145話 魔動列車の試乗
各駅に着く度、そこの地域の長と民たちが駅を囲み、歓迎ムードで迎えてくれる。
そして、民たちから拍手と歓声が巻き起こり、その駅を立ち去る時には、手を振りながら追いかけて来るのだった。
落ち込んでいた僕も、その光景を見ると復活し、その人たちに手を振り返して、笑顔を向けた。
駅に着く度、歓迎してくれ、立ち去る時は名残惜しそうに僕たちを見送ってくれることが、嬉しくてたまらなかった。
「ケイト、聞いていなかったんだけど、この列車はどこまで行くの?」
「アルセ駅です。そこで折り返して、ユナハ駅に戻ります」
「待って、終点まで行くの? 開通式なら、一駅か二駅で折り返すんじゃないの?」
「何を言っているんですか? 人が乗っても安全かどうかも確かめるんですから、終点まで行くに決まっているじゃないですか」
「えーと……。この列車って、試験走行はしてるんだよね?」
「はい。今、本格的な試験走行を、やってるじゃないですか」
「「「「「!!!」」」」」
僕だけでなく、会話を聞いていた周りの人たちも驚き、顔を青ざめていく。
「開通式なんだから、試験を終え、安全が確認されてから試乗させるのが、常識でしょ?」
「常識と言われても、こういった物を走らせること自体が初めてなんですから、常識なんて分かりませんよ」
「「「「「……」」」」」
自分は何も悪くないと言わんばかりの返事をするケイトに、皆も言葉を失う。
そして、彼女を呆れた顔で見つめるだけだった。
とんでもない代物に乗せられてしまった……。
僕は車窓から外を眺めながら、この列車に何も起こらないことを祈り続けていた。
ふと気が付くと、いつの間にか、外は薄暗くなってきていた。
すると、車内の灯りがつく。
灯りが点いたことで、窓には、何やらヒソヒソと話し合っている三人組の姿が、反射によって映し出される。
「ねえ、ケイト、何をヒソヒソと話してるの?」
「えっ? いえ、何でもないです。アハハ」
彼女は目を泳がせながら愛想笑いをする。
これは何かを隠しているな。
その証拠に、一緒に話していたヒーちゃんとツバキちゃんが、ソワソワして落ち着きがない。
僕は彼女たちのほうへと移動した。
「何か起きたんじゃないよね?」
「大丈夫だ。今は何も起きていない」
ツバキちゃんが答える。
「ん? 今は? もしかして、これから何か起きるの?」
「いや、起きるというか起きないというか……。どう思う?」
「どう思う? って、僕が聞いてるんだよ! なんで、質問で返すんだよ! そもそも、何が起こるの?」
「飢えと睡眠不足だ!」
「はあ?」
彼女の言っている意味がまったく分からない。
「フー君、この列車には食堂車も寝台車もないんです」
「それなら、食事は、途中の駅で駅弁でも買えばいいし、寝るのは、寝台車がなくても、席で寝ればいいと思うけど」
「「「……」」」
三人は黙ったまま、気まずそうに顔を逸らした。
「ん? なんで、そんな顔を……!!!」
僕も気が付いた。
「……そうだった。ここは異世界だ。駅弁の発想なんてない。そもそも、開通式の試運転に駅弁があるはずがない」
「フン。ようやくわかったようだな!」
ツバキちゃんは腕を組み、鼻を鳴らす。
「何を威張ってんだ! この状況をどうするんだよ! 乗ってる人たちは各国の偉い人たちばかりなんだよ」
「だから、困ってるんだ!」
「だから、威張るな!」
三人の中に僕も加わり、どうしたものかと四人で悩みだす。
そう言えば、朝にユナハ駅を出てから、何も口にしていない。
皆、国の代表として参加しているので何も言ってこないが、我慢をしていることは察しが付く。
もう、謝るしかないか……。
僕は、ケイト、ヒーちゃん、ツバキちゃんに目配せをすると、三人も同じことを思っているようで、頷いて返してくる。
僕が立ちあがると、ガラガラと先頭車両と連結された扉が開き、金ちゃんと銀ちゃんが現れた。
(お弁当はいかがっすかー)
(冷たい飲み物から温かい飲み物までありますよー)
肩から箱を下げた二人は、手慣れたように車内販売らしきことを始めだす。
「おー、こっちにくれ!」
ルビーさんが手を挙げると、金ちゃんは彼女のもとへと行く。
(どれにしますか?)
彼は箱の中身を彼女に見せて尋ねた。
「じゃあ、これとこれ、あと、これもくれ。イーロたちも同じ物でいいか?」
「はい、かまいません」
彼女にイーロさんと従者たちは頷く。
(毎度あり! えーと、大金貨一〇枚です)
「「「「「!!!」」」」」
金ちゃんが提示した法外な値段に、皆は仰天する。
スパーン。
「アホかー! ハンバーガーやフライドポテトとかで、大金貨一〇枚も取るな!」
僕は、急いで金ちゃんのもとへ行くと、ハリセンで彼の頭を叩いて怒鳴った。
(えっ? 主、僕は売らなくてもかまわないんだよ。どうする?)
脅しとも思えることを言ってきた彼は、ニンマリとする。
こ、こいつは……。
人の弱みに付け込んで、なんてことを思いつくんだ!
「さすが、金ちゃん。フーカ様から生まれただけあって、えげつなさがそっくりです」
レイリアが余計な一言を口にすると、あちらこちらで笑いを押し殺す声が聞こえてくる。
僕が顔を引きつらせながら、レイリアに視線を向けると、彼女は顔を逸らした。
(なら、僕はこの炭酸飲料一本で、大金貨一〇枚だ!)
スパーン。
「人の話しを聞け! そして、張り合うな!」
僕は、どさくさに紛れて商売を再開しようとした銀ちゃんの頭を、ハリセンで叩いて怒鳴った。
「とにかく、金ちゃんと銀ちゃんは、法外な値段を付けないこと! でないと、今後、二人の食事は量を制限するし、欲しい食べ物も買わせないからね」
ガーン!
二人はショックを受けて青ざめると、一人前を小銀貨一枚前後で売り始めた。
「ん? 銀ちゃん? ちょっと待て! 飲み物が小銀貨一枚は高すぎるだろ! 僕の話しを聞いてた?」
(えっ? ダメなの? 売り上げで金ちゃんに勝てなくなるんだけど……)
銀ちゃんは、困った顔で僕を見つめる。
「売上勝負は禁止! 飲み物も付けた価格で売れば競わなくても済むし、お互いが同じ商品を売ればいいでしょ」
ポン!
二人は手を叩いて納得した。
こいつらは、本当に疲れる……。
(飲み物をつけて、中銀貨一枚です)
スパーン。
「飲み物を付けた途端、値段を跳ね上げるな! ……金ちゃん? わざとやってないよね?」
僕の問いに、金ちゃんはフルフルと首を横に振ってから、逃げ出した。
わざとやってたな。なんで、こうも言うことを聞かないんだ……?
僕は疲れて、うなだれてしまった。
僕は、ふと、あることに気が付いた。
「そう言えば、こっちは金ちゃん号だよね? 銀ちゃん号の車両に乗った人たちの食事は大丈夫なの?」
心配になり、ケイトに尋ねた。
「それなら、駅を出てからすぐに銀ちゃん号が後方に連結しましたから、行き来が出来ますので、大丈夫です」
「そうなんだ」
僕は納得しつつも、一応、連結された後方の車両を見に行った。
僕の後ろには、ケイト、ヒーちゃん、ツバキちゃんの三人も付いて来ている。
三人が付いて来ていると思うと、何故だか不安になってくる。
金ちゃん号の最後尾に着き、銀ちゃん号との連結部の扉を開ける。
「……」
そこには、銀ちゃん号が口を開けており、口の中には扉が見えていた。
「こ、これって……」
「どうだ、凄いだろ! 口を開けて連結させるのが上手くいかなくて、かなりの時間と経費を費やしただけあって、出来栄えはばっちりだろ!」
ツバキちゃんは得意げな表情をする。
こ、こんなことに時間と経費をつぎ込んでたんだ……。
僕は呆れ、めまいまでしてきた。
気を取り直して、銀ちゃん号の車内の様子を確かめようと、中へと入って行く。
マイさんやエルさんたちを見かけないと思ったら、こっちの車両に乗っていた。
他にもセレストさんやジゼルさんの姿も見られる。
「金ちゃん、これ、お代わり!」
(合点承知の助!)
マイさんが見覚えのある缶を振りながら、金ちゃんを呼ぶと、彼は箱から新しい缶を渡し、小金貨一枚を受け取っていた。
僕の目が届かないこっちの車両で、アコギな商売をしていたな。
「銀ちゃん、こちらにもお代わりを下さい。それと、おつまみもお願いします」
(合点承知の助!)
今度はセレストさんが、銀ちゃんにお代わりを頼んでいた。
彼はセレストさんに、新し缶と小袋に入ったおつまみを渡すと、小銀貨を三枚ほど受け取っていた。
人を見て、値段を決めてる……。
まあ、マイさんたちからだけで、セレストさんたちからは、法外な値段を取っているわけでもないからいいか。
「わ、私の缶酎ハイとおつまみが……」
僕の後ろで、ツバキちゃんだけがショックを受けていた。
「金ちゃん! 銀ちゃん!」
ケイトが二人を呼ぶ。
彼らはこちらを振り向き、僕を見た途端、ビクッとしてから恐る恐ると近付いてくる。
(貴重なお酒と食べ物だけど、高い値段は取ってないよ)
銀ちゃんが言い訳をしてくる。
「うん、見てたから分かってるよ」
彼は僕の返事にホッとする。
だが、金ちゃんは引きつった表情で横を向いて、こちらを向こうとしない。
「マイさんとエルさんは、少しは痛い目にあったほうがいいから怒りはしないけど、もう少し値段を下げてもいいかな」
(なら、中銀貨一枚にする)
金ちゃんは僕に振り向き、ホッとした表情を浮かべる。
「えーと、私も言うことがあって、二人とも缶や袋は回収して下さいね。こっちの世界には無いものですから、誰かの手に渡ると大変なことになるかもしれません」
ケイトの言葉に、二人は真剣な表情でコクコクと頷いた。
「そんなことよりも、お前たち! 私が隠し持っていた缶酎ハイとおつまみをくすねて、商売をするな!」
そんことって……。
それに、隠し持っているほうが悪い気がする。ツバキちゃんには、呆れるの一言しか出てこないよ。
僕がジト目で彼女を見つめると、誤魔化すように咳ばらいをし、金ちゃんと銀ちゃんに顔を近付けた。
二人は彼女の顔を真正面から見つめ返し、フルフルと首を横に振る。
((落ちてた!))
「はあ? あんなものが何処に落ちてるんだ!?」
(ツバキの部屋の冷蔵庫の中!)
(箱の中にも落ちてた!)
「バカもん! それは落ちてたとは言わん! 隠して……コホン、大切に保管してあったんだ!」
ツバキちゃんが怒鳴ると、二人もムッとした表情となり、落ちてたか盗ったかの口論を始めてしまった。
「「「……」」」
そんな幼稚な喧嘩を始める三人を、僕たちは呆れた表情で見つめていた。
少しソワソワした感じで、ジゼルさんが僕たちのところへと向かって来る。
何か、モゾモゾとしていて様子がおかしい。
「ジゼルさん? 具合でも悪いんですか?」
「いえ、その……お花を摘みに行きたいのですが、見当たらなくて、何処に行けばいいのか教えてもらえますか?」
「お花を摘みに? あっ!」
僕はケイトたちなら知っていると、三人に視線を送る。
「「「!!!」」」
彼女たちは何かを思い出したかのように、驚いた表情を浮かべ、その表情はすぐに曇って行く。
「そういえば、造り忘れました……」
ケイトが苦笑いで誤魔化すと、ヒーちゃんとツバキちゃんは、悔しそうな表情でうつむいてしまった。
この列車、長距離を走るのに、トイレがついていないんだ……。
これは、嫌な予感しかしない。
僕たちの会話を聞いていたジゼルさんは青ざめている。
それはそうだ。
しかし、どうしよう。トイレ休憩のために列車を停めるしかないと思うけど、安全を確認しないで、列車を降りても危険はないだろうか? ここにいるメンバーは強い人が多いけど、さすがに、あれの時は無防備になるのでは?
僕の脳裏には、色々な考えが浮かんできて、決断ができない。
(あるじー! どいて、どいてー。漏れちゃう!)
銀ちゃんは叫びながら、こちらへと走ってくる。
そして、僕を押しのけると、先頭車両の通路の脇にある扉を開いて、中へと消えていった。
「そうでした! 先頭車両には、駅でも降りれない職員のために、専用トイレを備えていたんでした。客車のことばかりに気を取られて忘れてました。すみません」
ケイトの言葉に、ジゼルさんはホッとした表情を浮かべて、銀ちゃんが入って行った扉の前で空くのを待ち始めた。
ジャー。ガラガラ。
銀ちゃんはスッキリした表情で出てくると、ジゼルさんが入っていく。
(ふひー! おしっこ、おしっこ! ゲッ! 入ってる。うー、も、漏れそう……)
金ちゃんが駆け寄ってきて、扉に鍵が閉まっている赤い印を見ると、内またになってモジモジとし始める。
「ご、ごめんなさい。すぐに出ますから、もう少し待って下さい」
扉の中からジゼルさんが謝ってきた。
あっ! 念話だから、聞こえちゃったんだ。
ん? 待てよ。この念話は皆にも聞こえているはずだから、金ちゃんの念話を聞いて、思い出したかのように、もよおした者たちが押し寄せてくるのでは?
僕の予想は当たり、しばらくすると、セレストさんやエルさん、マイさんまでもが扉の前に並んでいた。
トイレを探していた皆は、トイレを済ませたジゼルさんから場所を聞いたようだ。
ジゼルさんの後に入っていた金ちゃんが、スッキリした表情で出てくると、セレストさんが恥ずかしそうに入って行く。
ポン。
金ちゃんは手を叩き、何か閃いたようだ。
エルさんの順番になると、金ちゃんは箱を彼女に着き出す。
「えっ? なに?」
(今から有料! 大金貨一〇枚です)
「「「「「!!!」」」」」
僕たちは驚き、そして、呆れた。
こいつは、何かと商売にしたがるな……。
「ちょっと、セレスト様は無料だったわよね?」
(だから、今から有料。払えないなら我慢して!)
スパーン。
僕は彼の頭をハリセンで叩く。
「金ちゃん! 漏らされたら、車内が臭くなるよ。特に、酔っ払いのおしっこは臭いんだよ!」
(!!!)
彼はギョッとすると、鼻をつまんで僕の後ろに隠れた。
「漏らしてないわよ!」
ガラガラ、バタン!
エルさんは顔を真っ赤にして怒鳴ると、苛立ちを隠さずにトイレへ入ってしまった。
そして、彼女が出てくると、次は、マイさんが金ちゃんと銀ちゃんを警戒しながら入って行く。
(マイ様? おしっこ出た?)
タイミングを見計らったように金ちゃんが念話を飛ばす。
「……」
返事はない。当たり前だ。
(マイ様? 長くない? 歳だから、おしっこのキレが悪いの?)
ドンッ!
扉が強く叩かれると、金ちゃんはビクッとして、僕の後ろに隠れる。
皆にも彼の念話が聞こえているので、周りからはクスクスと笑い声が聞こえていた。
マイさんが、恥ずかしいのか怒っているのか分からないほど、顔を真っ赤にして出てきた。
そして、すぐに辺りをキョロキョロと見回し、金ちゃんを探しているようだ。
「金! それで隠れてるつもり!? そんなちっぽけなフーカ君の後ろに隠れたら、丸見えよ!」
ガーン!
金ちゃんだけでなく、僕までもがショックを受ける。
周りからは、再びクスクスと笑い声が聞こえていた。
とんだ、とばっちりだ!
「あのー、フーカさん? お取込み中のところをごめんなさい。そのー、あれはここにあるのですか?」
シャルが背後から声を掛けてくる。
「あれ? ……あー、トイレね。ここにあるよ」
彼女はホッとした表情を浮かべたが、すぐに青ざめてしまう。
僕が彼女の視線を追うと、トイレの前には順番を待つ列が先ほどよりも長くなっていた。
この列の後方に並ぶことを不安に感じたようだ。
(シャル様、こっち!)
銀ちゃんは、涙目のシャルの手を引いて、金ちゃん号の先頭車両へと向かう。
(ツバキは駄女神だけど、職員には優しい設計をしてたから、こっちの先頭車両にもあるはずだよ)
銀ちゃんとシャルの姿は見えなくなっていたが、彼の念話だけは聞こえてくる。
僕の横では、怒りを抑えているツバキちゃんが、フルフルとしていた。
(シャル様、あんな駄女神だけど、トイレを用意してくれたのには感謝だね。怠惰の女神から昇格して、トイレの女神にしてあげたいね)
銀ちゃんは、シャルとどんな会話をしてるんだ?
ツバキちゃんを褒めているようにも聞こえるけど……ちょっと気になる。
いつの間にか、ツバキちゃんの前では、乗客の人たちが跪き、祈りをささげていた。
しまった! ツバキちゃんの正体がバレてしまった!
「「「「「トイレの女神、ツバキ様、我ら一同、そのお姿とご尊顔を目にすることが出来て、心から光栄に思っております」」」」」
皆が声を揃える。
「私はトイレの女神じゃない! 豊穣の女神だ!」
ツバキちゃんは否定するが、誰もその声を聴かずに、「トイレの女神様」と祈りをささげていた。
「トイレの女神様って、本当にいたんだね」
ゴツン。
僕の思わずつぶやいた一言に、ツバキちゃんのげんこつが返ってきた。
「ぐぉぉぉー!」
僕は叫びながら、頭を押さえてのたうち回る。
そして、列車には笑い声が響いた。
とんでもない試乗になってしまった。
そして、痛い……グスン。
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