帰れない______
気づいたときには、潤たちは出口のない遺跡フィールドから雫サーバにある水の都リュミエールに戻ってきていた。
リュミエールはEdenを始めたときに、PCが配布されたあと転送される最初の街だ。
「助かった……のか?」
Edenの名所の一つとされているリュミエールの噴水広場にある転送装置の前にいた潤たちは、一息つこうと噴水の周りに腰掛けていた。
「ねぇ潤、気づいてる? 私たち帰れなくなってるって」
ぽつりとそう言葉を発したのは中杉だった。
「うん。さっきのモンスターと戦ってるときに確認して、今ももう一度確認してみたけど、なぜかログアウトできなくなってた」
「これってどういうこと!? 私たち帰れないの」
「いや、不具合だと思うから、運営に問い合わせればなんとかしてもらえるよ」
「そうなの? ほんとに大丈夫!?」
中杉は不安そうに言う。中杉はオンラインゲームは初めてだから、こういった不具合にも慣れていない。だからこそ余計にそう感じてしまうのだろう。
「大丈夫だよ。ちょっと待って、今やってみるから」
潤はメニュー画面から問い合わせを選択してみたが反応しない。これもログアウトと同じになっている。
「そんな……なんでだ。こんなことって本当にあるのか!?」
「もしかして駄目だったの!?」
今度は沢石が聞いてきた。
俺は頷いて返す。
「二人もやってみてくれ」
沢石も中杉もメニュー画面から問い合わせを選択してみたようだが、駄目だったようだ。
「なんで……ねぇなんでよ!! 私たち本当に帰れないの」
「まだそう決まったわけじゃない。周りは落ち着いてるから、もしかしたら俺たちだけバグってて不具合を起こしてる可能性はある」
さっきも急に変なフィールドにいたり、そこから急に戻ってきたりと、ゲームとして異常なことが起こってる。
そして自分達以外にもログアウトできないプレイヤーが出てきているのなら、こんなみんな普通にしてはいられないはずだ。
「他のプレイヤーに聞いてみて、普通にログアウトできるようならお問い合わせもできるだろうからお願いして代わりに運営に不具合を報告してもらおう。そうすればなんとかなる」
潤は自分にも言い聞かせるようにそう強く言った。
「なら誰かに話し掛けよう」
沢石が言うと、中杉も頷いて立ち上がる。
三人でできるだけ人当たりがよさそうなプレイヤーを探していると、突然他のプレイヤーが話し掛けてきた。
「君たちもしかして初心者? なら一緒にクエストいかない」
話し掛けてきたのは男二人のパーティーだった。
「あの、私たち不具合で今ログアウトできなくて困ってるです。問い合わせで運営に報告もできないので、代わりに運営に報告してみてくれませんか」
そう沢石が切り出した。
「へぇ、そうなんだ。大変だね」
「わかった。やってみるよ」
相談すると、すぐに二人組の一人が運営に問い合わせてくれた。
「じゃあ運営から連絡が入るまで暇でしょ。それまで一緒にクエスト付き合ってくれない」
「でも私たちまだ始めたばかりだから弱いよ」
中杉がそう話す。
「いいのいいの。俺たち強いから。二人とも守っちゃう」
「安心してついてきていいよ」
そう二人に言いくるめられるように沢石と中杉は二人に連れていかれる。
潤は一人そこに取り残される形になった。
「えっ……俺は……って聞いてないか。あれナンパだよなやっぱ」
Edenは他のMMORPGと違って自分でPCを選択することができない。
リンクゲートシールドが被っているプレイヤーの脳波からプレイヤーの身体情報を読み取り、そこからオリジナルでPCを生成してくれる。
これがEdenのユニークなシステムの一つであり、人気や注目されている理由の一つでもある。
それにより性別もその情報通りに設定されてしまうため、性別を偽ることができない。
現実の見た目もPCに八割以上反映されていることから、Edenでは今のようなゲームナンパが流行っていると、ネットの書き込みで見かけたりもする。
「聞いてはいたが、本当にあるんだな」
自分の見た目に自信のあるやつがナンパ目的でこのゲームを始めるやつもいるらしく、Edenはそれだけリアルに近く作られているゲームでもある。
「さて、これからどうするかな」
先にゲームオーバーになってしまった川下や小罰と連絡がとれなくなってるし、沢石と中杉はナンパに掴まって行ってしまった。
ログアウトもできず、運営がなんとかしてくれるまで待たないといけない。
これで俺の役目も終わりか。
Edenを教えるためにプレイしているけど、川下や小罰は大体わかっただろうし、沢石や中杉は俺より断然詳しいあの二人にこのあと色々と教わるだろう。
ログアウトできるようになったら、さっさとログアウトしてしまっても大丈夫だろう。
そのあとは一応川下や小罰に連絡入れておけばいい。
一時はどうなることかと思ったが、なにごともなく終わりそうでほっとしていた。
緊張がとれたおかげか、周りの景色が視界に入ってくる。
小さな鳥がその辺をチュンチュンと鳴きながら歩いていたり、風が吹いてきたり、その風で背後にある噴水からしぶきが運ばれてきて背中や首筋に当たって冷たかったり。
そんな細部まで作り込まれた世界と脳に与える情報量の多さが、このリアルさを実現している。
今までゲームが好きで色んなゲームをやってきたけど、こんなにリアルに近いゲームは初めてだ。
Edenは第二の人生を歩める世界とまで言われている。それが今ここに座っているだけでも、その所以がなんとなくわかった気がした。
潤はログアウトできるまでここに座っているのもいいかと思い始めていた。
「ねぇそこの初心者」
ぼうっとしてこの世界の空気感を楽しんでいると、気づけば目の前に派手な赤い薔薇のドレスのような装備を身につけた女性PCがいて、潤に話しかけてきた。
「そこ、私の特等席なの。退いてくれるかしら」
「なんだよ。ここはあんた専用の場所じゃない。みんなのもんだろ」
そう言い返すと目の前のPCはため息をついてこう言ってきた。
「できるのならそこの所有権くらい買ってるわ。いくら運営に申請しても許可下りないんだもの」
と、彼女は不満げに言う。
「なにが望み? 今は気分がいいからなんでも欲しいもの……あげちゃうわよ」
噴水前の座席を譲ってくれるならなんでもくれると目の前の女PCは機嫌が良さそうに言ってくる。
「金、それとも装備? 初心者ならその辺でしょ。それともリマネ?」
「リマネってなんだよ」
「リアルマネーのことよ。そんくらい常識でしょ」
「はあ!? ここゲームの世界だぞ。リアルの金持ち出してくるか普通!?」
それもここに座りたいってだけで。
「Edenじゃリマネ取引なんて普通よ。ポポルでのやり取りもあるけど、価値の高いものを取引するときはリマネ取引ですることもザラだわ」
ポポルとはEdenの通貨のことだ。
「いやいいよ。そこまでしなくてもやるよ」
潤は立ち上がって席を譲った。
「最初からそうしなさいよね」
なんだこいつ。さっきから偉そうに。
そうだ。あの橋にいってみよう。
潤はこのままここにいるのも気分が悪いので、噴水広場から見えていた橋にいってみることにした。
あそこなら落ち着けるだろう。
潤が歩き出そうとすると、後ろからさっきの女PCにまた声を掛けられる。
「ねぇ、さっき一緒にいた女の子二人ってあんたの連れ?」
「そうだけどどうかしたか?」
「ナンパされてたわね。なんであんた止めなかったの?」
「いや……ただの友達ってかクラスメイトってくらいの関係だし、二人がいいなら別に止める必要ないかなって……」
「根性なしね。あんた助けにいってあげなさいよ」
「助けるって別に危険じゃないだろ。一緒にクエストやって話してってだけ……」
「あんた初心者だから知らないかもしれないけど、あいつら噂になってんのよ」
「……どんな?」
その瞬間、背筋がざわつくような嫌な予感がした。
「ナンパしてクエストに誘ったあと、フィールドの人の目のないところに連れ込んで、【この後ホームで遊ばないか】って誘うらしいわ。お互いフルリンクして」
フルリンクとはオプションの設定で、下の方にずっとスクロールしていくと、最後の方に見えてくる項目で、それをオンにすると、PCで得た感覚をリアルの肉体で感じることができるようになる。
「おい!! それって――――」
年齢制限のあるオプションじゃないか。脳波から年齢も検出されているから普通そんなことできるはずがない。未成年だとロックがかけられている。
潤の考えを読み取ったように彼女はこう返してきた。
「Edenはなぜかそこは自己責任ということになっているわ。どうして国が見逃しているのかも謎よ。まあそこがこのゲームの魅力の一つだけどね」
「でも拒否すればいい話しだろ。従う必要なんてないし、フルリンクは自分から設定しないとできない」
「誘いを受けなかった場合、彼女たちは間違いなくPKされるわ。それもじわじわとトラウマが残るほど嫌な殺され方をするそうよ」
「PKだって……」
PKはプレイヤーキラーのことだ。つまり、ゲーム内で殺されることを意味する。
一瞬にして血の気が引いていくのがわかった。
いや、川下と小罰のは特殊な例だ。バグだろうし、そのせいで今も連絡が取れなくなっているだけだ。
そう思っていても嫌な予感しかしない。まだ川下と小罰とも連絡が取れていないから本当に無事なのかもわからない。
沢石と中杉が嫌な思いをするだけでなく、二人も連絡がつかなくなってしまったら…………。
「彼ら、PKすること自体も結構楽しんでるらしいわ。目的がすり替わてしまってるくらいにね」
川下と小罰に連絡がつかないのは不具合のせいだ。
そうわかっていても怖い。
それに……やっぱり沢石と中杉が嫌な思いをするのを知っていて放ってなんておけない。
「教えてくれてありがとう」
「いいわよ。これが席代ってことで」
潤は近くの転送装置まで走った。
転送装置の前まで来ると、そこで潤は奴らの行き先がわからないことに気づいた。
「えっと……」
「あいつらのよく使うクエストは森羅サーバの【深緑の精霊の住み処】よ」
クエスト選択画面に載っているクエストの羅列に焦りつつ目を凝らしていると、横からさっきの女PCがそう教えてくれる。
「いいのか? 席誰かに取られちゃうぞ」
「もういいのよ。十分堪能したわ」
かなり短かったように思うが、満足そうに言っているので彼女的には堪能できたのだろう。
「俺はえっと…………シュウ。君は?」
「マキよ。覚えておいてあげるわ。シュウ」
そう言うと、マキはどこかへ歩き去っていった。
シュウはこの世界での潤の名前だ。
このPCの……自分の分身の名前。
Edenにログインしてから知り合いとしか話してなかったせいで、プレイヤーとしての名前をど忘れしていた。
マキに名乗るときにちょっと間が空いたのはそのせいだ。
「急がないとな」
潤はクエストに転送のボタンを押しながら、そういえばEdenにログインしてから知り合い以外で初めて名前を教えた相手があのマキってプレイヤーだったことに気づく。
もしこのままEdenを続けていたら、いつかまた今日みたいに話したり、クエストに行ったりして遊んだり、そんな関係になれるような気がしていた。
そんな一瞬浮かんだ妄想をすぐにかき消して、転送されたクエストのフィールドを潤は駆け出した。
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