194話 銀行強盗
ミリヤさんのおかげで、金ちゃんと銀ちゃんは大人しく座っていた。
そして、羨ましそうに窓口の姉ちゃんたちを見つめている。
僕は大人しくなった二人を見つめながら、この後の街の案内まで、この状況が持つのだろうかと不安を抱きつつ、何処へ案内したら皆が喜んでくれるかを考えていた。
姉ちゃんは、肩から下げた小さな鞄に封筒と通帳をしまうと、シャルたちと一緒に戻ってきた。
これで、やっと銀行から出られる。
僕がそんなことを思っていると、周りのお客さんがざわつき始め、出入り口のほうからこちらに向かって、数人の人たちが逃げるように走ってきた。
すると、黒い覆面に黒いリュックを背負い、ほとんど同じ恰好をした四人が、逃げる人たちを追いかけるように駆け込んでくる。
「キャァァァー!!!」
「だ、誰か! 警察を呼んでくれ!」
逃げている人たちが悲鳴を上げる。
突然の出来事に僕が呆然としていると、駆け込んできた四人と警備員さんを拘束した二人が合流して、六人となった。
僕はジーっと覆面の六人組を見つめる。
覆面をかぶっていたが、体格を見れば男だということは、すぐに分かった。
同時に、この状況から銀行強盗だということも、すぐに分かった。
あーあ。今度はおおごとが舞い込んできた。ついてない……。
僕は、ショックでうなだれる。
金ちゃんと銀ちゃんが余計なことをしていなければ、銀行強盗が来る前に銀行を出ていたのに……。
僕はそんなことを思いながら、何が起きているのか分からず、キョトンとして隣に座る二人を見る。
二人は僕の視線に気付いて振り返ると、首を傾げた。
ジリリリリ。
突然、店内に警報音が鳴り響いた。
ビクッ。
僕、金ちゃん、銀ちゃんの三人は、その音の驚いて身体が反応する。
心臓に悪い。そして、うるさい。
金ちゃんと銀ちゃんは、オロオロと動揺し始めた。
「フーカ様、このけたたましい音は何ですか? それに、あいつらは何者ですか?」
レイリアが警報音に負けないように、僕の耳元に顔を近付けて尋ねてくる。
「この音は警報音で、あいつらは……」
「あっ! これがイベントってやつですね!」
僕の言葉をさえぎり、彼女は勝手に結論を出した。
「違う。違わなくはないんだけど違うんだよ」
「ん? どっちですか?」
((どっち?))
金ちゃんと銀ちゃんも加わり、三人は僕を見て首を傾げる。
「どっちとかじゃなくて、あいつらは銀行強盗だよ。えーと、ここにお金を盗みに来たんだよ」
「なんだ、盗賊ですか」
((なーんだ))
三人は僕の回答に納得する。
えっ? 何? その反応の薄さは? なんだで済むの?
三人の反応に、僕が混乱してしまう。
「それにしても、この音はうるさいですね」
((うんうん。うるさい))
三人は音源を探して、キョロキョロと辺りを見回す。
「おい! うるせぇーぞ! この音を何とかしろ!」
強盗の一人がポケットから拳銃を取り出して、窓口にほうに銃口を突き付けた。
「おっ、よく言った!」
((おっ、よく言った!))
レイリア、金ちゃん、銀ちゃんは声を揃えて、強盗を褒めた。
バカか! 強盗を褒めるな。
僕は呆れて、頭を抱える。
警報音が鳴りやむと、強盗たちは窓口に集まりコソコソと話しながら、こちらを見ていた。
銀行のお客さんたちが、彼らを避けるように自然と僕たちが座る待合席の周りに集まっていたからだった。
「おい、このリュックに金を入れろ!」
強盗の一人が、仲間の物も含めた六個のリュックを、窓口のカウンターに叩きつけた。
他の強盗たちは、一人が警備員さんを押さえつけ、一人がお金を要求した強盗のサポートをするように、カウンター内に向けて銃を構えている。
あとの三人は、僕たちに向かって銃を構えていた。
「おい! 早くしろ!」
恐怖で固まっていた窓口のお姉さんを、リュックを叩きつけた強盗が怒鳴りつける。
お姉さんは指示を仰ごうと後ろを振り返り、男性の銀行員に視線を向けた。
彼は両手を挙げたまま、動揺しているのかオドオドと頼りなさそうにしていて、行動も発言も何もしない。
「時間稼ぎのつもりか!?」
「キャァァァー!」
リュックを叩きつけた強盗がしびれを切らして、窓口のお姉さんに銃口を向けると、彼女の悲鳴が上がった。
「分かった。彼らの言う通りにしなさい」
男性の銀行員を押しのけて、支店長さんが前に出て来た。
お姉さんは支店長さんの顔を見て頷くと、強盗のリュックを抱えて窓口を離れ、奥でまとまっている銀行員たちのもへと向かう。
すると、リュックを叩きつけた強盗が首をクイクイとさせて仲間に合図を送ると、こちらに向かって銃を向けていた三人から、二人がカウンター内に乗り込んで、お姉さんの後をついて行く。
銀行員たちは彼女からリュックを受け取ると、扉の奥へと姿を消し、二人の強盗もその後に続く。
「そちらの要求には応じています。お客様には、手を出さないで下さい」
「分かっている。全員が大人しくしていれば、俺たちも手を出す気はない」
支店長さんがリュックを叩きつけた強盗に向かって頼むと、その強盗はすんなりと要求をのんだ。
「お前たちも今の話しを聞いたな! そこで大人しくしていれば、俺たちは何もしない。分かったな!」
こちらに銃口を向けている強盗が叫ぶと、お客さんたちと僕たちは黙って頷いた。
緊張感が漂う中、僕の鼻に美味しそうな匂いが隣から漂ってくる。
「「「ハフ、ハフハフハフ」」」
さらに、熱いものでも食べている音が聞こえてくる。
嫌な予感を感じながらも、恐る恐る隣を見る。
「!!!」
金ちゃん、銀ちゃん、レイリアの三人がたこ焼きを頬張り、熱そうにしていた。
そう言えば、たこ焼きをしまったまま食べていなかった。……そうじゃない!
「お、お前ら! 何をしてんだ!」
うわっ、強盗にバレた!
「大人しく、たこ焼きを食べてます」
レイリアが答えると、金ちゃんと銀ちゃんもコクコクと頷く。
「大人しくって……。お、おい、……な、なんだ、そいつらは!?」
こちらに銃を向けていた強盗が叫ぶと、他の三人の強盗もこちらに視線を向けて固まる。
えっ? こいつら、金ちゃんと銀ちゃんに気付いていなかったの?
僕は、こんなにも目立つ二人に気付いていなかった強盗たちに、驚かされた。
「「「「「あっ! 私たちの分は食べてないでしょうね?」」」」」
シャルたちは、銀行強盗にあっていることよりもたこ焼きの心配をする。
「食べてません。私たちの分だけです」
レイリアが答えると、金ちゃんと銀ちゃんも頷く。
「たこ焼きのことなんてどうでもいい! 大人しくしていろと言っただろ!」
「だから、大人しくしてますって!」
こちらに銃を向けている強盗が怒鳴ると、レイリアが反発する。
「おい! そこのお前! 何を動いてるんだ!?」
「ん? わしもたこ焼きが食べたい!」
再び怒鳴る強盗に反発したアスールさんは、強盗を無視してレイリアの隣に座ると、彼女のたこ焼きを一つつまんで口に入れた。
「あー! それ、私のたこ焼きです! アスール様の分はあるんですから、そっちを食べて下さいよ!」
パン。
強盗は、こちらに向けていた銃を天井に向けて撃った。
「「「「「キャァァァー!!!」」」」」
「「「「「うわぁぁぁー!!!」」」」」
お客さんたちが悲鳴を上げて、僕たちから急いで離れる。
金ちゃんたちは、動じることもなく平然としていた。
そして、銀ちゃんがアスールさんにたこ焼きを渡す。
パク。
「ハフハフハフ」
アスールさんがたこ焼きのパックの蓋を開けた途端、レイリアが一つつまんで口に放り込んだ。
「あー! わしのたこ焼き!」
「これで、おあいこですよ」
「おい、なめてんのか! この状況でたこ焼きなんてどうでもいいんだ! お前ら、死にてぇーのか!?」
強盗は天井に向けていた銃を、レイリアとアスールさんに向けた。
「だから、大人しくしてますって!」
「そうだ、そうだ!」
彼女たちが反発すると、強盗はイラつくように覆面の上から頭を掻きむしった。
「大人しくしてねぇーだろ! って、そこの……えーと、へんてこな着ぐるみども! 何をシレッと食ってるんだ!」
強盗は金ちゃんと銀ちゃんに銃口を向けるが、二人は口をモグモグさせながら強盗を見つめる。
そして、二人はつまようじでたこ焼きを刺すと、口に運んだ。
「「ハフ、ハフハフハフ」」
「だから、食うな!」
その強盗は困り果てて、リュックを叩きつけた強盗を振り返る。
「兄貴、こいつら、撃っていいっすよね!」
「言いわけねぇーだろ! 落ち着け!」
「しかし、こいつら、俺たちを馬鹿にしてるとしか……」
「いいから落ち着け。たこ焼きを食ってるだけだろ。おめぇーの気持ちも分かるが、こちらに支障をきたしてるわけじゃねぇ。いちいち気にするな」
「は、はあ」
兄貴と呼ばれた強盗は、こちらに銃を向けている強盗をなだめた。
金ちゃん、銀ちゃん、レイリア、アスールさんのせいで、僕のほうが生きた心地がしなかった。
四人はたこ焼きを食べ終えると、何やら物足りなさそうにしている。
また何かやらかすんじゃないだろうか?
僕に不安がよぎる。
耐えきれずに、助けを求めようと姉ちゃんに視線を向けた。
姉ちゃんとその隣にいたヒーちゃんが、頭を押さえてうなだれている姿が目に飛び込む。
二人も僕と同じ心境のようだ。
「あのー、フーカ様? いつまでこうしてるんですか?」
ケイトが声を潜めて、不満そうに尋ねてくる。
「この状況じゃ、どうしようもないから、警察が来るまで我慢してよ」
「警察? マイ様ですか?」
「違うって、日本の警察だよ。マイさんが来るなら、すぐにでも逃げ出すよ」
「まあ、マイ様が来るとなったら、そうなりますよね……」
「「あっ!」」
僕とケイトが声を潜めて話していたのに、姉ちゃんとヒーちゃんが声を上げた。
強盗たちが、こちらをギロッと睨みつける。
「……ま、またお前らか、ハァー」
こちらに銃を向けていた強盗は、頭を押さえて溜息をついた。
「「ごめんなさい」」
「もう、お前らには関わりたくないんだ。だから、大人しくしててくれ」
姉ちゃんとヒーちゃんが謝ると、その強盗は嘆いた。
そして、僕たちに関わりたくないのか、すぐにお客さんたちのほうへ視線を向ける。
その隙に、姉ちゃんとヒーちゃんは、僕のそばに移動してきた。
「フーちゃん、警察が来たらマズいわよ」
「えっ? なんで?」
強盗に聞かれないように小声で話す姉ちゃんに、僕は首を傾げた。
「だって、銀行強盗よ。警察が来たらマスコミも来るし、事情聴取もされるわよ」
「それは、仕方がないんじゃ?」
「馬鹿ね。シャルちゃんたちが密入国者にされるわよ」
「……た、確かに、それはマズい」
異世界から来ているのだから当たり前なのだが、シャルたちには身分を明かすものがなかった。
「それに……」
「まだ、あるの?」
「エルフや獣人のミリヤちゃんたちを、どう、説明するのよ。金ちゃんと銀ちゃんだって、着ぐるみで言い通せないわよ」
「そうだった……。どうしよう?」
僕は、眉間に皺を寄せる姉ちゃんとヒーちゃんを見つめる。
「やるしかないわね」
「それしかありません」
姉ちゃんが決断を下すと、ヒーちゃんも賛成する。
「やるしかって……」
「私たちで強盗をやっつけて、外が騒ぎ出す前に、ここから逃げ出すのよ」
「そうです。警報音が鳴らされてしまっていますから、時間がありません」
姉ちゃんとヒーちゃんは、力のこもった僕を見つめ、決断を迫ってきた。
「うん、分かった。でも、こっちの武器は?」
「皆、金ちゃんと銀ちゃんに預けてるわよ」
姉ちゃんが答えると、ヒーちゃんが頷く。
僕たち三人は、皆に伝えるべく動き出した。
僕たちで強盗を退治することを聞いた皆は、僕の周りに集まって一塊となった。
「それで、フーカ様? あの四人の強盗を先にやりますか? それとも、六人が揃ってからにしますか?」
アンさんが、声を潜めて聞いてくる。
「六人が揃ってからのほうが、お金が入ったことで強盗も油断すると思う」
「分かりました」
アンさんは返事をすると、レイリアたち皆に視線を送る。
皆は黙ったまま盾に首を振った。
「六人が揃ったら、アンとレイリアが前に出ます。オルガ、リン、イライザは、気配を消して、強盗たちの背後に回って下さい。ミリヤとケイトは、先ほどの店主に事情を説明して下さい。残った私、ネーヴェ様、アスール様でフーカ様、シャル様、ヒサメ様、カザネ様をお護りします」
イーリスさんが作戦を話すと、僕たちは黙って頷く。
((あれ? 僕たちは?))
「……」
顔を覗かせる金ちゃんと銀ちゃんを見たイーリスさんは、困った表情で黙ってしまう。
「えーと、二人は強盗が揃ったら、皆に預かっている武器を返して下さい」
((えっ? それだけ?))
「……」
イーリスさんは、再び困った表情で黙ってしまう。
「……二人は皆に武器を渡したら、アンとレイリアのサポートをして下さい」
((合点承知の助!))
金ちゃんと銀ちゃんは、フンッと鼻息を鳴らして気合の入った顔をする。
「「えっ?」」
一方で、アンさんとレイリアは不安そうな表情を浮かべて、イーリスさんを見た。
「が、頑張って下さい」
申し訳なさそうに答えるイーリスさんに、二人は肩を落とすのだった。
奥の扉から、パンパンに膨れた六個のリュックを持たされた銀行員たちと共に、二人の強盗が戻ってきた。
ガガガガガガ――。
突然、銀行のシャッターが降り始める。
僕は驚き、辺りをキョロキョロと見回すと、時計が視界に入り、一二時ちょうどの時刻を指していた。
昼休業に入っただけだ。問題ない。
シャッターが降りたことに皆も驚き、僕に視線を向ける。
僕は親指を立てて、問題がないことを報せると、皆は縦に首を振った。
そして、強盗が六人揃い、彼らが逃走の準備にかかろうとする隙を見計らって、アンさんたちは、金ちゃんと銀ちゃんから武器を受け取る。
強盗退治の開始だ!
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