105話 金ちゃんと銀ちゃん
アンさんの敵兵への猛攻は凄まじいものだった。
ただ、たまに二匹をチラッと見つめる。
そして、二匹が片手をブンブンと振って応援してくれているのを確認すると、再び凄まじい勢いで敵兵をなぎ倒していく。
それに比べて二匹は全く動こうとしない。
本当に、何のために現れたんだ……。
しかし、二匹は、たまにこちらをジッと見つめると、ソワソワし始める。
そして、僕と目を合わせると首を傾げる。
うーん、何か伝えたいのか?
「フーカさん、この子たち、命令がなくて動けないのでは? それで、こちらを見ては、動いていいのかを確認していたんですよ!」
「なるほど!」
シャルに言われて、僕がポンと手を叩くと、二匹の表情がパアーっと明るくなり、コクコクと頷き始めた。
それならそうと、早く言って欲しかった……って、よく考えたら、この二匹は、喋れるのか?
気付いてあげられなかった僕の落ち度かもしれない。
僕は二匹に向かって叫ぶ。
「お前たち!」
「違います! 『金ちゃん』と『銀ちゃん』です! フーカ様、失礼ですよ! ちゃんと名前で呼んであげて下さい!」
「ごめんなさい」
アンさんに叱られてしまった。
二匹もこちらを向いて胸を突き出してから、コクコクと頷く。
あれって、きっと、胸を張ってるんだよな。なんか、ムカつくんだけど……。
僕は再び、二匹に向かって叫ぼうとするが、この子たちに名前がついていることに驚いた。
金ちゃんと銀ちゃんって何? アンさんが勝手に名付けちゃってるよ……。
僕は頭を振って、余計なことを考えないようにして、叫ぶ。
「えーと、金ちゃん、銀ちゃん、敵をやっつけて!」
何故だろう?
なんだかとても恥ずかしい。
二匹はコクっと頷くと、のけぞるような体勢で、偉そうに敵を見据える。
なんで、この子たちは、いちいち余計な動きを入れたがるかな……。
僕が命令したことで、二匹が動き出すと思った敵兵たちの顔が青ざめた。
そして、二匹に向かって、剣や槍を構えて恐れだす。
さっきまで調子をこいていたエトムントも、周りの兵士たちの後ろに下がり、様子を見ようとしている。
こっちの世界では見たこともない、こんな異様な姿の獣が襲ってくると思ったら、怖いし、警戒をするのは当然だろう。
しかし、僕もこの二匹がどんな戦いをするのか、まったく予想がつかない。
それに、見た目からして、強そうにも見えないし、まったく分からない。
どちらかと言うと、不安すら覚えるのが本音だ。
二匹は、敵兵に向かって歩き出す。
ポニュ、ポニュ、ポニュ、ポニュ――。
「「「「「……」」」」」
その場にいた敵も味方も唖然とし、二匹に視線が集まった。
しかし、二匹は、まったく気にもせず、一歩、また一歩と、歩く度に可愛らしい足音を鳴らして、敵に向かって行く。
「フーカさん? あれ、どういうことで……」
「フーカ君! 何よアレ! バカにしてるの!?」
マイさんが飛び込んできて、二匹を指差して話すシャルの言葉をさえぎった。
「僕だって、分かんないよ。僕だって、あんな音を出して歩くなんて……。想定外すぎて思考が……」
「……フ、フーカ君? 大丈夫?」
僕が動揺して頭を抱えると、マイさんは追求をやめ、困った表情で僕の心配をしてくれた。
ポニュ、ポニュ、ポニュ、ポニュ――。
僕たちの困惑などお構いなしに、敵兵に向かって歩を進める二匹。
その横を、満面の笑みで、馬を並走させるアンさん。
この戦場の中で、あの二匹を受け入れているのはアンさんだけだと思う。
僕たちの前方では、兵士たちに護られているエトムントが、イライラしていた。
「お前たち! あんなふざけた生き物にいつまで怯えている! とっとと、始末してしまえ!」
エトムントが、兵士たちを叱咤した。
怒鳴られた兵士たちは、前へ進み出ると、二匹との間合いを詰めていく。
一人の兵士が飛び出すと、銀ちゃんへ向けて剣を振り下ろした。
すると、銀ちゃんは、振り下ろされた剣をかわし、その剣の腹に左手の甲をあててはじく。
ポフ。カキン。
兵士の剣が折れて、その先端部分が、クルクルと回転しながら飛んでいく。
目の前で自分の剣を折られた兵士が呆然としていると、銀ちゃんの右手から繰り出される張り手が、彼にさく裂した。
ポフ。ズサァー。
すると、その吹き飛ばされた兵士は、土煙を上げて転がり、金ちゃんの前で止った。
ポニュ、ポニュ、ポニュ――。
目の前で倒れていた兵士を、金ちゃんは、何度も踏みつけ始める。
兵士は身を丸め、呻き声を上げて苦しそうに耐えていたが、時期に動かなくなってしまった。
息はしているようなので、気絶しただけのようだ。
この子たち、攻撃音と威力が比例していない……。
そして、金ちゃんに至っては、その容姿からは想像できないほど、えげつない……。
「「「「「……」」」」」
その光景を見ていたいた者たちは、敵味方の関係なく無言となり、唖然とする。
「フーカ君。あれ、いろんな意味でおかしいでしょ! どうなってんのよ!?」
沈黙の中、最初に口火を切ったのはマイさんだった。
「……さ、さあ?」
マイさんと同じく、いろんな意味でおかしいと思っている僕に聞かれても……。
「さあ? って……。何で、ポフって音で、剣が折れたり、人が吹っ飛んだりするのよ! それに、あのとどめの刺し方は何? 何で、とどめがポニュポニュって可愛い音を鳴らせてるのよ!」
確かにご指摘の通りなのだが、僕にも分からない。
「マイさん、気にしたら負けだよ。どうしても知りたいなら、金ちゃんと銀ちゃんに直接聞いて」
「……」
彼女は疲れた表情を浮かべ、黙ってしまった。
何で、こちらの精神までもが、こんなに追い詰められないとならないんだ……。
二匹の非常識さに、全身の力が抜けてくる。
ポニュ、ポニュ、ポニュ、ポニュ――。
二匹は、エトムントを目指して、歩いているようだ。
エトムントを護る敵兵は、二匹が近付くと、ジリジリと後退して間合いを取る。
「金ちゃん、銀ちゃん。この調子で敵将を討ち取ってしまいましょう!」
アンさんが二匹に気合を入れると、二匹は手を挙げて答えるのだが、腕が短くて身体が斜めになった。
「「「可愛い!」」」
シャル、ミリアさん、イーリスさんの三人が感想を漏らす。
何だか、色々な意味で、あの二匹が最強に思えてきた……。
これでいいのだろうか……?
敵兵は、金ちゃんと銀ちゃんを前にして、どういった攻撃をしたらいいのかを悩んでいる様子だった。
「相手は、武器も盾も持っていないのだ! 近付くのが怖ければ、弓と槍を使え!」
エトムントが兵士に命令を飛ばすと、敵兵は弓を構える者と槍を構えるものに別れ、二匹へとの間合いを詰め始める。
「あんたたち、武器を取るのよ!」
マイさんが二匹に叫んだ。
その時、銀ちゃんに向けて一本の矢が放たれた。
プニュ。
銀ちゃんは、その矢を手で掴んで止めてしまった。
「「「「「!!!」」」」」
その場にいた者たちは、その光景に驚愕する。
すると、銀ちゃんは、マイさんに振り向き、取った矢をブンブンと短い腕で振りまわし、彼女に自慢する。
「ちがーう! その『取る』じゃないわよ!」
マイさんは頭を掻きむしって、イライラしていた。
銀ちゃんが彼女に首を傾げてみせると、マイさんは疲れたように、うなだれてしまった。
「「「「……」」」」
僕たち四人は、そのやり取りを見て、言葉を失う。
すると、マイさんは、僕だけをキッと睨んでくる。
僕を睨まれても……。
「金ちゃん、銀ちゃん。マイ様は、自分の武器を使いなさいと言っているのです」
アンさんが二匹に優しく教えると、二匹はアンさんを見て、コクコクと頷き、短い腕を上げて親指を立てた。
「可愛いー!」
アンさんは、顔を押さえて首を横に振ると、悶え始めてしまった。
その間に、金ちゃんと銀ちゃんは敵へと向きなおる。
そして、自分の武器に手を伸ばして取る……。取る……?
金ちゃんは背中に背負ったハンマーの柄に手を伸ばすが、スカ、スカっと空を握る。
その隣では銀ちゃんが、左側に下げた剣の柄に右手を伸ばすが、こちらも、スカ、スカっと空を握る。
「ちょっと、あれ、何なのよ! 手が短くて、携帯している武器に届いてないじゃない! 何してんのよ!? そもそも、手の届かないところに武器を装備してるなんて……。あの子たち、戦う気はあるんでしょうね!?」
マイさんは、僕の胸ぐらを掴んで、ブンブンと振る。
「そ、そんなこと、僕に言われても……く、苦しい……」
僕がマイさんの手をパンパンと叩いて、苦しいことをアピールすると、彼女はやっと解放してくれた。
金ちゃんと銀ちゃんは、悲しそうな表情を浮かべると、アンさんを、ウルウルとしたすがるような目で見つめる。
すると、アンさんは、馬を降りて二匹に近付くと、武器を取るのを手伝う。
なんとか、アンさんのおかげで武器を手にした二匹は、彼女にペコペコと頭を下げてから、こちらを振り返る。
そして、マイさんに向かって、手に持った武器をブンブンと振って自慢した。
「なんで、あの子たち、私にばかり、自慢するのよ?」
「きっと、懐かれているのですよ」
イーリスさんが答えると、マイさんは疲れた表情を見せて苦笑する。
シャルは、武器を手にした二匹を見つめてキョトンとしていた。
「シャル? どうしたの?」
「フーカさん、銀ちゃんの剣、あれって武器になるんですか? 剣じゃなくてハリセンですけど……」
彼女に言われて銀ちゃんを見ると、手に持った武器は、柄は剣のものだったが、刀身はハリセンだった。
鞘が長方形だったのは、このせいか……。
ドサッ。
マイさんが膝から崩れ落ちて、四つん這いになった。
そして、僕をキッと睨みつけてくる。
「フ、フーカ君? いい加減にしなさいよ!?」
「僕だって、金ちゃんと銀ちゃんのことは分からないんだって」
なんで、僕に言うかな……。
金ちゃんと銀ちゃんは、おかしな武器に困惑しているこっちのことなどお構いなしに、アンさんと共に敵の集団へと向かって行った。
ポニュ、ポニュ、ポニュ、ポニュ――。
二匹は緊張感のない足音を鳴らして、軽快な足取りで敵の目前にまで迫った。
すると、数人の敵兵が槍を構え、金ちゃんを突き刺そうとする。
ピコ。バキ、バキ、バキ。
金ちゃんが弧を描くように、ハンマーを横に一振りすると、突き出された複数の槍の先端が折れて、飛んでいく。
ピコ。ドーン。
再び金ちゃんが、ハンマーを横に一振りすると、今度は、前列にいた敵兵たちが大きな音と共に、まとめて吹っ飛ばされた。
そして、銀ちゃんのほうでは、突き出された槍を、銀ちゃんがハリセンで叩きつけると、こちらも槍の先端が折れて地面に転がっていた。
スパーン、スパーン、スパーン。
さらに、銀ちゃんのハリセンが敵兵に炸裂すると、彼らは右へ左へと吹っ飛ばされていく。
つ、強い……。
そんなに匹を、マイさんが顔をひくつかせて眺めている。
ガシッ。
嫌な予感がして、マイさんから遠ざかろうとしたら、襟首を掴まれてしまった。
「フ、フーカ君? あのハンマーは何なのよ! なんで、ピコって音で敵が吹っ飛ぶのよ!?」
「それは、……ピコピコハンマーだから?」
ピコ、ドーン。ピコ、ドーン――。
マイさんが僕に何かを言おうと口を開けた瞬間、ピコピコハンマーで叩く音と衝撃音が連続して鳴り響く。
僕とマイさんが金ちゃんを見ると、敵兵をモグラ叩きのように、地面ごとハンマーで叩きつけていた。
ハンマーで叩かれた痕は、大きく地面がえぐれており、そのくぼみには、ピクピクとしている敵兵が張り付いている。
「「……」」
僕とマイさんはその光景を見て、唖然とする。
金ちゃんの快進撃は続く。
ポニュ、ポニュ、ポニュ、ポニュ――。ピコ、ドーン。ピコ、ドーン――。
金ちゃんは敵を追いまわしては、ハンマーで叩きつける。
ポニュ、ポニュ、ポニュ、ポニュ。
そして、両腕をブンブンと振り、飛び跳ねて喜ぶ。
その姿は、まるで子供がはしゃぎながら遊んでいるようだった。
「ね、ねえ、フーカ君? あの子、楽しくなっちゃったんじゃないの?」
「……」
マイさんと同じことを思っていた僕は、黙って頷くことしかできなかった。
そういえば、銀ちゃんは?
僕は銀ちゃんのほうを見る。
すると、銀ちゃんは銀ちゃんで、ポニュ、ポニュと緊張感のない足音を鳴らしながら敵兵を追いかけまわし、スパーン、スパーンと右へ左へと吹っ飛ばしていた。
そして、数人の敵兵を吹っ飛ばすと、一度こちらをジッと見ては、しょんぼりとすることを繰り返していた。
「ね、ねえ、マイさん?」
「ん? な、何?」
マイさんは、どこか疲れたような声色で返事をする。
「銀ちゃんって、マイさんに褒めて欲しいんじゃないかな?」
「えっ!? ま、まさか……?」
銀ちゃんに視線を向けると、ちょうど、こちらを見てしょんぼりしているところだった。
「マイさん!」
「しょ、しょうがないわね。コホン。……ぎ、銀ちゃん、いい子よー! よくできましたー!」
マイさんが銀ちゃんに向かって叫んだ。
ポニュ、ポニュ、ポニュ。
銀ちゃんは、その場で飛び跳ね、短い両腕をブンブンと振って喜ぶ。
「銀ちゃんのほうは、完璧にマイ様へ懐いていますね」
「ア、アハハハ……。勘弁して……」
マイさんはイーリスさんの言葉に、困ったように笑うと、うなだれてしまった。
金ちゃんと銀ちゃんが本格的に戦いだすと、戦局は、僕たちに有利な展開へと傾き始め、追い詰められていた僕たちは、いつの間にか、逆にエトムントたちを追い詰めていた。
銀ちゃんは、相変わらず敵兵を少し倒してはマイさんに振り向き、褒めてを要求している。
「はい、はい。銀ちゃん、すごい、すごーい!」
何度も要求されたマイさんは、面倒くさくなって投げやりな感じで褒めだし始める。
ポニュッ、ポニュッ、ポニュッ。
なんか、銀ちゃんが地団駄を踏みだした。
投げやりに褒めるから、銀ちゃんが怒りだしてしまった。
「マイさん、銀ちゃんが怒ってるけど、どうするの?」
「大丈夫、大丈夫。これくらいのことで怒る子に育てた覚えはないわ」
「「「「……」」」」
育ててないだろう! きっと、何か起こるぞ!
僕だけでなく、シャルたちも黙ってはいたが、彼女たちの目も、そう訴えていた。
銀ちゃんは拗ねた感じで、マイさんをジッと見ている。
「ほら、拗ねてないで、もっと頑張りなさい!」
マイさんがシラッとした表情で、銀ちゃんに声を掛ける。
これはさすがに……、マズいのでは……。
ムスッとした表情の銀ちゃんは、腰の矢を一本取ると、ヒュンとこちらへ向かって投げた。
ペチッ。ドスン。
その矢はマイさんの額のど真ん中に命中。
そして、彼女は尻もちをついた。
僕たちは、何となくこうなるのではと思ってはいたが、まさか、矢を投げつけるとまでは思いもよらず、驚いてマイさんに駆け寄る。
彼女は真っ青な顔をして、今にも卒倒しそうになっているが、生きていた。
彼女の額に突き刺さったままの矢に注目すると、その矢の先端には黒い吸盤がついていて、額に張り付いていただけだった。
僕たちはホッとする。
そして、マイさんの自業自得なことなので、解散する。
「ちょっと! 銀! 何すんのよ!」
プイ。
マイさんは立ち上がり、額に矢をくっつけたまま叫ぶと、銀ちゃんは横を向く。
「キィー! 何、その態度は!」
スポン。
彼女は矢の吸盤を引きはがす。
「「「「ブハッ! アハハハハ――」」」」
僕たちは、彼女を見て爆笑してしまう。
「えっ? 何? どうしたのよ?」
彼女はうずくまって笑う僕たちを見て、オロオロとする。
「こ、ブフッ。これを……クフフ」
イーリスさんは笑いを堪えながら、手鏡をマイさんに渡した。
「な、な、な、何よこれー!」
彼女は、くっきりと額についている桜の枠と、その中に『もっと、ほめましょう』と書かれた赤い痕を見て叫ぶと、手で額を隠した。
笑いもおさまって落ち着くと、僕たちは、マイさんの様子をうかがう。
彼女はハンカチで額をこするが、全然落ちない。
すると、フルフルと身体を震わせながら、額を布で巻いて隠し、ズンズンと銀ちゃんに向かって行く。
そして、銀ちゃんの後頭部を手でパシーンと叩く。
いきなり背後から叩かれて驚いた銀ちゃんは、ビクッと飛び跳ねると、後ろを振り返った。
そして、顔を真っ赤にした仁王立ちのマイさんを見ると、オロオロ、アタフタとしだしてから、ウルッとした瞳で悲しそうにマイさんを見つめ出す。
銀ちゃんとマイさんのにらめっこが始まった。
彼女は、銀ちゃんのウルッとした瞳にたじろぎだすと、肩を落としてうなだれる。
マイさんが負けた。
「わ、分かったわ。私が悪かったわよ。もっと、褒めて欲しければ、あそこでアホ面下げているバカをやっちゃいなさい!」
マイさんはエトムントを指差して、銀ちゃんに言葉を掛けると、銀ちゃんの顔がパアーと明るくなる。
そして、コクコク頷くと、両腕をブンブンと振り、やる気をみせる。
「そう、その調子よ。銀ちゃん、頑張るのよ!」
彼女は銀ちゃんを応援してから、少し離れる。
やる気に満ちた銀ちゃんと、いつの間にか、アンさんとタッグを組んで二人三脚のように息の合った金ちゃんの二匹と一人は、怒涛の快進撃を見せつけ、敵兵を倒しまくる。
そして、エトムントは、数人の兵士を残すまでに追い込まれてしまった。
彼は動揺を隠せずに、辺りをキョロキョロと見回し、青ざめた顔になる。
金ちゃん、銀ちゃん、アンさんの後ろでは、偉そうに腕を組んで立つマイさんが、追い詰められた彼の表情を見て、ニンマリと悦に浸っていた。
「何なのだ! あれだけの兵が、何故? クソッ、ありえない! よくも、滑稽な姿をした化け物の分際で!」
エトムントが放った金ちゃんと銀ちゃんを蔑んだ一言は、皆の怒りに火をつけた。
アンさんが怒るのは当たり前だが、二匹を神獣だと思っているシャルたちまでもを怒らせた。
そして、銀ちゃんになつかれたことで情が沸いたのか、マイさんまでもが怒っている。
その皆の怒りは、僕でもはっきりと感じられるほどの殺気を放っていた。
マズい、このままでは出遅れる。
エトムントだけは自分の手で倒したと思っていた僕は、皆の殺気を感じると、何もしないうちに彼が殺さされてしまうのではと焦り、アンさんたちのもとへと駆けだした。
「銀ちゃん! あのバカをビビらせてやりなさい!」
マイさんに言われた銀ちゃんが、気合を込めた矢を投げる。
ビューン。
エトムントの左側にいた兵士たちが消えてなくなる。
そして、矢が飛んで行った方向には、えぐられた地面が続き、途中にあった木々は消し飛ぶか倒れていた。
「「「「「!!!」」」」」
僕は驚いて足を止め、皆も、その威力の強さに驚愕する。
「ちょ、ちょっとー! 銀! あんた、こんな物騒な物を私に投げつけたの!?」
マイさんに怒鳴られた銀ちゃんは、彼女からゆっくりと身体ごと逸らすと、彼女とは反対の方向に向かって首を傾げた。
「キィー! あんた! どこに向かって首を傾げてるのよ!?」
マイさんは金切り声を上げると、頭を掻きむしって、イライラを爆発させた。
また、この二人……一匹と一人は……。
「スゥー、ハァー」
マイさんは深呼吸をして、心を落ち着かせると、銀ちゃんを見つめる。
「……銀! さっきのことは忘れてあげるから、その矢をあのバカにぶち込んでやりなさい!」
そして、彼女はエトムントを指差し、銀ちゃんに命令をだした。
銀ちゃんは彼女に振り返って、コクコクと頷いてみせると、矢を投げようとする。
「銀ちゃん、ちょっと、待って! そいつは僕の手で倒したいんだ!」
僕が銀ちゃんに向かって叫ぶと、皆は僕に視線を向ける。
銀ちゃんも僕に視線を向けて、投げる体勢のまま、固まるように止まった。
コテン。ピュン。
だが、無理な体勢で止まった銀ちゃんは、そのまま転んでしまう。
すると、転んだ拍子に、矢は、銀ちゃんの手を離れてしまった。
「「「「「あっ!!!」」」」」
レイリアの仇を討ちたいという僕の思いを察してくれた皆の声が上げる。
ちょっと遅かった……?
エトムントが無事かを確かめるために、恐る恐る彼に視線を向けると、彼は健在だった。
ゴフッ。
ホッとするのも束の間、彼が口から血を吐く。
よく見ると、馬に乗っていた彼の胸には大きな穴が開いており、向こう側の景色が覗いていた。
ドサッ。
エトムントはユラユラと身体を揺らすと、馬から落ちた。
すると、彼についていた兵士たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
逃げ惑う敵兵たちがいなくなるのを待ってから、アンさんがエトムントのそばに近付き、彼の生死を確かめた。
そして、僕を残念そうな表情で見ると、首を横に振る。
エトムントは絶命していた。
皆が僕の気持ちを察したこともあり、辺りには、重い雰囲気の沈黙が続いた。
ポニュポニュ、プニュプニュ、パタパタ――。
そんな雰囲気を壊すように、銀ちゃんが地面に仰向けの状態で、色々な音を出しながら、手足をジタバタさせていた。
自分で起き上がれないんだ……。
アンさんとマイさんが手を貸して、起こしてあげると、金ちゃんが銀ちゃんに寄り添い、少しの間、二匹で見つめ合う。
そして、金ちゃんは、銀ちゃんの背中をポンポンと優しく叩く。
すると、銀ちゃんは僕を見てから頭を上げたり下げたりして、何やら悶えると、僕に向かってきた。
そして、ペコペコと頭を下げる。
金ちゃんから事情を聞いたのだろうか?
頭を上げた銀ちゃんは、目をウルッとして悲し気な表情を見せる。
「もう、謝らなくていいよ! わざとじゃないんだから仕方がないよ。気にしないで」
誰が悪いわけもないので、僕は銀ちゃんの謝罪を受け入れる。
それなのに、銀ちゃんはフルフルと首を横に振る。
ペタン。
短い脚が丸くモコモコした胴体に隠れて消える。
座ったのかな?
まさか、土下座をする気では……?
しかし、僕の予想は外れた。
銀ちゃんは近くに落ちていた剣を拾うと、その剣の腹を持って自分のお腹に向けた。
なっ、切腹!?
「「やめんか!!!」」
僕とマイさんが同時に叫んだ。
チクッ。
アンさんとミリヤさんがすぐに抑えたが、剣の切っ先は、銀ちゃんのお腹の端に少し当たってしまった。
すると、銀ちゃんは目から大粒の涙を流す。
い、痛かったんだ……。
「泣くほど痛いなら、そんなことをするんじゃないわよ! まったく、この子は……。フーカ君は許してくれたんだから、おおごとにしないの。いい? 分かったわね!?」
マイさんに叱られ、銀ちゃんはコクコクと頷く。
マイさんが、銀ちゃんのお母さんに見えてくる……。
「金ちゃんと銀ちゃんは、どんな手当てをしたらいいのか分からないんだから、怪我をしたらダメだからね!」
僕も二匹を叱る。
金ちゃんには悪いが、銀ちゃんと一緒に叱られてもらう。
すると、二匹はしょんぼりとしながらも、僕に向かってコクコクと頷いた。
分かってもらえて何よりだ。
それにしても、腕が短くて剣を片手でしか持てていなかったこともだが、刃先がお腹の中央まで届いていなかったけど、あれも切腹でいいのだろうか?
僕は、銀ちゃんの体型を見つめながら、くだらないことを思っていた。
エトムントを倒したことで、どこか一段落が付いたような、そんな気がした。
戦場を見渡してみると、僕たちが戦っていた場所の周りは、イツキさん、イーロさん、イライザさんが中心となって敵を退け、安全な空間を確保してくれていた。
その後、イツキさん、イーロさん、イライザさんが僕たちに合流すると、安全なところで寝かされているレイリアのもとへと、皆で向かう。
彼女が眠っている周りでは、負傷した兵士たちが彼女を護ってくれていた。
僕は、彼らに「ありがとう」と感謝を述べると、彼らは僕に敬礼する。
そして、レイリアにも敬礼をしてから、治療をするために用意した馬車へと戻って行った。
そんな彼らの後ろ姿は、肩を落としており、とても悲しげだった。
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