188話 ただいま
自宅へと向かって歩いていると、すれ違う人たちがシャルたちを見て目を留める。
そして、彼女たちに見惚れていると、金ちゃんと銀ちゃんが視界に入り、ギョッとしていた。
何だか、色々な意味で目立っているような……。
久しぶりに歩くアスファルトの道は、足の裏に地面の硬さが伝わってきて歩きづらく感じた。
ミーンミンミンミー。
そして、蝉の声に、日本も今が夏であったことを思い出す。
それにしても暑い。
アスファルトからの陽の照り返しと地面の温度が足に伝わることで、より一層暑く感じる。
コンクリートやアスファルトに囲まれていない分、ファルマティスの夏のほうが涼しかった気がする。
この暑さに、皆は大丈夫なのだろうかと心配で視線を向けると、皆の身体が薄い光の幕で包まれていた。
僕は目をこすり、再び確かめると、やはり薄い光の膜で包まれていた。
「なんか、皆の身体が光で包まれてない?」
「暑いから、ミリヤちゃんとケイトちゃんに魔法を掛けてもらって、身体の周りだけ涼しくしてもらってるのよ」
僕の質問に、姉ちゃんが当たり前のように答える。
「何それ? そんな便利な魔法があるの?」
「あるわよ。向こうに一年以上もいて、なんで知らないのよ?」
「なんかあったような無かったような……? とにかく、僕にもかけてよ!」
姉ちゃんが、呆れた顔で僕を見る。
((主は男の子なんだから、これくらい我慢しなよ!))
金ちゃんと銀ちゃんがもっともらしいこと言うが、二人の身体も光の膜で包まれていた。
「お前たちも掛けてもらってるじゃないか!」
((僕たちは、毛におおわれているからいいんだもん!))
二人はプイっと横を向く。
「分かりました。じっとしていて下さい」
ミリヤさんが僕に優しく声を掛けると、手をかざしてくる。
彼女の手が光ると、その光が僕の身体を包んでいく。
スーッとした冷たい風が僕の身体の周りを包んで、火照った身体を冷やしていった。
僕がその涼しさに満足そうな表情を浮かべると、皆は僕を見て苦笑するのだった。
神社から自宅までの距離は、たいして離れてはいなかったが、ガードレールやカーブミラー、ゴミ置き場のネットにまでと、目に留まるものすべてに興味を抱く皆は、何かを見つける度に足を止めるので、なかなか進まない。
「フーカ様、さっきから鉄の盾が落ちているのですが、誰も気に留めないのですか?」
レイリアが地面を指差して、僕に尋ねた。
「鉄の盾?」
僕は首を傾げて、彼女が指差す物に視線を向ける。
「あれは鉄の盾じゃなくて、マンホールだよ。えーと、この道路の下には水の通る横穴があって、そこに入るための竪穴に通行人とかが落ちないように、あの鉄の蓋でふさいでいるんだよ」
「へえー」
彼女は感心するように、マンホールを見つめた。
一方で、皆は空を見上げて、ボーっと何かを眺め出す。
「あれが飛行機でいいんですよね?」
ケイトは、空を横切るように飛ぶ飛行機を指差す。
「うん、そうだよ」
「わしも負けてはいられん。よし、勝負だ!」
アスールさんが声を上げた。
「アスール、やめなさい! こちらの世界でドラゴンに変わったら、自衛隊というのに火砲馬車で攻撃されますよ。それに、巨人が現れて三分以内に倒されますよ」
ネーヴェさんがとんでもないことを口にしながら、彼女をいさめる。
「そうだった。ツバキ様から見せられたあれは、死体も残さず、木っ端微塵にされて惨かった……」
あっさりと納得するアスールさんに、僕、ヒーちゃん、姉ちゃんの三人は、ツバキちゃんが二人に何を見せたのかをすぐに推測でき、顔を引きつらせて二人を見つめるのだった。
皆が興味を抱く物の説明をしながら歩いたせいで、いつもの倍以上の時間をかけて、やっと自宅が見える場所までたどり着いた。
次から次へと質問を投げかけられた僕、ヒーちゃん、姉ちゃんの三人は、懐かしい家を見て、安堵した。
安堵したのも束の間、見知った近所に住む女性が赤ちゃんの乗ったベビーカーを押しながらすれ違い、僕たちに向かって会釈をすると、金ちゃんと銀ちゃんを見て固まった。
頻繁に会う人に見られたことで、僕と姉ちゃんは会釈を返してから、気まずそうに微笑んだ。
「「こんにちは」」
「えっ、あっ、こんにちは」
僕と姉ちゃんは、とりあえず挨拶をすると、彼女は我に返って、挨拶を返した。
「あぶー、ばぁーわぁー。きーたん」
赤ちゃんが意味不明な言葉を叫びながら、ベビーカーから金ちゃんと銀ちゃんへ向かって一生懸命に手を伸ばす。
二人は、その赤ちゃんの手を優しく掴んで、嬉しそうに微笑むと、赤ちゃんも嬉しそうな笑顔を浮かべて、キャッキャと喜ぶ。
「マー君、狐さんだねー。よかったねー」
「きーたん、あだだもー」
お母さんに声を掛けられた赤ちゃんは、再び意味不明な言葉を叫び、さらに喜んでいた。
小さな両手で金ちゃんと銀ちゃんの指をしっかりと握り、離そうとしない赤ちゃんに、二人は感無量といった表情を浮かべる。
((主、マー君、可愛すぎる!))
二人は僕を振り返って、嬉しそうに感想を述べた。
「うん、可愛いけど、そろそろ行かないと」
「あっ、ごめんなさい。ほら、マー君、狐さんの手を離してあげないと、狐さんが困っちゃうよ」
お母さんは僕の言葉を聞くと、赤ちゃんの手をほどくようにして 二人の指からその小さな手を引き離した。
すると、赤ちゃんがぐずりかける。
「マー君、また今度、狐さんに会いに神社へ行こうね」
お母さんはベビーカーの赤ちゃんを抱きかかえると、泣きださないようにあやし始めた。
「なんか、ごめんなさい」
「いえ、大丈夫です」
僕が謝ると、お母さんはニコッと微笑み返す。
すると、金ちゃんと銀ちゃんは、何かを思い出したかのような表情を浮かべると、白衣の懐から二人にそっくりな小さなぬいぐるみを、それぞれが取り出して、赤ちゃんに渡した。
ぐずりかけていた赤ちゃんは、そのぬいぐるみを手に取ると再び喜んだ。
僕たちは、赤ちゃんが泣きださなくて良かったとホッとする。
「あの、いいんですか?」
お母さんが尋ねると、金ちゃんと銀ちゃんはコクコクと頷いて、どうぞどうぞと手を差し出した。
「ありがとうございます」
「では、僕たちは失礼します」
お礼を述べるお母さんに別れを告げて、僕たちは、すぐ目の前の自宅へと向かった。
僕はステンレスの門扉を開けて、皆を敷地へと入れる。
「ここが僕の家だよ」
彼女たちは、見慣れない家屋をまじまじと見つめていた。
((これが主の家か。ちっこくて窓もないし、変な家だね))
金ちゃんと銀ちゃんが正直な感想を述べてくる。
「ちっこくて悪かったな! ん? でも、窓はあるよ……」
僕が二人に視線を向けると、彼らは家屋の脇にある物置を見つめていた。
「アホかー! それは物置だ!」
((えっ!? 違うの?))
「こっちだ、こっち!」
僕は家屋のほうを指差して、叫んだ。
((いやー、主のサイズだと、こっちだと思って))
二人が物置を指差すと、皆が押し殺すように笑い出してしまった。
姉ちゃんとヒーちゃんも笑ってる……。
僕は悔しさと恥ずかしさを抱きながら、不機嫌そうに玄関の扉の前に立つ。
そして、扉を開けて懐かしき我が家の中に入る。
「ただいまー!」
僕は中に入ると、すぐに声を上げた。
すると、奥から母さんが出てくる。
「お帰り」
「母さん、ただいま! それと、この子たちをしばらくの間、うちに泊めるから、よろしく!」
姉ちゃんは、一方的に話しを進める。
「帰って来てそうそう、あんたたちは……ハァー」
母さんは僕たちの人数を見ると、眉をひそめてから大きく溜息を吐いた。
そして、金ちゃんと銀ちゃんジッと見つめて、頬をひくつかせる。
「その子たちを泊めるのはいいけど、それは何?」
金ちゃんと銀ちゃんを指差した母さんは、僕と姉ちゃんを睨みつけるように見つめてくる。
「えーと……」
「フーちゃんの子供!」
僕が言いよどむと、姉ちゃんがとんでもないことを言いだした。
「はあっ!?」
母さんは、大きな声を上げて驚く。
((おばあちゃーん!))
金ちゃんと銀ちゃんは、甘えるような声を上げて、母さんに抱きつこうとする。
ゴツン、ゴツン。ドスン、ドシーン。
母さんは、抱きつかれる前に二人の頭へげんこつを落とすと、サッと身体をひるがえし、頭を押えた二人の腕を掴んで投げた。
二人はクルッと回転するようにして、廊下の床へ叩きつけられ、悶絶する。
「誰がお婆ちゃんよ! 言葉を選ぶ時は、気を付けなさい!」
二人を見降ろすように仁王立ちする母さんを、アンさん、レイリア、リンさん、イライザさんの四人が尊敬の眼差しで見つめていた。
母さんは四人の視線に気付くと、少し照れ臭そうに指で頬をかく。
「風和、風音。ここではなんだから、皆さんには上がってもらいなさい。それと、これも片付けなさい」
ツン、ツン。
スリッパを履いた足で、母さんは金ちゃんの頭を小突く。
二人の扱いがぞんざいなことに、僕たちは苦笑した。
僕は皆をリビングに案内し、適当なところに座ってもらった。
一方で、姉ちゃんはヒーちゃんと共に、金ちゃんと銀ちゃんを抱えるように連れてくると、部屋の端に座らせる。
すると、爺ちゃんと婆ちゃんが、リビングに入ってきた。
「爺ちゃん、婆ちゃん、ただいま」
「「風和、お帰り」」
二人は声を揃えて返事をする。
「えーと、僕の祖父母です」
「「「「「お邪魔しています。お世話になります」」」」」
僕が紹介をすると、皆は姿勢を正すように座り直すと、頭を下げた。
「よろしく。大したおもてなしは出来ませんが、ゆっくりして行ってください」
婆ちゃんは正座をして、小さく頭を下げると、爺ちゃんは黙ったまま、頭を下げた。
母さんが、大きなお盆にお茶とお茶請けを載せて、リビングに入ってくる。
すると、アンさんとオルガさんが素早く立ち、母さんを手伝う。
「あら、ありがとう。気が利くわね」
「いえ、そんなことはありません。当然のことです」
「お義母様、その通りです」
お礼を言う母さんに、アンさんとオルガさんが答える。
((あっ、アン様とオルガお姉ちゃんが抜け駆けを……))
「あんたたちは、黙ってなさい」
姉ちゃんは、ややこしくならないようにと金ちゃんと銀ちゃんをいさめた。
大きなテーブルを囲むようにして、僕たちは座る。
そして、シャルから順に彼女たちは自己紹介を始めた。
最初は微笑んでいた母さんたちは、次から次へと僕の妻を名乗る彼女たちに、顔を引きつらせていく。
「風和、これはどういうこと? あんた、向こうで何をしてたの……?」
シャルたちの自己紹介が終わると、母さんは蔑む目を僕に向けてきた。
「えーと、成り行きで……」
「氷雨ちゃんはともかく、一年の間に、成り行きで九人もの女の子と結婚してんじゃないわよ! 自重ってものを覚えなさい!」
母さんは目くじらを立てて、僕を怒鳴りつけた。
「もう、増やさないから大丈夫だよ」
「バカなの!? これ以上増やされたら、たまらないわよ!」
僕を睨みつけた母さんは、すぐに額を押さえて、呆れるようにうつむくと、姉ちゃんが、「もう、増やさないの……」と言って悲痛な表情で肩を落とす。
((カザネお姉ちゃん、落ち込まないで))
金ちゃんと銀ちゃんが姉ちゃんの肩を優しく叩いてなぐさめる。
(世の中には、既成事実という一発逆転が)
「コラッ、金色! 風音に余計なことを吹き込むな!」
(金色って……)
母さんに怒鳴られた金ちゃんは、色扱いされたことで、姉ちゃんと共に肩を落とす。
そんな姉ちゃんと金ちゃんを、僕たちは苦笑して見つめた。
その後、僕とヒーちゃんが、イーリスさんのフォロー受けながら、今までの経緯を母さんたちに話していく。
母さんたちは、シャルたちと結婚したことは納得してくれたが、ツバキちゃんの神使だと思い込んでいた金ちゃんと銀ちゃんが、僕が生み出した神使だと知ると頭を抱えだしてしまった。
「母さん? 爺ちゃんと婆ちゃんまで……。えーと、その落ち込みは……何?」
「あんたが椿と同レベルだと知ったら、情けなくなって……」
ガーン!
母さんの一言に、僕がショックを受けると、金ちゃんと銀ちゃんまでもがショックを受けていた。
「なんで、あんたたちまでショックを受けてんのよ?」
姉ちゃんは、金ちゃんと銀ちゃんにツッコミを入れた。
((ツバキちゃんの神使だと思われてたなんて……))
「あんたたち、それ、アカネ姉に言ったら、殺されるわよ」
((あっ、今のは無しで))
「……」
二人はアカネ姉ちゃんのことを思い出して、なかったことにしようとすると、姉ちゃんは呆れるように二人を見つめた。
僕たちの話しを聞き終えた母さんは、スクッと立ち上がる。
そして、指を差しながら僕たちの人数を確かめると、金ちゃんと銀ちゃんで、その指が止まる。
「……その二匹も、ご飯は食べるのよね?」
「人一倍……いえ、三倍以上は食べます」
アンさんが答えると、母さんは顔をしかめる。
「騒動は起こすし、大食らいだなんて、なんだか、どうしようもない神使ね……」
ガーン!
金ちゃんと銀ちゃんは、ショックを受けてしまった。
「いっちょう前にショックなんて受けてないで、風和と一緒に食材の買い出しに行ってきなさい」
「えっ?」
((えっ?))
僕、金ちゃん、銀ちゃんは母さんを見て、首を傾げる。
「この人数の食事を用意するのに、うちにある食材で足りるわけないでしょ」
僕は納得し、母さんに向かって手を差し出す。
「何? その手は?」
「お金をくれないと、買ってこれないよ」
「あんた、王様なんでしょ?」
「こっちじゃ、ただの学生だよ!」
「学生って……学校に通ってないじゃない」
「いや、それは仕方ないじゃないか……」
知っていて、からかってくる母さんに、僕はふくれっ面を見せる。
「はいはい、ちょっと待ってなさい。えーと、この人数だとおかずをいちいち作っている暇はないから、今日はカレーでいいわね」
母さんは財布を取り出すと、広告の裏に買い物リストを記し出した。
そして、財布と買い物リストを僕に渡す。
結構な量だが、金ちゃんたちの収納魔法があるから大丈夫だろう。
「ん? 買い物に金ちゃんと銀ちゃんを連れて行って大丈夫なの?」
「神職の装束を着ているんだから、また、神社の神様が何かをやりだしたと思うだけで、地元の人は気にしないわよ」
「「「「「……」」」」」
母さんが答えると、僕とシャルたちは絶句した。
ツバキちゃんの存在って、地元の人にバレているというか呆れられている……?
僕は、買い物リストを確認すると、金ちゃんと銀ちゃんと共に買い物へ行こうとしていた。
すると、姉ちゃん、ヒーちゃん、シャル、ケイト、レイリア、アスールさん、ネーヴェさん、リンさんも僕たち三人だけで行かせるのは心配だと、一緒に行くこととなった。
「行ってきまーす」
((行ってきまーす))
「「「「「行ってきます」」」」」
僕たちは玄関を出ると、商店街やスーパーのあるほうへと歩き出した。
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