150話 女神たちとの会談
女神の屋敷に、シャルたちと各国の代表たちだけが集まった。
シャルが人数を考えて連れて来てくれたおかげで、部屋が手狭に感じることはなかった。
シズク姉ちゃんたちが大きなテーブルの中央に座り、僕たちユナハ国の者と各国の代表たちが向かい合って座る。
各国の代表たちは、困惑した表情で、ある一点を見つめている。
「フーカ殿、そこにいる三人が、とても気になるのだが……」
レオさんは、頬をかきながら尋ねてくる。
そう思うのも仕方がない。
何故なら、僕たちとシズク姉ちゃんたちの間には、猿ぐつわをされた状態で椅子に縛り付けられたツバキちゃん、エルさん、マイさんの三人がいたからだ。
「えーと、この人たちのことは、気にしないで下さい。ちょっと、色々あって捕縛されたんですけど、この会談には出席させる必要があるので、この扱いなだけですから」
「ハァー。また、バカなことしたのか……。学習って言葉を知らんのか?」
レオさんが呆れると、他の人たちも、やれやれと言った表情で三人を見つめる。
「「「んー、んっ、うーう、うっんうー!」」」
三人は、首を横に振りながら何かを訴えるが、猿ぐつわのせいで、何を言っているのか、まったく分からない。
そんな彼女たちを見て、皆は大きく息を吐き、彼女たちから視線を逸らす。
三人を相手にするのは、時間の無駄だし、バカらしいと思ったのだろう。
「では、これより女神様方との会談を始めます。と言っても交流会と現状報告のようなものなので、皆様方、緊張することはありません。肩の力を抜いて、ご参加ください」
イーリスさんが進行を始めると、一時、緊張感が走ったが、彼女の機転によって、その空気は解消された。
「皆様方にご紹介します。ツバキ様の妹君でもある、女神、シズク様です。隣にいる方が、フーカ様の姉君で、約一〇〇年前のファルマティスに迷い込み、撃滅の魔皇帝とまで呼ばれることになったカザネ様です。その隣にいる方が、彼女の守り刀のイオリ様です。彼はヒサメ様の兄君です」
イーリスさんから紹介された三人は、立ちあがって頭を下げるが、姉ちゃんだけは、「なんて紹介をするのよ!」と彼女に目で訴えていたが、気付かれていなかった。
そして、次に紹介されるオトハ姉ちゃんたちの表情が引きつっていく。
「次に、こちらにいる方が、約二〇〇年前のファルマティスに迷い込み、殲滅の女王と呼ばれ、この世界を席巻したオトハ様です。その隣の方が、彼女の守り刀で、女王の血煙や赤い悪魔と呼ばれたアカネ様です」
アカネ姉ちゃんって、赤い悪魔だけじゃなくて、赤い血煙とも呼ばれていたんだ。いったい、何をしたら、そんな物騒な二つ名がつくんだ……。
僕は唖然としながら、二人に視線を向けた。
二人は立ちあがって頭を下げるが、顔を真っ赤にして目には涙を溜めていた。
それにしても、こんなおかしな紹介ばかりして、イーリスさん、どうしたのだろう?
彼女とは思えぬ発言の連発に僕は心配になり、彼女の様子を注意深く見ると、顔は強張っており、メモを手に握りしめていた。
かなり緊張していたんだ。
それにしても、紹介文をメモしていたのに、なんで、こんな紹介をしているんだ? 誰かがすり替えた?
僕の頭にマイさんたちが浮かんだ。
だが、彼女たちは捕らえられている。
僕はユナハ国の席を見る。
ケイト、アスールさん、レイリアの三人が、ウンウンと満足そうに頷いていた。
こいつらか!?
ケイトはともかく、アスールさんとレイリアには悪気はなく、そのほうがカッコいいとでも思ったのだろう……。
僕は同情する目で、イーリスさん、姉ちゃん、オトハ姉ちゃん、アカネ姉ちゃんの四人を見つめた。
イーリスさんは、紹介が終わったことで、本題へ進もうとすると、金ちゃんと銀ちゃんが立ちあがる。
(紹介されなかったけど、女神様たちのマネージャーの金ちゃんです)
(同じくマネージャーの銀ちゃんです)
((彼女たちへのお仕事は、僕たちを通して下さい!))
「「「「「……」」」」」
大多数の人たちが口を開けて、ポカンとしてしまう。
シズク姉ちゃんやネネさんなどの数人が、手を叩いて喜ぶ。
そして、ケイトは頭を押さえて、「その手があったか!」と言わんばかりの表情で悔しがっていた。
あいつらは、何を言い出してるんだ! それに、なんで、喜んでる人や悔しがる人がいるんだ……。
アンさんが静かに席を立ち、気配を消して金ちゃんと銀ちゃんの背後に立つ。
ガシッ!
ギクッ!
彼女に肩を掴まれた二人は、みるみるうちに顔を強張らせていく。
「金ちゃん? 銀ちゃん? 二人はフーカ様の護衛ですよね? 護衛はどうするんですか?」
二人は、ゆっくりと彼女を振り返る。
その顔は微笑んでいたが、怒っているようにしか思えない。
(ご、護衛は副職ということで)
金ちゃんの言葉に、銀ちゃんも頷く。
「副職って、どんな護衛だよ!」
僕が思わず叫んでしまうと、室内は笑い声に包まれた。
とばっちりで、僕まで笑われている……。
「コホン。フーカ様の護衛から外れるなら、今までのような優遇はされませんよ。いいですね」
((ごめんなさい。主の護衛でお願いします))
はやっ! あいつらは、即決するほど優遇されてるのか!?
僕の心はとても複雑な心境だった。
金ちゃんと銀ちゃんのせいでおかしなことになったが、皆の緊張感などは消えて、場の空気は良くなった。
「では、シズク様から、ご挨拶をいただきます」
シズク姉ちゃんはイーリスさんに頷いてみせると、立ちあがった。
「皆さん、フーカとヒサメに温かく接していただき、ありがとうございます」
彼女が頭を下げると、皆も頭を下げる。
「最初に言っておきますが、私どもは、二人を連れ戻しに来たのではないので、ご安心下さい。でも、神鏡の時空を繋げる力も安定しましたので、たまには、二人にも里帰りをさせてあげて下さい。よろしくお願いします」
「我々も、フーカ殿にこのまま帰られては困りますが、里帰り程度であれば、問題はありません」
ロルフさんが答えると、皆も頷いていた。
僕とヒーちゃんが、たまに日本へ戻ることは許された。
「まあ、結婚しておいて、奥さんたちを置いて日本に戻るなんて、夫として許されませんけどね」
ケイトの一言で、室内は笑い声に包まれる。
よ、余計なことを……。
「はあ、おかしかった」
シズク姉ちゃんは、笑いがおさまると、優しい表情を浮かべる。
「では、話しを続けさせてもらいます。私どもが、今回、訪れたのは、そこの愚姉、ツバキを懲らしめるためです。こんなことを皆様にお伝えするのはお恥ずかしいのですけが、そこの愚姉は、向こうでの神の仕事、と言っても、こちらで言う教会の仕事なんですが、それを無作為に計画し、面倒くさくなったら、私どもに押し付けて、こちらへと逃げ込んで雲隠れしたのです」
皆の冷たい視線が、ツバキちゃんに向けられる。
「そして、私たちがその仕事を終わらせ、こちらへ訪れる予定を立てている時に、彼女が街で買い物をしているとの情報が入り、捕まえようとしたのですが、気付かれてしまい、逃げた彼女を追いかけてきた結果、今の状況になっています。ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
「「「「「……」」」」」
話しを聞いた皆は、黙ったまま戸惑った表情を浮かべていた。
まあ、ツバキちゃんの行動は、女神とは思えない行動だから仕方ないよね。
「ツバキ様を捕らえた今、シズク様方はお帰りになられるのでしょうか?」
ダミアーノさんが、質問をした。
「いえ、せっかくですから、しばらく滞在して、こっちの世界を観光するつもりです。それと、こちらにはフーカとヒサメもいますので、ちょくちょく遊びに来るつもりでいますので、これからも、お顔を合わせることが多くなると思います。その際は、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
彼が頭を下げると、皆も頭を下げた。
その後は、会談というよりも座談会となっていった。
イーリスさんはホッとした表情で、僕の隣に座る。
「イーリスさん、ご苦労様」
「ありがとうございます。とても緊張しました。それに、メモを用意しておいたのに、書かれた内容が私の書いたものとは違って、焦りました」
「あー、その犯人は、おそらく、あそこの三人だよ」
僕は、ケイト、アスールさん、レイリアを指差した。
彼女は片眉をピクピクさせて、三人を睨む。
「フーカ様、ちょっと、失礼します」
彼女はそう言って席を立つと、三人のいるところへ向かう。
そして、三人の悲鳴が上がったのだった。
皆が自由に席を移動し始めると、ヒーちゃんは、シズク姉ちゃんとイオリさんのところに行き、嬉しそうに話し込んでいた。
その傍らにはシャルもいて、二人に彼女を紹介しているようだった。
姉ちゃんには、ロルフさんとブレンダが話し掛けていて、そこへ、オルガさん、リンさん、イライザさんの三人と数人の特戦群の人たちが混じり、挨拶をしていた。
オトハ姉ちゃんたちのところには、セレストさんとジゼルさんがいて、ツバキちゃんたち三人を取り囲んで、何やら話し込んでいた。
そこへ、メリサさんたちとルビーさんたちも合流する。
皆、いくつかのグループに別れてしまっていたが、楽しんでいるようだった。
僕は、話しに入れずに、あぶれている人はいないかと周りに気を使っていたが、皆、社交はお手の物なのか、その心配はなかった。
そして、複数のグループを転々とするように、金ちゃんと銀ちゃんが、行ったり来たりと落ち着きなく顔を出していた。
その後、ツバキちゃん、エルさん、マイさんの三人が解放された。
ツンツン。ツンツン。
金ちゃんと銀ちゃんが三人を小枝で突くが、ピクリともせずに、ぐったりとしている。
動かずに、そのままだと、二人が調子に乗るって分からないのかな?
僕の予想通り、動かない三人の鼻に、二人は何かを詰め込んでいた。
「「「ちょ、何をして……シュルルルル、プピィィー」」」
三人が叫ぶと、鼻から巻かれた紙が伸び、そして、軽快な音を立てて戻る。
「「「「「アハハハハ――」」」」」
「「「「「クフフフフ――」」」」」
皆が爆笑する。
「なんで、拭き戻しなんて、二人が持ってるの?」
「あっ、すみません。潤守神社のお祭りで売れ残ってたから、金ちゃんと銀ちゃんなら喜びそうと思って、在庫処分も兼ねて、二人へのお土産に持ってきちゃいました」
ネネさんが申し訳なさそうな顔をする。
い、いつの間に渡したんだ……。
「まあ、何か害がある物じゃないし、売れ残りの処分も兼ねてるなら仕方ないか」
僕も納得する。
ツバキちゃんたち三人は金ちゃんと銀ちゃんを追いかけまわすが、三人の走りにキレはなく、数分も経たないうちにへばってしまった。
そんな三人を、金ちゃんと銀ちゃんはつまらなさそうに見つめる。
「あっ、そうだ! 金ちゃん、銀ちゃん! こっちにおいで!」
姉ちゃんは、何かを思い出したように、二人を呼んだ。
((カザネお姉ちゃん、なーにー?))
二人はポニュポニュと足音を立てて、彼女のそばへと行く。
すっかり、馴染んでる……。
「潤守神社のマスコットにつける予定だったんだけど、神社でコレは無いと却下されたから、二人なら似合うかなと持ってきた物があるのよ」
姉ちゃんは、ロルフさんたちへのお土産を入れていた鞄を開けて、大きなサングラスを取り出した。
「はい、つけてみて」
二人はサングラスをつけようとするが、耳の位置が合わなくてズレてしまう。
((うっ……))
「だ、大丈夫よ! こうすればいいんだから」
姉ちゃんは、鞄から裁縫箱を取り出すと、中からゴムひもを出した。
「ちょうど、黒があったから、この色のほうがいいわね」
彼女は二人の背後に回り、ゴムひもを調整しながらサングラスに取り付ける。
「これで、どお?」
「「「「「おぉぉー!」」」」」
皆から感嘆の声が上がる。
金ちゃんと銀ちゃんが大きなサングラスを掛けると、どこかに、こんなキャラがいそうと思うほど似合っていた。
「リネットが見たら、興奮して卒倒しそうですね」
「ブフッ。た、確かに」
イーリスさんの言葉に、僕は吹き出しながら返事をした。
皆から、サングラス姿を絶賛された二人はご満悦で、クルッと回ったり、ポーズをとって、皆を楽しませていた。
「姉ちゃんたちが、金ちゃんと銀ちゃんのことまで知っていたとは」
「きっと、神鏡で、こちらの様子を確かめていたんですよ」
僕の独り言にヒーちゃんが答えてくれた。
「フーカとヒサメのことだけじゃなく、他の皆のことも見てたからな。まあ、ヒヤヒヤしながら見るくらいのことしかできなかったんだけどな」
僕とヒーちゃんの間からアカネ姉ちゃんが顔を出し、僕たちは少し驚く。
「そうなんだ。っていうか、アカネ姉ちゃんとは、日本でも長い間、会っていなかったから、こっちで再会すると変な感じだね」
「うーん。そうかもな。まあ、留学してても、たまには帰ってきてたんだけど、お前が神社に来なくなってたからな」
「うっ、ごめん」
僕が謝ると、アカネ姉ちゃんとヒーちゃんは笑っていた。
「それにしても、フーカ。お前は、こっちで修羅場をかいくぐってきたせいか、前よりも……、いや、全然、変わってないな。すまん。男らしくなったとか言いたかったんだけど、あまりにも変わっていなくて言えなかった。本当にすまん」
「あ、謝らないで! 余計にみじめな感じがする」
ヒーちゃんは顔を背けて爆笑する。
そして、アカネ姉ちゃんは、手を合わせて謝り続けていた。
うー。みじめだ……。
皆が楽しんでいると、兵士が入ってきて、誰かを探していた。
彼はヘルゲさんとシリウスを見つけると、二人のもとへ足早に向かった。
そして、彼らに何やら耳打ちをすると、敬礼してから立ち去って行く。
二人は難しい表情を浮かべ、アンさん、ミリヤさん、イーリスさんの三人が固まっているところへと向かった。
「何かあったのか? でも、フーカが王なのに、こっちには来ないんだな」
「アカネ姉ちゃん、黙ってて」
ヒーちゃんは顔を押さえて、隠すように笑いだす。
「これが、ユナハ国の通常なんです。フーカさんがやらかさないように、情報を整理してから報告をするようにしているんです」
「シャルも余計なことを言わなくていいよ」
急に現れたシャルが解説をすると、アカネ姉ちゃんは納得し、ヒーちゃんはシャルの背中に隠れて笑いだす。
さっきから笑いすぎだよ。
なんだか、とても恥ずかしくなってきた。
そして、ヘルゲさんたちは、アンさんたちと一緒に、こちらへ向かってくる。
彼らは真剣な表情をしているので、良い報せではないのは確かだ。
「フーカ様、ハンヴァイス新魔国がビルヴァイス魔王国に対して侵攻を始めたそうです。無線を使った報告ですが、いくつかの無線基地を経由してますから、すでに数時間は経っていると思われます」
「なっ! このタイミングってことは」
「はい。おそらく、ロルフ魔王陛下やブレンダ様がいない隙をついたのでしょう」
イーリスさんは苦い表情を見せる。
「うー。こちらで二人を招待しただけに、責任を感じる」
皆も僕と同じく責任を感じて沈んだ顔をする。
ロルフさんたちのほうを見ると、彼らのもとに従者が尋ね、報告をしていた。
その話しを一緒に聞いていた姉ちゃんは、何やら、ロルフさんとブレンダさんを問い詰めているようだ。
「ふざけんな! 私が出向いて、滅ぼしてじゃなかった、お仕置きをしてやる!」
そして、姉ちゃんが立ちあがって叫んだ。
「今、滅ぼすって言わなかった?」
「「「「「確かに、言いました」」」」」
僕の問いにヘルゲさんたちが答え、シャルとヒーちゃんはコクコクと相槌を打つ。
「よっしゃー! 久々に暴れちゃうよ!」
こっちでは、アカネ姉ちゃんが張りきりだしてしまった。
僕たちは困惑した表情で彼女を見つめ、ロルフさんたちは、僕たちと同じ表情で姉ちゃんを見つめていた。
早く、何か対策を練らないと暴走した姉ちゃんたちが乗り込んでしまう。
僕はいつも以上に焦り、しばらくの間、オロオロと混乱するのだった。
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