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11R武神の闘争心

「祥平さん、それでは朝のジョギングに行って参ります」そう言って九鬼さんは朝に家を出ていった。試合が終わったばかりとは思えない程いつも通りに。本当にゾッとしない。

あの試合。セコンドとして間近で見ていたが……。震えた。最初二人が対峙した時に見えた残酷なまでの二階級の差。そしてもう1つ。絶望的なまでの差。それは格だ。ビリビリと肌が焼け付く様な圧があのじいさんから迫ってきた。本来年齢、階級的に圧倒的であった筈の試合をひっくり返す……。いや、逆に圧倒する程の格の差。本当に恐怖に震えた。多分あそこが人間としての最高到達点。それだけに恐かった。下から見りゃあ、あのじいさんは化け物と何が違うっていうんだ。

はぁ……。それにびびっちまう俺も情けねぇ。今は守らなきゃいけねぇ立場だってのによ。


「さぁて、気分変えてメシでも作るかな」


メシってもんな上等な物じゃねぇ。ベーコンエッグとトーストのエサみたいなもんだ。


ジュウ……。


フライパンで熱したベーコンの上に卵を落とす。

その他の料理も食えなくはないって程度だ。料理は苦手なんでな。正直恭子が作った時の方が旨い。今は客が居なきゃほぼプータローみたいなもんだから俺が作るより他はねぇんだが、恭子が毎回美味しいって言ってくれるのは何となく物悲しい気分になるぜ。下手な世辞は相手を傷付けるってこともいつか教えてやらなきゃいけねぇな……。あ〜あ、金がありゃあ料理教室でも行くんだが……。

何てバカなこと考えてる間に卵1個黄身が割れちまった。これは俺のにしとこ。んでトーストの上に乗せて……っと。ん?パンがもう終わっちまうな。買いに行かなきゃ。

取り敢えず二人分(武神さんのは後で焼く)のメシが出来たので恭子を呼びに行く。


「オーイ、恭子ー!エサだぞー!」


「エサて!ウチは動物か!」


ドタドタと2回から恭子がツッコミながら降りてくる。朝から元気が良いことで結構だ。今日は学校だが最近武神さんにつられて家全体が早起きになって来てる。老人の朝は早いって奴だ。長話をしても時間は大丈夫だろう。学校ってあれも中々金が掛かるんだよなぁ……。サラリーマン時代の貯金がなけりゃあ今頃生活保護だぜ。アブねーアブねー。誰にも信じられなくて辛いがこれでもエリートだったんだぜ?営業3課の課長まで行ったんだからな。脱サラする時は親族全員から反対されたもんだ。それが今じゃ恭子にゃしょーへーみたいなダメ人間の部下だなんて可哀想だねだなんて言われてる。人間落ちれば落ちれる物だね。ほんとさ。


「ホレ、さっさと食っちまえ。溢して床とか汚すなよ」


トーストを差し出しながら恭子に言う。トーストって皿要らないから洗い物ない分便利だよな。


「はーい。あむっ、うん、おいひいよ」


食ってから喋れ。忙しい奴だな。溢しても拭いてやらんぞ。

ああ、九鬼さんについてちょっと話しとくか。丁度今あの人居ないしな。


「恭子、ちょっと話が有るんだが」


「話?あ、お世辞じゃないよ。ちゃんと美味しいから」


ちゃうわボケ。つかお世辞じゃないっつうならそのトーストに掛ける胡椒の手を止めてから言え。すまんねぇ!味付け忘れてて!ほら、年を取ると薄味が好みになって来るんだよ!


「いや、もっと真面目な方の奴」


「もしかして貯金尽きた!?ごめん。ウチが新しいカバン欲しいって言ったから!」


俺が話って言ったらその2択かよオイ。オマエはもうちょっと俺に信頼と言うものをだな……。まぁいいや。今言っても変わらんし。


「違うわ。まだあるわい!あの九鬼さんの試合の話。お前はあの試合見てどう思った?」


俺が否定すると恭子は明らかにほっとした顔をする。子供に金の心配させるとかほんと親失格だよな。情けねぇ。ただ貯金が目減りしてんのも確かだ。このままいきゃあ恭子は大学にはいけねぇな……。いや、俺の食費切り詰めれば何とかなるか……?


「良かった……。九鬼さん?普通に凄かったけど?」


「あー、そうじゃねぇ。言いたいのはそうじゃねぇ。何てったら良いかな……。まるで虫でも払うような……。これも違うな。路傍の石を退ける様なって分かるか?」


要領を得ない俺の説明に恭子は小首を傾げる。


「要するにだ。あの人は相手のことを何とも思ってない。いや、こういうと語弊があるな。興味を持ってないって訳じゃなくて……。う〜ん。相手に対して敵意とか闘争心とかそういう物が一切感じられないんだ。俺達と接する時と対戦相手に対する時とが“変わらなすぎる”」


言いたいことが上手く伝わんねぇ。有るのは漠然とした危機感と焦燥感、それに恐怖だ。何故そう思ってんのかも多分勘的なこと。上手く口に出して言うことが出来ない。


「良いことじゃん」


ほらな?伝わらない。あぁ、俺に文才とかそういうのが有れば良かったのに。ただ胸を抉る様な感情だけが先走ってその核を伝えることが出来ない。


「闘争心ってのはアスリートに取って不可欠な物だ。特に世界一、ニ位を争う様な奴にはな。たまーにそうじゃねぇのが居るがそりゃ例外として切り捨てて良い。敵意や害意なんて言やあ相手を殺したいなんて気持ちに聞こえるが、そりゃ裏を返せば相手に勝ちたい。相手を倒したい。っつうことで向上心とも言える。それがねぇってのは可笑しなことだ」


「お爺ちゃんがその例外って訳じゃなくて?」


「ああ、それは有り得ない。その例外っていうのはソイツはその競技に対して何の興味もないけど単に圧倒的な才能があるからやってるだけって奴だ。何の興味も拘りもない人がオリンピック12連覇もするか?だからよ、“持ってる筈”なんだよ。その闘争心って奴をな。それに言動を考えてみな。突然世界一を目指して総合に転向して1敗したら引退するなんて闘争心の塊じゃねぇか。

食い違う言動と態度。試合で見せていたのが俺達一般人じゃ見ることの出来ない高みでの……。それこそ無我の境地って奴でもなければあの人はどこかでそういうのを落っことして来たってことになる。そりゃ裏を返せば闘争心、敵意や害意なんて物を落っことせる程の“環境、状況があった”ってことだ。

なぁ、恭子。手を引こう。俺達みたいなのが関わって良い様なレベルじゃないかも知れない……」


びびった。情けない。何とでも言え。俺だってそう思う。だが俺には守らなきゃいけねぇ物がある。俺の命位なら幾ら賭けてやっても構わねぇが恭子のはダメだ。いや、今の俺の命もダメだな。もう賭けちまった。兄の墓前に誓ったんだよ。恭子は今度は俺が命を賭けて守るってな。

俺が恐れてんのはその環境や状況が一過性の物じゃ無かった場合だ。もし再度武神が感情を無くす程の何かが恭子を襲ったら守り切れる訳がない。苦しいが……。その元凶をおいそれとウチに置いとけない。

分かってくれ、そういう思いを込めて恭子を見るが恭子の顔に幾ら待っても真剣みが宿ることは無かった。


「それ、何かアカンの?」


「いや、だから……」


もう一度説明しようとした俺を遮って恭子は続ける。


「そら別に過去は色々あると思うよ?でもそんなん皆そうやん。ウチもお天道様に胸を晴れないことだってあるし、言ったらしょーへーとの関係だってそうや?そんなん一々気にしとったら生きていけんよ。人様は人様ウチはウチで割り切ってくしかないんちゃうの?ウチは人を騙してまで此処を続けたくはないよ?お父さんとの人を騙すなって約束、ウチは守りたい。ウチを一緒に支えたいって言ってくれる人を放り出して此処を続けたって意味ないよ」


何となく。京都弁上手くなったな、とどうでも良いことを思った。恭子は別に京都からすれば異邦人だ。ずっとここで暮らしてきた訳じゃない。このトゥルークと一緒に此処に来て、此処に馴染みたいと努力してる。多分京都の人からすれば間違いだらけだろうし、不快にもなるかも知れない。それでも努力することに意義はないかも知れないけど、確かにそこに根付こうとする新芽があった。必死で自然に抗って芽吹こうとする新芽が。

きょうことは良く言ったもんだ。子供ってのはまるで鏡の様に自分の汚い心を写し出す。本当に、オマエには気付かされることばかりだ。


「プハッ、ハハハ、そうだな。本当に、オマエの家族になれて良かったよ……。オマエには学ばされることばっかりだ」


俺はこの子にどんなことを学んだだろう。洗濯物の畳み方、料理、正しい掃除の仕方に、食材の栄養に寄った分け方、PTAの面倒臭さに、ちょっとした子育ての苦労、そしてそれを遥かに越える成長の喜び。

何て、幸せなことだろう。


「ウチもしょーへーの家族になれて良かったよ?ウチがおれへんかったらしょーへーどこぞで野垂れ死んどったかもしれへんし」


本当にその通りだ。今まであの生活力の無さで良く生きて居られたと不思議になる程だ。恭子に教えられるまで気付きもしなかったけどな。


「言ったなコイツ!」


「イタイイタイ!ぐりぐりは反則!しょーへーの反則負け!」


「分かったよ。毒を食らわば皿まで、運命共同体とやらになってやろうじゃねぇか」


もうこうなりゃ何が来ようとドンと来いだ!良く考えてみりゃあの武神が総合に転向してウチを訪ねる事以上の有り得ない事なんてある訳ないしな。


「それぐりぐりしながら言わなイカン事!?離して!タップしとるタップ!」


おっとしまった。決意に夢中になってぐりぐりしたまんまだったの忘れてた。慌てて離すと恭子は頭を抑えて頬を膨らましながら俺を睨む。フグみたいだ。


「おっとわりぃ!」


「むー」


「プハッ、それじゃあフグさん?武神さんを呼んできてくれるか?多分そこら辺を走ってると思うから。なるたけ早くな。俺の作るトーストが冷めちまう」


あの人止めるまで延々とトレーニングするからな。オーバーワークも良いとこだ。


「はーい」


割りと素直に返事をしたフグさんは大人しく武神さんを呼びに行く。

さて、俺も作るとしますかね!今度は胡椒掛けよう!一日の始まりは朝食からとは良く言ったもんだ。なら俺のこれからの始まりもこの朝食になるのかねぇ……。


思った以上に長くなったのでこちらだけ切り離しました。墓参りのシーンも入れたかった……。

無念!

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