146話 終点『アルセ駅』
一夜が明け、昼頃になると、周りの景色から、ようやくアルセ市が近付いて来たことが分かる。
馬車の何倍も早く、人と荷物を多く運べるのだが、今回の試乗で改善点がいくつも見つかった。
そして、普通に馬車で旅をするよりも、何倍も疲れた気がする。
次は、改善された後に乗りたいものだ。
上から目線の意見を思う僕の頭には、大きなたんこぶが残っていた。
ツンツン。
「ギャー! うぐぐぐぐ……。た、たんこぶを突くな!」
「「シャ、シャ、シャ、シャ――」」
僕の頭を突いた金ちゃんと銀ちゃんは、僕を指差して爆笑している。
こ、こいつらは……。
「遠くを見て浸ってなんているから、二人がいたずらをしたがるんですよ」
ケイトは、半笑いで僕を覗き込んできた。
「もうすぐアルセ駅に着きますよ。これ、どうするんですか?」
彼女は車内を指差す。
そこには、トイレ騒ぎと寝不足で目にクマを作っている賓客たちが、座席にグテーと座り、疲れ切っていた。
二日酔いらしき者が紛れているが、彼女たちは無視しよう。
「どうしよう?」
僕がケイトに聞き返すと、彼女は両手を上にあげて、お手上げのジェスチャーを取る。
「とにかく、アルセ駅に着いたら、リネットに休めるところを用意させましょう」
イーリスさんが意見を出してくれた。
彼女にも、うっすらと目の下にクマが見えている。
魔動列車は、その後も疲れ切った皆を乗せて、走り続ける。
外が夕暮れになると、ようやく、列車はアルセに到着し、城壁の手前で地下のトンネルへと入って行く。
急に真っ暗になると、車内の灯りがともされた。
そして、窓の外は壁しか見えず、ガラス窓には僕の顔と、再び僕のたんこぶを突こうと忍び寄る金ちゃんと銀ちゃんの姿が映っていた。
すぐに振り返ると、二人はサッとそっぽを向き誤魔化す。
この二人は、本当に油断ならないな……。
そんなことをしている間に、列車の速度が徐々に落ちていく。
やっと、駅に着くようだ。
トンネルの前方が明るくなってくると、すぐに目の前が眩しくなり、広い空間に出た。
アルセ駅だ。
ホームは広く、奥にも別のホームが見える。
そして、ホームと線路の境界には柵があり、一定の間隔で扉がついていた。
「なっ! ホームドアがついてる!」
王都の駅であるユナハ駅にもなかったのに……。
それどころか、僕の地元の駅にも、まだ設置されていないというのに、それが、ここにはある。
ユナハ駅についていなかったことよりも、地元の駅にもついていなかったものが、異世界の駅についているという事実がショックだった。
列車が停まり、扉が開くと、僕たちはキョロキョロとしながらホームへと降りる。
ホームには、階段の脇にエスカレーターが備えられ、離れたところにはエレベーターまでもがあった。
「この駅、ちょっと発展しすぎじゃないの?」
「リネットさんが城塞都市の機能を保ちつつ、観光都市としても栄えさせる方向にかじを取った成果ですね」
僕の質問に、ケイトが他人事のように軽く答える。
「王都のユナハ駅よりも立派な駅でいいの?」
「最初の予定では、しばらくの期間、アルセ駅がユナハ国の玄関口になる予定でしたから、技術の提供は惜しみなくされてしまいましたからね」
彼女は、また、他人事のように軽く答える。
あまりにも軽く答える彼女に、僕が振り返ると、その顔は、提供した技術が惜しみなく使われたホームに目を輝かせ、心ここにあらずの状態だった。
ダメだこりゃ……。
ホームには列車の到着を待っていたアルセ領の一団もおり、列車に近付いて感心するように眺めていた。
そんな一団の中から、見覚えのある綺麗な女性がこちらへと向かってくる。
リネットさんだ。
「お義兄様、お久しゅうございますわ!」
「ヒグッ!」
「フーカ様、冗談ですわ。そんな変な声を出さないで下さい」
彼女は会って早々、僕をからかったのだ。
「リネット、ほどほどにしておきなさい。私たちは、色々と不手際があって疲れているのです。それと、乗車していた方々へ休む場所の提供をお願いします」
イーリスさんが僕の前に出た。
「お姉様? 少しやつれましたか? それに……降りてくる方々もかなり憔悴しきっているようですけど、この魔動列車という物は、そんなにきつい乗り物なのですか?」
リネットさんは、列車から降りてくる人たちを見つめて、眉をひそめた。
「えーと、それは違うよ。長い間、車内に閉じ込められることを計算に入れてなかったから、食堂車と寝台車が用意されていなかったからなんだよ」
「それが色々な不手際なのですね」
僕が頷くと、彼女は大きく息を吐いた。
「金ちゃんと銀ちゃんをモチーフにした、こんなにもたくましくも可愛らしい列車ですのに、設計した者の不手際で台無しだなんて、その方々は万死に値しますわ!」
そうっだった。リネットさんは金ちゃんと銀ちゃんの熱烈なファンだった。
「その方々は、こちらです」
僕は、ケイト、ヒーちゃん、ツバキちゃんの三人に手を向けた。
「ケイトはともかく、ヒサメ様がついておられたのに、こんな不手際が起こるだなんて……」
そう言って、彼女はツバキちゃんを見つめる。
「見ない顔ですわね。いえ、見たことがあるような無いような……。まあ、いいですわ。この不手際は、あなたが原因ですね!」
ツバキちゃんへ責任を押し付けるように、ケイトとヒーちゃんは力強く頷く。
「お、お前たち! 私だけに責任をなすり付ける気か!?」
二人は顔を逸らして反応しない。
「往生際が悪いですわ! 金ちゃんと銀ちゃんもあなただと言っていますわ! 観念して、皆様に謝罪しなさい!」
金ちゃんと銀ちゃんは、ツバキちゃんの背後でしっかりと彼女を指差していた。
本当に、こいつらは事態をややこしくすることしかしないな……。
「なっ! フーカ! お前はこいつらにどんな教育をしてるんだ!」
僕がツバキちゃんに怒鳴られた。
「何を言っているんですの? フーカ様は、お二人をこんなにも愛らしく、お茶目に育てているではないですか!」
金ちゃんと銀ちゃんは、リネットさんの言葉にウンウンと頷く。
「愛らしいはともかく、どこがお茶目だ! お調子者でいたずら好きで、悪ガキ、そのものじゃないか!」
「ハァー。分かっていないですわ。それは愛嬌というものですわ」
「……こ、こいつと話していると、頭が痛くなってくる」
ツバキちゃんは、頭を抱えてしまった。
さすが金ちゃんと銀ちゃんの熱烈なファン。
リネットさんが出てくると、二人の悪いところまでもが正当化されてしまう。
「まあ、この変な新人さんは放っておくとして、金ちゃん、銀ちゃん、お久しぶりです。とても会いたかったですわ!」
ムギュ。
リネットさんは二人にしがみつく。
金ちゃんと銀ちゃんも嬉しそうに、彼女へしがみつく。
そして、ポニュッ、ポニュッと嬉しそうに飛び跳ね、はしゃぎだす。
一方で、イーリスさんと皆は、ツバキちゃんを口で負かしたリネットさんに頭を抱えていた。
「では、上へ行きましょう。是非とも、発展したアルセ市を見て欲しいものですわ」
二人のモフモフを堪能したリネットさんが、エスカレーターへと向かって行く。
「そうでしたわ」
彼女は、そばにつきそう従者の一人に何かを告げると、こちらを振り向いた。
「疲れている方々に、お部屋を用意するように頼みましたから、ご安心下さい」
「リネットさん、ありがとう」
「いえいえ。お礼をいただくほどのことでもありませんわ」
彼女はニコッと微笑み、再び歩みを進める。
金ちゃんと銀ちゃんは、彼女の脇に寄り添うと、嬉しそうに彼女へ笑顔を向けていた。
二人もリネットさんがお気に入りなんだ。
ちょっと、胸がジリジリするのは、気のせいだろうか?
エスカレーターに乗って上の階へと向かう。
だが、エスカレーターが初めての皆は、足を乗せるのに躊躇してしまい、思ったよりも時間を費やす。
階段のほうが早かったかもしれないが、アルセ市に設置された以上、王都や他のところにも設置されるのは時間の問題だ。
ここは慣れてもらうしかなかった。
上の階に着くと、改札が見える。
今回は開通式の延長である列車の試乗なので、誰も切符を持っていない。
僕たちは切符を切るために立っている駅員さんに頭を下げてから、彼の前を通り過ぎる。
彼は笑顔で頭を下げ、僕たちを通してくれた。
何だかキセルをしているようでドキドキしてしまう。
改札を出ると、すぐにコンコースが有り、その通り沿いには様々な店舗が並んでいた。
鉄道の開通式は行われたが、実際に鉄道や駅が解放されるのは一週間後だ。
そのせいもあり、多くの店舗は商品の陳列作業や内装の施工で慌ただしくしており、開店しているお店はなかった。
皆は少し残念そうに、各店舗を覗き込みながら先を進む。
「さあ、ご覧下さい! これが観光都市として生まれ変わったアルセ市ですわ!」
「「「「「おぉぉぉー!!!」」」」」
駅から出た僕たちは感嘆の声を上げた。
駅の地上出口は二つの城の間を通る大通りに面しており、馬車が立ち寄れるロータリーまでもが完備されていた。
そして、ロータリーの上にも大きな橋があり、その橋は通りの向かい側の城まで伸びていて、自由に行き来が出来るようになっている。
「これって、もう、異世界じゃないよね?」
「私も、そう思います」
僕が思わずつぶやいた言葉に、ヒーちゃんも同じ意見を口にした。
「おい、フーカ、ヒサメ。これは、さすがに発展させ過ぎじゃないか?」
「「……」」
ツバキちゃんがそれを言うか!
僕とヒーちゃんは黙ったまま、彼女をジト目で見つめる。
「鉄道とかは急がせたが、都市開発には、私は関わってないからな!」
彼女は焦った表情を浮かべながら弁解する。
他の皆は、僕たちの会話など耳に入らず、目を丸くしながら街並みをポカーンと眺め、放心状態だった。
(あっ! この城、ツバキ城って書いてある)
金ちゃんは、お城と看板を交互に指差した。
(これは、落書きをするしかない!)
銀ちゃんがペンを取り出した。
「「「「「やめんか!!!」」」」」
スパーン。
二人は放心状態だった皆から怒鳴られた。
そして、ペンを手に持っていた銀ちゃんだけは、イーリスさんにハリセンで頭を叩かれた。
「お姉様! 銀ちゃんだけを叩くなんて酷いですわ! 金ちゃんも叩いてあげないと、可愛そうですわ!」
(えっ?)
金ちゃんは戸惑った表情でリネットさんを見つめる。
僕もリネットさんが何を考えているのか、まったく分からない。
「お姉様、きっと、金ちゃんだって叩かれたかったはずですわ!」
彼女の言葉に、金ちゃんは首を大きく横に振る。
そして、彼は僕の背中にしがみつくと、僕を押し出した。
(やるなら、主を!)
「コラー! 主をつきだすな!」
僕が怒鳴ると、皆が笑いだす。
(主! ウケた!)
「ウケを狙うな!」
僕に、立てた親指を向ける金ちゃんを再び怒鳴った。
皆は、声を高らかにして、笑いだしてしまった。
うっ、辱められている気がする……。
「あのー、さっきから金ちゃんと銀ちゃんが話してませんか?」
リネットさんは、恐る恐ると僕に尋ねたきた。
「あ、言ってなかったっけ? 金ちゃんと銀ちゃんは、念話が使えるようになったから、会話が出来るんだよ」
彼女は目をウルウルさせると、二人を振り向き、彼らにしがみついた。
「良かったですわ! 本当に、二人とも良かったですわ!」
感動する彼女に泣きつかれた二人は、恥ずかしそうに困った表情を浮かべていた。
二人の珍しい様子に、僕たちは見入ってしまう。
一人だけ興味のないツバキちゃんが、疲れた表情で、僕の肩に手を置いた。
「ツバキちゃん? どうしたの?」
「あれはなんだ?」
彼女が指差す先には、大きな看板があった。
そこには、ペスに乗り、腕を上げる金ちゃんと銀ちゃんの姿が描かれていた。
『あなたは時を意識しているか? これからは正確な時間を意識して動く時代。仕事、プライベートで時間が分からずに失敗したくない。そんなあなたへ、カプ・ウオッチが誇る最新腕時計を提案。ユナハ国空軍採用腕時計、グレイフォックスシリーズからジーナモデル、ペスモデル、金狐モデル、銀狐モデルの四種類がラインナップ。ロイヤルシリーズは今夏販売予定』
なんか、僕の知らないところで色々と動き過ぎだ!
以前、何かをする前には、僕にも報告をするって約束しなかったっけ?
広告を読み終えた僕は、ケイトとヒーちゃんに近付く。
「ねえ、あれはなーに?」
僕はカプ・ウオッチの広告看板を指差した。
「あれは、耐久性と正確性に優れた腕時計の開発に成功したので、軍の支給品にしておくだけじゃもったいないので、商品化したんですよ」
ケイトは普通に答える。
「僕は何も聞かされてないし、王都には、あんな看板は無かったよね?」
「当たり前じゃないですか。フーカ様に商品化されるものを全部確かめてもらっていたら、売れ時を逃してしまいます。それに、フーカ様の仕事が増えまくって、執務室から出られない生活になっちゃいますけど、いいんですか?」
「うっ、それは困る」
「そうでしょ。だから、報告の必要性の無いものは、こちらで判断しました」
「そ、そうなんだ」
なんか、丸め込まれた気がする。
「それに、ここの大通りを見て下さい。このメインストリートは店舗も多く、買い物も盛んですから、王都とは違って、集客のために宣伝が必要になってくるんです」
彼女が指差す大通りを見ると、確かに人でにぎわっており、かごや袋を持った人たちが買い物を楽しんでいた。
「うん、わかったよ。だけど、なんで、金ちゃんと銀ちゃんが看板に描かれてるの?」
「……そ、それは、……リネットさんの趣味です」
「……」
眉をひそめて答えたケイトに、僕は何も言えなかった。
リネットさんの趣味では仕方がない。
一方で、看板を見た金ちゃんと銀ちゃんは大喜びをしている。
そして、リネットさんがそんな二人を見つめ、満足そうな表情を浮かべていた。
僕たちは、リネットさんの案内でアルセ市内を視察してまわる。
公共施設は学校から総合病院などまで、全てが稼働を始めていた。
このままでは王都であるユナハ市が抜かれる。
いや、すでに抜かれているかもしれないと不安になってくる。
「フーカ様、ユナハ市の都市開発を急がないと、このままでは王都がかすんでしまうかもしれません」
イーリスさんも僕と同じ不安を抱いたのか、声を細めて話してきた。
「うん、僕も感じた。帰ったら都市開発の進行を早めたほうがいいね」
「はい、私もそのほうが良いと判断します。この件は、戻り次第、手配しておきます」
僕は、彼女に向かって頷いた。
「それにしても、リネットさんの行動力は凄いね」
「ええ、あの子は、子供の頃から頭が切れて行動力もあったので、姉である私でさえ、怖いと感じることがありました」
「そ、そうなんだ……アハハ」
彼女の表情を見て、僕は愛想笑いしかできなかった。
そして、リネットさんがこちらの陣営で良かったと、心底から思うのだった。
お読みいただきありがとうございます。
この作品が、面白かった、続きが読みたいと思った方は
ブックマークをしていただけると嬉しいです。
また、下にある☆☆☆☆☆を押して、
評価をしていただけると、さらに嬉しいです。
よろしくお願いします。
誤字脱字、おかしな文面がありましたらよろしくお願いします。




