【第9回 「鋼殻のレギオス」】
特に何の予定もない土曜日の昼過ぎ、書店パトロールの任務を終えた俺は、ふと思いついて、駅裏の方に向かった。広場がある「表」が商業・娯楽エリアであるのに対して、「裏」側はビジネスエリアといった趣で、チャコールグレーの真四角なビルが立ち並んでいる印象だ。飲食店は多いが、コーヒーショップやラーメン屋、カレーのチェーンに牛丼のチェーン店が目立つ。
俺は人通りのさほど多くないビルの合間を縫うように歩き、一際大きくて古い建物にたどり着いた。市の行政福祉総合施設である。あからさまに速度の遅いエレベーターにのり、チンという音が目的の階への到着を知らせる。
エレベーターのドアが開くとそこは、だだっ広い空間に書架がぎっしりと並んでいる。ここは市立中央図書館である。
ライトノベルという商業的娯楽小説は比較的、鮮度が重要視される。少なくとも、トップセールスランキングは一般書籍のようにベストセラーが重版を重ねて何ヶ月もランキングに居座るという作品はほとんど存在しない。発売直後に売れ、そしてアニメ化で売れる、という方法で2度目の着火がなされたりするが、基本的には日々消費されていく文化であると言える。
そのため、書店パトロールとは実質新商品パトロールであり、そこに、書店の凄腕研究員(ただの店員)が独自にレコメンドする玉石混淆の平積み商品の中から新たな出会いがあることを期待しつつ目を皿のようにして眺め回すのが主な任務となる。
しかし、たとえラノベが消費文化に期するものだったとしても、風化しない物語があるのも確かであり、そしてまた、風化したものだからこそ良いと思えるものもあったりする。いわゆる古典である。
そして、時代の先端を走り続ける我々が古典に出会える場所、それが図書館なのである。
近隣の市の市立図書館も含めてリサーチしたところでは、おそらく二十一世紀初頭のラノベ隆盛期に特に各図書館はこぞってライトノベルを蔵書に加え、「ヤングアダルト」というなんともいかがわしいネーミングの書架にそれらをせっせと並べていったと思われる。富士見ファンタジア文庫、電撃文庫、MF文庫J、気づけば同じKADOKAWA帝国の版図の一角を占めることになった3大レーベルが特に充実している。
電撃文庫が角川スニーカー文庫と一線を画す形で時代の最先端を突っ走っていくのに対して、富士見ファンタジアには、装丁を含めて、どこか懐かしいノベルスの香りがする。「フルメタル・パニック!」や「生徒会の一存」は装丁も本文も「一昔前」感を醸していてなかなかいい感じである。
そして、富士見ファンタジアの偉大なる古典群の中でも、「鋼殻のレギオス」について、語らないわけにはいかないだろう。
俺は迷いなく到達したヤングアダルト・コーナーに立つと、ずらりと並んだ「鋼殻のレギオス」を見て胸を熱くしながらうんうんと強くうなずいた。
「鋼殻のレギオス」は、タイトルからして意味不明で、いかにもファンタジーな内容を想起させるが、果たしてそのページを開くと、導入部から早速意味がよくわからない。初めて読んでから何年も経って考えてみると、どことなく宮崎映画のような技法で描かれている気がする。
極めて独特な世界観を持つ小説であり、そして比較的シリーズを延命させる傾向のあるライトノベルの世界でも、シリーズ全25巻、限りなく必読と言って良い外伝2シリーズまで含めれば31巻である。外伝は何しろ、外伝という割には、それを読んでいないと本編の方で意味のわからない登場人物や世界観がこれでもかというくらい盛り込んであるので、本編と比べて文体も硬く面白くない気もするのだが、しかし読まなければならない。できれば、本編も外伝も全部取りまとめた上で、刊行順に読むのがいいと思う。
俺は、「鋼殻のレギオス」がとても好きで、何度も繰り返し読んでいるのだが、俺の部屋の本棚には一冊もない。俺が出会ったときにはすでに刊行が終了しており、市立図書館で古典漁りをしていたときに、何せ本棚の少ない一角を占めているから気になってはいたものの、当時の俺は電撃文庫の古典を読み漁っていた時期でもあったので、何となく富士見は後回しにしてしまっていたのだが、何度も何度も見ているうちに、だんだん気になってきて、ある日、ついに手に取って1巻の最初のプロローグを少し、読み、すぐにページを閉じると3巻まで借りて帰り、そしてすぐさま慌てて続刊を可能な限り予約し、地元の市立図書館の予約の上限に達すると、隣の市2つの図書館で予約を抑え、2、3週間ほどで全巻読破したのだった。
俺は貸し出しによって歯抜けになっている書棚の中から、13巻を手に取った。
この巻は主人公レイフォンが故郷に立ち返ってかつての知人たちと邂逅する重要な巻であり、その後の物語の展開にとっても一つの節目となる重要な巻でもあるのだが、単純に俺は、クラリーベルが可愛いから好きである。クラリーベルは、長いだけあってものすごく登場人物の多いこの小説の中で、それほど目立つわけでも重要なキャラというわけでもないのだが、多くの人間が既存の価値観の中でそれに従って生きている中で、そのことに疑問を持とうとする萌芽をこの巻で強く感じたのだ。
レイフォンが故郷であるグレンダンを離れなければならなかった理由として事実認定されていることに疑問を持ち、本来敵として相見えるはずのレイフォンに対して、複雑な感情を持っている。
とりあえず「鋼殻のレギオス」については、世界観が独特すぎるので、そもそも物語に入り込めない読者も多そうな気がするので、よくもまあこれほどの巻数が出せたものだと思わなくもないのだが、俺は、13巻のクラリーベルを久々にたっぷり堪能すると、満足して図書館を後にしたのだった。