149話 女神降臨、再び
奥宮に着くと、大きな荷物を両脇に置き、大きなリュックを背負ったツバキちゃんがいた。
彼女は、神鏡に向けて青白い炎を手にまとって、その鏡を抑えるような仕草をしている。
「ツバキちゃん? 何をしてるの?」
こちらを振り向いた彼女の顔は青ざめていた。
「日本に戻って足りなくなった物を調達してたら、シズクたちに見つかったんだ!」
「それで、何をしてるの?」
「見て分かんないのか!? 追ってくるシズクたちがこっちの世界へこれないように、魔法で通路をふさいでいるんだ! 今、忙しいんだから、黙ってろ!」
彼女は苛立ちをみせて、僕を怒鳴りつける。
「……」
日本へ戻って調達って……。もう、行き来が出来たんじゃないか!
僕は、重要なことを隠されていたことに、少しカチンときた。
「日本に帰れるなんて、聞いてないんだけど」
「えーい、うるさい! そんなことをフーカに言ったら、面白くないだろ! 今は、魔法に集中させろ! シズクたちが来てしまうだろ!」
再び怒鳴られた。
怒っているのはこっちなのに、なんで、怒鳴られなければならないんだ。
それに、シズク姉ちゃんたちが来て困るのは、ツバキちゃんだけだよね?
「ツバキちゃん? 何を調達してきたの?」
「金と銀が部屋を漁って、酒のツマミからお菓子まで盗って行くから、ストックが切れたんだ! 分かったなら、もう、話しかけるな!」
彼女は額に汗をかいて、魔法へ集中する。
一方で、その話しを聞いていた皆の冷めた視線が、金ちゃんと銀ちゃんに向けられる。
すると、二人はゆっくりと顔を逸らしてから、頭をポリポリと掻いていた。
「あなたたちは、まだ、そんなことをしていたんですか!? その盗み癖を直す必要がありそうですね」
イーリスさんは二人の前に立つと、お母さんのように二人を叱り始めた。
いつものことで、条件反射が身体にしみついてしまったのか、二人は彼女の前で正座すると、お説教を素直に聞いてシュンとする。
金ちゃんと銀ちゃんのことで話しがそれてしまったが、ツバキちゃんは、まだ頑張っているのだろうか?
彼女のほうを振り向くと、額に玉の汗をかいて、必死に鏡の通路をふさいでいた。
諦めが悪いな……。
「金ちゃん、銀ちゃん。ツバキちゃんの両脇にある荷物は、日本のお菓子とか食べ物らしいよ。今度は盗むんじゃなくて、ちゃんと断ってから、もらうんだよ」
二人は嬉しそうに僕を見てから、ハッとした表情を浮かべ、恐る恐るイーリスさんの顔色をうかがう。
「フーカ様! 二人を甘やかさないで下さい!」
「うっ、ごめんなさい。でも、あんなに買い込んできたなら、二人へのお土産も入ってると思うし、いくらツバキちゃんだって、欲しいと言えば、くれると思うよ」
「それは、そうかもしれませんが……」
イーリスさんは困った表情を浮かべた。
((お土産!!!))
二人は嬉しそうに叫ぶと、ツバキちゃんのそばへ行く。
シュン。シュン。
両脇にあった荷物は瞬時に消えてしまった。
いやいや、それがお土産じゃなくて、その中に入っているかもって話しだったんだけど……。
それに、また、盗んでるじゃないか!?
イーリスさんは二人を見て、頭を抱えてしまった。
そして、僕に困ったことをしてくれたとでも言わんばかりの視線を向けてくる。
いや、僕は盗まないで、もらうように言ったよ……。
「お前らは、空港の置き引きか!?」
金ちゃんと銀ちゃんに荷物を盗られたツバキちゃんは、集中を切らして怒鳴った。
すると、神鏡の鏡面が白い光を強くしていき、奥宮の屋内が光に包まれて行く。
「し、しまった!」
ツバキちゃんが叫ぶと同時に、爆発したかのような光が襲ってきて、閃光弾でもくらったかのように、眩しくて目を開けていられない。
光がおさまると、今度は辺りが真っ暗で何も見えない。
徐々に目が慣れてくると、床でジタバタと何かが動いている。
目を凝らすと、金ちゃんと銀ちゃんが目を押さえてのたうち回っていた。
あの光をもろに見ちゃったんだ……。
そう言えば、ツバキちゃんはどうしたんだろう?
キョロキョロと辺りを見回すが何処にもいない。
「!!!」
いや、鏡の前に誰かいる。
目をこすってよく見てみると、そこには、ジーンズに薄手のコート姿のシズク姉ちゃんが、銀色の長い髪をなびかせて、立っていた。
シズク姉ちゃんの私服姿って新鮮だ!
僕は彼女が降臨したことよりも、彼女の私服姿に感動してしまった。
「シ、シズク姉ちゃん。巫女の衣装以外も素敵だね」
「フーちゃんったら、会って早々、そんな恥ずかしいことを……。でも、嬉しい」
彼女は顔を押さえて、モジモジと恥ずかしがる。
「コホン。フーカ様、私たちもいるんですけど」
シズク姉ちゃんの後ろには、ファッション誌のコーデを真似た服装のネネさんが呆れた表情でこちらを見ていた。
こっちの服装と違うからか、別人のように見える。
「ネネさんも、似合ってるね。こっちのドレスとかよりも、その服装のほうが可愛くて、ネネさんにあってると思うよ」
「そうですよね。私も、この服、可愛いと思ったんですよ」
彼女は服装を褒められて、嬉しそうにする。
彼女の横に立つ着物姿のカエノお婆ちゃんが頭を抱えると、その後ろにいたスーツ姿の伊織さんが苦笑していた。
「えーと、皆、こっちに来たんだよね? 少し足りない気がするけど、あの人たちがいないほうが平和そうだし、まあ、いいか」
僕の言葉にシズク姉ちゃんとネネさんの表情が一変し、首を大きく横に振る。
「!!!」
僕は二人の表情から余計なことを口にしてしまったと焦り、冷や汗が滝のように流れてきた。
ビクッ。
背後から物凄く嫌な殺気のような空気を感じる。
恐る恐る振り返ると、扉の前で、姉ちゃん、オトハ姉ちゃん、アカネ姉ちゃんの三人が、ツバキちゃんを床に押さえつけながら、こちらを睨みつけていた。
「お、お姉様方? な、なんで、そんなところに?」
絶対に聞かれたと思うと、緊張して、おかしな口調になってしまった。
「光って目がくらんでいる隙をついて、ツバキちゃんが逃げようとしてたのよ」
「そ、そうですか。ご苦労様です」
姉ちゃんの目が座っていて、怖いんですけど……。
「それよりも、フーちゃん? あの人たちがいないほうが平和って、まさか、私たちのことじゃないわよね?」
「はい、決して、そんなことはありません」
「うそつけー! 私たちのことをツバキちゃんと同等で見てるでしょ!」
「違います。そんなことはありません。ただ、姉ちゃんたちは、行動力がありすぎるから、ちょっと……」
「ちょっと?」
「ごめんなさい!」
僕は誤魔化すのを諦めて、直角になるまで頭を下げて謝った。
「カザネ、誤ったんだから、もう、いいでしょ。それよりも、これ、どうする?」
アカネ姉ちゃんは、スキニーパンツで美脚が強調された足をツバキちゃんの頭にのせていた。
「お、おい、アカネ! これが主神に対する態度か!?」
「はあ? 主神らしい行動をとって下されば、うちも態度を改めますよ?」
彼女はツバキちゃんの髪を鷲掴みにして頭を持ち上げると、彼女の目を睨みつけるように覗き込む。
「ヒィッ! ご、ごめんなさい。これから精進しますから、許して下さい」
主神のツバキちゃんが、神使のアカネ姉ちゃんに謝って、許しを請うなんて……。
これは、こっちの世界の人には見せられない光景だ。
うっ、ロルフさんとルビーさんの一行がいたんだった。
僕は彼らの精神状態が心配になり、振り返ると、彼らの精神状態は限界を超え、立ち尽くすように固まっていた。
しょんぼりとしているツバキちゃんを、姉ちゃんとオトハ姉ちゃんが起き上がらせる。
バタン!
大きな音を立てて、入り口の扉が開かれた。
「ちょっと、今、膨大な魔力を感じたんだ・け・ど……。ゲッ! お邪魔しました」
エルさんはハイエルフなだけに、強い魔力を感じて駆けつけてくれたようだけど、室内の様子を見た瞬間に踵を返して立ち去ろうとする。
「ちょ、エル! 急に引き返さないでよ。危ないでしょ!」
彼女の後ろからマイさんの声がする。
そして、エルさんの脇からヒョコっとマイさんの顔が現れた。
「こ、これって……。ゲッ! お母様! エル、私たちはお暇しましょう!」
彼女はカエノお婆ちゃんの姿を見るや否や、すぐに立ち去ろうとする。
「エル様もマイ様も、急にどうしたんですか? 危ないですよ」
今度はサンナさんの声が聞こえ、彼女の顔が二人で遮られた扉の端から現れた。
「なんで、入り口で止まる……。なんで、ツバキ様が捕らえられているのでしょうか?」
「そんなことは、どうでもいいのよ! 今は逃げ、コホン。今はお邪魔だから、出直すわよ」
エルさんは彼女を連れて逃げ出そうとする。
「あら? エルちゃん? 何かやましいことでもあるのかしら?」
「オ、オトハちゃん、そんなことはないわよ。ひ、久しぶりね。何だか雰囲気も言葉遣いも変わって、見違えて驚いただけよ。それに、カザネちゃんと一緒に、その駄女神をお仕置きしてるみたいだから、出直すだけよ。では、またのちほど」
エルさんは青ざめた表情で、サンナさんを引っ張って行く。
「サンナ! 急いで帰国の準備よ。そして、国の警備を厳重にするのよ。さもないと、とばっちりが来るかもしれないわ。わかった!?」
「えっ? 何故ですか?」
「いいから、言う通りにしなさい。オトハちゃんだけでなく、あの赤い悪魔……じゃなかった、アカネちゃんまで来てるのよ。察しなさい!」
彼女とサンナさんの会話は、僕のところまで聞こえてるから、オトハ姉ちゃんにも聞こえているはずだ。それに、アカネ姉ちゃんを赤い悪魔って……。
こんなにも堂々と聞かれて大丈夫なのかな?
エルさんたちに紛れて、マイさんもそそくさと退散しようとしている。
「マイ? あんた、私の顔を見て、「ゲッ!」と言っていたようだが?」
「お、お母様、そ、そんなことはありませんわ。あっ! たいへーん。この後、大切な用事がありましたわ。では、お母様、失礼します」
カエノお婆ちゃんに呼び止められて、青ざめた表情になったマイさんは、理由をつけて逃げ出してしまった。
「イツキ、いるのだろう?」
「はい、お母様」
「あのバカ娘を捕らえておきなさい」
「はい、お母様」
イツキさんは、すぐにマイさんの後を追っていく。
このままここにいても仕方がないので、ゆっくりと話せる場所へ移動しようとすると、正気を取り戻したロルフさんとブレンダさんが、姉ちゃんの前で跪き、頭を下げる。
すると、オルガさんはオロオロとして、僕のそばへと来る。
「フーカ様、私の立場だとどうしたらいいのでしょうか?」
そうか、オルガさんは、以前は姉ちゃんに仕えてたんだっけ。
「えーと、今はユナハ国の人だし、僕の奥さんなんだから、あそこまでしなくていいと思うよ」
「そうですか。今はフーカ様が一番ですから、戸惑いました」
彼女は安堵したのか、僕にニコッと微笑んだ。か、可愛い。
一方で、姉ちゃんは、ロルフさんとブレンダさんに跪かれて戸惑っているようだ。
「ちょ、ちょっと、二人とも、そんなことしなくていいから。普通に久々の再開を喜ぼうよ」
姉ちゃんが恥ずかしそうに声を掛けると、二人は立ちあがり、彼女の手をとって嬉しそうに微笑んでいた。
そう言えば、こんな騒ぎなのに金ちゃんと銀ちゃんが大人しいことに気が付いた。
二人を探すと、いつの間にか、シズク姉ちゃんにピッタリと寄り添って懐いていた。
そして、彼女に頭をなでられて、ご満悦な表情を浮かべている。
「フーちゃん、この子たち、可愛いですね」
「うーん。いつもは、そんなに素直じゃないんだけどね」
「あら? そうなの?」
シズク姉ちゃんに問いかけられた二人は、首を横に振る。
完全に猫を被ってる……。
そんな二人を、皆も呆れた表情で見つめる。
(そんな目で見ないでよ)
(僕たちは、長いものに巻かれるタイプなんだよ)
ぎ、銀ちゃん……。それを言ったら、おしまいだよ。
「フフフ。面白い子たちですね。さすが、フーちゃんから生まれただけはあります」
彼女は嬉しそうに二人を見つめるが、それって、僕は褒められているのだろうか?
◇◇◇◇◇
僕は、姉ちゃんたちを屋敷へと案内する。
参道を歩いていると、姉ちゃんたちは、少し離れた位置に見える低層のビル群を見て、ギョッとする。
「フーちゃん? あれって、ビルが建ち並んでるんだけど、あんた、何してんの?」
「いや、あれは、何というか文明開化? っていうか、文明暴走? 僕の知らないところで、技術の向上が僕の予想の範疇を越えちゃって……」
「「「「「……」」」」」
姉ちゃんだけでなく、シズク姉ちゃんやオトハ姉ちゃんたちも、呆れた表情を浮かべて黙ってしまった。
奥宮から屋敷までは、そんなに離れていないので、すぐに着いた。
姉ちゃんたちは中に入ると、屋敷の中を見て回り、物件のチェックを始める。
シズク姉ちゃんとイオリさんだけは、ロビーのソファーに座って、彼女たちが間取りや部屋のチェックを終えるのを待っていた。
オルガさんが、ソファーに座るシズク姉ちゃんとイオリさんにお茶を出すと、金ちゃんと銀ちゃんが収納魔法でクッキーを出して、ソファーの前にあるテーブルに置く。
「あら、ありがとう」
「ありがとうございます」
彼女たちからお礼を言われると、三人は軽く頭を下げて下がる。
「フーちゃん、本当にいい子たちね」
「オルガさんはともかく、金ちゃんと銀ちゃんは違うから」
ゲシ。ゲシ。
「痛っ! 足を蹴るな!」
二人は僕の足を蹴った後、怒ったように、フンと顔を逸らす。
こ、こいつらは……。長いものに巻かれすぎだろ。
いつの間にか姿を消していたイーリスさんが屋敷に入ってくると、僕のそばへ来る。
「女神様方が再び降臨されたことを、シャル様たちにも伝えるように頼んできましたから、直に皆さんが来ます。ここの広間なら、皆さんが入っても大丈夫でしょうから、話しをする準備をさせます」
「うん。お願い」
僕は何も考えていなかったので、イーリスさんの機転に乗っかった。
「フーちゃん、奥さんに頼りっきりだと、そのうち頼りないって見放されるわよ」
「イーリスさんは、奥さんだけど宰相でもあるから」
「はいはい。そういうことにしておきます」
うー。ツバキちゃんと違って、シズク姉ちゃんには敵わない。
(主、離婚の危機?)
(違うよ。ダメ夫で追い出されるんだよ)
「お前たちは黙ってろ!」
((おー、こわっ!))
「フフフ。楽しいわね」
シズク姉ちゃんが笑いだしてしまった。
その横では、イオリさんも横を向いて、隠すように笑っていた。
そして、あちらこちらから、姉ちゃんたちの笑い声が聞こえてくる。
うっ、念話だから、皆にも二人の言ったことが筒抜けだ。
恥ずかしい……。
一方で、ロルフさんとルビーさんの一行は、そんな僕たちに苦笑を浮かべていたが、それはそれで、恥ずかしい。
物件チェックを終えた姉ちゃんたちが戻って来ると、イーリスさんも部屋の準備が整ったと数人のメイドさんを連れて戻ってきた。
「姉ちゃん。まずは、こっちで僕がお世話になった人たちに挨拶をしてもらってもいいかな?」
「そうね。フーちゃんを助けてくれたお礼も言いたいし」
姉ちゃんが同意すると、他の皆も頷く。
僕たちは用意された部屋で、シャルたちが来るのを待つのだった。
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