決戦
エインパーティー編 終
エボルトはすでに岸壁から登ってきており、俺たちの待ち構える決戦の場に姿を現した。
相変わらずのでかい図体からは何度も獲物に逃げられた怒りが滲み出ていて今にも襲いかかろうとしている。
俺たちが足止めする間はマホとコトの援護はない。
逃げることの許されない完全な接近戦になる。
前衛の俺を含めた四人は各々武器を取り出す。
よく見ると、エルの武器は弓ではなく鞭のようだった。
すると、
エボルトは二足歩行になり、足を溜めている。
冷静さを失ったエボルトの視線は
完全に俺の方を向いている。
どれだけ早かろうと飛んでくる方向性が分かってれば躱すことは難しくはない。
エボルトの姿がブレる瞬間に横っ飛びする。
風圧ですぐ真横を巨大通ったことが分かる。
ちょっと遅れてたら危なかったかもしれない。
エボルトは攻撃が当たらなかったことで更に怒りを増したのか、叫びながら周囲を無差別に攻撃しはじめた。
地はえぐれ、木々は粉々になり、時折その残骸がこちらに飛んできそうになる。
チカちゃんとエルは弓に持ち替えて、狙撃する。
予測不可能なエボルトの動きに矢は拳に刺さったり尻尾に刺さったりしてなかなかダメージを与えられない。
エボルトは攻撃を受けているにも関わらず、痛みを感じないかのように周囲を蹂躙していく。
時間稼ぎにはいいが、巨大から放たれる必死の一撃は予想外のところに炸裂する。コボルトが岩を蹴って破片を飛ばしてきた。
その破片がコトの眼前に迫るが、間一髪で射線が逸れた。
エルはコトの目の前まで移動して
鞭によって破片の軌道を変えた。
「エルさん……」
「コト様、何があろうともあなたに降りかかる物は全て私がお受けします。どうか、ご自身の役目を果たしてください。」
「はい!」
コトは返事をすると、ようやく恐怖が抜けて気合いが入ったようだ。
詠唱に集中している。
中断されてしまっては仕方が無い。
もう一度皆の配置を見直すと散り散りになってしまったていた。
エボルトは暴れ回った後、
ようやく一息ついて冷静になったようだ。
エボルトは身近なところに生えている木を根から引き抜き、振り回してきた。
広範囲に及ぶスイングはエインの真横を捉えた。
エボルトはにやりと笑う。
「エイン君!」
木と体の間に剣を挟んで防御するものの、はね飛ばされて地面を転がる。
チカちゃんはエボルトのエインに向けての追撃を阻止しようと走り出す。
すると、鞭がエインの身体を巻き取り、引き上げられた。
「エルさん…すまない」
「そんなことは良い、それより動けるか?」
「なんとか…」
エボルトは悔しそうに辺りを見渡すと、視界にチカちゃんを捉えた。
そして、木を投げつけてくる。
チカちゃんもそれに気づき、へ回避する。
回避した先にはいつの間にかそれを読んだエボルトの蹴りが飛び出す。
ドゴォン!!
驚くべき瞬発力で一瞬にしてチカちゃんと投げつけた木ごと粉砕した。
「嘘だろ……」
エボルトの蹴りの風圧で砕かれた破片と土煙で足下が見えない。
直後、
エボルトの肩から鮮血が飛び出す。
エボルトの背にむけてナイフを突き刺しながら着地したチカちゃんの目はいつもとは違い鋭く突き刺すようだった。
エボルトは背中を切られたことに腹を立て、唸りながら裏拳を放つ。
しかしそこにチカちゃんの姿はない。
すぐさま距離を取ったチカちゃんは弓を手に取り素早く弦を引く、
同時に、エインを庇っていたエルも遠距離から矢を構えていた。
チカちゃんは弓を引いたままエルとエインのもとへ走り出す。
丁度エボルトが裏拳の勢いを殺して振り返った所で二人目の矢が同時に射られる。
2本の軌跡はそのままエボルトの目に突き刺さり、エボルトは絶叫する。
「ルー君!!」
チカちゃんの変わり様にあっけにとられていた俺はようやくチャンスが回ってきたことに気がついた。
顔を押さえて騒いでいるエボルトの背後に周り、コボルト種の特徴である足の機動力を削ぐため、膝の裏の腱を切り裂いた。
エボルトは堪らず片足をつく。
エボルトはまたも傷つけられたことに驚愕している。
そこでようやく待望のマホの声が発せられた。
「準備できた!」
二人の魔法がほぼ同時に放たれる。
「拘束せよ、《粘土鎖》!」
「火炎魔法、《焼灼》!」
エボルトのいる地面一面に煌々と輝く魔方陣二重に描かれ、地割れにも似た音を起こしながら燃ゆる大地の鎖無数に放たれ、エボルトに次々と襲いかかる。その鎖は炎を帯びて対象を絡めとる。
体を拘束されてなお、
エボルトは俺を睨みつけ、まだ使える片方の足だけを膨張させた。
刹那、空気が震える。
俺の目の前には大きく開かれた口には、幾つもの命を絶ってきたであろう凶器が無数に並んでいる。
避けられない……
覚悟を決めて剣を下段に構える。
ねらいはぎりぎりまで引きつけて下顎を打ち上げる。
剣の腹をエボルトに向けて、下顎に剣先を滑り込ませる。
顎の勢いに剣が弾かれそうになるのを、膝で下から支えて梃のようにする。
ここだっ!
全神経を集中させて、感覚が研ぎ澄まされる。
俺は両手に全体重をのせて、全力で剣の柄を下げる。
鉄でできた剣は軋み、今にも割れそうだ。
頼む、もってくれ……
すると、エボルトの顎が僅かに浮く。
剣の中央からは亀裂が入る。
上下から掛かる絶大な圧力により、剣は限界を迎えた。
剣の刀身は無残に中央の亀裂から砕け散り、甲高い音が鳴りひびく。
エボルトの口は少しばかり上がったが、ちょうど俺の頭を持っていくぐらいの位置にしか逸れなかった。
駄目だったか……
ごめんチカちゃん、膝枕出来なかったわ。
でもマホとコトの魔法はもう発動してるんだからこの後は任せても大丈夫だろう。
目を伏せて最後の挨拶をした。
短い人生だったけど、有難う。
次は必ずチカちゃんと結婚してやるこん畜生!
ところが、エボルトの顎は俺の頭をくいちぎることはなかった。
変わりに、俺の剣がエボルトの咽に突き刺さり、マホのとコトの魔法によってエボルトはそれ以上動くことが敵わなかった。
折れたはずの俺の短剣をエボルトの咽から引き抜くと、そこには周囲で燃える炎を鏡のように映し出する輝く美しい刀身があった。
ようやく一段落つきました。