132話 女神降臨(シャルティナ視点)
私はユナハ城の執務室で、ドレイティス王朝の支援のため、ブレイギル及びタジラス連合国へ向けて送ったユナハ連合軍に参加する我が軍の報告書を、複雑な思いでまとめたりと、仕事をしていた。
「ハァー。金ちゃんと銀ちゃんは、おならで通信を邪魔したばかりか、ドレイティス王朝の城で異臭騒ぎを起こして、自由気ままにやらかしているし、かと思えば、今まで、希有な魔法を自覚せずに使いまくっていただなんて……。あの子たちは騒ぎを起こす天才ですか!?」
「シャル様、こちらで思い悩んでいても何もできないですし、疲れるだけです。ミリヤとヒサメ様もついているのですから、二人に任せましょう」
イーリスは、私の仕事を手伝いながら、嫌な顔もせず、イラつく私の愚痴に答えてくれる。
「イツキおば様を同行させたほうが良かったのでは?」
「そんなことをしたら、今度はマイ様がやらかして、こちらも大変なことになっていましたよ」
「うっ、そうでした……」
あー。人材が足りなさすぎる。
私は頭を抱えてうなだれた。
いや、嘆いている場合ではない。ここまで、ブレイギル聖王国を追い込んだのだから、あの国は黙っていないだろう。必ず戦いになる。その前に出来るだけの準備をしておかねば。
私は、再び頭を起こして、仕事に没頭する。
コンコン。
「どうぞ」
扉を叩いた兵士は、私の返事を聞くと、少し焦りのある表情で中へ入ってきた。
「報告します。陛下がブレイギル聖王国の刺客に襲われたそうです!」
「「!!!」」
ガタッ。
私とイーリスは、その報告に驚いて、立ちあがった。
「それで、フーカさんは無事なのですか?」
「はい、ご壮健とのことです」
私たちは、ホッと胸をなでおろした。
「フーカさんには、アンもレイリアもついているでしょう。何故、襲われたの?」
彼は少し困ったような表情を浮かべる。
「ドレイティス王朝の王都、ドリュアスの街に出て、……お一人で焼いもを売っていたところを襲われたそうです」
「「……」」
私たちは言葉を失った。
フーカさんは、あっちで、いったい何をしているの!? なんで、一国の王が単独で焼いもを売っているのよ。
私の頭は混乱して、何が何だか分からない。
「それで、フーカ様は、何故、焼いもを売っていたのですか?」
私よりも先に冷静さを取り戻したイーリスが、質問をしていた。
「えーと、私もよくは理解できないのですが、『焼いも屋さん』という屋台を引いて、街を練り歩きながら焼いもを売って、それが、ドレイティス王朝の名物になるか試していたそうです」
「「……」」
私たちは、再び言葉を失う。
また、何か新しいことを始めたのね……。
「えっ、ちょっと待って。刺客はブレイギル聖王国からの者たちなのよね?」
「はい、襲撃者は、ブレイギル王から、陛下の襲撃を命じられたホレス・フォン・クスケ伯爵と、その部下たちとのことです。金様と銀様の取り調べに耐えきれず、全てを話したそうです」
「「!!!」」
私たちは、その名前を聞いて驚く。
ホレス・フォン・クスケは、カーディア正統帝国の六帝の一人で、エル様が逃げられてしまった者だ。
金ちゃんと銀ちゃんの取り調べというところは気になるが、これは、凄い成果と言える。
「シャル様、未遂とはいえ、ブレイギル王がフーカ様の命を狙ったのですから、これは宣戦布告と取れます。ユナハ連合の各国が動く前に、我々も動かなくてはなりません」
私はイーリスに向かって頷いた。
「このことを、エンシオ首相とクリフ副首相に告げて、出兵の準備をさせて!」
「はっ! かしこまりました」
彼は敬礼をすると、急ぎ足で部屋去って行った。
もーう、これで、また、仕事が増える。
どうして、フーカさんが関わると、次から次へとおおごとになっていくのよ!
私は終わりかけていた書類を見つめながら、うなだれた。
「取り調べで分かったブレイギル聖王国の報告が、次々と来るでしょうね。ハァー」
イーリスは、終わりかけていた書類を見つめて、溜息を吐いた。
「待って、エル様がドレイティス王朝に押し掛けるかもしれない! イーリス、サンナさんとハンネさんに、エル様を止めるように伝えて!」
「あっ、はい! 直ちに!」
彼女は扉に向かって走ると、廊下にいる衛兵へ伝える。
そして、ホッとした表情で戻ってきた。
「これで大丈夫よね?」
「だと、思います」
彼女の返事は歯切れが悪かった。
この状態では仕事が手につかない。
私たちはソファーに座りながらお茶を飲み、気分転換をすることにした。
コンコン。
うっ、また、何か来た……。
「どうぞ。今度は何?」
入ってきたのは、ユナハ神殿にいるはずの巫女だった。
「あら? こんなところまでどうしたの? 神殿で何かあったの?」
彼女は私に戸惑った表情で頷く。
「神鏡が強く光り出しました。おそらく、女神様方が降臨なさると思うのですが、ヒサメ様もミリヤ様も不在のこの状況では、私どもでは対処しきれません。シャルティナ様、イーリス様、お二方のお力をお借りしたく、参りました。なにとぞ、よろしくお願いいたします」
「「!!!」」
私たちは、驚くと同時に固まった。
一難去ってまた一難、どうして、こう次から次へと……。
それも、フーカさんがいない時に、女神降臨って、私にだってどうしたらいいか分からないわよ! あー、泣きたい……。
私がイーリスを見ると、彼女は引きつった笑顔を浮かべてから、疲れ切ったようにうなだれた。
◇◇◇◇◇
私とイーリスは、巫女の後について神殿へと向かう。
私たちだけでは心もとないので、途中ですれ違った衛兵に、叔母様とイツキおば様へ奥宮まで来るよう伝言を頼んだ。
奥宮に着くと、大きな荷物を背負い、両手に車輪のついた大きな鞄を持ったツバキ様が、青色のズボンに濃い緑色の上着を着た姿で神鏡の前にいた。
そして、彼女の周りには、跪く巫女たちが並んでいた。
もう、降臨されている。
私とイーリスも、急いで彼女の前で膝をつく。
彼女は私たちを見ると、手に持った荷物を置き、空いた手を、こちらに向けて挙げた。
「よっ! えーと、シャルだったな。出迎えご苦労!」
私たちは、あまりにも気楽な態度を見せる彼女に、ぼんやりとしてしまった。
「呆けてないで、荷物を運ぶのを手伝ってほしいんだけど」
「「は、はい。すぐに!」」
私たちは、ツバキ様の車輪のついた鞄を受け取ると、扉へ向かって歩き出す。
歩きながら、私は、彼女だけが降臨したことに疑問を抱いた。
「ツバキ様、他の方々は、来られなかったのですか?」
「今の時期から神社では……。コホン。あいつらは向こうで済ませておきたい用事があって、遅れてくるらしい」
「そうなのですか」
私の質問に答えたくれたツバキ様は、何かを隠しているような怪しさがあった。
何だか、逃げてきた? ようにも見える。
面倒くさいことにならなければいいのだけど……。
私は、こちらに騒動を持ち込むのではないかと、不安を抱きつつも、扉を抜けて奥宮を出た。
外に出ると、賽銭箱の前に、叔母様とイツキおば様が息を乱して立っていた。
急いで駆けつけてくれたらしい。
「あれ? 一人だけ?」
叔母様は、こちらを見て、拍子抜けしたような表情を見せた。
「確か、カエノの娘のマイだったな。一人で悪かったな」
「いえいえ、一人でも女神は女神ですから」
叔母様の少し皮肉めいた返事に、ツバキ様はムッとした表情を見せると、叔母様は顔を逸らした。
「あのー、ツバキ様。お母様、いえ、カエノは、この時期の神社は忙しいと、いつも日本へ手伝いに戻られるのですが、ツバキ様は、多忙な時期にこちらへ来てよろしかったのですか?」
ギクッ!
「わ、私がいても……その、なんだ、足手まといだし、邪魔になるだけだから、大丈夫なんだ」
イツキおば様に問われたツバキ様は、ソワソワした様子で何かとってつけたような返事をした。
挙動と返事が不自然すぎる。
さては、仕事が忙しい時期になったので逃げてきたのでは?
以前にフーカさんが、ツバキ様を『怠惰』と言っていたことを思い出す。
そして、その二文字が脳裏から離れなくなった。
私が、怪しむようにツバキ様を見つめると、イーリス、叔母様、イツキおば様の三人も、私と同じ視線を彼女に向けていた。
「そ、そんな目で見るな! 仕事を手伝ってもボロクソに言われるだけだから、邪魔にならないように、こっちへ逃げて、こっちで私のやれることをしようと思って、一足先に来ただけだ」
ツバキ様は、言い訳にしか聞こえないことを言い出して、プクーと膨れる。
「わ、分かりました。他の方々が来れば分かることです。今は、ツバキ様方に用意したお住まいへご案内します」
「お、おう、シャ、シャルの言う通りだ。シズクたちが来れば……わ、わかるさ。アハハハハ」
これは有罪だ……。
シズク様方が降臨されたら、どんなことになるのか、不安でたまらない。
フーカさん、シズク様方が降臨される前に帰って来て!
私は祈る。
だが、目の前には、祈りをささげる対象がいる。
私は祈ってしまって良かったのか、複雑な思いに襲われた。
「ほへー!」
女神様方のために用意した屋敷に着くと、ツバキ様は変な声を出して驚く。
「ほへー!」って、この人……じゃなかった。この女神様は、本当に女神様なのだろうか?
私は、心のどこかで女神様とは思いたくないという気持ちを押し殺した。
イーリスと叔母様たちも複雑というか苦悩しているような表情を浮かべ、口を開けて屋敷を見ているツバキ様を見つめていた。
ツバキ様のお世話をするために付いて来てくれた数人の巫女が、玄関の扉のカギを開けてくれる。
そして、扉が開け放たれると、落ち着いた雰囲気に仕上げられた屋内の様子が目に飛び込んできた。
「おぉぉぉー! 凄いな。落ち着いた雰囲気でまとめられているが、これぞ、セレブって感じだな!」
ツバキ様の言っている感想の意味は、よく分からない。
だが、喜んでくれているのなら、良かった。
私とイーリスは、ツバキ様の荷物を巫女へ渡すと、叔母様とイツキおば様も交えた四人で少し屋敷の中を見て回った。
フーカさんのパソコンで見た家の造りが取り込まれていて、私たちからみれば、画期的な家屋なのだが、フーカさんとヒーちゃんにとっては、そのほうが日本の住まいな感じがして、落ち着くらしい。
屋内を見終えた私たちが玄関前のロビーへ戻ると、黒いスカートと上着に着替えたツバキ様が待っていた。
とてもかしこまった服装で、さっきまでの彼女とは別人のように格好よく見える。
「あら、何だか、出来る女! みたいでカッコいいわね」
叔母様が褒めると、彼女は腕を組んでドヤ顔を見せた。
「これは、スーツと言って、出来る女だけが着ることを許された、公式な時などに着る服装なんだ!」
私たちは感心しながら彼女を見つめる。
だが、何故か? 金ちゃんと銀ちゃんの姿が浮かんでくる。
女神様だから嘘はついていないと思うのだけれど、彼女の言葉をうのみにしてはいけない気がする。
そして、ツバキ様が王立研究開発局を見学したいと言い出したので、私たちは彼女を案内することにした。
「ツバキ様。ツバキ様が、この国の王立研究開発局のことを知っていたことも驚きなのですが、何故、見学をしたいのですか?」
イーリスは、王立研究開発局へと向かう道すがら尋ねた。
「王立研究開発局のことは、ヒサメとケイトの二人と話したり、メールの……手紙のようなものでやり取りをして、知っていた。それに、開発中のいくつかのものが手に余って、中断されていると聞いていたから、私が見てやろうと思ったんだ」
「そ、そうですか……」
イーリスは、引きつった笑顔を見せて答える。
彼女が引きつるのも無理はない。
ケイトたちからは、ツバキ様たちと連絡を取れる様になったことは伝えていたが、そんな密に連絡を取っていることまでは報告されていない。
私たちは王立研究開発局へ向かうため、神殿の中を通り抜ける。
ツバキ様は自分の像を見てウンウンと頷いていたが、急に首を傾げた。
「どうかしましたか?」
「この私の像、ウルス聖教の神殿のものよりも、大幅に胸のボリュームが減らされているのだが……」
「そ、それは、フーカさんが……偽りは良くないと……」
「あ、あいつめ! ん? そう言えば、フーカとヒサメが来ていないようだけど、あいつらは忙しいのか?」
「いえ、今は他国で、その、戦争に巻き込まれていまして、まだ、戻ってこれない状態です」
私は、彼女もドレイティス王朝へ向かうと言い出すのでは? と恐怖心を抱きながら答えた。
「そうか。相変わらず、行く先々で巻き込まれてるな。ん? この狐の像は……こっちでもマスコットキャラを作っているのか?」
「いえ、それは、最初はフーカさんからもらった人形をモチーフに造ったのですが、今では金ちゃんと銀ちゃんの像として定着しています」
「金ちゃん? 銀ちゃん? それは何?」
彼女が首を傾げると、イーリスは、私をフォローするように話に入ってきて、二人の説明をしてくれた。
イーリスから説明を聞き終えたツバキ様は、金ちゃんと銀ちゃんの像を見つめながら、うなだれてしまった。
フーカさんの魔力から二人が生まれたことや、二人がやらかしてばかりのことを聞かされたのだから、仕方がない。
「そ、そんな、面白いことがあったなんて……。ここのところゲーム会社との打ち合わせとかが忙しくて、こっちの世界のことを見ていなかった。後で神鏡に録画されている記録をチェックしないと……」
「「「「……」」」」
彼女がうなだれていた理由は、全然、違った……。
肝心なところを見逃してしまったことへの後悔からだった。
「ハァー。リアルタイムで見たかったが、仕方がない。よしっ! さあ、気を取り直して王立研究開発局へ向かうぞ!」
ツバキ様は腕を突き上げた。
「シャルちゃん。勝手に落ち込んでおいて、開き直ったように仕切りだしたけど、いいの?」
叔母様が私に耳打ちしてくる。
「まあ、こういう性格の方ということは、何となく察していましたから。ただ、実際に会って対応してみると、面倒くさそうな方で、今後が不安です」
声を細めて叔母様に答えると、彼女は苦笑しながら軽く頷いた。
「おい、そこ! 私の悪口を言ってるだろう!」
「「いえ、違います!」」
私と叔母様は首を横に振る。
「ツ、ツバキ様、王立研究開発局の開発などをしている部署は、城から馬車に乗って行くことになりますから、早くいきましょう」
「そ、そうか。そうだな」
私は話しを逸らして誤魔化すと、彼女を連れて城へと向かった。
私たちが城に着くと、そのまま城の正面玄関に向かい、用意されていた馬車へと乗り込む。
イーリスが気をまわして、通りがかりの兵士に頼んでくれたので助かった。
ツバキ様には、早く見学を終えてもらって、屋敷に戻って大人しくしていただいたほうが良いと、私の本能が告げてくる。
馬車は私たちを乗せて、王立研究開発局の施設がある工業地帯へと向かう。
「なあ、ここにいるのは、フーカの奥さんになった者たちだよな?」
「ちが……」
「はい!」
ツバキ様の問いに、叔母様は私の言葉をさえぎって返事をする。
彼女の隣では、イツキおば様が赤らめた頬を両手で押さえ、恥ずかしがっていた。
「ち、違います。この中で、フーカ様と、その……一緒になったのは、シャル様と私だけです」
イーリスは、少し恥ずかしそうに答えた。
「そ、そうか。フゥー。良かった。あいつが熟女にも興味を持ったのかと、少し心配してしまったが、違うのなら良かった、良かった」
ピキッ!
ツバキ様の言葉に、叔母様とイツキおば様の額に青筋がたった。
「ツ、ツバキ様? お言葉ですが、私たちが熟女だったら、何百万年も生きているツバキ様は、お婆さん、いえ、干からびた化石ですよ!」
「な、なんだとー! そもそも、私は何百万年も生きてない! それに、この肌を見てみろ! しっとりツヤツヤだ!」
「そんなの女神なんだから、何とでも出来るでしょ!」
「ふざけるなー! この容姿は日ごろの努力の証だ! 高級エステ店の予約を取るのが、どれだけ大変だと思っているんだ! 会員制だし、価格も高いしで、時間の調整と神社の経費をちょろまかすのにどれくらい苦労していると思ってるんだ!」
叔母様とツバキ様が言い争いを始めると、ツバキ様の口から、何かとんでもない言葉が出た気がする。
「日ごろから、ダラダラせずに運動したり意識していれば、そんなお店に行かないで済むでしょ!?」
えー。叔母様がそれを言うの……。
「仕事柄、座りっぱなしだったりと、普段は不摂生になってしまうんだから、仕方ないだろ!」
仕事柄って、女神様の仕事って、そういうものじゃないと思う……。
二人の言い争いを聞いていると、こちらの頭がおかしくなりそう。
そして、叔母様とツバキ様が言い争いは、目的地に着くまで続けられた。
馬車が到着すると、私、イーリス、イツキおば様の三人は、二人の言い争いを聞かされ続けられ、疲労困憊だった。
そして、言い争っていた二人は、「「ゼェー、ゼェー」」と息を切らせていた。
普通、女神様が降臨したら、こんな状況にはならないと思うのに、どうしてこうなってしまうの……?
私の脳裏に笑顔のフーカさんが浮かんだ。
何故だか、その笑顔は、私を無性にイラつかせるのでした。
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