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10R猛者達蠢き出す

その試合の行く末を数多くの猛者達は注視していた。その視線の先に居たのは九鬼武勝一人。強者と強者は惹かれ合う物なのである。


――


ザウル=アファナシエスは爪を噛む。その目は一心にテレビを見つめており、その画面には勝利インタビューを受ける九鬼の姿があった。


「私はどこで間違えた……」


カキリ、と爪を噛む音が小さく鳴る。ザウルのこの悪癖は弱い自分を変えようと10代にもならぬ時に始めた柔道、そして強くなる中自然と直っていった筈であった。それが再燃している。そのことを誰も指摘することは無く、ただザウル一人が九鬼に視線を注いでいる。


「いや、間違えてない。私は正々堂々と九鬼さんを倒した筈だ」


でも報われない。かのオリンピックで勝った私は祖国ロシアの英雄になった。王者を下したチャレンジャーとして。なのに貴方は華々しく総合格闘技にデビューした。それこそ生涯現役を体現するかの様に。まるで負けたことが無かったかの様に。そんなに楽しそうな顔をしないでくれ。それじゃまるで“わざと負けた”みたいじゃないか。それじゃまるで……。


「勝ち逃げじゃないか……」


そんなに貴方は総合格闘技に行きたかったのか。60を過ぎてから挑戦をする程に。そんなに貴方は負けたかったのか。柔道に恩を返して総合格闘技に転向するために。

なら、私は……。貴方に勝つために血を吐く程に練習をして、夜を徹して貴方を研究して、ずっと貴方に認められようとやって来た私は……。私は……。


「ピエロだ」


貴方に勝つという役割を与えられたピエロ。それなのに、それだけの為に全てを犠牲にして、不退転の覚悟で臨んで、勝った時にはもう嬉しくて泣き崩れて……。これが全て無駄だった……。


ぽたりぽたりとザウルの目から涙はこぼれてカーペットに染み渡る。


貴方は私を見ては居なかった。素晴らしいと声を掛けては下さったけど……。貴方が見ていたのはその先。総合格闘技という世界だ。私が、私がこの手で憧れの人に止めを差してしまった。柔道家九鬼武勝は死んだ。私は間違えたのか……。


「いや、間違えてなど居ない……」


もう一度テレビを見つめる。黒い液晶に映るのは九鬼ではなく憤怒の表情をしたザウルの物。そうしてCMが明け、再び九鬼がノックアウトしたシーンが画面に出る。


「間違えたのは貴方です。九鬼さん。私がその間違いを正します。今度こそ、貴方に止めを差します。私の憧れた貴方はもう居ない」


そう呟く。こうして総合格闘技自体を破壊せんとする化け物は産まれた。そうして動き出す。この世で唯一九鬼武勝を倒した男が……。


――


二人の青年がテレビを見ていた。視線を注ぐのは勿論九鬼の試合。ただしそれを見た少年二人は全く違う反応を見せた。


「九鬼さん凄い……。あの最速のアッパーに精細な狙いの回し蹴り……。噛ませ犬のポジションだったのに下克上なんて……!しかもこんなにアッサリ」


一人が見せたのは興奮。父の影響で総合格闘技をしている冴えない15歳の少年――坂井健人――は目を輝かせてその試合を食い入る様に見る。その様子はまるで少年の様だ。

対してもう一人の少年は沈んだ顔を見せる。その表情を覗けば疑問、後悔、否定したい心が見えた。その顔は沈んでいてさえハッとする程の美少年であり、それは健人の様な冴えない少年と何故一緒に居るのか分からない程である。


「師匠……。どうしてですか……」


青年、暁天あかつきそらは呟く。その小さな呟きは隣に居た健人に届いたらしく健人はその目を驚愕に見開く。


「ええっ!?そら君の師匠って九鬼さんなの!?15歳で世界一ってだけで凄いのに!!」


そう暁天は現在男子最軽量60キロ級世界チャンピオンである。九鬼の偉大な最年少金メダルの記録を抜いた今後オリンピックメダル確実と言われる強化選手なのだ。


「小学生の時に家が近所で何度か教えて貰ったからな。強化選手になってからもちょくちょく。だから師匠のことは師匠って呼んでるな」


天は画面から一瞬たりとも目を離さずにそう言った。その端整なに含まれているのはやはり負の感情であり、言った自慢の様な内容に則する物ではない。それだけ天にとって九鬼とは近い存在であり、また遠い存在であった。


「へー、やっぱりそら君は凄いなぁ……」


感心する様な健人に天は画面から一瞬目を離して健人を見ると眉を顰めた。その眉を顰める様な顔でさえ絵になるのだからイケメンというのは得だと健人は思う。


「皮肉か?」


その力のある眼で凄む様に言われた健人はあたふたとどうしてそんな脈絡の無いことを言い出したの分からないながらも言い訳をした。


「そ、そんなことはないよ!!大体どうして皮肉になるのさ!?」


慌てて否定すると天はまた画面に顔を戻して一心に視線を九鬼に注ぐ。


「なら良い」


天のその一言に健人はほっと一息つく。その様子に一切目もくれず天は苦虫を噛み潰した様な顔で九鬼を睨んでいた。


(どうして俺に一言言ってくれなかったんですか師匠!!師匠は柔道の永世コーチなるべきだったのに。どうして!クッ……。師匠の間違いは弟子が止めるのが筋です。師匠が負けるまで止まらないと言うのなら。その連勝(間違い)、俺が止めて見せます!そうしてまた俺の師匠に戻って下さい!)


こうして弟子は自らの師匠、柔道家九鬼武勝を生き返らせんと奔走する。


――


武神の勝利に沸くテレビを見ながら一人の青年はボソッと呟いた。


「凄いなぁ……。うん凄い」


ボーッとした様な顔でそう言う青年に後ろからこの部屋に入ってきた男が声を掛ける。


「おうっ、サッサと練習再開するぞ!準備しな」


その言葉に漸くその男の存在に気付いたのか青年は裏を向いた。


「あっ、アレク。僕決めたよ。総合格闘技やる」


その何でも無いように言ったとんでもない発言にアレックス吉田は驚愕に目を見開いた。


「ハァン!?急に何言ってんだテメェ!!」


「いや、今テレビ見ててさ。凄いんだよ。あんなに……。おじいちゃんなのに相手を簡単にのしちゃってさ。技だってキレッキレ。それに思わなかったんだよ。まさかおじいちゃんと戦えるなんてさ。早く戦いたいなぁ……」


またボーッとした様な顔でそう言う青年。恐らく将来設計も何もしていないのだろう。そのことに思い至ったアレックスは頭痛を堪える様に頭を押さえる。


「もう直ぐ世界タイトル戦だぜ?しっかりしてくれよ……。コイツは世界一になる男だ!って啖呵切った俺はどうなるんだよ……。無職とか嫌だぜ?」


どうせ無駄だろうと思いつつアレックスは説得する。この青年の決心を変えられたことがない。ボーッとしている様で居て案外意志は固いのだ。暖簾に腕押しというのが近いかも知れない。


「そっか、そうだったね。じゃあサッサと世界獲ろう」


アレックスはまた何でも無いように言ったとんでもない発言に唖然とする。だがまぁ、納得する。いや、納得はいかないのだが納得するしかないと諦める。コイツはいつもこうなのだから、と。


「ハァ……。全くクレイジーだぜ……。あんたら“一族”はよ……」


己が不運を恨みつつ、されど愚痴を溢すアレックス。しかし青年は意に介した素振りもなくただ立ち上がって練習を再開しようとアレックスについていく。


「頼むぜ?世界一はアンタの腕に掛かってんだからよ……。なぁ?ミスター“九鬼”?」


九鬼、と呼ばれた青年はニッコリ笑って鷹揚にどうどうと馬を落ち着かせる様に手を動かす。


「分かってるって」


心配するなとでも言うような青年の仕草に更に心配を深めるアレックスは無理矢理自分を騙して全てを青年に託すとする。まぁ、どうせ60越えてから別競技に転向する様なクレイジーな化け物の血筋だ。青年ならどうとでもなるだろうと考えて。


「頼むぜ?ほんと」


こうして青年こと九鬼正義、またの名を“神の遺伝子を持つ男”は世界バンダム級世界王者戦に向けて出発する。いや、その先の九鬼武勝へ向けて。


「おじいちゃん元気かなぁ……」


「間違いなく元気だろ!」


じゃなきゃ格闘技なんざやるか!とアレックスはツッコンだ。

先行きは不透明ながらもコイツなら大丈夫だろうと訳もなくアレックスは思う。


――


「いやー、凄かったッスね〜」


一人の青年はしみじみとテレビで今までやっていた試合を振り返る。しかし後ろに居た45になるかならないかの中年の男が部屋から出ようとしているのに気付いた青年は後ろを振り返って聞いた。


「あれ?この後インタビューなんスけど見ないんスか?師匠」


「フンッこんな物。見る価値もない。今のヤツの力はこの程度か。昔のヤツはこんな物ではなかった」


九鬼に対して辛口な評価を下す中年に青年は呆れ返った。


「いや、そりゃそうっしょ。幾らなんでも老人なんだから衰えるのは当たり前だと思うンスけど」


自然の摂理というものだ、と主張したかった青年だが中年の男は静かに首を振る。


「いや、昔のヤツはこんな物ではなかった。今のヤツとは次元を異にしている。若いお前は知らんだろうがかつて、『鬼神』と呼ばれた頃のヤツはまさに戦いの鬼だった。来る者は全て圧倒的な力で捩じ伏せ裏社会を震え上がらせたものだ」


昔を懐かしむ様に語る中年の男に興味無さ気に青年は聞いた。


「へー、知った風な口聞いてますけど師匠は戦ったこととかあるンスか?」


正直青年が生まれる前の昔の話であるし師匠に敵うとも思えない。師匠の力はそれこそ骨の髄まで知っている。決して敵に回したい類いの人間ではない。


「戦ったことはない」


中年の男の断言する様な口調に青年は少し得意になる。ただのいつもの師匠の心配性。そう思って。


「ほらぁ〜」


しかし中年の男の次の台詞にその思いは裏切られることになる。


「いや、勝負にならなかったと言う方が正確か。まさに鎧袖一触という奴だ。あれは人間がどうこう出来るとかそういう次元では最早無かった。正しく鬼神という名に相応しい化け物だ」


青年は自らの師匠の口から出たあまりの内容に絶句する。


「あの頃はまだ“人並みの力”しか持っていなかったからな。力を得た今、鬼神と謳われた男と戦ってみたいという欲望はある。いや、決めた。あの男の中に潜む鬼を引き摺り出し叩き潰すとしよう」


「こりゃ半径三キロ以内には近付かない方が良さそうッスね」


自らの世界に入った師匠に恐れを抱き、青年は以後九鬼の名前は出すまいと決意する。どうせ出してもろくでもないことになりそうだったからだ。障らぬ神に祟りなしという奴だ。


「また会う時が楽しみだ。九鬼武勝。いや、鬼神よ。今度はお前を楽しませると誓おう」


中年の男はニヤリと笑うとゆっくりと部屋から出ていった。その後ろを青年が肩を竦めて付いていく。あぁあ、師匠を怒らせちゃったと不貞腐れながら。


まさかの義経になりたかったんやの告白に現在凍り付いている

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