178話 合流
しょぼんとしている金ちゃんと銀ちゃんが、会議室のテーブル席に座る僕の向かいで大人しく座っている。
その横ではテーブルに肘をついたリンさんが、眉間を押さえて苦悩していた。
何故なら、彼女が二人のお仕置きをすると、彼らは子供のように泣きじゃくって謝り、この城から盗んだ物を、全て彼女に差し出したからだった。
今、その品々はテーブルの上に積み上げられている。
金や銀の宝飾品から見ただけで高価と分かる花瓶など、貴重品だらけだ。
「家具や調度品を見つけに行ったのに、兵士の報告では家具から貴重品が盗まれたって言っていたからおかしいとは思ったけど、こんなにがめていたとは……。ダリアスたちが必死に盗賊たちを捕まえようとするのも分かる気がする」
((ごめんなさい))
二人はシュンとする。
「フーカ様。これ、どうしますか?」
リンさんは疲れた表情で僕を見る。
「返しに行くわけにもいかないし、かといってこのままじゃ、反抗組織じゃなくて盗賊団だよ」
「ですよね。ハァー」
彼女は困り果てた表情で目の前の財宝を見つめた。
「あれ? これって……」
シャルは財宝の中から何かを摘まみ上げた。
それは宝石が散りばめられた金色の輪っかだった。
「「「「「!!! それって!」」」」」
僕とオルガさん、その場にいた皆も驚く。
「お、王冠ですね……」
シャルは困った表情で告げる。
「なんで、そんな物まで盗ってくるんだよ!」
((何故なら、玉座のそばに置いてあったから!))
「「「「「……」」」」」
皆は、二人の返事に言葉を失った。
目の前の財宝をどうするかという問題は、解決するどころか王冠が現れたことで、さらにおおごととなった。
玉座どころか王冠まで盗られれば、全ての兵士に勅令が下るのも頷ける。
僕たちは財宝を見つめたまま、時間だけが過ぎていく。
僕たちを見かねたのか、マーカリさんは手を挙げて、発言を求める。
「マーカリさん、何かいい案がありましたか?」
「これらは、金ちゃんと銀ちゃんにあげます」
僕が彼に尋ねると、とんでもない回答が返ってきた。
((マーカリ、ゴチになります))
ゴン、ゴン。
((ギャー! い、痛い))
イライザさんがげんこつを落とすと、二人は涙目で背後に立つ彼女を見上げた。
「おまえらは、反省していないのか!?」
((反省してます。ごめんなさい!))
苛立つ彼女に怒鳴られ、二人はすぐに謝った。
「誰のものかは分からなくても、マーカリ陛下にこの財宝を渡せば、いいんじゃないですか? 城内のものなら、マーカリ陛下がおさめていても問題はないと思いますが」
ホレスが発言をする。
「「「「「あっ!」」」」」
財宝の量に、動転していた僕たちは、彼に言われるまで気付かなかった。
「「チッ!」」
「おい! 何、舌打ちをしてるんだ!」
フルフルフル。
イライザさんに睨まれた金ちゃんと銀ちゃんは、首を横に振って否定する。
こいつら、本当に反省しているのか……。
財宝はマーカリさんに渡すということで、メイドさんたちが丁寧に箱へ詰めて持っていく。
金ちゃんと銀ちゃんは、物欲しそうに見つめていたが、全て持って行かれると、ガックシと肩を落とした。
本当に、こいつらは……。
僕だけでなく、皆も二人の様子を見て呆れた。
何もなくなり寂しくなったテーブルに、アンさんとメイドさんたちがお茶を出した。
イライザさんも席に着くと、各々がお茶を口にする。
「リン、現状の報告を」
オルガさんは席に着くと、彼女を見る。
「はい。現在、帝都内には特戦群と偵察部隊、特殊部隊の少数が先行して潜入しています。イライザの部隊とネーヴェ様が率いる部隊も、すぐにここへ合流します」
「ネーヴェさんも来てるの?」
「はい、私たち先行する隊を乗せてきていただいたので」
「アスールさんじゃないんだ?」
「えー、その、アスール様では潜入にならないと、上層部の判断です」
彼女は言いにくそうに話した。
「うん。そうだね」
僕が納得すると、皆も相槌を打つ。
「それで、戦況のほうはどうなってるの?」
「先日の報告では、我が軍はカザネ様とオトハ様が先陣を切り、破竹の勢いで侵攻し、帝都のそばまで迫っています。また、東側から侵攻をしているセレスト様が率いる軍は、帝都のそばまで到着した時点で、帝都を包囲するように展開を開始しています。そして、ファルレイク帝国軍は帝都を防衛するため、城壁の周囲に集結を始めています」
「うん、ありがとう」
彼女の報告が終わると、マーカリさんだけが青ざめた顔で頭を抱えていた。
うーん。何と言うか心苦しい。
皆はマーカリさんを見てから、僕に視線を向ける。
金ちゃんと銀ちゃんは、僕に話しかけろとあごをクイクイとさせてくる。
こ、こいつら……。
「えーと、マーカリさん? 大丈夫ですか?」
「え、ええ。何とか。フーカ様、一つ聞いてもいいですか?」
彼は眉間に皺を寄せて、尋ねてきた。
「ど、どうぞ」
「私の知る限りでは、カザネ様とオトハ様と名乗る方々は、一〇〇年以上前の歴史上の人物なのですが……」
彼には姉ちゃんたちのことを何も伝えていなかった。
「えーと、カザネは僕の姉で、一〇〇年前くらいに撃滅の魔皇帝と呼ばれてて、オトハは僕の従姉で、二〇〇年前くらいに殲滅の女王と呼ばれていた人物です。色々とあって、再びこっちの世界に来てます」
「……」
彼は白目をむいて気を失った。
自国が追い詰められていることではなく、姉ちゃんたちのことを意識していたとは意外だった。
彼が意識を取り戻したら、全てを話そう。
ソファーに運んで寝かせていたマーカリさんが目を覚まし、ムクッと上半身だけを起こした。
「あっ、目が覚めましたか? 大丈夫ですか?」
「ええ。あまりの衝撃に気を失ってしまったようですね。申し訳ありません」
彼がソファーから立ち上がろうとすると、メイドさんたちが駆け寄って肩を貸した。
「ありがとうございます」
マーカリさんは、彼女たちにお礼を言って席に着くと、新しく淹れられたお茶を飲む。
しばらくして、彼が落ち着いた様子を見せると、僕は彼に今までのあらましを話した。
彼は何度も驚きながらも、気を失うことはなく、真剣な表情で僕の話しに耳を傾けていた。
「ん? あのー? 一部、というか、途中から、金ちゃんたちから聞いた話しと違うのですが?」
僕は金ちゃんと銀ちゃんをギロッと睨む。
二人はサッと顔を逸らすと、口笛を吹いて誤魔化した。
「脚色しまくって話したんだろ!?」
(そんなことはないかもしれないかもしれないよね。銀ちゃん)
金ちゃんの言っている意味が、どっちだか分からん。
(うん。脚色はしているようでしていないような絶妙のラインを狙っただけだよ。ちゃんと、僕たちが活躍する話しを、鬼気迫るストーリー展開で話しただけだよ)
銀ちゃんの言っている意味も分からん。
でも、自分たちが活躍してきたように脚色したことは間違いないようだ。
「金、銀。後でお仕置き」
((うっ……))
リンさんの一言に二人は撃沈した。
マーカリさんには、二人の話しは忘れて、僕の話しの続きを聞いてもらった。
すべて聞き終えた彼は、あごに手を当てて考え込んでしまった。
僕たちの今までの話しを聞かされれば仕方がないだろう。
彼が考えを整理できるまで、僕たちは静かにしていることにした。
マーカリさんは、スッキリとした表情で顔を上げた。
それは、彼の中で何か決意が決まったような表情にも見えた。
「ただいま、戻りました」
タイミングが良かったのか悪かったのか、隊長たちが盗賊の捜索から帰ってきた。
((盗賊は捕まえられた?))
「「「「「……」」」」」
金ちゃんと銀ちゃんの言葉に、彼らは唖然とする。
「コホン。この場で容疑者を捕まえましょうか? そうなると、見て見ぬふりをした私も自首しないといけませんが、仕方ありません」
((冗談です。ごめんなさい))
ガシッ!
気配を消して二人の背後に回ったリンさんは、彼らの肩を掴んで顔を近付ける。
「ややこしくなるから、おまえたちは、口を開くな。いいな!」
((ひゃい!))
彼女の冷めた口調に、二人は怯えて固まった。
僕たちは、その様子を見て苦笑する。
マーカリさんは、隊長たちを近くに呼んだ。
そして、僕を見る。
「フーカ様、先ほどの話しを彼らにも伝えてよろしいですか?」
「今後のことを考えると、教えておくべきだと思います」
「ありがとうございます」
彼は隊長たちに話し始めた。
その間、僕たちは離れた席に移り、談笑をして時間をつぶす。
マーカリさんが話し終えた時には、隊長たちは疲労からなのかゲッソリとしていた。
彼らに少し休んでもらってから、僕たちはダリアスたちへの反抗作戦を練るのだった。
◇◇◇◇◇
昨夜は遅くまで反抗作戦を話し合っていたせいか、まだ少し眠い。
僕はけだるい身体を無理矢理動かして身支度を終える。
そして、会議室へ向かうと、皆は朝食を摂っていた。
僕はシャルやマーカリさんたち皆に「おはよう」と挨拶をしながらテーブル席に座る。
食事を終えた者や用事のある者が僕に声を掛けてから席を立つと、僕だけが取り残されてしまった。
すると、オルガさんが朝食とお茶を持って現れた。
「オルガさん、ありがとう」
彼女はニコッと微笑むと、調理場へ戻って行く。
元は地下牢だから仕方がないが、会議室と食堂が兼用だと、少し手狭な気がすると思ってしまう。
朝食を摂っていると、オルガさんが調理場の奥からゾロゾロと大勢の人を連れてくる。
「フーカ様、ネーヴェ様たちが合流されました」
「う、うん」
まだ、食べている最中なのに……。
僕はパンをくわえながら返事をした。
「お食事中でしたか。申し訳ありません」
ネーヴェさんが頭を下げると、彼女の後ろにいるグリュード竜王国の兵士たちと特戦群の者たちも頭を下げた。
「すぐに食べるから、少し待ってて」
「私どものことは気にせず、慌てずにゆっくりと食べて下さい」
彼女は優しい声を掛けてくれた。
(じゃあ、ネーヴェ様。主が食べ終わるまで、僕がお相手をします)
何処からか現れた金ちゃんが、気を利かせてくれる。
リンさんのお仕置きが効いたようだ。
金ちゃんがネーヴェさんをソファーに案内すると、銀ちゃんも現れ、二人のもとへ駆け寄って行った。
そして、メイドさんたちがグリュード竜王国の兵士たちを別室に案内すると、リンさんとイライザさんが特戦群の者たちを連れて行った。
合わせて三〇人はいただけに、彼らが立ち去ると会議室は落ち着いた雰囲気を取り戻した。
金ちゃんたち三人は、ソファーに座る。
すると、金ちゃんと銀ちゃんがキョロキョロと辺りを見回す。
(あっ、オルガお姉ちゃん、お茶!)
ピクッ。
オルガさんを見つけた金ちゃんが注文をすると、彼女の眉が吊り上がった。
勇者だ。
三人のもとへオルガさんがお茶を届けると、ネーヴェさんはお礼を述べたが、後の二人は偉そうにお茶をすすりだした。
オルガさんは苛立ちを堪えて立ち去ると、僕のそばに立つ。
「あの子たち、ネーヴェ様が来られて、調子に乗りだしたようですね」
「う、うん。そうみたいだね……」
彼らは勇者じゃなく、怖いもの知らずだった。
シャルが戻って来た。
彼女はネーヴェさんたちのほうには行かず、僕の隣へと座る。
「ネーヴェさんたちのほうに交じらないの?」
「あの二人がいると、何だか巻き込まれそうな気がして……」
何となく気持ちは分かるので、僕は黙っまま頷いた。
オルガさんがシャルにお茶を出し、僕たち三人は、ネーヴェさんたちのほうを見つめる。
金ちゃんと銀ちゃんが何かをやらかすのではと不安になり、僕の食べる速度は遅くなっていた。
金ちゃんと銀ちゃんが前のめりになる。
((ネーヴェ様、ここでの僕たちの活躍を教えてあげるよ!))
「あら、どんな活躍をしたのですか? 教えて下さい」
彼女は子供と向き合うような優しい笑顔を作った。
活躍って、やらかしてばかりだっただろ!
僕はお茶を飲みながら、彼らを見つめる。
(どれから話そうかな?)
(金ちゃん、やっぱり出だしはアレだよ!)
(うん、そうだね)
もったいぶる二人に、ネーヴェさんは興味を持ったのか、少し前かがみになった。
(あのね。主が寝ていたシャル様に襲いかかろうとしたんだけど、ヘタレでできなかったの)
「あらー。フフフフフ」
「ブホッ! ゴホゴホ」
金ちゃんの話しにネーヴェさんは笑いだし、僕はむせて、咳き込んでしまった。
あいつら、初っ端から何を言い出してるんだ! と思いながらも、僕は器官に入ったお茶に苦しむ。
シャルとオルガさんは笑いながら、僕の背中を優しくさすってくれた。
僕が落ち着くと再び三人で彼らを見つめる。
(それでね。その時、シャル様は寝たふりをして襲われるのを期待してたのに、主がヘタレたら悲しそうにガッカリしてたんだよ)
「あらあら。フフフフフ」
「ブホッ! ゴホゴホ」
銀ちゃんが続きを話すと、ネーヴェさんはこちらに視線を向けて微笑む。
そして、今度はシャルがむせて、咳き込んでしまった。
このまま二人を自由にさせてはいけない!
僕は食事をかき込み、お茶で流し込むと、すぐに三人のもとへ向かった。
僕は金ちゃんの背後に回り、ガシッと彼の両肩を掴む。
隣ではシャルが銀ちゃんの両肩を同じようにつかんでいた。
「金ちゃん、何を言ってるのかな?」
「銀ちゃん、嘘をついてはいけませんよ」
僕とシャルが声を掛けると、二人は身体をビクつかせながらゆっくりと僕たちを見上げる。
(あっ、ヘタレだ)
「誰がヘタレだ!」
ビシッ!
金ちゃんと銀ちゃんだけでなく、シャルとオルガさんまでもが僕を指差した。
「なっ! 裏切り者ー!」
「フフフフ、フフフフフ。や、やめて、フフフ。お、お腹が、い、痛い、フフフフフ」
ネーヴェさんは、お腹を抱えて笑いだす。
(ヘタレ、ウケたよ!)
金ちゃんは喜ぶ。
「コラー! ヘタレを定着させるな! それにウケを狙うな!」
僕は顔を真っ赤にした。
「お、お願い、フフフ、これ以上は、フフフフフ。く、苦しい、フフフフフ」
彼女はソファーの上で倒れ、笑いだす。
そして、シャルとオルガさん、メイドさんたちまでもが笑っていた。
皆が笑っていることにご満悦の金ちゃんは、二カッと笑みを浮かべて親指を立てた。
僕は恥ずかしさのあまり、その場で崩れ落ちた。
ネーヴェさんは涙を拭いながら、座り直したが、僕は撃沈したままだ。
(シャル様、主が弱ってるよ。今がチャーンス!)
銀ちゃんは、シャルに向かって親指を立てた。
「な、何のチャンスよ!?」
(肉欲?)
彼女は顔を真っ赤にした。
「そんな欲望は持ち合わせていません!」
(シャル様の嘘つきー! 主が顔を近付けたら、期待して唇を尖らせてたくせにー。照れちゃって、このこのー!)
銀ちゃんの冷やかしに、彼女は耳まで真っ赤になる。
「そんなことはしてません!」
(えー。嘘をつかなくても僕たちはシャル様の味方だよ)
「あんたたちが邪魔をしたんでしょ!」
(あっ、本音が出た)
「……」
彼女は恥ずかしさのあまり、顔を手で覆ってしゃがみ込んでしまった。
((勝った!))
「勝って、どうする!」
ゴン、ゴン。
((ギャァァァ!))
オルガさんのげんこつが二人の頭に落ちると、悲鳴をあげながら頭を押さえて、床を転げまわった。
オルガさんのげんこつは、リンさんたちよりも強烈らしい。
撃沈している僕とシャル、頭を押さえて転げまわる金ちゃんと銀ちゃん。
そんな僕たちを見て、ネーヴェさんは、ソファーへ倒れ込むようにして、再び笑いだしてしまった。
オルガさんとメイドさんたちは、そんな状況の僕たち五人を、困った顔で見つめているしかなかった。
色々な意味で疲れ果てた僕たちは、ソファーに座って放心状態となっていた。
そこへマーカリさんやリンさんとイライザさんが戻って来ると、僕たちを見て不思議そうな表情を浮かべる。
オルガさんは、彼らに経緯を説明すると、苦笑して立ち尽くした。
少し時間を置いて、マーカリさんとネーヴェさんで挨拶と話しが成されたが、僕とシャルは放心状態で、二人の話しを何気なく聞いているだけだった。
ネーヴェさんは、イーリスさんの代りとして僕の補佐役も兼ねて合流したようなことを、僕にも話していたようだったが、うわの空で頷くことしかできなかった。
今の僕は、すでに精神面が限界を超えて、思考が停止していたのだった。
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