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待ち合わせのシンボルとして人々に親しまれている時計台があった。
駅前に立つその時計台を目印に選んだのは、間違いだったかもしれない、と、時計台が目の前にあるにも関わらず、落ち着かない様子で腕時計を見る男———黒木 真司、二十五歳独身。
彼は今日、名前と顔しか知らない人物と待ち合わせしている。
黒木の待ち人は、恋人代行サービス———確かLove isとホームページに載っていた———そのサイトで一番人気の速水 優という男性だ。
紹介ページに載っていた速水という男性の写真は大層見目麗しく、甘い顔立ちの男性だった。
しかし、加工などがされていて実際は大した事がないという事も十分考えられたが、黒木にとってはどうでもいい事だった。
黒木が速水を選んだ理由は一点だけ。
その切れ長の目尻にある泣き黒子だった。
———彼女の目尻にもある泣き黒子。僕は彼女が笑うと少し位置が変わるその黒子も好きだ。
黒木には意中の女性がいる。
同じ会社に勤める事務の中岡 小百合、黒木と同期の女性社員だ。
取り立てて美人なわけではない。
しかし、彼女がいるだけで場の空気が和むような素敵な雰囲気の女性だった。
朝の憂鬱な出社時間も、彼女に柔らかく微笑まれ、挨拶をされるだけで不思議とやる気が出た。
誰かと近づきたい。
黒木は今までそんな感情になった事は一度もなかった。
人に対する興味が薄いのだ。
それは性分として今まで割り切って生きてきた。
しかし、小百合には違う。
彼女を誘ってデートをしたい。
黒木には方法が分からなかった。
年齢=彼女無しの人生経験が浅い黒木には難題だった。
そこで、黒木は何か方法が無いかとインターネットで検索した。
そして出会ったサイトがLove isである。
予約時の問診で現状の悩みを素直に回答した為、相手方の速水もそのつもりで来てはくれるだろうが、漠然とした不安が黒木を覆っていた。
「黒木 真司さん?」
俯いていた黒木に声がかかる。
顔を上げるとホームページに載っていた写真よりも幾分上等な男が立っていた。
「は、速水さん?」
「ええ、そうです。本日はよろしくお願いします」
柔らかく微笑む速水は美しい男だった。
黒木は緊張を飲み込む様に生唾を嚥下した。
「ああ、緊張してますね。実は僕も緊張しています。男性の方のご依頼は余りありませんから」
ふふ、と優しげに微笑む速水は、緊張なんか見て取れない。
気を遣わせてしまったと慌てる黒木の背を速水は優しく撫でてくれた。
「依頼のカルテを見ましたが、意中の女性を誘うデートプランを一緒に考えて欲しい。及び、実際のデートと同じ様にエスコートして欲しい。そういう事で合ってますね?」
少し頭を傾げながら目を覗き込んで速水が尋ねてきたので、黒木は頷いた。
「ええ、変なお願いで申し訳ありませんが」
黒木が頭を下げると、速水はにこりと笑った。
「行きましょうか。まずはプランを考えましょう。近くにあるカフェに入りませんか?」
黒木は頷いた。
★
「こんな物を持って来たんですが、役に立ちますか?」
黒木は持ってきた紙袋から数冊の情報雑誌を取り出した。
いずれもデートスポットが掲載されている雑誌だ。
「ああ、いいですね。僕も女性のお客様が行きたがる場所の詳細をスクラップしたノートを作っているので持ってきました。照らし合わせて決めてもいいかもしれませんね」
速水もバックからA4サイズの分厚いノートを取り出しながら、社外秘ですよ?とおどけてウィンクをした。
「でも、その前に相手の女性の事を伺ってもよろしいですか?」
速水が革張りの手帳とボールペンを取り出して聞いてきた。
「まずは、どんな性格の方なんです?黒木さんから見た客観的な彼女の性格を教えてください」
黒木は途端に恥ずかしい気持ちになって俯きながら、ポツポツと話し出した。
「彼女は僕と同じ会社の同期なんです。といっても、僕は経理で彼女は事務なんですが、業務以外でプライベートな話をすることはほとんど無いんです。でも一度だけ、去年の新年会の帰りに一緒になって話をする機会がありました。それまでも仕事も真面目に取り組んでいる姿勢や、細やかな気遣いの出来る方だなとは思っていたんです。なんでもそつなくこなしていた様に見えていたんです。一種の憧れのような存在でした。ご覧の通り、僕はこんななので」
黒木は照れながら後ろ頭を掻いた。
「彼女が駅の改札を通るときに持っていたバッグの中身をぶち撒けてしまったんです。付箋が沢山貼られたノートには業務マニュアルがびっしりと書き込まれていました。彼女の慌てて照れながら拾う仕草になんというか、堪らなくなってしまって」
「なるほど」
黒木の照れながら言った言葉に速水は頷いた。
「真面目で勉強家な女性なんですね」
「はい、そうなんです」
黒木が頷く。