箍
暗く。蛍光灯の光が、冷たいコンクリートに反射している。澄んだ空気の中、暗闇と光の明暗が自然では無い違和感を肌で感じる。
息が白く溢れるが、じっと私は動かずに出来るだけ息を殺し、車の陰に居た。寒さが筋肉の萎縮を起こしそうに成るが、そっと堪え耳を澄ます。
カツン カツン
滑らかなコンクリートの上を革靴が叩く音が聞こえ、息を呑んだ。
心拍数が高まり、手を固く握る。
スーツ姿の彼は定間隔の音を響かせながら此方に近づいてくる。ゆっくりと中腰の体制になり、私は悟られないように彼が通り過ぎるのを待った。
彼が近づくたびに鼓動が強くなるが、慌ててはいけない。彼は私の横に立った。私は立ち上がり握りしめた物を彼の背中へ突き立てる。くぐもった嗚咽と水気のある音が彼の口から溢れる。
深く突き立てたそれをゆっくり右に回していくと、それに合わせて彼は声を上げた。生ぬるい液体が金属を伝って私の皮膚の肌理に触れ毛細管現象を起こして広がる。やがて声は消え、赤い液体は徐々に熱を失っていった。固く握った拳をゆっくり手前へ引くが、引っかかってすんなりと抜けない。強く引くとブチブチと音を立てやっと自由になった。
彼は膝から崩れ落ちて行った。鼓動は先程と打って変わって静かな物だ。懐からハンカチを取り出し、彼の体に突き立てた物を包み、私はその場を離れ、暫く離れたブロックに有る青いセダンに乗り込んだ。
深く座り込み、両手を眺める。早くここから離れるべきだと判っているのに、体は意に反して動かなかった。
赤い、まだ赤い。私の体にも同じ物が流れていることを脈拍が示す。
やっと動いた体は、ダッシュボードに手を掛けて、中にハンカチをしまう。そしてまた同じ体勢になると、気が付いてしまった。血の気が引き、悪寒がする。潰れてしまいそうになった心臓が自らが起こした事を罰するように、痛む。
そうか、やってしまったんだな。
車は勝手に動き始め地上に向かい進んで行った。