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とあるラノベ好きのごにょごにょ  作者: ゆうかりはるる
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【第2回 「本好きの下剋上」】

 現在、時刻は夜の八時をまわったところ。夕食が遅くとも六時半には始まる我が家では、食後のまったりタイムも過ぎて家族それぞれが思い思いの活動を始めている時間である。ついでに言うと女性陣が交代で風呂に入っている時間でもある。

 俺は自室のデスクに座って適当に動画を流しながら兄妹もののラブコメを読んでいるのだが、とりあえず言いたい。現実の妹はここまで兄のことを好きでも嫌いでもないぞ、たぶん。いや、どうなんだろう。意外と嫌われていたりするんだろうか。ラノベ好きなところをちくちく言われることはあるが、それを除けばそもそも俺の存在自体を気に留めてすらいないと思うんだよな。

 ちなみに俺は取り立てて兄妹もののラノベを否定しているわけではない。『妹さえいればいい』のような大変素晴らしい小説もたくさんあるし、現実の妹と比べたりするようなキモいことだってしない。

「なーに読んでるの?」

「うわっ」

 耳の穴に思いっきり息を吹きこまれた俺は思わず飛び上がりそうになったが、どうやら俺の背後を取った人物がロックしているらしく立ち上がることすらできない。

 俺はかろうじて動かすことのできる首をギギギと動かすと、やや後方を振り返った。そこにいたのはいるはずのない人物、結婚して家を出て行った姉の美佐だった。

「いや、何でいるんだよ!」

 美佐は何というか、穂花を美人にして大人にしたような感じだ。ああ、なんか女の勘的な何かで今夜あたり折檻されそうだ。

 美佐はニヤリと邪悪そうな顔を浮かべ、「ふっふっふ〜・・・ヒミツ」と子供っぽい調子で言ってくる。

「何だ、ただの夫婦げんかか」

 それを聞いた美佐はニヤリ、いや、ニタリと凄惨な笑みを浮かべた。あ、コレ命の危険があるやつだ。

「ヨウちゃーん・・・絞殺と撲殺って、どっちが好きなタイプ〜?」

「え、えーと、どちらかというと? ぼ、撲殺?」どうせ逃れられないのであれば、多少なりとも生存の可能性が高い方を選ぶ。ま、まあ手足の2、3本折られるかもしれないが。

「あら、素直でいい子ね〜。じゃあご褒美に両方あげちゃう」

 そう言うなりノータイムで首に手を回して締め付けてくる美佐。なんか、後頭部に押し付けられたクッションの効きがいい気もするが、そろそろ昇天(文字通りの意味で)しそう、なんか意識が・・・。

「あ、いけない、絞め殺しちゃったら撲殺できないじゃない」

 首に回された腕のロックが緩み、俺は何とか生きて解放された。「げほげほっ」

「じゃあ第2ラウンド行くよ〜」

「ちょ、ちょ待っ。謝る、謝るから殴るのはやめ、へぶっ!」

 頬に一撃もらったが、予想された流星群は降ってこなかった。

「ヨウちゃんがそこまで言うならやめたげる。遺体遺棄、大変だし」そこまで考えてたのかよ。

「てゆうか、何でわざわざ俺の部屋来たの?」

 たまに遊びに来る時も部屋までは来ないよね?

「だって、せっかく私が帰ってきたのに、皆つれないんだもん」

 そう言って「ぷうう」と頬を膨らませた美佐の顔はほんのりと赤い。こいつ酔っ払ってるな。皆酔っ払いの相手から逃げたのか。怖いから言わないけど。

「ほのちゃんなんて、ヒドイんだよ〜? 一緒にお風呂入ろうって言ったら、何て言ったと思う? デブが感染るといけないから、だって! ひどいでしょ? だからほのちゃんの分もヨウちゃんにぶつけたの」それ、ヒドすぎない? だから絞殺&撲殺のコンボだったわけだ。穂花のやつ・・・今度あいつの分のオヤツこっそり食べてやろう。

 ちなみに美佐は別に太・・・それほどふくよかなわけではない。絶賛育児中の二児の母だから、胸部装甲はかなりのものだが。

「ウーン、なんか眠くなっちゃった」

 そんな声がしたから振り返ると、美佐が俺のベッドの上で猫のように丸まっている。まあ、これで静かになるならいいか。読書に集中できる。さすがに歳の離れた姉が人のベッドに転がっていても、ベッド脇に積み重なった本程にも気にならない。まさか、一晩そこで寝るつもりじゃないよね?

 そのまま三十分ほど読書に集中して読みかけの兄妹ラブコメを読破し、作者あとがきをざっと、斜め読みしていると、「ウ、ウ〜ン」という声と起き上がって伸びをするような音が聞こえてくる。大きな猫が起きたのだろう。

「ねえ」

「うわっ!」

 耳にかかった吐息に飛び上がる俺。また同じ攻撃を食らってしまった。

「ラノベって面白い?」

 俺が読んでいるからって、ラノベと決めつけないで欲しい。俺は書店のカバー付けたまま読む派なので、何を読んでいるかまではわからないはず。大学生になって、文学に目覚めたかもしれないだろ?

「それちょっと見せて?」

 言うなり近づいてきた美佐が俺の手から文庫本を取り上げる。パラパラっと巻頭のイラストページを眺めていた美佐の顔が憤怒の形相に変わる。いかん、逃げねば命が。

「ちょっと! 何で妹が出てくるの読んでるの!?」むむ、妹を守ろうとする姉の愛が炸裂するのか?「姉が出てくるのにしなさいよ!」そっちかよ! ていうか、姉モノなんてあったっけな? 歳上需要というと、だいたい先輩か、最近だと、・・・母親とかね。

「まったく、ヨウちゃんがこんなに立派になるまで育ててあげた恩も忘れて、私よりほのちゃんを選ぶの?」

 たしかに、俺と美佐はけっこう歳が離れているから、・・・おっと、殺気が飛んできたから具体的には言えないが、確かに乳幼児くらいの俺の面倒を見ていたっていうのは本当かもしれない。

「オムツも替えてあげたし」定番のやつキタ。「おっぱいだってあげてたし」エ・・・それって自分の子供と混同してしない? 思わず俺は美佐の胸部装甲をじっと見てしまう。いや、まさか・・・。

「おや? ヨウちゃんおっぱい飲みたいでちゅか〜?」てゆうか、そうだよ、家出してきたら子供の授乳どうすんだよ。「今おっぱい卒業練習中だから、張っちゃって困ってるの。ヨウちゃん代わりに飲んでくれる?」

 なんでだよ。そんな趣味も願望もねえよ、念のため。

「けど家にいるとついついあげちゃうから、今日はこっちに泊めてもらいに来たの。今ごろダンナが哺乳瓶片手にアワアワしてるんじゃないかな」

 なるほど、夫婦げんかじゃなかったんですね。まあダンナさん、あまり話したことないけどあまり喧嘩しそうなタイプには見えないか。いやまあ、夫婦のことなんて人にはわからないだろうけど。

「というわけで、ヒマだからなんかおすすめの貸してよ」そう言って美佐は俺の部屋にある本棚を指差した。

 なるほど、面白い。美佐は穂花に比べれば多少読む方ではあるが、根っからの読書家というわけじゃない。が、ハマればかなり長い続き物でも読めるタイプではある。

「そうだな・・・」俺は本棚の前で視線を左右に走らせると、そこから1冊手に取って美佐の前に差し出した。それは、「『本好きの下剋上』、ちょっと長いしまだ完結もしてないけど、とにかく面白いよ」

「ふうん」美佐は手に取った本の表紙を眺め、「ヨウちゃんて・・・ロリコン?」言うと思った。

 こういう場合、慌てて否定するとかえって怪しい感じになるから、俺は言葉を返さずにやり過ごそうとしたのだけど、美佐は絶望的な表情と言えばこんな感じ、というような表示を自分の胸を抱きしめ半歩ほど後ずさって見せてから、「まさか、ウチの子たちも狙って・・・いえ、むしろとっくに毒牙にかかっているのかしら。だって、この前もヨウにいちゃんと結婚するって言ってたもん」

「いや、郁美はまだ喋れもしないだろ」俺がそう返すと、美佐は「エ?」って顔をする。

「言ってたのは薫の方だけど」

「ちょっと待て薫は男の子だろうが!」

「男の娘? そりゃそうでしょ?」

「絶対字違うだろ!あと実の母親が言うな!」たしかに薫は女の子にしか見えないくらい可愛いけど。

「エ? ヨウちゃんの実の母親はママでしょ?」

 だめだ、会話にならない。

「本の話はもういいのか?」俺は力なく肩を落として美佐に訊いた。なんかほんと疲れた。

「ヨウちゃんが関係ない話でひとりで盛り上がってたんじゃん。私置いてきぼりだったよ」俺のせいですか。そうですか。別にいいです。

「ともかく、『本好きの下剋上』は、たしかに主人公がちびっこい女子だが」

「なんかヤな言い方」

 俺は美佐の言葉は気にせず先を続ける。

「ひと言で言って、とにかく面白くて素晴らしい小説だ。これも元はウェブ小説らしいんだが、書籍化された既刊も二十冊を超えていて、けど主人公は一向に成長しないし」

「やっぱりロリコンじゃない」

「俺はロリコンじゃねえ!」思わず言い返しちゃった。

「じゃあロリータコンプレックス」あれ?なんか学術的な響き。俺が思っているロリコンとは別の意味なのか・・・?

「まあ、俺がそのロリータコンプレックス? かどうかは、ちょっとわからんけど、俺が言いたいのは、物語が少しずつ順序立てて描かれていて、変に端折ったりはしてない、ってことだよ。まあ実際には物語の中では二年間の何と言うか、休眠期間みたいのがあるんだが、本人の意識は断絶してないから、実質叙述上の意味しかないから、あってないようなもんではあるんだが」

「ヨウちゃん、説明下手くそだね。全然面白さが伝わってこない。代わりにヨウちゃんの幼児への異常愛への疑いはどんどん伝わってくるけど」

「なんだろう、説明が難しいんだよな。小説自体が面白いことは読めば絶対わかるから、面白いものを面白いって言う以外の方法がよくわからないっていうか。あらすじを普通に説明すると、異世界に転生した本好きの女子大生が生前の知識でチート聖女をやる、ってことになっちゃうんだけど、実際には全然違うんだ」

「聖女じゃなくて幼女ってこと?」

「そうじゃなくて、なんだろう、つまんない言い方をすると、バランスがいいってことなんだろうけど、それじゃあ全然褒めてるみたいじゃないしな」

 俺は口をつぐんで、少し考える。何か、どうにかしてこの小説の素晴らしさを言葉にして伝えたいのだ。

「この小説の素晴らしいところは、主人公が、全然チートしてなくて、思い通りにうまくいかないことの方が多くて、たくさんの苦難が押し寄せてきてそれに巻き込まれてどんどん状況も変わっていっていつも大変な状況の中にいるのに、なんか、嫌な悲壮感を持ってないっていうか、読んでいて自然と心が温まるんだよ」

「ヨウちゃんにも人の心があったんだね」

 俺は『本好き』の素晴らしさについて、カケラも説明できないことにもどかしさを感じながらそれでも言葉を探す。

「物語の舞台世界の設定とかが独特で素晴らしいんだ。もしかしたら何か下敷きにしているものがあるのかもしれないけど俺は全然知らないから、地名とか、神々の名前とか、祝福とか、魔法もそうだし、その世界の不思議な法則や植物や生物なんかも、とにかく、どうしてこんなすごいことを考えられるんだろう、って不思議になる。本当にすごい。永遠に物語が紡がれればいいのにと思うんだが、残念ながら主人公が肉体的に全く成長しないまま最終章に入ってしまった」

「結局カラダが目当てなんだね」

「ちげえよ!」ちゃんと言いこと言ってただろうが。

 俺が憮然とした表情をつくって見せると美佐は、急に真面目な、大人の顔をして俺に言った。

「まあ、ヨウちゃんがそこまで褒めるんなら、ちょっと読んでみようかな、ロリ小説」

「作者とファンの皆さんに謝れ!」



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