◇◇◇◇
銀行強盗の一件で、街は騒がしくなっていた。
僕たちはほとぼりが冷めるまで、二、三日の間は家の中で過ごすか、外に出ても家の近辺をうろつく程度で済ませていた。
さすがに、皆のフラストレーションも溜まり始めていた。
しかし、この辺りでの銀行強盗は初めての出来事で、街中では事件のことが未だに冷める様子はなかった。
プルルルル、プルルルル――。
僕が何とかしてあげたいと思っていると、家の電話が鳴り響く。
母さんが受話器を取って応対をすると、リビングにいる僕たちにチラチラと視線を送りながら話し続けていた。
ガチャ。
受話器を置いた母さんは、僕の前に来る。
「銀行の支店長さんが、先日のお礼として……」
((金一封!?))
ゴロゴロしていた金ちゃんと銀ちゃんは飛び起きて、母さんの言葉をさえぎった。
「違うわよ。最後まで人の話しを聞きなさい」
((はーい))
つまらなさそうに返事をする二人を、母さんは呆れたように見つめながら、話しを続ける。
「銀行の支店長さんが、先日のお礼として、皆をお食事にご招待してくれるって」
((いつ、いつ!?))
目を輝かせた二人が、母さんに詰め寄る。
「今夜でも大丈夫か尋ねていたから、今夜で受けておいたわよ」
((ヤッフー!))
二人は飛び跳ねて喜びだす。
「「キャキャキャキャキャッ。アオー、アオー」」
そして、いつの間に覚えたのか、きつねのダンスを踊りながら、歌うように雄たけびを上げた。
「きつねのダンス、もう、覚えたんだ」
((違うよ。喜びのダンスだよ!))
「「「「「……」」」」」
僕たちは、否定する二人に呆れた視線を送り続けるのだった。
夕方になると、家の前で車が停車する。
ピンポーン。
そして、インターホンが押されると、銀ちゃんが勝手に応答ボタンを押してしまう。
「ワン、ワン。……ワン!」
彼は目をウルウルさせて振り返り、僕を見た。
(あるじー、しゃべれなかったんだった。どうしよう?)
僕はすぐに彼のそばに行き、代りにインターホンに出る。
「どちら様ですか?」
「今夜の食事会の会場にご案内するため、お迎えに参りました。支店長、伊藤の使いで西岡と申します」
「はい、今、行きますので、少し待っていて下さい」
「かしこまりました」
支店長さんが手配してくれたお迎えが来た。
皆は、バタバタと支度を始める。
「今夜って言っていたのに、何で支度をしてないの?」
「女性には、女性の身だしなみていうものがあるんです」
僕にシャルが言い訳をすると、皆も頷く。
櫛で髪をすく彼女たちを見て、うちに来てから怠け癖がついたのではないかと思ってしまう。
皆の支度が終わって玄関から出ると、門扉の前に二台のワンボックスが停車し、ハザードランプを点滅させて待っていた。
僕たちが出てきたことに気付いた二人の使いの人は、車の後部のドアが自動で開くと、運転席から降りて頭を下げる。
「お待たせして、申し訳ありません」
姉ちゃんは軽く頭を下げて、大人の対応を見せる。
((おー!))
パチパチパチパチ――。
ゴツン、ゴツン。
金ちゃんと銀ちゃんが姉ちゃんを見て、感嘆の声を上げて拍手をすると、彼女のげんこつが二人の頭に炸裂した。
二人は頭を押さえて苦悶する。
スルーすればいいのに、冷やかしなんて入れるから……。
僕たちが銀行の時と同じメンバーに別れて二台の車に乗り込むと、車はすぐに走りだした。
そして、駅のほうへ向かうと、徐々にネオンが増えて明るくなっていく。
僕と同じ車両に乗るシャルたちは、その夜景を見て、明るいや奇麗と言った言葉を何度もつぶやいて感動していた。
車が駅を通り過ぎていくにつれて街灯は少なくなり、道路の両側には木々や畑が増え始め、静けさが漂ってくる。
すると、自然に囲まれた雰囲気を妨げないように、光量を控えたポツンとした看板が現れた。
その看板には、『うなぎ割烹 ながつき亭』と書かれており、矢印も記されていた。
車は、その矢印に従って左折すると、森の中の細い道を進んで行く。
森が開け、広い駐車場が現れると、そこには大きな料亭のような建物が建っていた。
「フー君、ここって、凄く高いお店ですよね?」
ヒーちゃんは声を潜めて、ソワソワした様子で聞いてくる。
「うん、僕もお祝い事の時に一度だけ来たことがあるけど、敷居の高いお店だったことだけは覚えてるよ」
僕とヒーちゃんは、目を合わせて身分不相応なお店を前にして緊張する。
そして、目をキラキラさせている金ちゃんと銀ちゃんが視界に入ると、変な汗が出てくる。
車がお店の玄関先に到着すると、女中さんたちが店内から出てきて、僕たちを出迎えてくれた。
「ようこそおいでいただきました。どうぞこちらへ」
車から降りた僕たちに、女中さんの一人が声を掛け、店内へと案内する。
「よろしくお願いします」
姉ちゃんは言葉を返すが、その顔は強張っており、敷居の高いお店に緊張しているようだった。
案内された部屋は、テーブルが並べられたお座敷だった。
僕たちが現れると、支店長さんがスクッと立ち上がる。
「本日は、先日のお礼として、お食事をご用意させていただきました。ご存分にお楽しみ下さい」
彼はそう言って、ニコッと微笑む。
「本日は、お招きいただき、ありがとうございます」
「「「「「ありがとうございます」」」」」
姉ちゃんが大人の対応で返事をすると、僕たちはその後に続いた。
((ゴチになりまーす!))
ゴツン、ゴツン。
「無作法で、申し訳ありません」
マイペースな返事をする金ちゃんと銀ちゃんの頭にげんこつを落とした姉ちゃんは、支店長さんにペコペコと頭を下げて謝った。
「いえいえ、そんなにかしこまらないで下さい。本日は、先日のお礼ですから、気兼ねなくお料理を楽しんで下さい」
((はーい!))
支店長さんは、元気よく返事をする金ちゃんと銀ちゃんに笑っていたが、僕たちは頭を抱えていた。
席に着いた皆は、お品書きを開くと、うな重やてんぷらなどの料理の写真とにらめっこを続ける。
初めて見る料理で、良く分からないようだ。
クンクン、クンクン。
((僕たち、この匂いのが食べたい!))
「うなぎのかば焼きですね。でしたら、うな重を頼みましょう。特上でいいですか?」
支店長さんが金ちゃんと銀ちゃんに答えると、二人はコクコクと頷く。
僕は特上という単語にビクつき、すぐに値段を確認し、その数字に驚くと、二人を睨みつけた。
((ん? 主? なーに?))
「特上じゃなくて、上にしたら? うなぎは初めて食べるんだから、そんな高級なうなぎを食べても分からないだろ?」
((えー!))
二人は膨れる。
「うな重の上や特上はうなぎの質ではなく、うなぎの量の違いですから大丈夫ですよ」
((そうだよ。大丈夫なんだよ))
こ、こいつら……。
僕は、説明をしてくれた支店長さんに便乗する二人に、イラっとする。
金ちゃん、銀ちゃん、レイリア、アスールさんの四人がうな重の特上を頼み、僕たちは上を頼んだ。
時間が経つにつれ、僕たちの緊張もほぐれていく。
シャル、ケイト、ミリヤさんは和風漂うお座敷の造りを見ながら会話を弾ませ、ミリヤさんとネーヴェさんは席を離れ、飾られている掛け軸や絵、書などを見て回りながら会話を弾ませている。
また、アンさん、オルガさん、リンさん、イライザさんも席を離れ、飾られている甲冑や日本刀、槍などのそばに行き、興味深く眺めていた。
一方で、金ちゃん、銀ちゃん、レイリア、アスールさんはお品書きの料理の写真に釘付けとなり、次に頼む料理を相談しているようだった。
ふすまを開けて数人の女中さんが入ってくると、お通しと飲み物が並べられていく。
姉ちゃん、アスールさん、アンさん、イーリスさん、ミリヤさん、オルガさん、ケイト、リンさん、イライザさん、ネーヴェさんは、ちゃっかりとお酒を頼んでいた。
他の皆は、未成年なのでウーロン茶やジュースだ。
((いただきまーす!))
ポリポリポリ。
((んー、美味い!))
ボリボリボリ。
((んー、美味い!))
金ちゃんと銀ちゃんは、手元に置かれたお通しのお新香とうなぎの骨の揚げた物をパクパクと食べていき、嬉しそうに感想を述べる。
皆は二人に食欲を触発されたのか、お通しに手をつけると、幸せそうな表情を浮かべる。
そんな皆を見て、支店長さんはニコニコと笑顔を浮かべていた。
すぐに重箱が運ばれてきて、皆の前に並べられていく。
蓋を開けると、食欲をそそるタレの香りが漂ってくる。
((いただきまーす!))
バクバクバク。モグモグモグ。
金ちゃんと銀ちゃんは、ガッツくように食べ始める。
(なんとー! フワフワで美味しい!)
金ちゃんが叫びだす。
(このタレだけでも、ご飯を永遠に食べられるよ!)
銀ちゃんが貧乏くさいことを言いだすと、皆から笑い声が上がった。
レイリアとアスールさんは何も言わずに、ただひたすらと黙々と食べ続ける。
「フーカ様! こんなに美味しいものは食べたことがありません。ユナハ国にもうなぎのお店を出しましょう!」
ケイトが僕に提案すると、皆も大賛成と言わんばかりに、うな重を頬張ったまま首を大きく縦に振る。
「向こうにも、うなぎはいるの?」
「……うなぎ?」
ケイトは、根本的なところを飛ばして提案したようだ。
「こういった魚です」
ヒーちゃんはスマホの画面をケイトに見せる。
「んーと、私たちには食べる習慣はなかったですけど、このニョロニョロなら川や湖にいますよ」
ケイトが答えると、シャルもスマホを覗き込む。
「ニョロニョロがこんなに美味しいなんて、知らなかった」
「「「???」」」
シャルの言葉に、僕、ヒーちゃん、姉ちゃんの頭上にクエスチョンマークが浮き上がる。
「シャル? ケイト? ニョロニョロって?」
「この魚の名前です」
「「「……」」」
ケイトが答えると、見たまんまの何のひねりもない名前の付け方に、僕たちは唖然とする。
「おっ、これなら、海に行けばデカいのがいるぞ! あと、うな重、お代わり!」
アスールさんは席を離れてスマホを覗き込んで答えると、うな重も注文した。
((僕も!))
「私も!」
金ちゃん、銀ちゃん、レイリアがアスールさんに続く。
四人の重箱はすでに空で、ご飯粒の一つも残っていないのを見た僕たちは唖然とする。
「アスールさん、海にデカいうなぎがいるって、どれくらいデカいの?」
四人のお代わりを支店長さんが女中さんに頼むと、僕は話しを戻した。
「わしらと同じくらいか?」
アスールさんはネーヴェさんを見る。
「ア、アスール? もしかして、リヴァイアサンのことを言っていないわよね?」
ネーヴェさんは顔を引きつらせて尋ねた。
「おう、それだそれ!」
「おバカ! あれは蛇よ、蛇。そもそも私たちに近しい海の一族よ。アスール、竜族と海竜族で戦争が起きるわよ」
「じゃあ、無理だな」
「「「「「……」」」」」
ネーヴェさんは頭を抱え、僕たちは二人の会話を聞いて、驚愕する。
そんなものを食材にしようとするな!
食事会が終わると、支店長さんはお土産まで持たせてくれた。
そして、ケイトの話しを聞いていた彼は、レジの横で売られていたうなぎのタレを数本買ってくれる。
「こんなに良くしていただいて、本日はありがとうございました。ごちそうさまです」
「「「「「ありがとうございました。ごちそうさまです」」」」」
姉ちゃんが支店長さんにお礼を言うと、僕たちも後に続いた。
((ありがとー! また呼んでね!))
金ちゃんと銀ちゃんは図々しくも、次回を期待する。
「「「「「……」」」」」
僕たちは恥ずかしくなり、黙ってしまうが、支店長さんは二人を見て嬉しそうに笑っていた。
僕たちを送るために、支店長さんが手配してくれた車が到着する。
支店長さんとの挨拶を済ませた僕たちは、その車へと乗車した。
そして、手を振り続ける彼に見送られながら、僕たちは家路につくのだった。
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