初コボルト戦
エインパーティ―編 12
敵はコボルト2匹、俺とマホで1匹ずつ相手することにした。
コボルトはこちらに逃げる意思がないとみると、二足歩行になり戦闘態勢に入る。
コボルトの体長は約150cm、強靭な後ろ足による急速な加速を使い、ヒット&アウェイを繰り返す戦い方が多くみられるらしい。
今回狩りではマホの土魔法で回りを囲って戦闘を行うことにより、相手に有利な戦況をつくらせないようにしようとしていたが、2対2になってしまってはマホはコボルトの相手をしなければならないためにそこまで気が回らないだろう。
コボルトが様子を伺っているようなのでこちらから攻めさせてもらう。
「マホ、先に突っ込むからもう1匹の注意を引いてくれ。」
「うん。」
マホの返事を聞くと同時に地面を強く踏み込んで2匹のコボルトの目の前に飛び出す。
右のコボルトは待っていたかのように自慢の後ろ足での加速をし、そのまま俺に向かってくる。
もう1匹はそのまま待機している。
向かってくるコボルトに向けて短剣を振り下ろす。
コボルトは予期していたように踏み出した足と反対の足で進行方向をずらした。
俺の左側に潜り込んだコボルトは脇をめがけて噛みつこうとしてきた。
が、左ひじで上あごを打ち抜き、地面へ叩きつける。
そのまま足元のコボルトを蹴り飛ばしてマホへ任せる。
「マホ、頼む!」
後ろを振り向くと、もう1匹のコボルトがこちらに接近してきた。
コボルトは石剣を下方に構えて突きの姿勢をとりつつ後ろ足での突撃を仕掛けてきた。
コボルトの剣は背中に向かって突き出される。
振り向きざまに剣を横へ振り払うようにして、コボルトの突きを弾く。
ガキン と音がしてコボルトの剣を去なせたが、コボルトの攻撃はこれにとどまらない。
後ろ足を俺の顔面目がけて振りぬいてきた。
ぶおん という音とともに眼前が白い毛並に覆われる。
無理に体をそらして鼻先をかすりながらも致命傷は避けられた。
そのまま当たっていたら脳震盪を起こしてそこで勝敗は決していただろう。
すぐさま意識を次の攻撃に備えるべく視界足からをコボルトへもどすと、コボルトはもう力をためるようにもう片方の足を折り曲げており、両手を後方へやっている。
まるで片足でバック宙をするかのようだ。
やばい、今のは囮か!
コボルトの本命はもう片方の足から放たれるサマーソルトキック。
体を反らしているため、足に踏ん張りがきかない。
後方回避じゃあ間に合わないだろう。
コボルトのもう片方の足は今にも俺の頭蓋を吹き飛ばそうと地面を離れる。
右手を戻して剣で防ごうにも腕ごと吹き飛ばされる可能性がありうる。
ここで右腕を失っては話にならない。
勝負に出るしかないな…
俺は剣の持ち手を逆さにした。
コボルトの剣をはじいてから戻した腕に全体重を乗せて眼前に迫るコボルトの足にタイミングを合わせて剣を自分の胸の前に向けて突く。
次の瞬間、コボルトの足の甲は俺の目の前まで到達するが、
ザク と音がし、コボルトの脚からは出血、俺の剣はコボルトの足に突き刺さり、その勢いでコボルトの蹴りの軌道をずらすと同時に顔を極限まで傾けることでコボルトの豪脚は耳を掠るに済んだ。
全神経を足のくるタイミングに集中させたため、気が緩んで力が抜けてしまう。
冷静に考えてみると、コボルトの蹴りはほぼ無傷で躱せたが、俺の腕はコボルトの足に刺さった剣をがっしり掴んでいる。
ヤベ…
ブオオオォという風が抜けるような音がした刹那、気が付くとコボルトの足に引かれて俺の体は宙へ投げ出されていた。
急激にブレる視界が元に戻ると、逆さになり、コボルトの真上にいた。
真下にいるコボルトもその状況に驚き、足を刺された痛みに顔を歪めている。
宙に浮く勢いで剣の刃が足から抜け、自分の真下にはサマーソルトの宙返りを失敗したコボルトも宙に浮いている。このままだとコボルトはうつ伏せで着地しそうだ。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
逆さに持っていた剣をこのまま着地と同時に突き刺せば間違いなくコボルトは致命傷だ。
俺は右手を頭上に掲げて左手を柄に添える。
やはりコボルトは着地に失敗した。
喰らえ!
頭上より高く上げられた剣は俺の着地とともに振り下ろされる。
そのまま俺の体重と重力を乗せた刃がコボルトに突き刺さる。
『グオォォオオオ?!』
うつ伏せで状況を確認することができないコボルトは、悲痛な唸り声をあげる。
声が聞こえなくなると、コボルトは動かなくなった。
コボルトの脊椎を貫いて土まで達した剣を引き抜こうとするが、後方からマホの大声が飛んでくる。
「伏せろ!」
急に発せられた声は、マホにしては珍しく、大声に反射するように身をかがめる。
すると、日に照らされていた地面は一瞬陰り、何かがおれの頭を通り過ぎていった。
飛んでいったものと逆の方向をみると、そこには顔なくなり、下顎だけになったコボルトの亡骸が地面に転がっていた。
飛んで行ったものの方向を見ると、マホの作ったであろう大きな土杭が木に突き刺さっていた。
「あぶねぇじゃねぇか!当たったらどうすんだよ!」
「私が攻撃しなかったら今頃ルクの頭は犬のギャグボール。それに身をかがめていたから当たらないとわかっていた上で念を入れただけ。」
「それならいいけど、打つ前に一声掛けてくれたっていいじゃないか。」
今後もこんなことが起きるのではないかと気が気でない。
「タゲは完全に私に向いていたのに、急に気が変わったようにそっちに飛び出していった。」
「それも、ルクが下敷きにしていた犬が突きさされた瞬間だった。」
「気のせいじゃないか? マホだってコボルト相手してたしそんなの分からないだろ?」
「私は歴戦の魔術師、一緒にしないでほしい。」
「とにかく、今度から予告なしの魔法は禁止だからな!心臓がもたない!」
こうして、俺の初コボルト戦は終了した。
こんなにコボルトの運動能力が高いとは思わなかった。
マホから聞いたコボルトはヒット&アウェイを基本にして戦うと聞いていたため、あれほどの高速連撃を繰り出してくるとは思いもよらずに今後コボルトと戦っていくとなると不安が残る。
特別強い個体だったのかはわからないが、後で戦いを見ていたと自称しているマホ大先生に聞いてみるとしよう。
今は剥ぎ取りをしている暇などないので、口惜しいがコボルトの亡骸はこのまま放置だ。
一刻も早くエインとチカちゃんを追う巨狼を探さなければならない。
2人と離れすぎて状況を把握しきれなかった完全な俺のミスだ。
どうにかして二人を無事で返さないとならない。
「マホ、まだ大丈夫か?」
「走れない。魔力切れ。」
「早く乗れ、すぐさま追いつかないと2人が危険だ。」
「レディに対して乗れなんてスケベな奴だな、この性欲チンパンめ!」
こんな時までボケるのか、巨狼を見ても驚かなかったし、そんなに強い魔物じゃないのか?
「ふざけてないでさっさと行くぞ、それで、あの巨狼をエインとチカちゃんは相手できるのか?」
「あれはエルダーコボルト、コボルトの上位種のまた上位種。 2人ではまず相手にならない。」
「じゃあ早く向かわないと、マホならなんとかできるんだろ?だいぶ落ち着いているようだし。」
「私がいつそんなこと言った、あれから逃げるだけでも厳しい。」
「冗談だろ…」
「冗談はルクの無能さ、コボルト相手に苦戦してるし笑えない。」
どうしよう、額にドロッとした汗がにじみ出た。
マホ大先生でもどうにもできない相手に前衛2人と後衛1人加わっただけで勝てる気がしない。
それほどにマホの実力はこの年で卓越していた。
同年代では戦闘においても知識量においても右に出るものはいないと思われる。
「いかないの?」
「なかなか言ってくれるじゃないか…」
「こうしないとルクは足りない頭で考えるばかりで不毛。 ハゲ。」
「ハゲてねぇよ、行くぞ!」
俺はマホを負ぶると、巨狼が走っていった方向に向かって限界まで土を蹴って前へ前へ進む。
勝てる気がしない、ましてや逃げることさえ許されない相手を背にエインとチカちゃんは追われているのだ。
チカちゃんなんか既にお漏らししているだろう。
無事に家に帰ったら濡れた短パンのまま俺の膝枕で泣きじゃくって貰いたい。
あとはエインがなんとか時間を稼いでくれているのを祈りながら、森の中を全速力で駆ける。
恐怖を押し殺している為にマホの足を乗せている腕に力が入ってしまう。
それを感じてか、マホは俺の背中に身寄せて、
「大丈夫だよ、私が付いてるから…」
と耳元で呟いた。
恐怖に震えながらも、自分ではなぜ回り続けているかわからない重い足は少し軽くなった気がした。