【第4回 「転生したらスライムだった件」】
現在俺は、
「さっさと観念して私と結婚しろ〜」
絶賛JSに組み敷かれていた。自室のベッドの上で。そう、現在の状況をカメラに収められでもしたら、俺の人生がツンデツンデしちゃうやつだ。
「わかった、わかったから」
「ケッコン、してくれる?」
「お前が大きくなったらな」この国の法律には感謝しかない。
「やったー、じゃあこの書類に拇印を押して! いまカッター取ってくるから」
それ、時代劇とかでやるやつだよね! 血判状・・・?
「結婚誓約書だけ先に用意しておいたから。これで法律的にはまだ無理だけど、神様にはご報告できるからね、ア・ナ・タ」
「アナタ、ってのは、うん、ちょっと気が早くないかな。やっぱりそういうのは正式な夫婦になってからじゃないと」何とかあと十年くらいは時間を稼がないと。
「え〜、先に自分からオマエって言ってきたんじゃな〜い。結婚前から夫婦ヅラしたいのはヨウ兄の方なんじゃないの?」
「そ、そんなわけないだろう? 俺は前からそう呼んでいたはずだし」
「ずっと前から私に決めていた、ってワケね? なかなかわかってるじゃない」
何を言っても無駄だと悟った俺は、話題を変えることにした。
「そういや最近どんな本読んでるんだ?」
俺の腹の上で不適な笑みを浮かべているJSのこいつの名前は郁、俺の兄貴の一人っ子だ。俺と兄貴は結構歳が離れているので、兄弟のいないこいつにとっては俺が兄代わりみたいなものだ。俺の姉や妹とはなぜか気が合わなかったらしく、会うと俺にばっかり寄ってくる。小さい子供の相手の仕方なんてわからなかった俺は、その度におすすめの本を読ませていたので、今や立派な活字中毒者の仲間入り。貴重な俺の読書仲間なのだ。そう、『源氏物語』の「若紫」のように・・・いや、ロ○コンではないぞ!
活字中毒者に本の話題はクマにハチミツみたいなもので、郁は早速食いついてきた。
「最近はねえ、学術系の新書のちょっと古いやつを図書館で借りてきて現代の説と全然違うことが書いてあるのを面白おかしく読んだりしてるかなあ」
性格悪すぎ! ていうか、学術系とかそんな難しいの読んでんのかよ。俺も厨二病を患ってる頃に少し読んだけど。俺は理屈っぽい系統のこじらせ厨二だったので。
「あとはねえ、やっぱり十九世紀の小説とか、長いし無駄な人物説明とか描写とか多くて最高だよね」それ褒めてんのか?
「他には? やっぱ江戸川乱歩とかコナン・ドイルとかモーリス・ルブランとか?」
俺がミステリー系の入門編を並べると、
「そのへん大体読んじゃったから、アガサ・クリスティーとか、やっぱりタイトルに『殺』の文字が入りまくってるのが最高におしゃれだよね」ううーん、これ以上会話を続けていく自信がなくなってくるな。
「そういうヨウ兄は『りゅうおうのおしごと』とか読んであいたん萌え〜とか叫んでるんでしょ。あ、さすがのあたしもシャルちゃんはダメよ、認められないわ。ヨウ兄には清く正しくJSを愛してもらわないと。というわけでさっさとこれに判押して」
だからロリ○ンじゃないって。郁がふたたび結婚誓約書を取り出して迫ってきやがった。というか、シャルちゃんも小学生になってんじゃないのか? 一応JS研のメンバーだし。
「それはそうと、読書の話に戻すけど」俺はなんとか押せ押せ攻勢をやり過ごし(どうやり過ごしたかはここには書けない)、うつ伏せの状態の俺にまたがってホールドしている郁に本の話を差し向ける。
「箸休め系は何読んでんだ?」
箸休め系とは、文字通り、休憩のために読む本のことだ。俺たちのような活字中毒者ともなると、そもそも一冊の本を頭から最後まで読むことはない。速読を極めた廃人系はその限りではないかもしれないけど、俺は早く読むことにそこまで魅力を感じておらず、どちらかというと飽きないことに重きを置いていて、だいたい二、三冊の本を並行して読み進める。
それも実際には結果そうなっている、というところがあって、大抵は、やたら長い小説や内容が重たいものなんかで(だいたいそのふたつの要素は共存している)それだけ読み進めるのが苦しいようなのを読んでいると、間に全然別のジャンルの軽めのものを挟まないと、とても読み進められなかったりする。まあ例えば、レフ・トルストイを読みながら並行して学術系新書とエッセイとラノベを読んだりとか、あるいは、『オーバーロード』を読みながら『エロマンガ先生』を読みつつ、『私、能力は平均値でって言ったよね!』を読むみたいな感じだ。いちおう俺の本業は文学部の学生なので、実はラノベ以外にも色々読んでいるのだ。トルストイやエミール・ゾラやスタンダールはこの並行読書法を駆使しないと飽きてしまってかえって内容が頭に入ってこない。もちろんこれは俺の場合の話だが。
「箸休めには学級文庫の伝記まんがを読んでるわ」そういやこいつ、小学生だったな。俺はてっきりアインシュタインだの量子論だの言ってくるかと思ったけど。
「最近感銘を受けたのはやっぱり野口英世かしらね」なるほど、たしかに。俺も小学生の頃に読んだ記憶がある。ヘレン・ケラーとか、ユリ・ゲラーとか。嘘です。音が似ていたので。
「ただ伝記まんがも歴史まんがもだいたい読み尽くしちゃったのよね」こいつ、学習まんが好きすぎだな。「ヨウ兄、何かオススメある?」
キター! この展開を待っていたのだ。
「そうだな・・・」と言いながら俺は自分の斜め前方の本棚を少し無理しながら見る。なお、現在ももちろんうつ伏せでJSに組み敷かれている。
「お前結構難しいの読んでそうだから、ラノベなら何でも箸休めになりそうか?」
「そうだね。ヨウ兄がどの辺で興奮したのか考えながら読むとあたしも興奮しちゃうよね」何を言っているんだこの小学生は。
「『転スラ』は?」
「それはもう全部読んだよ、ここに遊びに来た時にコツコツと。ヨウ兄の萌えキャラは、ずばり、ホブゴブリンのリリナさん!」チョイスが渋すぎる・・・。
「じゃあ、お前の推しメンは誰なんだ?」俺のヒロインはもちろんクロエさんだが、それは言わない。
「うーん、ゴブタとハクロウもいいけど」チョイスが渋いというか、何というか。「やっぱりユウキ・カグラザカかな」
「ふーん、意外な感じだな。女子ならではなのかもしれんが」
「軽そうに見せて自分の実力を隠して陰謀を張り巡らせるとこがいいよね」・・・やっぱりこいつ独自の感覚なのか・・・。
「にしても、『転スラ』って二段組だし一冊一冊が結構長いよな? いつの間に読んでたんだ?」
「それはもちろんヨウ兄が出かけているときにヨウ兄のベッドでヨウ兄の汗臭い布団に潜り込んで読んでるに決まってるじゃん」
「お前そんなことしてたのかよ!」
「マクラのニオイと毛布のニオイと掛け布団のニオイ全部違うんだよね」
「くっ・・・」ファ○リーズ買ってこないと。
「あと、昼寝中のヨウ兄の横に潜り込んだりもしてる」
「それはアウトっぽいからやめて!」
「え? 未来のダンナ様と同衾することの何がいけないと?」
「ど、同衾て、もうその言葉がダメだろ!」
「ああ確かに、『転スラ』には女子小学生分が足りないという欠点があるね。ヨウ兄の情操教育的に」『転スラ』の作者と読者の皆さんに謝れ!
「そんな要素は必要ない」
「あ、でも、ラミリスちゃんなら小っちゃいからいいかも」
「だから何がいいんだよ!」
「これもヨウ兄のためなんだよこの前読んだ本に書いてあったんだけど、世の中の男は放っておいたらマザ○ンになっちゃうんだって。だからヨウ兄がそうならないようにあたしがちゃんとしないとね」
こいつに任せて「ちゃんと」しちゃったら犯罪者になりそうだが・・・。
ちなみに、その日は最終的に、郁がどこかからスタンプ台を持ってきて無理やり俺の拇印を結婚誓約書に押して帰っていった。どうしてこうなった・・・。