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とあるラノベ好きのごにょごにょ  作者: ゆうかりはるる
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【第1回 「ソードアート・オンライン」】

 俺はリビングのソファに埋もれるようにして、顔の前に掲げた文庫本に無表情を向けていた。見開きのページの左半分にはイラストが描かれていて、そこには半裸の少女(その小説における設定的には美少女である上、俺個人の趣味としても同様である)の姿があった。

 俺は努めて興味がない風を装い、右ページの文章を読んでいるフリをしながらイラストをじっくりたっぷり見る、という特技に磨きをかけていた。現在、リビングには俺の他には誰もいないのだが。

「何読んでるの?」

「おわっ」

 いきなり頭上から声がして、俺は神の如き速さでページを閉じるとソファの上に体を起こした。

 そこに立っていたのは、Tシャツにショートパンツという格好の女が立っている。というか俺の四つ年下の妹の穂花だった。

「どうせまたラノベでも読んでいたんでしょ」

 穂花は呆れた、という声と態度でそう言ってくる。

「どうせ、とはなんだ」

「ラノベなんて、思春期の中学生男子が読むものでしょ? 私の周りだってそんなの読んでる人いないよ? いい年しちゃって恥ずかしいから」

 ちなみに俺は世の中で最もヒマな生き物と言ってよい大学二年生、妹はその次にヒマなことで有名な高校二年だ。

「お前はアホだな」

 俺がそう断言すると、穂花は「お前って言うな」と返してくる。アホの方はいいらしい。

「はあ」と穂花は気怠げにため息をひとつつく。「ラノベなんて妄想盛り盛りの中2男子が不自然に胸が大きい美少女と萌え萌えしたり異世界だかなんだかに生まれ変わってそこで異様に巨大な胸のメイドと萌え萌えする内容の全くない低俗な読物でしょ?」

 なんだかやたらと文字数の多いセリフを言ってくるな。あと胸の大きさについては個人的な恨みも入っている気がする。穂花の胸は、見た感じムキムキの男性の胸ぐらいはある。

「それが悪いか」

 俺はあえて穂花の言葉を否定しない。相手が無茶苦茶なことを言っている場合、それを論破しようと思ったら相手の言葉を否定するのは一番の悪手だ。むしろ肯定してやる方がいい。

「たしかにお前の言う通り、ラノベは低俗で下品でこの世に存在する価値がかけらもないものかもしれない」

「そこまで言ってないけど」お前呼ばわりしたことはもういいらしい。コイツやっぱアホだな。

「けど、そもそもお前が言うラノベって何なんだ?」

「だから中学生と中2病を卒業できないキモオタしか読者がいないこの世から消滅した方がいいジャンルでしょ?」ひどい言い草だ。あと厨二病という書き方の方が正しいんじゃないか? 喋ってるんだから字とか関係ないと思う思った奴は文脈から判断するする力が少々足りないんじゃなかろうか。話を会話に戻そう。

「ジャンル? ジャンルってことは、ミステリーとか歴史物とかラブコメとか戦記物とかバトルアクションとかそういうののひとつだって言いたいのか?」

「そうでしょ?」穂花は俺の言いたいことがカケラもわかってない顔で俺を軽く睨む。それにしても少し薄着過ぎないだろうか。上半身は下着もつけてないんじゃ。

「いいか、世の中の大半のラノベを読んだことがないやつが勘違いしているんだが、そもそもラノベなんてジャンルなんて存在しないんだ」

「はあ?」穂花はいよいよ俺が狂ったのかと言わんばかりに眉根をギュッと寄せる。

「ラノベってのはな、出版形態なんだ」

 俺は今日イチの決めゼリフを言ったつもりで穂花を見据えた。穂花は手に持ったスマホをいじっている。というか、どこに隠し持ってたんだ?

「おい、大事な話をしてるところなんだぞ、聞いてるのか?」

「あーはいはい、聞いてるよ〜」明らかに聞いていなかったが、俺は続けることにした。

「出版形態もついて詳しく説明すると話が長くなるから、ラノベのことだけ言うぞ? ラノベって言うのは、対象年齢が中高生くらいに設定された書き下ろしの文庫本のことを指すんだよ」

「いま手に持ってるの、文庫本より大きくない?」穂花は俺が手に持ったままの書店のカバーがかかった単行本を指さした。

「その通り!」俺は待ってましたと言わんばかりに叫んだ。

「なんかキモイ」

 俺は無視して続ける。

「これはだから、ラノベじゃないんだ。最近ではライト文芸と呼ばれている。ラノベ好きのオッサン向けの、文庫本より少し値段が高い、非常に阿漕な出版形態の一つでもある。ところがこのライト文芸という言葉なんだが、実はある意味矛盾してると言うか、先祖返り、違うな帰国子女とでも言えばいいのか? とにかく、きちんと意味を考えると変な言葉なんだよ」

 少し長ぜりふすぎたのでそこで区切って穂花を見ると、スマホの画面を見てにやにやしながら何事かぶつぶつ言っている。完全に聞いてないね。だがあえて俺は続ける。

「ラノベってのはもともとはライトノベルっていうのが正式な言い方でそれを短く縮めたものだってのは知ってるだろ? じゃあこのライトノベルっていう言葉がどこから来たのかというと、それはノベルス、いまだとノベルズっていうのかもしれんが、そこから来ている。このノベルスっていうのはかつて存在した出版形態で、いまも一応あるのかもしれないけど、いわゆる新書サイズの、大人向けエンターテインメント小説を出していた出版形態で、古くはカッパ・ノベルズやカドカワノベルズなんていうレーベルがあって、推理小説や伝記物、歴史物なんかをそれこそいまのライトノベルのように、湯水の如く出版していた時代があったんだ」

「それってウィキをそのまま読んでない?」

「ま、まさか」俺は大急ぎで首を横に振った。

「ともかく、大人向けエンタメ小説レーベルとしてノベルズが一世を風靡したことから、少年向けのエンタメ小説レーベルを作ろうって話になって、それで誕生したのが角川スニーカー文庫、いまもラノベ界に君臨する始祖とも言えるレーベルなんだ。お前も『涼宮ハルヒの憂鬱』くらいは知ってるだろ?」

「ハルヒちゃん超スキ。ダンスも超カワイくてイケてるし」

「お前、アニメしか観てないだろ。本物のハルヒは踊ったりしないんだ。そもそもで言うとだな、谷川流で真に評価されるべきは『学校を出よう!』であって、ハルヒはアニメが流行っただけ・・・」おっと、これ以上はキケンな領域だ。自粛せねば。

「ともかく、角川スニーカー文庫から始まった少年向けエンタメ小説レーベルが、いわゆるファンタジー的な方向に進みながら続いていく中で、ついにライトノベルの誕生と言っても良い一つの出来事が起こる。それが電撃文庫の創刊だ。ライトノベルの歴史はここから始まったと言ってもいいだろう。さすがのお前でも『禁書』や『SAO』は知ってるだろう」

「『さすおに』でしょ? 知ってるよ、もちろん」

「それは『劣等生』な。もちろん最高に面白い小説だが」あとお前はアニメで観たんだろうけど。

「ここからが本題というか結論でもあるんだが、ライトノベル自体はさっきも言ったように元々少年向けエンタメ小説であったはずなんだが、初期からなのか、途中からかはわからないものの、とにかくいつのまにか大人の読者がスゲー増えていたんだよ。本当かどうかわからない都市伝説的な話なんだが、女子向けライトノベルの中心的レーベルである集英社コバルト文庫の『マリア様がみてる』、通称『マリみて』は読者の8割は男性という説があるんだが、俺の考えではその男性というのは10割オッサンだと思う」

「じゃああんたもオッサンの仲間ってことね」

 俺は穂花の言葉を無視しつつ、さらに続ける。ちなみに奴はずっとスマホの画面しか見ていない。

「とにかく、少年向けの出版形態であるはずのライトノベルにいつのまにか大人の読者が増えていた。そこで出版業界は考えたわけだ。大人が買うなら、高く売った方が特じゃね? っていう風に。そもそも出版業界というのは、世の中の本離れやらなんやらで苦境に陥っていたから、出せば出しただけ売れているようにも見えるライトノベルは宝の山だったわけで。そんなこんなで既存のライトノベルレーベルを抱えた出版社が、その兄弟レーベルとして、四六判サイズの大人向けエンタメ小説レーベルを作った。そして、出版社側が付けたのか、書店が付けたのかはわからないけど、それらのレーベルはライト文芸と呼ばれるようになったんだ」

 達成感に満たされた俺が穂花を見ると、ひと言、

「話長い!」と返された。おいおい。

「おいおい、お前まさか、俺の話がこれで終わったと思ってないだろうな? 俺の話はまだまだ続くぞ?」

「続きは死んでからにしてちょうだい」

「ここからが本題だろ」

「それさっきも言ってたよね」

「あれはさっきの区切りにおける本題であって、本当の本題はこれからなんだよ」

「ラノベがジャンルを指す言葉ではなく出版形態だ、ってことは説明したけど、もっとそれを具体的に言うとさ、『ソードアート・オンライン』、『とある飛空士への追憶』、『薬屋のひとりごと』、『弱キャラ友崎くん』、『本好きの下剋上』、これらが全部、ラノべだって言えば、ライトノベルと言う出版形態がどれほどの広がりを持っているかお前にもわかるだろ? これらはジャンルは全く違うにもかかわらず、あたかも同じジャンルであるかの如くに、好きな小説として並んで語られるんだ。『本好き』は正確にはライト文芸サイズで出版されてるけど、さっきも言ったように、ライトノベルもライト文芸もひっくるめて『ラノベ』って考えていいからな。こん中でお前が読んだことがあるものはあるか?」

「キモオタ小説なんか読んだことないってば」お前・・・キモオタの俺と他の皆さんに謝れ!

「じゃあまずは『SAO』、『ソードアート・オンライン』からその素晴らしさについて説明しないといけないな」

「私、もうそろそろ部屋に戻りたいんだけど」

「『SAO』のどこが素晴らしいかって言うと」

「聞いてないし」

「もちろんストーリーがとにかく面白いというのは当然だけど、俺が特に言いたいのは、ラノベだからこその良さがある、ということだ。もっとも、正確に言うなら『SAO』は書き下ろしのラノベじゃない。元々ウェブ小説として発表されていたものを電撃文庫から出しているんだが、まあここではそれは重要じゃない。あんまり踏み込んだことを言うと色々とヤバイしな。ともかく、『SAO』が本当にすごいのは、完成された物語の、その先を描いたことなんだ」

 俺はこの重要なセリフを放つと、横目で穂花の様子を見た。コイツ、話聞いてなすぎて今にも鼻とかほじり出しそうだな。

「『SAO』という小説は」俺は続きを言う。ここから今日の要点だから、きちんとノートに書いておくように。テストに出るよ。「1巻で完成しているんだ。完成しているというのは、要するに物語として完結している。あまり詳しく言うとネタバレになっちゃうけど、ザックリ言って、ゲーム世界、SAOを舞台とするストーリーとしてきちんと完結している。2巻は1巻の外伝的な短編集的なものでまあ良くある感じなわけだが、3巻がすごい。1巻と2巻が完全に閉ざされたゲーム世界を部隊とする物語だった、箱庭世界的に完成したものとして描かれていたのに対して、3巻で現実世界が描かれ始める。俺はこれを読んで、『SAO』が、普通の小説じゃないって確信したわけだ。と言うのも、普通に考えたら、現実世界を描かない方が楽なんだ。実際には『SAO』における現実世界というのは近未来なので、必ずしも現代的なテクノロジーや時代考証の制限は受け無いとはいえ、近未来を舞台にすると、リアリティがなくなりやすくもあって、とは言え、リアリティというのは必ずしも小説に必要ではないどころか害悪ですらあるものでもあるのだが、それはともかく、この現実世界部分を描き始めたことによって、本当の意味で『ソードアート・オンライン』という物語は始まったわけだ。実際にはその後の巻でも、さまざまな工夫を凝らして登場人物たちを『箱庭』に放り込んでいくわけだが」

 言うべきことを言い終えた俺は、そこで言葉を区切ると、咳払いをひとつついた。ここからは蛇足の話だ。

「唯一残念なことを挙げるとすれば、それは『SAO』自体が人気が出過ぎたってことだ。元々ライトノベルという業界はメディアミックスとの親和性が高く、まずはコミック化、その流れでのアニメ化というのが人気作品の基本的な流れになるわけだが、近年ここに、ソシャゲ化というものが加わってきた。このことは作品そのものの人気を社会的なものまで押し上げることに寄与する一方で、原作ファンにとっては複雑な気分になるさせられる弊害を生むことになった。それが、登場人物のキャラクター化だ。

 原作小説はキリトの視点から描かれた一人称小説であるから、ヒロインのアスナは別として、それ以外の登場人物は言うなれば脇役、ストーリーに奥行きを生むという点ではもちろん重要だけど、キリト・アスナの存在を超えるものじゃない。ところが、『SAO』の人気がどんどん高くなってアニメ化とソシャゲ化された結果、元々脇役であったはずの登場人物たちがキャラクター化してしまったんだ。キャラクター化した、っていうことは、その人物がキリトの視点から語られた人物ではない一個の存在になるってことだ。これ自体はまあ、メディアミックスというものがビジネス的な意味でも避けられないものである以上、仕方のないことではあるのだが、恐ろしいことに、メディアミックスは、本編に影響を及ぼす。ラノベのメディアミックスというのは基本的には原作小説の刊行中にしか行われない。だから、メディアミックスで注目された後も続刊が出る、そのためにやるものでもあるのだが、メディアミックスによってアニメやソシャゲで人気の出たキャラクターは、その後の原作小説において、何というか、キャラクターとして描かれることが往々にしてある。キャラクター化している、ってことは、ある程度のファンの間では、誰々はこういう見た目でこういう性格、っていうのが共通認識として定着してしているっていうことだ。エギルはスキンヘッドのゴツい外国人、クラインはぶっといバンダナしている、みたいにな。だが俺は、うっかりSAOのソシャゲをやるまではそこまで外見について具体的なイメージは持ってなかった。元々イラストとかネタバレが嫌でほとんど見ないからな」

「嘘でしょ。エッチなやつはじっくり見てるはず」急に穂花のツッコミが入る。コホン、ノーコメントだ。

「ともかく、一番新しいシリーズである『ユナイタル・リング』で久々にいつものメンバーが集った場面で、明らかにそういうキャラっぽい描きかたがされてて俺は愕然としたわけだ」

「そこまでにしておいた方がいいんじゃない? それ以上ディスったらファンが黙ってないと思うよ。例えば私とか」

「だからお前はアニメしか観てないだろうが!」

「ゲームもやってるし。私のユウキたん、超強いんだから」

 それを聞いた俺はガックリと項垂れた。よりにもよってユウキ・・・以下略。

(第2回に続く)

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