102話 僕の戦術
救護所の設営が終わると、僕はイライザさんを呼んで、負傷者の心配はいらないことを、アンさんへ伝えてもらうように頼んだ。
彼女は頷くと、部下をアンさんのところへ向かわせてくれた。
僕たちが、今、アンさんにしてあげられることは、陣地を持たない彼女の部隊のために、負傷者をこちらで治療してあげることだけだった。
それにしても、この状況は気に食わない。
敵軍の本隊は、真っ直ぐとこちらへ向かっているようにしか思えない。
これは、気になることを、一つずつ潰していくしかないな。
僕は再びイライザさんを呼ぶ。
「イライザさん、ヘルゲさんに使者を出して、イーロさんだけでも、こちらへ来てもらえるように頼んでくれるかな」
「分かりました。すぐに伝えてきます」
彼女は返事をすると、馬車のほうへと走り出す。
馬車を使って、誰かをヘルゲさんのところへ送るのかな?
僕がそう思っていると、彼女は馬車の屋根へと飛び乗った。
そして、屋根に積んである箱を開けると、金属の棒を組み立て始め、空に向けて伸ばしていく。
その作業が終わると、彼女は、そのまま箱に向かって会話を始める。
まさかとは思うけど、あれがアンテナだとしたら、長距離用の無線機だよね……。
イライザさんは、箱との会話を終えると、馬車の屋根から軽やかに飛び降りる。
そして、こちらへ向かって走ってきた。
「フーカ様の要請を、ヘルゲ様とイーロ様に伝えてくれるそうです」
彼女はニッコリと微笑む。
「あ、ありがとう。助かったよ」
僕がお礼を言うと、彼女のしっぽがブンブンと大きく振られていた。
う、嬉しいんだ。
狼だと言ってたけど、犬っぽい……。そして、可愛い。
僕は彼女をハグしてあげたい感情を抑える。
そして、心を落ち着かせると、気になったていたことを質問することにした。
「イライザさん、それで、質問なんだけど、あの箱って無線機?」
「はい。ケイト様が改良して、受信範囲を広げた最新モデルだそうです」
さ、最新モデルって……。
「そ、そう。それで、何で、そんな物が荷物にあるの?」
「ケイト様とヒサメ様が、フーカ様の驚く顔が……じゃなくて、フーカ様の役に立つからと持たせてくれました」
ん? 今、何を言いそうになった……?
僕がジーと彼女の顔を見つめると、目が泳ぎだし、しっぽがしょぼんとして縮みこんだ。
彼女のせいではないのだから、これ以上の追及はよそう。
僕は、溜息を一つつく
「そ、そうなんだ……。これから、ヘルゲさんと連絡を取ることが増えると思うから、よろしくね」
「はい!」
彼女は元気よく返事をする。
あの二人は、僕に何も知らせずに、次から次へと勝手に開発しすぎだ。
少しは自重してくれ……。
僕が疲れた様子を見せると、イライザさんは不思議そうに、僕を見つめていた。
その後、僕とイライザさんは、シャルたちが戦場を覗いている場所へと向かった。
そして、戦況を見ていると、隣にいたイライザさんが唸りだし、あごに手を当て、眉をひそめだす。
「どうしたの?」
「敵軍が多すぎます。やはり、敵は、こちらを目指した作戦を立てていたとしか思えませんね」
「うん。僕もそう思う」
彼女に同意見の僕は、大きく頷いた。
ミリヤさんは、僕たちの話しを聞くと、敵軍のさらに先を、双眼鏡で覗いた。
「敵軍の流れが完全にこちらへと向けられています。このままでは、マズいかもしれません」
彼女の言葉で、皆の顔に焦りの色が見えだす。
「アンさんに加勢したいけど、状況が分からないと足手まといになりかねない。それと、今、イーロさんがこちらへ向かっているから、焦らずに、彼が来るまでは我慢しよう」
僕は、皆が焦りから早まった行動をしないようにいさめた。
彼女たちは、僕を振り返り、黙ったまま頷くと、再び戦場に視線を戻し、アンさんたちを見守る。
少し経つと、敵の数にアンさんたちが押され始めだし、負傷者が担架で運ばれてくる。
ミリヤさんが先頭に立て治療を始め、皆にも指示を飛ばす。
シャルたちは軽傷者の手当てにあたり、僕とミリヤさんが重傷者から診ていく。
僕の治癒魔法はアレなので、僕が診る負傷者は女性限定だ。
忙しく治癒魔法をかけていると、マイさんがヒョコっと顔を出す。
「男性兵士の負傷者のほうが多いっていうのに、女性限定って、スケベよね」
「やかましいわ!」
マイさんの一言に僕が怒鳴ると、彼女はピューンと逃げて行った。
いったい、何をしに来たんだ……。
まさか、わざわざ、それを言いに来たのか?
本当に、面倒くさい……。
そんな僕たちが、忙しく治療にあたっていると、とうとう、イーロさんが来てくれた。
彼が来てくれただけでも嬉しいのに、彼は、医療部隊と陸軍特殊部隊の精鋭を引きつれて現れてたのだ。
「イーロさん、来てくれたんだ。ありがとう!」
「いえいえ、ルビー様からもフーカ様方々のことを頼まれていますから、礼には及びません」
彼のおかげで、負傷者の治療にも余裕ができそうだ。
「こちらへ合流する前に、高高度からの偵察を行ってきたのですが、この状況は良くありませんね」
イーロさんは偵察もしてくれたのか。ありがたい。
「それで、状況が良くないって、かなりマズいの?」
「はい、上空からの敵軍の動きを見るに、敵は陣地から中央を迂回するようにして、我が軍の本隊の側面を狙うつもりでいるらしいのです。そのため、アン殿の部隊とかち合ってしまったと思われます。ここにいては、次から次へと敵が押し寄せてきてしまいます」
彼は近くにあった箱の上に地図を広げると、敵軍と自軍の駒を動かしながら説明してくれた。
彼が現在の両軍の配置を駒で示していくと、その配置を見て、僕は焦り始める。
この配置はマズい!
ヘルゲさんたちが翼を広げる鳥のような鶴翼の陣で、敵を包囲していくことを考えていたのに対して、敵軍はこちらに向けて蛇のように長く伸びた長蛇の陣を向けている。
これでは、アンさんの部隊だけで全軍を押さえなければならない。
このままでは、ヘルゲさんたち中央の軍勢が進軍速度を上げて敵の長蛇の陣の側面を攻撃しなければ、アンさんの部隊が全滅してしまう。
僕は地図の駒を動かして、その最悪の結果をイーロさんに説明すると、彼だけでなくシャルたち皆の顔色も青ざめていく。
暗い雰囲気のまま、沈黙が続く。
「何かこの局面を切り抜ける手はないんですか?」
シャルが口火を切って尋ねてくる。
「うーん。あるにはあるよ!」
僕の返事に、皆の顔色が明るくなり、期待に満ちていく。
「本当ですか!? それは、どんな手段なんですか?」
シャルは息を飲んでこちらを見つめると、僕の発する次の言葉に期待しているようだった。
そして、それは皆も同じで、僕に向かって前かがみになってくる。
なんか、ここまで期待されると言いづらい……。
「えーと、逃げる!」
「なるほど……!?」
「「「「「えっ? えぇぇぇー!!!」」」」」
シャルだけでなく、皆までもが叫ぶ。
そして、ガッカリした視線が僕へ集中する。
気持ちは分かるが、命あっての物種だ。
逃げることだってちゃんとした戦略なのに……そこのところを分かって欲しい。
そんな僕の気持ちとは裏腹に、マイさんが「フンッ」と鼻であしらってくる。
キィー、ムカつく!
だが、今は彼女を相手にしている場合ではない。
僕は、冷静さを取り戻すために深呼吸をして、心を落ち着かせる。
まあ、ただ「逃げる」と言っただけでは、皆が納得できないのも仕方がない。
僕は、地図に置かれた駒を動かしながら、皆に説明を始める。
「逃げると言っても、敗走するわけじゃないよ。アンさんの部隊には、囮になってもらい、押し負かされているかのように、ヘルゲさんの部隊の側面へと敵を誘ってもらう。そして、ヘルゲさんの部隊には、雁行の陣を……こう、斜めになるように部隊を布いてもらい、この中央に敵をぶつけるんだ」
皆はフムフムと地図と駒の配置を覗きながら頷いている。
興味を持ってくれて良かった。
「そして、ヘルゲさんの隣で部隊を展開しているアレックスさんには、鋒矢の陣形で……こう、矢印の形の陣形で、敵の長く伸びた蛇のような陣形の中央にくさびを打ち込んでもらう。その時に、シリウスの部隊には、アレックスさんと連携して、蛇の尾っぽにちょっかいを出してもらえば、敵はアレックスさんの部隊に集中できなくなる。それに、敵が二分されるから、こちらはアレックスさんとシリウスが敵を抑えている間に、敵の蛇の頭の部分を叩けば、何とかなると思う」
僕の話しが終わると、皆は僕にキラキラとした目を向けている。
まだ、やってみないとどうなるか分からない作戦なのに、そんなに期待されると、凄いプレッシャーがかかるんだけど……。
「ねえ? フーカ君? 敵がこちらの都合に合わせて動いてくれるのかしら? 蛇の頭は、あのエトムントなんでしょ?」
「「「「「……」」」」」
マイさんの一言で、皆が沈黙し、考え込んでしまう。
何故、エトムントがこちらへ向かった来たのかを、僕は皆が納得する理由も考慮しながら推測する。
「えーと、憶測になるけど、今回、エトムントがアンさん側に向かってきたのは、火砲馬車の攻撃を避けてのことだと、僕は思うけど……」
最後まで言い切る勇気はなかった。
「それなら、シリウス側のほうが敵陣からも近いし、私ならシリウス側を狙うわ。わざわざ隊列を伸ばしてアンちゃん側を狙う必要はないもの」
「……」
マイさんの指摘はもっともだ。
なら、何故、エトムントは、真っ直ぐこちらへ向かってきたのだろうか?
僕は黙ったまま、考え込んでしまう。
「「「「「エトムントはバカだ!」」」」」
僕が考えついた結果を口にすると、皆も同時に同じ言葉を口にした。
「何をしでかすか分からない要因を取り上げていては、まとまるものもまとまりません。予測不能なバカのことは無視して、フーカ様の出した作戦でいったほうがいいですね」
イーリスさんがまとめると、皆も頷く。
その後、細かいところまで煮詰めるように話し合いがなされ、火砲馬車での先制攻撃の後に、アレックスさんが攻め込むということが追加された。
作戦としては、ほとんど組みあがったのだが、一つだけ、アンさんの部隊がヘルゲさんのところまで囮を続けられるかという問題だけが残った。
「フーカ君、アンちゃんの部隊が強くても、敵が多すぎるわよ。何か対策を練らないと、アンちゃんたちは、ヘルゲのところへたどり着く前に全滅しちゃうわよ」
マイさんの指摘は鋭かった。
確かに僕もそう思う。
いつも、こうしてくれていれば頼れるのに、何故、出来ないのだろう……。
惜しいような悔しいような複雑な感情が襲ってくる。
地図と駒を眺めながら、何かいい案はないかと考えていると、重なっている駒を見て、あることを思いついた。
「こういうのはどうかな?」
僕は、地図に置かれた駒の八個をくっつけるように並べて、長方形を作る。
「これをアンさんの部隊に見立てて、部隊の先頭が敵と戦うと、二手に別れて最後尾に移動し、そこで再び隊列を組む。これを繰り返しながら、後退していけば兵士にも休む時間が作れるし、敵の目も欺けると思うんだ」
皆はフムフムと好感触の表情を浮かべている。
僕はマイさんの顔色をうかがう。
さっきから、彼女の指摘は的を得ているので、どうしても、彼女の意見が気になるのだ。
「いいと思うけど、先頭の兵士たちが後退して、後続と入れ替わる時の隙をなくしたいわね」
マイさんとは思えない的確な指摘をくれる。
いつもとは違う頼れるマイさんと、滅茶苦茶なことしかしないマイさんが、僕の心の中でせめぎ合って、調子が狂う。
それでも、彼女の指摘に答えられるような案を考える。
「うーん。それなら、特戦群と特殊部隊が銃器で部隊の両サイドの離れたところから十字砲火してもらって、それと、部隊の最後尾に馬車を置いて、狙撃の得意な人に、その屋根から狙撃してもらったらどうかな」
皆が難しい顔をした。
マイさんも考え込んでいるような顔で、僕を見つめている。
ダメだったかな……。
「コホン」
シャルが咳ばらいをする。
「フーカさん、十字砲火って何ですか?」
彼女の言葉に、皆はウンウンと頷き、マイさんは表情を変えずに、目だけが泳ぎだしていた。
僕とイライザさんだけが、十字砲火を知らなかった皆に驚いてしまう。
皆が十字砲火を知らなかったことはともかく、マイさんも知らなかったくせに、分かっているような態度をとって誤魔化していた。
クソッ! マイさんに騙された!
射撃支援がダメだったわけではなかった。
「えーと、部隊の両側の……大体この位置かな。ここから両側の特戦群と特殊部隊が敵に向かって銃を撃つと、敵のここで放たれた弾が交差するでしょ、これが十字砲火って言うんだ」
僕が駒を使って説明をすると、皆はフムフムと興味を持っていた。
「それなら、大丈夫そうね」
マイさんからもお墨付きは出たのだが、彼女は、「そんなことは知っていたわよ」とでも言いたげな表情で腕組みをしている。
なんで、この人は自分の汚点を残したまま、そんなに偉そうな態度が取れるんだ……。
「では、この作戦をヘルゲ様に伝える手配をしてきますね」
「お願い。イーリスさん、無線機があるから、それを使って! それと、イライザさんはイーリスさんを手伝ってあげて」
「「はい!」」
イーリスさんが馬車に向かって行くと、イライザさんも彼女につきそう。
そして、イライザさんは、その途中にいた部下を呼ぶと、今の戦術をアンさんへ伝えるように命令していた。
「フーカ様、この救護所にいる負傷者はどうしますか?」
ミリヤさんから質問される。
確かに、このまま置いて行くわけにもいかないけど、移動しながら治療と言うわけにもいかない。
「ここへ負傷者を運ぶための馬車を呼んでもらって。それで、運んでもらおう。それと、作戦が始まったら、アンさんの部隊の最後尾にも馬車を数台用意して、その馬車の中で治療しながら後退していこう」
「分かりました。手配してきます」
ミリヤさんはそう言うと、イーリスさんとイライザさんのもとへ向かう。
作戦が決まると、皆は慌ただしく動き出し、準備に取り掛かる。
僕のシミュレーションゲームでの経験が生かせればいいけど、ゲームと実際の戦場では違う。
この戦術が上手くいきますようにと、僕は心の中で祈るのだった。
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