13話 帝都出立
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ユナハ伯爵自治領へ向かう日の早朝、辺りはまだ暗いが、僕たちはルートの再確認をしていた。
コンコン。
扉から軽装備の甲冑を着た騎士が室内に一歩入り、胸に手を当てた敬礼をし、「準備が整いました」と告げる。
僕たちは、シリウスさんを先頭にして城の外に出ると、待機している馬車へと向かう。
そこには、四頭立ての馬車が三台あり、真ん中の車両は特に豪華だった。
そして、その周りには数人の騎士たちが馬に乗り、待機している。
「異世界って感じだ!」
「フーカさん、気付かれないように出立するんですから静かにしてください」
シャルに叱られてしまった。
だが、めげずにこの異世界観を記録に残すため、軽装備で鎧だけを着ているシリウスさんが黒馬に跨る姿を、スマホで撮る。
フラッシュを使わなかったので、奇麗に撮れているかを画像で確認してみると、画面の彼は苦笑していた。
パシン!
シャルが頭を叩いてきた。
「この忙しい時に何をしているんですか! さっさと乗って下さい!」
彼女は苛ついている。
そして、ショボンとする僕は、真ん中の馬車にシャルたちと共に乗った。
馬車は、僕、シャル、ミリヤさん、イーリスさん、ケイト、レイリア、アンさんの七人が乗ってもがゆとりのある広さだった。
アンさん以外は軍服のような格好だった。
特に、シャル、ミリヤさん、イーリスさんのピッチリとしたスキニーパンツを履いた姿は新鮮で見惚れてしまう。
「フーカ様のス、ケ、ベ!」
ケイトに小声で茶化され、顔を赤くしながら座席に座る僕を、シャルたちが不思議そうに見ている。
「出発します!」
シリウスさんの掛け声で、馬車が静かに動き出す。
車窓から覗く街は、夜が明けていないこともあり、暗闇にうっすらと浮かぶ建物のシルエットが、延々と続くように感じられる。
「シャル、日も昇らない早朝に出発する必要があるの?」
「私も聞かされていなかったんです」
彼女はアンさんを見た。
「敵を欺くために、昨夜、シリウスと相談して決めました。そして、今日の予定はテクシス市近郊で休憩をとり、テクシス市を避けて、アルパ市で宿を取ることにしました。そのためにも、早めに出立する必要があります。黙っていて申し訳ありません」
「そういうことなら、気にしなくていいわ!」
シャルの返事と同時に、僕も黙って頷いた。
しばらくすると、馬車が一度止まり、再び動き出す。
徐々に鼻を突きさす異臭が漂ってくる。
僕は何事かと外を見た。
……。
その光景に、言葉を失った。
イーリスさんからはスラム街があると聞いていたが、家もなく、柱に布をかぶせただけのテントともいえぬような物が街道の両側に広がっていた。
あまりの酷さに、感情も思考も停止したのか、何も考えられなかった。
「恥ずかしいです。私は皇女という立場でありながら、助ける事も何かしてあげる事も出来ないのです」
シャルの顔は悔しさに満ち、その目にはうっすらと涙が溜まっている。
僕は声を掛けることもできず、ただ、頷いた。
僕たちは一人一人が物思いに耽るかのように、ただ、その光景を眺め、黙っていた。
先ほどまでの浮かれた気持ちは、吹き飛んでしまった。
◇◇◇◇◇
僕はいつのまにか寝ていたようだ。
軽く伸びをすると、座ったまま寝ていたせいか、身体の筋が伸ばされるのが心地よかった。
「フーカ様、やっと、起きましたか。そろそろテクシス市に着きますよ!」
レイリアが軽やかな声で教えてくれた。
そして、彼女の言葉が合図だったかのように、馬車が止まる。
「ここで休憩を取ります」
シリウスさんが声を掛けてきた。
僕たちが馬車から降りると、そこは街道脇の空き地だった。
「テクシス市はこの先なの?」
アンさんが僕のそばに来ると、木々の間から見える建造物を指す。
「あの城壁がテクシス市です。私たちは、手前の分岐で山脈方面のアルパ市に向かいます」
「僕たちの行動がもうバレてるのかな?」
「早朝に出た事はバレているかもしれませんが、ルートを変える事まではバレていないでしょう。ただ、監視のために追っ手は放たれているでしょうから、少しでも、攪乱できればいいのですが……」
「難しいんだ」
「ええ、相手もプロですから、仕方がありません。」
アンさんは苦笑する。
その後、軽食を済ませると、僕たちは馬車に乗り込み、アルパ市へと向かう。
窓を覗くと、テクシス市の城壁が離れていき、正面には森が樹海のように広がる。
そして、その奥には山脈が連なっていた。
「あれがシュナ山脈です。あの麓にアルパ市があります。シュナ山脈の向こう側がユナハ領なのですが、険しい山脈のため迂回するしかないのです」
イーリスさんが指で指し示して教えてくれる。
「今夜はアルパ市の宿に泊まり、明日は、今日と同じく、早朝からイルガ村へと向かいます」
アンさんが予定を話す。
「何か急いでいるように感じるけど?」
アンさんはシャルに視線を送り、彼女が頷くのを確認していた。
「もし、何か仕掛けてくるならイルガ村からキリロ町のどこかだと思います。ですから、待ち伏せの準備が不十分なうちに抜けてしまいたいのです」
「えっ、襲ってくるの?」
「襲うというよりも、ちょっかいを出して足止めをし、自分たちの息がかかった護衛をつかせるための口実作りや、襲われているところを助けて恩を売るとか、どちらかといえば嫌がらせの類です」
「なるほど……」
襲う事を前提にしている計画には驚いたが、権力が欲しい人や甘い汁を吸いたい人が考える事だから仕方ないのかなと呆れた。
こちらも、レイリアとシャルがフラグを立てているし、襲ってくるのが分かっているなら、僕も気を引き締めて慎重に行動しよう。
「フーカ様、顔が強張ってますが、フーカ様は私に護られていればいいんですからね! 絶対に余計なことはしないで下さいね!」
レイリアに表情を読まれ、注意を受けた。
釈然としないが、頷いておく。
しばらく経つと、馬車は森の中を進んでいた。
窓からの景色は木々ばかりで飽きてくる。ふと、レイリアと目が合った。
「暇ですね。何か起きないですかね!?」
「レイリア、それ、フラグ……」
皆がジト目で彼女を見つめる。彼女はヒュー、ヒューと音になってない口笛を吹いて、誤魔化しだした。
こっちの人は口笛を吹けないのかな……?
急に馬車が停車した。
「野犬の群れですから、直ぐに蹴散らします。ご安心を!」
シリウスさんは、そう報告すると、馬車から離れて行った。
「「「「「レイリア!」」」」」
シャルたちが彼女を睨む。
「フラグ、怖いです!」
レイリアは顔を引きつらせた。
「魔獣とかいうのもいるんだよね?」
「この辺りでは出ないですが、遭遇するとしたら、アルパ市の先からになります」
アンさんの返事を聞いた僕は、遭遇するかもしれないことに顔が引きつった。
少し経つと、馬車が再び動き出した。
どうやら、退治したようだ。
「外は見ない方がいいですよ。気分が悪くなるかもしれません」
「ありがとう」
シャルの忠告に、外を見ようとしていた僕はカーテンを閉めて、座り直す。
「アルパ市まではまだ掛かりますから、着くまでの時間にユナハ国を興したあとに経済国までどうやって発展させるつもりか、フーカ様の考えを教えて下さい」
イーリスさんが僕に話題を振ってきた。
「私も知りたいです!」
シャルも乗っかり、そして、ケイトは素っ気ない顔をしながらも聞き耳を立てているのがバレバレだった。
「最初は、インフラの整備をしながら、徐々にユナハ国の特産品を作るつもりなのだけど、ユナハ領を見てないから、これから手探りで見つけていかないと……」
「『いんふら』って何ですか?」
シャルが尋ねてくる。
説明の難しそうな単語に限って、通じないんだよね……。
「インフラは生活や産業を支える社会基盤で……」
レイリアと目が合うと彼女は瞳の中と頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるような顔をしている。
「コホン……インフラを簡単に言うと、道路や上下水道から学校や病院まで、国民の生活を支える大切な施設とかの総称なんだけど……レイリア、分かる?」
うっかり個人を出してしまった。
「えっ? 何故私に? あっ! ……心外です! 私をバカだと思ってますよね!」
彼女は頬を膨らませた。
シャルたちはクッションを顔にあてたりして笑っていた。
「レイリア、ごめんなさい! そんなつもりはなかったんだけど……。説明が難しいから、つい……。ごめんなさい!」
僕は頭を深く下げて謝った。
「私は謝罪されたくらいで、簡単に許すような軽い女ではありません!」
バカにされたのだから怒るのは分かるけど、軽い女って……。
何を言ってるのかよく分からないが、僕は頭を下げ続けた。
シャルたちをチラ見すると、彼女たちは悶え苦しんでいる。
「か、かるい、お、おんなって……ブファ」
ケイトはそう言って床に座りこむと、座席に顔を押し付けて爆笑する。
彼女の言葉を聞いたシャルたちは、さらに苦しみだす。
レイリアはケイトを睨みつけるが、直ぐに視線をこちらに戻す。
「今回はフーカ様でも許しません!」
ケイトの態度が彼女の怒りに油を注いでいた。
今のは僕のせいじゃないよね! とんだとばっちりだ!
思った事を口に出せないこの憤りに、僕もケイトを睨んだ。
「レイリア、どうしたら許してくれる?」
「許しません! こんな屈辱は生まれて初めてです!」
「ち、恥辱は受けてるもんね……ブファ」
ケイトが余分な言葉を残して、うずくまって苦しみだす。
シャルたちは座席の背もたれに顔をうずめ、頭をクッションで覆って苦しんでいる。
アンさんは正面? を向いているが顔をそばにあったカーテンでくるんでいた。
「フーカ様、恥辱って……私に何かしたんですか?」
彼女が心のこもっていない口調になっているので、顔色を窺うと、怒りを通り越して冷めた顔になっていた。
殺される! これは絶対、刺されるパターンだ……。
「いや、僕も分かりません」
再び、彼女を見ると視線が氷のように冷たい。
こ、こわい……怖すぎる!
ファルマティスにきて、初めて恐怖を感じたのではないだろうか。
「たぶん、美容魔法のときにマッサージをしたことを言っているんだと思います。ごめんなさい!」
僕は座席から降りて、彼女に向かって土下座した。
「フーカ様に決闘を申し込みます」
彼女が冷めた口調で言う。
シャルたちも少し場の雰囲気が変わったことで、正面を向いた。
「お断りします!」
僕は土下座のまま即答すると、彼女の片眉がピクッとする。
「ブハッ!」
ケイトが吹き出した。
「即答で断った人を初めて見ました!」
そう言ったアンさんは、真顔で驚いていた。
「もう止めてください。あ、あなたたちは私を……わ、笑い殺す気ですか……クフッ」
シャルが笑いを堪えて、言葉を発する。
「フゥー。フーカ様、レイリアも収まりがつかないでしょうし、受けてあげたらいかがですか?」
イーリスさんが場を収めようとしてくる。
「喧嘩もしたことがなく、家族にボコられるだけの少年に何が出来ると思いますか?」
僕がムキになって反論すると、シャルたちが可哀想な子でも見るような目で僕を見つめてきた。
「では、フーカ様はシリウスに稽古をつけてもらい、そうですね……イルガ村かトラロ村の野宿の時にでも、決闘をしましょう。二人ともいいですね!」
「はい!」
「お断りします!」
イーリスさんの提案に、レイリアと僕の意見は割れた。
「「「ブハッ!!!」」」
シャルたちが吹き出す。
「姫様とミリヤ様の将来の旦那様は……クフフ……潔いですね!」
ケイトがお腹を押さえながら二人を茶化す。
僕は「ケイト、余計なことを言うな!!!」と心の中で叫んだ。
「二人の決闘を認めます! フーカさん、これは決定事項です。拒否は許しません!」
シャルが苛立ち気味に告げた。
「はい……」
僕は渋々承諾し、ケイトを睨んだが、彼女は顔を逸らして知らんぷりをしていた。
「何故、そこまで頑なに拒むのですか?」
ミリヤさんが不思議そうに尋ねてきた。
「勝てない勝負はしたくないし、死にたくない!」
「木剣を使うから大丈夫ですよ。それに、レイリアがフーカ様を殺すわけがないですから。ただ、少し、痛いかもしれませんが……」
「フーカ様は神器の刀やアーティファクトの武器を使ってもいいですよ! 私は木剣でもフーカ様をボコボコにする自信があります!」
レイリアが元気よく断言した。
「では、レイリアは木剣、フーカ様はどんな武器を使っても良いことにしましょう」
イーリスさんが条件を付け加えた。
「フーカ様、骨が折れたり、皮膚が裂けても、ケイトが綺麗に直してくれるから安心して下さい!」
僕は「いや、やめて!」と心の中で叫び、身体を震わせた。
「アン、シリウスにフーカさんの稽古を頼んであげて!」
「はい、かしこまりました」
シャルの言葉にアンさんが返答した。
レイリアとの決闘が決まったことで、場の空気は落ち着いた。
「話しを戻しますが、フーカ様はインフラを整備するところから始めたいのですね」
イーリスさんは決闘の話しがなかったかのように、シレッと話しを進める。
「うん、国民の生活水準をあげながら、新しい制度を取り入れていきたいと思っているけど、何から手を付けるべきかを考えてる段階です」
「新しい制度とは?」
「ユナハ領を見てから、合いそうな制度を提案していこうと思っているのですが、僕はまだユナハ領を知らないから、軽々しくあれやこれやと言うと、逆に混乱してしまうと思います」
「なるほど。では、気付いた事は直ぐに知らせて下さいね」
シャルが割って入ってくる。
「そのつもりだよ」
イーリスさんは新しい制度が気になるようだったが、今は納得してくれた。
馬車の速度が落ちると、いつの間にか、外は暗くなっていた。
イーリスさんは外の様子を窺う。
「着いたようです!」
その言葉と同時に、馬車は停車した。
「アルパ市に着きました。このまま、宿に向かいます」
馬車まで来たシリウスさんは、そう告げて馬車から離れて行った。
僕は外を見たが、松明の灯りにアルパ市の城壁が揺らいで見えているだけだった。
馬車が再び動き出し、城壁の門をくぐる。
車窓には、レンガや石造りの建物が道の両側に建ち並び、その窓からは弱い光が漏れている光景が入ってくる。
夜のせいなのか、人がまばらで閑散とした様子は、僕の思っていた光景とは違い、少しがっかりした。
市内の奥まったところまで来ると、馬車は大きな建物の前で停まる。
僕たちが降りた目の前には、観光ガイドに載っていそうな石造りでできたヨーロッパの貴族屋敷があった。
「ここが宿?」
「貴族向けの宿です」
そう告げるイーリスさんに連れられ、両開きの扉に近付くとドアマンが扉を開けてくれる。
建物の中には、大きなシャンデリアが吊るされ、ロビーはとても明るい。
奥には階段があり、中腹で左右に別れていた。
いったい、一泊いくらするのかと、気になるほどの豪華さだった。
左右に別れ、列をつくっている従業員たちが同時に頭を下げ「いらっしゃいませ」と迎えてくれる。
そして、タキシード姿の年配の人がシャルに近付く。
「シャルティナ皇女殿下様、ホテル『シュナの恵み』へお越しいただきありがとうございました。私は支配人のサム・カロッソと申します。当ホテルの従業員一同、誠心誠意、おもてなしさせていただきます」
「よろしく」
シャルが返事をする。
その後、僕たちは従業員に連れられ、各部屋へと案内された。
部屋割りは、シャルとミリヤさんとイーリスさん、レイリアとケイト、僕とアンさん、シリウスさんとその部下たち、レイリアの部下たちだった。
「何故、僕とアンさんが同室なの?」
「フーカさんは何をしでかすかわからないし、こちらの作法には不慣れですから、お目付け役です」
シャルはにっこりと微笑む。
「ひどい……」
「私ではご不満でしたか?」
アンさんが顎に手をあて首を傾げている。
「いいえ、アンさんとの同室に不満はありません。だけど、男女が同室なのは良くないのでは?」
「私は気にしないので、フーカ様に不満がないのであれば、構いません」
「そうですか……」
押し切られてしまった。
僕が部屋に入ると、大きなベッドが二つあり、ソファーとテーブルもそろっていて、くつろげる空間としては申し分がなかった。
僕はアンさんと同室になったことで、緊張して寝れないのでは? というお約束が脳裏に浮かんでいた。
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