その5.足手まとい
僅かに見えた勝機に、俺は少しだけホッとする。
「流石は魔王だ」と。
しかし、そんな俺の隣に息を切らしながらカプティスが近づいてくるのが見えた。
ドラゴンを数回跳ね返すほどのバリアを張り続けた彼も、かなり憔悴しているようだった。
俺は大丈夫かと尋ねようとしたが、カプティスは焦った様子で俺よりも先に口を開く。
「カケル様、ここは長く持ちません。今のうちに退避を……」
「えっ? な、何言ってるんですか。リリィがまだ戦っているんですよ! それに、あの力があればドラゴンを退けることだって……」
俺がそういうと、カプティスは小さくため息をついた。
ドラゴンに向かって大声を出し続けるリリィの背中を見つめ、悲しそうに言う。
「はぁ、またですか……。リリィ様はいつも説明不足が過ぎますね。良いですか? まず、あのリリィ様の<巨大化>スキル。アレは長くは持ちません。リリィ様が相手を挑発しているのは、短期決戦を強いるためです」
「え、それって……」
カプティスの言うことが理解できず、俺は表情を曇らせた。
あの巨大化する能力が長く続かない? ということは、もし能力が切れたら。
その先を想像するのは、そう難しくなかった。
「ですが、あのドラゴンは見た目に似合わずとても頭が良い。短期決戦ができないならばと、リリィ様は皆を守るために自らを犠牲にしようとしてらっしゃっています。全滅するくらいなら、部下だけでも逃がす。そういうお方です」
「なっ、何を! そういうことなら、尚更なんとか助けなきゃいけないじゃないですか!!」
俺の言葉に、カプティスは静かに首を振った。
まるで、この先の運命が決まっているかのように、悟りきったような表情で。
「……それは、私の役目です。カケル様はどうか、先にお逃げ下さい」
「何でですか! それなら俺も!」
「分からないんですか! 足手まといだと言ったんです! 契約もしていない貴方が、リリィ様の覚悟を踏みにじらないでください!!」
しつこく食い下がる俺に、ついにカプティスは大声をあげた。
優しい口調から一変して態度が変わったことに俺は驚き、何も言えなくなってしまう。
カプティスはゴホン、と咳払いをすると俺に頭を下げた。
「……すみません。ですが、貴方がリリィ様と契約をしていない以上。貴方はこの城とは無関係です。リリィ様も同じこと言うでしょう」
「……く、くそっ!!」
俺は何もできない自分が悲しいやら情けないやらで、その場から全てを捨てて逃げ出すことしかできなかった。
よく考えれば、俺はこの世界に来たばかりだ。
あったばかりの連中に何かしてやる義理もないし、彼らがどうなろうと関係ない。
城の階段を駆け下りながら、俺は自分自身に言い訳していた。
しかし、そんな言い訳を考えれば考えるほど、後ろめたい思いが蓄積していく。
放っておいたらリリィ達はどうなる!?
かといって、俺に何ができる!?
……関係ない! 俺には関係ない!!
『ズ……ン!』
「うわっっ!」
突如大きな衝撃音と共に城が揺れた。
グラグラと不安定な足場に足をとられた俺は派手に転倒する。
結構な勢いで走っていたことが災いし、床を舐めることになった。
「何て……情けない!!」
血の混じったツバを吐き出し、俺は力任せに床を拳で殴りつけた。
元より喧嘩なんてあまりしてこなかった身だ。
殴った拳の方が傷つき、ズキズキと痛んだ。
異世界に来たところで俺は、所詮何もできない。
或いは転生したことで、自分にすごい力があるのではないかと期待もした。
だが、現実はこうだ。
結局は運悪く魔王のもとに転生し、運悪く契約もしないまま魔物に襲われる。
「……!」
契約も……しないまま?
「……まだ、していないことがあったじゃないか」
痛みで震える身体に鞭を打ち、俺はゆっくりと立ち上がった。
彼らは、会ったばかりの俺を『転生者』というだけで命をかけて守ってくれようとしている。
ダンジョンにはあんな魔物がウヨウヨしているのだ。
元より、俺は他の王と契約をする気なんてさらさら無かった。
どこぞの誰とも分からない輩のために命なんてものをかける気になるほど、俺はお人好しではない。
かといって、契約をしなければ俺の魂は消え去ってしまう。
どうせ死ぬ身だ。
……それならいっそ。
気がつけば、俺はくるりと向きを変えて走り出していた。
◇
「あ、ぐっ!!」
ドラゴンは巨大化したリリィと付かず離れずの距離を保っていた。
体躯を活かした攻撃では分が悪いと察したのか、憎らしいことに遠距離主体の攻撃に切り替えていた。
すなわち、口腔から放たれる火球による攻撃。
リリィはその身を挺して、城に被害が及ばないように火球を受け止めていた。
「リリィ様! もう、お身体が……!!」
「く、クフフフ……なんじゃカプティス。まだ逃げておらんとは」
リリィはにへらと笑って言うが、その笑顔にもはや力は無かった。
カプティスが泣きそうになりながら叫んでいる。
リリィの魔力は、とうに限界を超えているようだった。
身体が縮み始めているのがその証拠だ。
カプティスもカプティスで、限界までサポートのために魔力を使っていたのだろう。
もはや立ち上がることもできないようで、地に伏せて顔だけ持ち上げるのがやっとという状態らしい。
「……!? カケル様!!?」
「な、なんじゃと!?」
そんな絶望的な状況に、俺は戻ってきた。
リリィもカプティスも、心底驚いたような顔でこちらを見ている。
ハッキリ言って何ができるか分からない。何もできないかもしれない。
……それでも。
逃げ出して負け犬のまま、この世界から消え去るよりはマシだった。
「な、何で戻ってきたのじゃ!」
「リリィ、俺と! 契約してくれ!!」
俺はありったけの声で叫んだ。
俺の予想外の言動に、リリィはただただ目を丸くしている。
「ッ!? よ、良いのか!? 一度契約すれば、もう解消はできんぞ!?」
「構うものか! 俺はもう、覚悟を決めた!」
そして俺は崩れたベランダに向かって走り出す。
そして、本能の赴くままに、思い切りリリィに向かって飛んだ。
「リリィッ! 契約の力とやらで……俺がお前を護ってやるッ!!」
「――カケルッ!!!」
お互いが手を伸ばす。
指先と指先が触れた時、その触れた箇所が光り輝いた。
途端に、体中に力が溢れてくる。
誰に教わるまでもなく、その新しい力の使い方が分かる。
俺は、空を飛んでいた。
「リリィ様、危ない!!」
「――あ……ッ」
しかし、そんな時でも今は戦闘中なのだ。
ドラゴンの放った炎が、リリィの眼前に迫る。
俺に向けて手を伸ばしたことで、ガードが遅れてしまった。
そして、その炎は彼女の顔面で炸裂した。