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Love is  作者: 叶 葉
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4






鳥刺しが人気の九州料理をメインで提供する居酒屋に入った。

店内は古びた雰囲気。

年季は入っているが、大事に使われているので清潔感がないわけではない。


速水と小上がりに通され席に着く。

店員からおしぼりを受け取り、酒を注文した。

速水は、店に入ってから目を合わせてくれない。

それはそうだろう。

心機一転で入社した会社に以前の客がいるなんて、居心地が悪いに違いない。

黒木は、気落ちしていた。

それでも速水であれば、黒木に対して拒絶はしないのでは無いかと期待していたからだ。

だからこそ、彼女との結果を伝え無ければいけないと黒木は思って待ち伏せしたのだ。


速水にとっては迷惑だったのかもしれないな。


黒木は落ち込み、迷いながら、


「速水さん」


声を掛けた。


「速水さんはやめてくださいよ。僕は新人ですし」


確かにそうだな、納得する。


「速水くん」


「はい、黒木先輩」


速水が口元に手を当てからかうような仕草をした。

黒木は少しほっとする。


「速水くん、やめてよ。先輩なんて柄じゃ無いんですから」


苦笑しながら言うと、丁度ビールが運ばれた。

乾杯をして一口呑むと、速水がお通しに箸を付けた。


「じゃあ、真司くん?」


二口目のビールに口を付けていた黒木は思わず咽せた。


「嘘です、ごめんなさい。黒木さん」


慌てる速水に、大丈夫と片手を突き出して意思表示をする。


「少し驚いただけですから。速水くんには、今日報告がしたくて待ってたんです」


速水が頷いた。

予想はしていたのだろう。


「以前は親身に相談に乗ってくれてありがとうございました。おかげさまで彼女と出かける事が出来ました」


「そうですか、それは良かった……」


俯いて報告すると、速水が余りにも抑揚のない声を返してきた。

おかしいな、と黒木が視線を上げる。


速水は何かを堪えるような表情で我慢しているようだった。


「速水くん?」


思わず声を掛けると、無理矢理笑顔を作って有耶無耶にされた。

これ以上続けたく無い話題なのかと、話しを広げることは叶わなかった。


そこからは頼んだ料理が来て、当たり障りのない会話が続いた。

場が盛り上がらないまま、お開きとなった。


外に出ると、しんとした寒さがアルコールで火照った体を舐め上げた。


黒木はずっと気になっていた。

速水が、多分本人も気づかないままに無意識に握りしめている手のひらを。


黒木が思わず速水の手を取る。

全身で拒絶するように速水が体を強張らせた。

黒木は構わず握り込んでいる速水の手を広げる。

爪の跡が付くほど強く握り締められていた速水の手。

無意識に黒木は跡をさすっていた。


「営業……辛いですか?」


「えっ?……いいえ。仕事は問題無くやれていると思います」


「じゃあ、プライベートで辛い事がありましたか?」


速水はじっと革靴の先に視線を落としたまま、無言だった。

それを肯定と取る。

ただの客とキャスト。

今は会社の同僚。

会ったことも数回しかない間柄の黒木に踏み込んだことを聞く資格は無いだろう。

だが、黒木は確かに速水に救われたのだ。

その速水の助けになりたい。

そう思って勇気を出して聞いてみたのだ。


「僕には話せませんか?」


速水がゆっくり顔を上げる。


「黒木さんは……ずるい」


黒木は両手首を拘束され、距離を縮めてきた速水に驚いた。

じっと見つめられ、目が離せなかった。

無理矢理に角度を合わせるような口付け。

穏やかな速水からは想像もつかないような荒々しいキス。

お互いの歯がカツンとぶつかる。

けして綺麗なだけの口付けではなかった。


驚きに沸騰しそうになる頭をフル回転させた。

しかし、速水の行動が理解出来ずに混乱する。



「すいません、好きになってしまいました」



街灯に照らされた速水が、スッと一筋の涙を零した。


「そうですか……」


気の利いた言葉は一切言えずに、黒木は口元を抑えた。


「デート、上手くいったんですよね。恋人がいる人にこんな事をしたくなるんです。だからもう会えません」


速水は踵を返して去ろうとする。

黒木は思わず声を上げる。


「付き合ってません!」


驚きに速水は振り返る。


「えっ?」


余りに予想外と言わんばかりの表情。


「デートはちゃんと出来ました。そしてきちんと振られました」


「まさか」


「本当です。彼女、他に好きな相手がいるそうで、それでもいいからと一度だけデートしたんです。今日、それを言いたかったんですけど、速水くん余り聞きたくなさそうだったので」


情け無い結果で申し訳ありませんと言うと、速水は首を振る。


「勝手に勘違いしてすいませんでした」


「いいえ。彼女に振られても、余り気落ちせずに済んだのは速水くんのおかげです。あの日、速水くんとの穏やかな時間を思い出していました。暫くして報告しようとホームページを覗いたら君はもう居ませんでした。まさか会社で会うとは思いませんでしたが」


思い出し笑いをする黒木を速水が抱きしめる。


「好きです、黒木さん」


そう言ってから速水は黒木に再びキスをした。

今度は優しく、丁寧に。


黒木の耳元に速水は唇を寄せ、


———言いましたよね?次に好きになった人には考えるよりも言葉を尽くすって。



黒木は未だ整理のつかない頭で、これは逃げられそうも無いと思った。









end.

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