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赤い屋根の家  作者: サトイチ
8/12

8.海山のケース

 海山康平は、警察署の冷たい夕暮れのデスクの上で頭を抱えていた。

「もうダメだ。頭がどうにかなりそうだ」


 先月の銀行強盗事件については、犯人グループの主犯格の逮捕(一名は仲間割れにより射殺されていた)により、一応の決着を見た。そのため、残務処理が課長とまだ若手である海山に託されたのだが、課長が多忙であるため必然的に海山が一人でほぼすべてを抱えることになっていた。



「半田は子どもを殺せと指示したと言うし、でも撃たれたのは若い男だったし、池の底から大量の人形は出てくるし、その中に子どもはいなかったし」

 海山がぶつぶつ独り言を呟いていると、不意にプライベートの携帯電話が振動した。デスクの下でこっそり見ると、先日サークルの飲み会で話をした後輩の星野からのメールだった。

『今日から夏休みで実家に帰るのですが、もしよろしければまたお話できませんか?』


 これ以上この事件について考えていると、頭が割れてしまいそうだったので、気分転換に星野を駅まで車で迎えに行くことにした。ここのところずっと根を詰めていたし、金曜の夜くらいいいだろう。



 ◇◆◇



「それで、結局のところ、呪いって何だったんですか?」

 気分転換するはずが、星野が例の事件に興味を示してしまい、結局その話をすることになってしまった。興味のある話をしているときの星野は、目がキラキラとしていて尻尾を振った犬のように見える。表向きは落ち着いたふりをしているが、内面が駄々漏れているところがまた可愛らしいと思った。



「先輩、行きましょう」

「え?」

「今から、その赤い屋根の家に」



 ◇◆◇



 車のタイヤが砂利を噛む音を立てながら、その家の前で止まった。

「ここがその家だよ」

 事件が一応解決したため、立ち入り禁止のロープは外されているが、人が出入りしている様子はない。半開きの割れた玄関は、先月のまま放置されている。夜に来るのは初めてだったので、不気味さが段違いだったが、後輩の手前、動じていないふりをした。



 家の中に入ると、薄い膜の中に取り込まれたような印象を受けた。一本の懐中電灯の明かりだけが頼りであり、これが切れた瞬間、我々は底の無い闇に放り出されることになる。星野が腕に組みついてきた。胸の感触が心地よかった。仕事以外でここに来るとは思わなかったが、結果オーライとしよう。



 一階を一通り見て回ったが、人にしか見えないほど精巧な人形以外は、特に特筆すべきことはなかった。

 「あの椅子に座ってる人形、人にしか見えなかったですね。ビックリしました」

 「昔、ここには割と有名な人形職人が住んでいたらしいよ。町からほどよく離れてるし、喧騒から離れてそれに打ち込むには、ちょうどよかったんじゃないかな」

 平静を装うのが精いっぱいだった。本当にびっくりした。捜査のときはあんな人形、あっただろうか。



 二階に昇ると、一通り見て回ったが、やはり何も見つからなかった。捜査でも隈なく見ているし、当然だ。白い封筒が散乱しているのは、この前の風が強かった日にでも飛ばされたのだろうか。それ以外は、日に焼けた畳も、埃の積もった安楽椅子も、以前に見たままだった。

「結局、何にもなさそうですね」

「まあ、呪いなんてそんなもんさ。幽霊の正体見たり枯れすすき、ってね」



 窓から外を見たまま、そろそろ帰ろうか、と星野に声をかけたが、返事がなかった。

 何だろう、と思って星野を見ると、星野は壁にかかった歪んだ鏡を眺めていた。

「どうした?」と声をかけると、星野はゆっくりとこちらに振り返った。シンプルな動きの中に、さきほどまでにはなかった優雅さが含まれていた。自分の中の何かが掻き立てられているのがわかった。



「いえ、行きましょう」



 部屋の掃除をしていただろうか。そんなことばかり考えていたから、ちょっとした違和感は何もなかったようにかき消されてしまった。

 遠くに犬の鳴き声が聞こえた。



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