141話 金ちゃん、銀ちゃんとの念話
いつまでも謁見の間にいても仕方ないので、落ち着いて話せる会議室へと僕たちは移った。
皆が席に着くと、アンさんとオルガさんがお茶と、軽く摘まめるものを出していく。
ツバキちゃんは、皆からの質問を受けやすいように上座へ座り、その向かい側の大きなソファーには、金ちゃんと銀ちゃんが座った。
ツバキちゃんは何も言わなかったが、二人を引きつった顔で見つめる。
二人の好待遇を人は、似たような表情を取るので、最近はこの光景にも慣れてきた気がする。
口火はミリヤさんからだった。
「ツバキ様、金ちゃんと銀ちゃんが凄いことは分かったのですが、今回の覚醒? で、二人は、本当に手足が伸びただけなのですか?」
彼女は、どこか疑いを抱く様子で、ツバキちゃんに尋ねた。
「うーん。本人たちがそう言ってるし、本人が気付いていない能力を得ていたとしても、周りは気付きにくいからな」
「「「「「……」」」」」
彼女の返事に僕たちは、二人が手品と言い切っていた収納魔法のことや無意識に使っていた創成魔法のことを思い出し、頭を悩ませる。
「ん? 皆、変な表情を浮かべてるが、どうした?」
「ツバキちゃん、金ちゃんと銀ちゃんは、収納魔法を手品だと思ってたり、自分たちでも気付かずに、便利だからと適当に使っていた前科があるんだよ」
僕が答えると、彼女は眉間に皺を寄せて、二人を見つめる。
すると、二人は腰に手を当てて胸を張り、ドヤ顔を見せた。
「褒めてない! どこをどう解釈したら、そんな顔が出来るんだ!」
彼女に怒鳴られた二人は、頭をさすって照れ始める。
「……」
彼女は無言のまま、額に青筋を立てて苛立つが、少し間をあけてから大きく深呼吸をすると、諦めたように疲れた表情を浮かべた。
そして、ツバキちゃんは立ち上がる。
「仕方ない。もう一度見てやる」
彼女はそう言って、金ちゃんと銀ちゃんに近付くと、再び彼らの額に手を当てる。
ポリポリポリ。
二人はテーブルに置かれたクッキーを摘まんで口に運ぶと、額に当てられた手が邪魔なのか、目を細めて彼女の真剣な顔を見つめる。
「うーん。ん?」
ポリポリポリ。
「こいつらは」
ポリポリポリ。
「……声を出せる」
ポリポリポリ。
「ようになった」
ポリポリポリ。
「ようだ……」
ポリポリポリ。
「えーい! 私が調べてやっているのに、ポリポリとうるさい! 会話に挟んでくるな! それに、少しは集中させろ!」
ツバキちゃんに怒鳴られた二人は、ビクッと驚くと、喉を押さえて苦しみだした。
食べ物をのどに詰まらせたようだ!
「は、早くお茶を!」
僕が叫ぶと、アンさんとオルガさんが二人に駆け寄り、お茶を渡す。
「「ゴクゴク」」
「「ブハッ! ゴホッ、ゴホ」」
((あっちぃー!))
二人はお茶で流し込もうとしたが、まだ、熱かったらしくむせてしまった。
アンさんとオルガさんが、むせている二人の背中を叩いている横で、ツバキちゃんは呆れていた。
金ちゃんと銀ちゃんが落ち着きを取り戻し、ホッとした表情を浮かべると、ツバキちゃんは話しをもどす。
「こいつらは、……えーと、何だったかな? あっ、そうだった。こいつらは、声を出せるようになっているようだ」
「「「「「!!!」」」」」
彼女の言葉に僕たちが驚くと、金ちゃんと銀ちゃんも驚いて彼女を見つめる。
二人が驚く様子を見て、彼女は片眉をピクピクさせた。
ツバキちゃんでも、二人を相手にすると、ストレスが溜まるみたいだ。
「金ちゃん、銀ちゃん、何か喋ってみて下さい!」
ケイトは前のめりになって、二人を興味深く見つめた。
二人は口をモゴモゴさせ始めたり、パクパクさせたりする。
二人がどんな声を出すのかと、僕たちもケイトのように前のめりになって、聞き逃さないように集中する。
「「……」」
「「…………」」
「「………………」」
「「ワン!」」
ドタン!
僕たちは前のめりの状態で力が抜けると、テーブルに打ちつけられた。
散々じらした挙句の一言が「ワン」って……。
「狐なら、「コン」と鳴け!」
ツバキちゃんが残念そうな表情で叫ぶ。
「ツバキ様? 狐の鳴き声は、犬みたいな「ワン」です」
「えっ? そうなの? コホン。……いや、知ってたぞ。冗談だ」
ヒーちゃんに言われたツバキちゃんは、知らなかったことを誤魔化した。
「ん? ツバキちゃんも狐でしょ! 何で知らないの!?」
「いや、知ってたさ。だから、冗談だって言っただろ。っていうか、私は狐じゃなくて女神だ!」
彼女は腕を組んでプンプンと怒りだしてしまった。
「「「やっぱり、駄女神だ……」」」
僕、ケイト、マイさんが口を揃えると、彼女はこちらをキッと睨みつけてくる。
「駄女神って言うな! 私はダメな女神じゃない! そう言えば、マイは私のことをやたらと駄女神と言っていたな」
ギクッ。
マイさんは、青ざめた表情を浮かべて、イツキさんの背に隠れる。
「マイに天罰を食らわせてやる」
「ヒィッ!」
ツバキちゃんの言葉に、マイさんが悲鳴を上げた。
「ヘップシ!」
ツバキちゃんの隣で座っていた銀ちゃんが、彼女を見上げたままくしゃみをすると、ツバキちゃんの顔には彼の唾とクッキーの食べかすが張り付いた。
(あっ、ごめんなさい)
モギュモギュモギュ。
彼は謝ると、テーブルに置かれた布巾で彼女の顔を拭いてあげる。
「……おい、この布巾は、さっき、テーブルを拭いたやつだよな?」
彼女から問われた銀ちゃんは、首を傾げる。
そして、『まだつかえる』とプラカードを掲げた。
「使えるかどうかじゃない! 人の顔を拭くのに、使用済みのものを使うな!」
彼女に怒鳴られた銀ちゃんは、ポンと手を叩くと、部屋の端にある物置から古びた布を取ってくる。
「それは、雑巾じゃないのか?」
彼女の問いに銀ちゃんは、『みしよう。きれい』と掲げてみせる。
「バカか! 未使用でも洗ってあっても、それは雑巾だ! そんなもので私の顔を拭こうとするな!」
再び彼女に怒鳴られた銀ちゃんは、ショボンとしてソファーに座る。
ツバキちゃんは、その様子にいたたまれなくなったのか、彼の頭をなでる。
「今度から気を付ければいい」
そして、優しく言葉を掛けた。
銀ちゃんは、彼女を見上げて嬉しそうにコクコクと頷く。
その二人の様子をニンマリとした表情で見ていると、こちらの視線に気付いた彼女は、顔を真っ赤にする。
「コホン。とにかく、こいつらは声を出せるようになったんだ」
恥ずかしさからなのか、彼女は強引に話しをまとめてしまった。
「二人が声を出せるようになったのはいいことなんですけど、それが「ワン」っていうのも……」
ケイトは歯切れの悪い感想を述べる。
「今後、「ワン」以外にも話せるようになるかもしれませんし、ここは長い目で二人の成長を見守りましょう」
イーリスさんの意見に皆も頷いて賛成する。
「あのー、ちょっと気になったことがあるんですけど、いいですか?」
レイリアが手を挙げると、皆は彼女に向かって頷く。
「私の気のせいかもしれないんですけど、あの光の後、たまに金ちゃんと銀ちゃんの言葉というか、思っていることが聞こえた気がするんですけど」
「あれ? 言われてみればそんな気もする」
僕が答えると、皆も思い出そうと悩みだす。
「確か、謝った時とか……。さっき、熱いお茶を飲んでむせた時も聞こえた気がしますね」
ケイトが思い出したことを口にすると、皆も頷き、金ちゃんと銀ちゃんに視線が集中する。
二人はクッキーを食べ終えて、サンドイッチに手をかけようとしていたのを止めて、皆から注目されていることに気付くと、『たべちやダメ?』と金ちゃんがプラカードを掲げた。
「いえ、食べていいですよ」
シャルが微笑んで答えると、二人はホッとした表情でサンドイッチを食べ始める。
二人が食べる姿を少し見てから、僕たちは視線をツバキちゃんへと向けた。
「うーん。もしかしたら、念話を使えるようになったのかもしれないな。まだ、本人たちも使い方が分からず、無意識で使っているというのが、だとうだろうな」
「念話ですか。魔術師や魔導士、隠密を生業とする者では、波長のあった特定の人物とだけは使えますが、誰とでもというのは聞いたことがありません」
ミリヤさんはあごに手を当て、考えこむように答える。
そして、再び皆の視線は、金ちゃんと銀ちゃんに向けられた。
「とにかく、二人にやらせてみるしかないだろう」
「そうですね」
ツバキちゃんの言葉にミリヤさんが賛成すると、皆も頷く。
「金ちゃん、銀ちゃん、ちょっといいかな?」
僕が声を掛けると、二人は頷いて返した。
「二人は、念話を使えるの?」
「フー君? それはさすがに直球すぎます」
ヒーちゃんから注意を受けてしまった。
「えーと、金ちゃん、銀ちゃん。二人が思ったことを私たちに伝えられるか、試してもらえますか?」
シャルが僕の代わりに二人へ話す。
二人は頷くと、『どうやるの?』と金ちゃんがプラカードを掲げる。
僕たちは、ツバキちゃんへ視線を向ける。
「えーと、こう、頭に思い浮かべたものを、ビューンと放出……。うーん、説明が難しいな。えーと、頭で思ったことを誰かに送るイメージで外へ出す感じだ」
ツバキちゃんの説明に、二人は腕を組んで悩みだしてから、『やつてみる』と金ちゃんが掲げながら頷くと、銀ちゃんも頷く。
二人は身体を左右にひねり出したり、首をまわして集中する準備を始める。
そして、残っていたサンドイッチを口に放り込むと、お茶を流し込む。
そのサンドイッチとお茶のくだりは必要ないと思うけど……。
二人は口をモグモグさせながら、両手でこめかみを押さえて集中を始めた。
僕たちも二人からの念話を受け取ろうと集中する。
……。
…………。
………………。
何も起こらない。やはり意識すると難しいのだろうか?
二人は一度顔を上げる。
「焦らなくていいぞ。意識すると逆に難しかったりするものだ」
ツバキちゃんが優しく声を掛けると、金ちゃんは『なにをおもえばいいの?』と掲げ、銀ちゃんも頷く。
「「「「「……」」」」」
僕たちは唖然とする。
こいつらは、何も考えずに集中してたのか……。
それでは、何も伝わるわけがない。
「何でもいい! 食べたいものでも誰かの悪口でもいいから頭の中で浮かべろ!」
ツバキちゃんは呆れたような表情で叫ぶと、二人は頷き、テーブルの上をキョロキョロと見回す。
「どうぞ」
ネーヴェさんが自分の前に置かれたサンドイッチの載ったプレートを二人の前に出す。
二人は彼女に頭を下げながらサンドイッチを頬張り、お茶を流し込む。
そして、再び、口をモグモグさせながら集中を始めた。
……。
…………。
………………。
やっぱりダメかと思った瞬間、うっすらというか微かに何かが頭の中へ入ってくる感覚がした。
すると、何かが頭の中に響いてくる。
((ゆんゆんゆんゆんゆん、きゅんきゅんきゅんきゅん、ふぁんふぁんふぁんふぁん、じゅーんじゅんじゅんじゅん))
「「「「「……」」」」」
意味の分からない言葉が頭の中に響き、皆は戸惑う。
しかし、僕はこの聞き覚えのフレーズを知っていた。
「「宇宙人を呼ぶな!」」
「変なものを呼び寄せないで下さい!」
僕が叫ぶのと同時に、ツバキちゃんとヒーちゃんも叫んだ。
金ちゃんと銀ちゃんは頭を掻きながら、『これしかおもいうかばなかつた』と金ちゃんが掲げると、『こんどこそ』と銀ちゃんがやる気をみせる。
まあ、やる気があるのならと、僕たちは、再び続けることにした。
また、サンドイッチとお茶を口に入れ、二人が口をモグモグさせて集中を始める。
こいつらは、食べ物を口に入れないと、集中できないのか?
……。
…………。
………………。
また少し間を置いてから、うっすらと聞こえ始める。
((ベントラー、ベントラー、スペースピープル、こちらユナハ市。ベントラー、ベントラー、スペースピープル、こちらユナハ市))
「「「「「……」」」」」
再び、皆が戸惑う。
「「だから、宇宙人を呼ぶな!」」
僕とツバキちゃんが叫ぶ。
バン!
すると、ヒーちゃんによってテーブルが強く叩かれ、僕たちはビクッとする。
「何で、呼ぶんですか!? 本当に来たらどうするんですか!? 念話なんですから、交信できちゃうかもしれないんですよ!」
ヒーちゃんは、顔を真っ赤にして身体を震わせながら、本気で怒っていた。
((ご、ごめんなさい。もう呼びません!))
二人は真っ青な顔で彼女に謝ると、何度も頭を下げていた。
結局、二人の念話で送られたまともな言葉は、「ご、ごめんなさい。もう呼びません!」だけだった。
ヒーちゃんは、お化けの類だけでなく、宇宙人も苦手なのか? もしかしたら、オカルト全般がダメなのかもしれない。
ヒーちゃんを皆でなだめて、やっと彼女が落ち着くと、僕たちは疲れて椅子にへたり込んだ。
「ったく、あいつらは何で、あんな偏った知識ばかり持ってるんだ」
ツバキちゃんが愚痴ると、皆の視線が僕へと集中する。
「違うよ。僕が教えたんじゃなくて、パソコンから拾ってきてるんだよ!」
「まあ、フーカが造った神獣だから仕方ないか。あの性格も諦めるしかないな」
再び、ツバキちゃんが愚痴る。
「ん? よく考えてみれば、僕のパソコンに色々と余計なものを入れておいたのは、ツバキちゃんじゃないか! もとを正せば、全部、ツバキちゃんのせいだ!」
「なっ! 私のせいにするな! 私は面白そうなものを入れておいただけだ!」
彼女は反論してくる。
(まあ、まあ、喧嘩をしないで、これでも見て落ち着いて!)
念話が入ってきて、僕たちは金ちゃんと銀ちゃんを見つめる。
「今の念話はどっちですか?」
ケイトが尋ねると金ちゃんが手を挙げた。
「それで、これでも見てとは何ですか?」
ケイトの質問を金ちゃんは手で制して、集中を始めると、銀ちゃんも集中を始めた。
……。
…………。
………………。
……………………。
今回は、さっきよりも時間を使っている。
すると、うっすらと頭の中に靄のかかった映像が浮かんでくる。
その映像の中で、こちらへと近付いてくる人影が見えてきた。
その人影がはっきりと見えると、全裸のケイトだった。
「ブハッ!」
僕は吹き出し、ケイトは、ガタンと音を立てて立ち上がった。
彼女は真っ赤な顔をして、金ちゃんと銀ちゃんへ向かって走りだす。
二人は彼女に気付くと、ソファーから飛び退くように逃げだした。
すると、映像は、フッと消えてしまった。
「あんたたち! なんてものを流すの! もう、お風呂で洗ってあげないわよ!」
((ごめんなさい。主が喜ぶと思って!))
なっ、こっちに振るな!
僕が巻き込まれる。
皆からは、すでに冷たい視線が送られていた。
やっぱり、巻き込まれた……。
その間も、二人とケイトは、テーブルの周りを何度も回り続ける。
そして、何週も回り続けた三人は、息を切らしてへたり込んだ。
「凄いですね。もう、念話を使いこなすどころか、……まあ、送ってきた映像はともかく、自分たちが見たものを送れるまでに使いこなせるとは、驚きです」
イーリスさんは、へたり込む三人を見つめながら率直な感想を述べた。
「今みたいに、いたずらにばかり使わないでくれればいいんですけどね。……きっと、無理でしょうね」
シャルは残念そうに金ちゃんと銀ちゃんを見つめると、皆も同じ表情で二人を見つめるのだった。
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