その3.俺がこっちにやってきた理由
「さて、お主が私の元にやってきた理由じゃが。通常カケルのような人間の生命活動が停止すると、転生する機会が与えられることは知っておるな?」
「うん、知らない」
なにそれ聞いてない。そもそも死んだら転生するのが普通なの?
そんなあたかも常識であるかのように問いかけられても困るというものだ。
「何、知らんのか!? ま、まぁ良い。とにかく、普通は同じ世界で何らかの生命体に転生するものなのじゃ。しかし、お主の場合は違う。稀に、異なる世界にも適応できる魂が存在する。それがお主というわけじゃ」
「え、それって結構すごいことだったりする?」
「まぁ、そうじゃな。誰でも異世界に転生できるわけではないゆえ」
リリィの話によると、どうやら俺の魂とやらがこの世界に適応できるものであるということらしい。
自分自身のことを特別だなんて思ったことはなかったが、まさかこんな才能があったとは。
ふうん、と興味深そうに話を聞く俺に気を良くしたのか、リリィは紅茶を進めてきた。
冷めないうちに一口啜ると、仄かに林檎の香りがする。
うん、うまい。
「ちなみに適応できる魂ってのは、普通のとどう違うわけ?」
「うむ、そうじゃな……“負のオーラ”に日常的に触れ、負の力に耐性を持つことが条件だと言われておる。当然そんな者は限られるじゃろ?」
負のオーラ?
なんだそれは聞いたこともない。
俺が普通の人と違う点といえば、やたらと不幸なことくらいだ。
……ん? ちょっと待てよ。
嫌な予感がした俺は、怪訝な顔でリリィに質問する。
「あの、負のオーラって……」
リリィはそんな俺の表情を見て察したのか、あっけからんとして言った。
「なんじゃ知らんのか? 端的に言えば極端に運がない。そんな奴じゃな」
えええ。
つまり俺はやたらと不幸体質であったがために、選ばれてこっちの世界に来てしまったってこと?
なんだか、少しでも自分が『実は凄いやつ』みたいに思ってしまい損をした気分になった。
俺が露骨な溜め息をつくと、リリィは弁解するかのように言葉を続ける。
「と、とはいってもじゃな。転生者は大変貴重な存在じゃ。この世界では、あちこちの王が転生の魔法陣を用意しておる。”資質”を持った転生者が現れたときに、いつでも招くことができるようにの」
「……そうなのか。だけど、それなら俺がリリィの前に来たのは偶然なのか?」
俺の質問にリリィはにんまりと笑みを浮かべてチッチッチ、と指を振った。
「それが、そうでもないのじゃ。転生者は、最も相性の良い王の元に転生すると言われておる。お主のように魔王の元に来ることは極めて稀じゃがな。クフフフ」
リリィは悪戯っぽく口元を抑えて笑って見せた。
彼女の話からすると、俺と最も相性が良かったのはこの少女ということになる。
よりによって魔王のところにお呼ばれするとは。
つくづく運が無い気もしたが、悪い人……いや悪い魔王には見えなかったのでかえって良かったかもしれない。
「……相性の良い相手のところに来るのはわかったけどさ。世界中の王が魔法陣を用意するくらいだ。ただお呼ばれしたってだけじゃないんだろ?」
「カケル、お主は中々察しが良いの。私はそういう奴は好きじゃぞ?」
うう、随分簡単に好きとか言ってくれるなぁ。
赤面する俺に、リリィはケタケタと無邪気な笑みを浮かべている。
リリィはコホン、と小さく咳払いをすると、急に真面目な顔になって話し始めた。
「――この世界には、ダンジョンと呼ばれる未開の地が存在しておる。これが厄介な代物での。どういう仕組みなのか、そのダンジョンからは次から次へと魔物どもが湧き出してくるのじゃ」
「ま、魔物? ……例えば、ドラゴンとか?」
「まぁ、ドラゴンともなると中々珍しいが……概ねそういったようなものじゃ。当然、そんな魔物達が世に放たれれば人々は襲われ、作物は荒らされ世界はめちゃくちゃじゃ。もはや、人間と魔族が争っている場合ではないほどにな」
リリィによるとこの世界では、かつて人間と魔族が対立していたらしい。
共通の敵が現れたことで戦争は終結し、今は協力状態にあるのだとか。
「それこそ、世界中の腕利き冒険者が挑戦し続けている場所じゃ。それなのに、全く開発が進まない。これがどういうことか分かるかの?」
「といっても、ダンジョンは建造物なんだよな? そんなもの時間をかけて少しずつでも攻略すれば……」
俺の言葉に、リリィはゆっくりと首を振った。
「ところが、そうもいかないのじゃ。そのダンジョンはまるで生きているかのように日々形を変え、来るものを追い返そうと強力なモンスターや罠を次々に生み出しておる。ダンジョンが出現してからかなりの月日が経つが、未だにどのくらい深いのかすら分かっておらん」
「そんな……そんなの、どうしようもないじゃないか。あっ、攻略が無理なら、蓋をしてしまうとか」
俺は良い考えとばかりに提案してみるが、リリィはまたしても首を振った。
「もちろん、そういう意見も出たことはある。しかし……世の中はそう単純ではないのじゃ。ダンジョンがあまりに巨大すぎるゆえに蓋をするのが現実的でないのもあるが、ダンジョンがあることで戦争は止み、またダンジョンがあることで生活が出来ているものも多くおる。そんなダンジョンが急に失われればどうなる? 想像は容易じゃろう」
皮肉にも、人間と魔族は共通の問題があるから手を組んでいるだけということなのだろう。
突然問題が無くなればまた新たな問題が浮上する。
理屈は分かるが、俺はなんだか納得がいかなかった。
「そんな。でも、魔物がウジャウジャ出る危険な場所なんだろ?」
「実は、ダンジョンから出てくるのは魔物だけではないのじゃ。そこではまだ発見されていない貴重なお宝がザクザク出てくるでの。命を落とす者も多いが、リスクに見合った報酬を得られることは珍しくないのじゃ。そんな場所を塞いでしまおうなどと、それこそ戦争が起きてもおかしくない」
「……」
頭が追いつかず、俺はなんと言って良いのか分からなかった。
もっとも、この世界に来たばかりの俺を騙したところで彼女にメリットがあるとは思えない。
荒唐無稽な話だが、きっと全て事実なのだろう。
「だからこそ、例え無理難題に思えてもダンジョンをなんとか攻略するしかないのじゃ」
「でも……今の話を聞いた限りでは、攻略は絶望的だと思うけど」
「そうじゃな、極めて絶望的じゃ。……しかし、そこで出てくるのが転生者じゃ。言い伝えによると、このダンジョンは転生者でないと攻略はできないと言われておる。過去、一度だけ転生者が現れたことがあってな。その者と契約した王は、ダンジョンから巨万の富を得たとのことじゃ」
「え。じゃあ、まさか……」
俺は嫌な予感がした。
この話の流れで出てくるであろう言葉は一つしかない。
「そうじゃ。カケルには、私と契約してそのダンジョンを攻略してほしいと思っておる」
「ええええ!?」
冗談ではない。
俺は何の能力もない高校生だ。
むしろ折り紙つきの運の無さ。
そんな俺に一体何ができるというのか?
「いやいやいや、無理だって!」
俺は全力で否定した。
そんなところに放り込まれたら命がいくつあっても足りない。
リリィはそんな俺の反応を見て困ったような表情を浮かべる。
「そうは言ってもじゃな……転生者はこの世界に多数存在するいずれかの王と契約をしなければならん。無論、誰を王とするかはその転生者……つまりカケル自身が決めて良いのじゃがな。しかし、じゃ」
「……しかし?」
「いずれの王と契約したとて、結局はダンジョンに放り込まれるのがオチじゃ。それなら、最も相性の良い私と契約すべきではないかの?」
む、むむう。
それは確かにそうかもしれない。
リリィの言うことが事実なら、誰であろうと転生者をダンジョンに挑戦させない理由がない。
俺が頭を悩ませていると、リリィは追い打ちをするように言葉を発した。
「それに、じゃ」