【第8回 「インフィニット・デンドログラム」】
「お前って、『オーバーロード』以外に読んでるラノベとかないのか?」
俺は向かいの席でスマホをいじっている麻里亜に何気なく訊いた。
ここは大学のカフェテリアで、ちょうど午後の三限がやっている時間なのでそこまで混んではいない。たまたま俺も麻里亜もこの時間が空きだったので昼飯からの流れで一緒にダラダラしているのだが、気づくと最近学校でも外でもわりとよく一緒にいるんだよな。大学では学部が同じなので必然的に履修している講義が被ってくるのはわかるのだが、近頃何かにつけ外でも呼び出されている。それも別に構わないのだが、外では必ずダーク麻里亜のスカルファッションなのが正直微妙なところだ。今は大学内にいるのでお嬢様モードの方である。
「うーん・・・」
麻里亜は少し考え込む仕草を見せる。考え込むということは、おそらく、意外と色々ラノベを読んでいて、どれを挙げるか思案しているのだろう。
しばし様子を見守っていると、急にパッと顔を明るくしたので、俺はなんとなく嫌な予感がしてくるが、麻里亜はいかにも「すごくいいの思いついた!」という顔で、言ったのだった。
「『インフィニット・デンドログラム』かな、やっぱり」
「・・・・・・・なるほど。主人公のファッションセンスに共感してるんだな?」
麻里亜はそれを聞くと顔を赤くして、「ヨウってやっぱり、私の心読んでるよね・・・どうしよう、バレちゃう」とか呟いている。
麻里亜の言った「デンドロ」の主人公レイ・スターリングはファッションセンスが壊滅・・・とても個性的で、中身がわりとオーソドックスなヒーロータイプなのと反比例するように、巻を重ねるごとに禍々しさが増していくという恐るべき特性を備えており、確かに「オーバーロード」のアインズ・ウール・ゴウンの配下にいてもおかしくない。
「まあ、確かにレイのファッションセンスは平常パートの重要なボケ要素ではあるよな。戦いが始まるとかなり容赦ない小説だし」
「そうなのよね。レイ様がネメちゃんやルー君やマリマリちゃんとイチャイチャしてるところ好き」
レイ様・・・。他はネメシスとルークとマリー先輩か。ネメシスについては小説を読んでもらう以外ちょっと説明が難しいが、他二人はまあ、背中を預けあう仲間と言っていいだろう。先輩にはデスペナされたことがあるものの。小説のタイトルでもある「インフィニット・デンドログラム」はダイブ型ゲームのタイトルでもあり、いわゆる「SAO」などと同じ近未来型のゲーム小説である。「SAO」は気づけば未来でもなくなってきているのだが。
ダイブ型ゲーム小説としての「デンドロ」で特徴的なことは、いわゆるNPCノン・プレイヤー・キャラクター「ティアン」と、プレイヤーである「マスター」の関係性が、単純な一般人と超人、というわけではないところだろう。突出した実力者はマスターに限ったことではなく、ティアンの中にも超級職と言われる最上位の能力の持ち主は存在している。その辺りは、多少設定が似ている感じもある「ログ・ホライズン」との違いかもしれない。「ログホラ」についてはまた詳しく語る機会があるだろう。
「デンドロ」は本編よりも分厚い設定資料が存在する可能性を疑わせるほどに、世界観と設定のややこしい小説であるため、どうかいつまんで説明しようとしても難しい。
「これはゲームであっても、遊びではない」とは、「SAO」の扉にも記載されている茅場晶彦という、デスゲームの黒幕の言葉であるが、この「デンドロ」は、「SAO 」とはまた違った形のデスゲームであり、この世界では人は簡単に死ぬ。しかし、ゲームのプレイヤーである「マスター」が蘇生可能であるのに対して、「インフィニット・デンドログラム」世界の住人「ティアン」は一度死ねば蘇ることはない。それゆえか、物語の根幹ともいうべき部分には必ずティアンが深く関わりを持ち、ティアンとマスターの関係性もまた、物語の一つの軸となるのだが、そこにさららに、「運営」までもが絡んでくることによって、物語の時間軸が過去にも無限に伸びていくことによって、必然的に物語は単純さを失っていく。
おっと、ついつい考え込んでしまって、麻里亜を放ったらかしにしてしまった。
もっとも、麻里亜は麻里亜で自分の世界に没頭していたらしく、俺が注意を向けたときにも顔を赤くしたりさらに赤くしたりとわたわたやっていた。情緒不安定な年頃なんだろうか。
「そういや、『デンドロ』って、なんていうか、男女が平等に描かれてる気がするよな」
「へ? ああ・・・『インフィニット・デンドログラム』の話ね?」我に返った麻里亜は少し考えてから、
「確かに、強いキャラのほとんどが女性な気がしますね。完全なレイ様ハーレム小説です」
「あれ?・・・そう言われりゃそうか?」
「ええ、正妻のルークに愛人1号のネメちゃん、愛人2号のアズライト、マリマリちゃんと迅羽が続く感じですね」
麻里亜は急にお嬢様モードが復活したらしく、丁寧な調子で身も蓋もないことを言い始めた。つうか、ルークが正妻なのかよ・・・その割には最近出番少なすぎじゃね?
「けどさ、ラノベにしては、辺に女子だけ女らしさを強調して描かれたりとかしてないよね?」
「そうですね。そこはキャラクターとして描かれているからかもしれません。それはそうと、フィガロさんとハンニャさんのロマンスは感動的でしたね」
「まあ、あれは確かにリアルも含めた世紀の恋って感じだもんな」
「そうなんです、ロマンチックすぎます。私もゲーム世界でヨウと・・・何でもありませんわ。何かオススメのフルダイブゲーム紹介してくれないかしら」
「そんなもの、現実にはまだ開発されてないよ!」
俺がツッコむと、それをまったく聞いていない様子の麻里亜が突然、目を見開いて叫んだ。
「大変! 隠れ愛人のガルドランダちゃんが突然現れてレイ様ハーレムピンチの予感が・・・」
すごくどうでも良かった。興味がある人は是非「デンドロ」読んでくれ。そんな話は載っていないが。