192話 眠れない
夕飯の後片付けを終えると、皆は順にお風呂に行く。
うちの浴室は城のように広くないので、多くても三人くらいまでしか入れないため、リビングで順番を待つ者は、テレビを見たり話しをして時間をつぶしていた。
「風和、風音。皆が泊るところは道場でも大丈夫よね?」
先ほどまで、皆に父さんとののろけ話を聞かせていた母さんは、どこかご機嫌な様子で僕と姉ちゃんに尋ねてきた。
「うん、大丈夫だと思う」
僕が返事をすると、「あっ!」と姉ちゃんが何かに気付いて立ち上がった。
「ん? 姉ちゃん? どうしたの?」
「エアコンを入れておかないと、蒸し風呂状態で、寝るどころじゃないわよ」
「あっ、そうだった」
僕も立ち上がると、姉ちゃんは僕を手で制し、一人で道場へと行ってしまう。
「風和たちが買い物に行っている間に、布団は運んで置いたからいいとして、あとは熱中症対策に水とジュースを道場の冷蔵庫に補充しておいたほうがいいわね」
母さんも立ち上がると、テレビを見ていたアンさんとオルガさんに声を掛けて、三人で台所へと向かった。
道場に泊まる準備が終わると、アンさんは金ちゃんと、オルガさんは銀ちゃんと順にお風呂へ行き、戻どってきた。
全員がお風呂を済ませたが、寝るにはまだ早いし、道場が冷えるまでもう少し時間が掛かるので、僕たちはリビングで涼みながら好きに時間を使う。
「風和、風音。明日、皆に街を案内するついでに、銀行でお金をおろしてきて」
「うん、分かった」
「まあ、この人数だからね」
母さんに僕は軽く返事をしたが、姉ちゃんは皆を見てから困った表情で答えた。
「人数的には、あれだけのカレーがあれば明日も持つと思ったのに、ぺろりとたいらげるから、驚いたわよ」
母さんは苦笑する。
「あればあるだけ食べるのが……」
(あう、あわわわわ。ぬおおおお)
「二人もいるから……」
(お、おおおおお。こわわわわ)
「多めにお金をおろして……」
(およよよよ、ぬわわわわ)
「おくわね」
(にょよよよ、くのののの)
ブチッ!
「えーい、うるさい! 何をしてんのよ!?」
姉ちゃんは、会話の間に入ってくる金ちゃんの妙な呻き声にキレて、怒鳴った。
金ちゃんを見ると、彼はマッサージチェアに座って気持ちよさそうに悶えていた。
そして、こちらの視線に気付くと満面の笑みで親指を立てる。
「「「……」」」
彼が嬉しそうに身もだえる姿を見た僕たちは、怒る気力がうせて言葉も出てこなかった。
仕切り直すように、僕、母さん、姉ちゃんの三人は話しを戻す。
「母さん、金ちゃんからの賄賂……」
話しの途中で、母さんが僕をキッと睨む。
「えーと、金ちゃんからの贈り物を換金したりできないの?」
「うーん。物が物だけにすぐには無理よ」
「そうなんだ」
僕が言い方を変えると、母さんは普通に答えてくれた。
「ツバキちゃんに換金してもらえないの?」
姉ちゃんが妙案を出す。
「うーん。してくれるとは思うけど、相手は椿ちゃんよ。こちらの状況に付け込んで、値切ったり、膨大な手数料を吹っかけてくるわよ」
「「あー。そんな気がする」」
僕と姉ちゃんは納得した。
「ハァー。おろすしかないか」
姉ちゃんが結論を出したことで、この話しは終わった。
「さて、皆、そろそろ寝なさい」
母さんは立ち上がり、パンパンと手を叩くと、いつまでも遊んでいる僕たちを促した。
((はーい!))
金ちゃんと銀ちゃんは甘えた声で返事をすると、母さんのそばに行く。
「二人ともいい子ね!」
母さんが二人の頭をワシャワシャとなでまわすと、彼らは嬉しそうにニコッと笑う。
そして、スタスタと階段へ向かう。
「おい! どこにいくんだよ?」
道場とは反対の方向へ向かう二人に、僕は声を掛けた。
((主の部屋))
「なんで、僕の部屋に行くんだよ?」
(お泊りと言ったら、寝る前に何か怪しいブツはないか探すんでしょ?)
金ちゃんは、当然といった態度で答える。
「そんなわけないだろ!」
(あるじー、さては見られちゃ困るブツでもあるんでしょ?)
銀ちゃんが、いやらしい目つきで僕を見る。
「そんなものはない! それと、ブツって言うな! 僕の部屋に、持ってちゃいけない物があるみたいじゃないか!」
((ないの?))
「ないよ!」
僕がはっきりと答えると、二人はチラッと姉ちゃんを見た。
「ね、姉ちゃん? 二人に何を吹き込んだんだよ!?」
「別に何もー。私は知ーらない」
姉ちゃんは誤魔化すように顔を逸らすと、階段を駆け上がって、自分の部屋へと退散してしまった。
逃げた……。
((じゃあ、僕たちもー))
「お、おい、コラッ!」
僕の制止も聞かずに、金ちゃんと銀ちゃんは階段を駆け上がっていった。
あ、あいつらは本当に……。
「キャァァァー!!! あんたたち、何、入って来てるのよ!」
僕が二人の後を追いかけようとすると、姉ちゃんの悲鳴が上がった。
僕の部屋に行くものだと思っていたら、二人は姉ちゃんの部屋に行ったようだ。
((ご、ごめんなさーい!))
二人は血相を変えて、階段を駆け降りてきた。
((うわー。びっくりしたー))
「何をやってるんだよ……」
((テヘッ。間違えちゃった))
「「「「「……」」」」」
僕たちは疲労感に襲われ、無言となった。
「じゃあ、行くよ。おやすみない」
僕は、母さんたちに挨拶をして、道場へ向かう。
「「「「「おやすみなさい」」」」」
((おやすみなさーい))
「「「はい、おやすみ」」」
皆も母さんたちと挨拶を交わすと、僕の後ろをついてきた。
リンさんとイライザさんには、金ちゃんと銀ちゃんがウロチョロしないように、二人を監視してもらう。
母屋からの渡り廊下を進んで道場に着くと、小さくきしむ音を立てる開き戸を開けた。
中からヒンヤリとした空気が流れてくる。
うん、十分に冷えてるな。
中に入ると、人数分の布団が奇麗に並んで敷かれていた。
「好きなところで寝て」
僕が声を掛けると、金ちゃんと銀ちゃんが道場を出て行こうとする。
ガシッ。
二人をリンさんとイライザさんが捕まえる。
「どこにいくつもりだよ?」
((好きなところでって言ったから、主の部屋に行こうと))
「この中の好きな位置って意味だよ!」
((もー。じゃあ、そう言ってよ!))
「言ったよ!」
ハァー。疲れる……。
金ちゃんと銀ちゃんは、並べられている布団のど真ん中を空けて、その両側を選ぶと、コテッと横になる。
なんで、真ん中だけ空けているんだ……?
皆も空いている布団で横になっていく。
僕は皆が布団に入るのを確かめてから電灯を消そうと、壁際に立って待っていた。
布団に入って横になっている皆を見ていると、合宿や修学旅行を思い出す。
パンパン。
((主、ここ、ここ))
金ちゃんと銀ちゃんは、ど真ん中に位置する布団を叩いて僕を呼ぶ。
「電気を消すから、僕は一番最後でいいんだよ」
((電気がついていても大丈夫だよ))
仕方なく、僕は電気を消さずに、二人の真ん中の布団で横になった。
そして、金ちゃんの横にはアンさんが、銀ちゃんの横にはミリヤさんが横になる。
((えっ?))
二人は少し戸惑って、オロオロとする。
「どうしましたか? リンとイライザに、場所を代わってもらいましょうか?」
ミリヤさんがニッコリと微笑むと、二人はフルフルと首を横に振り、大人しく仰向けになった。
リンさんとイライザさんは、一番端で横になっていた。
立場上、中央で寝るわけにはいかないから、アンさんとミリヤさんに二人のことを頼んだらしい。
僕は両側から視線を感じて目を開けると、金ちゃんと銀ちゃんが僕をジーっと見つめていた。
「何?」
((何でもなーい))
「なんか、二人が両側にいると寝にくいから、誰か代わってもらっていいかな?」
どうも落ち着かない僕は、半身を起こすが誰も返事をしてくれない。
再び横になると、金ちゃんと銀ちゃんは、口を押えてニンマリとする。
「何?」
((主のスケベ))
「はあ? 何を言ってるの?」
(誰の隣に移るつもりだったの?)
金ちゃんがいやらしい笑みを浮かべる。
「断じて違う! そんなことは思ってない!」
(そんなこと? そんなことってなーに?)
銀ちゃんもいやらしい笑みを浮かべた。
(主、皆が寝たら、何かする気だったの?)
金ちゃんも加勢し、二人で僕をからかってくる。
「ぬぐぐぐぐ……」
完全に二人のおもちゃにされてしまった。
「二人とも、あまりフーカさんをからかわないの。明日も色々なところに行ってみたいし、さっさと寝ましょう」
((はーい!))
シャルに注意された二人は、すんなりと大人しくなった。
皆は眠ったのか、沈黙が続く。
だが、僕は真上にある蛍光灯が明るくて、なかなか寝付けない。
((主、眩しくて眠れない))
金ちゃんと銀ちゃんが僕に振り向き、文句を言ってくる。
お前らが、つけっぱなしでいいと言ったんだろう。
「分かった。今、電気を消してくるから」
僕は布団から出て、電灯のスイッチがある壁に向かう。
パチ、パチ、パチ。
壁にある複数のスイッチをオフにすると、道場は真っ暗になった。
月明りと街灯の光がすこし差し込んで、その微妙な明るさの中を布団に戻り、横になる。
そして、目をつむると、すぐに睡魔が襲ってきた。
ウトウトとした感覚でいると、両隣でガサゴソと寝返りを打つ音が聞こえる。
((あるじー、寝ちゃった? 眠れないよー))
金ちゃんと銀ちゃんが声を掛けてくるが、眠いので無視する。
((あるじー、寝ちゃったの?))
ペチペチ、ペチペチ。
二人は僕の顔を叩いてくる。
「何するんだよ。僕が眠れないだろ」
僕は声を潜めて、二人を注意する。
((だって、眠れないんだもん))
修学旅行に行くと、必ず二人のようなことをする奴が、数人はいたことを思い出す。
「羊でも数えたら」
((羊?))
「羊が一匹、羊が二匹って感じで数えているうちに寝ちゃうんだよ」
((おー、やってみる))
二人は返事をしてからしばらくすると、数え出す。
(羊が一匹、羊が二匹……。羊じゃないとダメなの?)
金ちゃんが問いかけてくる。
「別に何でもいいよ! 好きなものを数えたら」
(金ちゃんが一匹、金ちゃんが二匹……)
自分のことを数えるの?
(銀ちゃんが一匹、銀ちゃんが二匹……)
銀ちゃんもか……。
((僕たちを匹で数えるな!))
自分たちで数えてたのに、何をキレてるんだ!
「やかましい! 自分たちで自分たちのことを数え出したんだろ! 嫌なら別のものを数えればいいだろ!」
僕は声を潜めながらも、強く言った。
ハァー。つ、疲れる。そして、僕が全然、眠れない……。
(狐が一匹、狐が二匹)
金ちゃんが数え出す。
(狐が三匹、狐が四匹)
そこに銀ちゃんが続く。
二人で数えるようだ。
(羊が……狐が五匹、狐が六匹)
金ちゃんが言い間違えた。
(狐が七匹、八匹、九匹)
銀ちゃんは省きだす。
(ぬぬ。狐が一〇、一一、一二、一三匹)
なんか、金ちゃんが対抗しだした。
(なぬ。狐が一四、一五匹、羊が一匹)
銀ちゃんが羊まで混ぜ出す。
(ぐお。狐が一六、一七匹、羊が二、三、四匹)
(グハッ。羊が五、六、七匹、狐が一八、一九匹、犬が一匹)
対抗する金ちゃんに、銀ちゃんが犬まで混ぜ出した。
こいつら、寝る気があるのか?
(なんですとー。なら、犬が二匹、猫が一匹、羊が八匹、狐が……)
(フッ。犬が三匹、猫が二匹、羊が九匹、狐が……)
((……))
二人は言葉を詰まらせ、そのまま黙ったままだ。寝たのか?
((狐は何匹?))
「「「「「知るか! やかましい!」」」」」
皆は布団から飛び起きて、怒鳴った。
しかし、レイリアとアスールさんだけは、スヤスヤと寝息をたてている。
こんな状況でも寝られる二人のたくましさに、感心してしまう。
月明りの反射だろうか、ギラッとした目でケイトがこちらを見ていた。
「フーカ様が、羊の数を数えるなんて変なことを教えるから!」
睨まれていたようだ。
「えっ!? 僕のせい?」
「そうですよ。フーカさんのせいです。二人は念話を使うんですから、頭の中に二人の数を数える声が聞こえてきて、気になって、全然、眠れません」
ケイトだけでなく、シャルも僕にクレームを入れる。
「そんなことを言われても……」
ドタドタドタドタ。バタン。
僕が言い訳をしようとすると、廊下から複数の足音が近付いてきて、道場の引き戸が力強く開けられた。
「あんたたち、何をやってるの!? あんなことをされたら、眠れなくて迷惑でしょ!」
母さんが怒鳴り込んできた。
その後ろには爺ちゃんと婆ちゃん、姉ちゃんまでもがいる。
金ちゃんと銀ちゃんの念話は、母さんたちにまで聞こえていたんだ。
これは、こっぴどく怒られる……。
母さんのお説教が始まると、爺ちゃん、婆ちゃん、姉ちゃんの三人は、その説教を母さんの後ろで聞きながら黙って頷いていた。
僕たちは連帯責任ということで、全員が布団の上に正座をし、お説教を聞かされる。
犯人は、金ちゃんと銀ちゃんだけなのに……。
コクリ、コクリ。スヤスヤ、スヤスヤ。
金ちゃんと銀ちゃんの念話などお構いなしに、すでに就寝していたレイリアとアスールさんも無理矢理たたき起こされ、正座をさせられていたが、睡魔には勝てずに舟をこいで寝息をたていた。
彼女たちが、一番の被害者かもしれない。
母さんのお説教は続く。
金ちゃんと銀ちゃんは反省をしているのか、口答えをすることもなく下を向いたままピクリとも動かない。
スヤスヤ、スヤスヤ。
二人から寝息が聞こえる。
もしかして……?
僕が二人をよく観察すると、彼らは下を向いたまま、目をつむっている。
あんなに眠れないと言っていたのに、元凶の二人がお説教を子守歌に寝ていた。
「「クカッ!」」
金ちゃんと銀ちゃんはビクッとして、顔を上げるとキョロキョロとする。
そして、口の周りを手で拭いた。
ピキッ。
母さんの額に青筋が浮かんだ。
「あんたたち、もしかして、寝てた?」
感情を抑えるように問いかける母さんに、二人はフルフルと首を横に振る。
「私の説教を聞きながら、寝てたわよね?」
((違うよ。黙とうです))
いや、それを言うなら黙想だろ。
ピキピキ。
言い間違えが、さらに母さんを刺激したのか、青筋が増えた。
「これは、とことんやらないといけないみたいね」
母さんの言葉に、ショックを受けたのは僕たちだった。
再び母さんがお説教を始めると、皆は金ちゃんと銀ちゃんに殺気のこもった視線を送る。
だが、二人は気付くこともなく、下を向いたまま微動だにしなかった。
スヤスヤ、スヤスヤ。
二人から寝息が聞こえる。
まさかと思いながらも二人を見ると、すでに寝ていた。
こ、こつらは……。
そんな中、爺ちゃん、婆ちゃん、姉ちゃんの三人は、お説教が長引くと分かると、そそくさと道場を出て行く。
ズ、ズルい……。
結局、母さんのお説教は、空が青みがかるまで続いた。
お説教を終えた母さんが疲れたように立ち去ると、限界に達していて動くのもおっくうな僕たちは、その場で横になる。
そして、襲ってくる睡魔に抗えず、そのまま眠りに落ちたのだった。
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