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赤い屋根の家  作者: サトイチ
7/12

7.竹中のケース②

 僕は階段を昇り始めた。きしむ音が不自然に反響し、やけに耳に残った。

 階段を昇ると、小さいがやはりアルトの鳴き声が聞こえた気がした。奥まった部屋の向こうから、かすかに漏れだしたような。アルトは、ここにいる。僕はそう確信した。



 階段から数歩踏み出したところで、急に後ろから体を羽交い締めにされた。驚いて声が出ないところを、前から腹を殴られ、口に何かを突っ込まれた。舌触りからすると布のようだったが、確かめてから、汚くないといいんだけどと思った。抵抗はまったくできず、手足は縛り上げられた。腹がズキズキする。

 前にいた狼のような男が、低い声で「音を立てたら殺す。お前の友達が二階に上がってきたら、友達も殺す」と言った。月明かりに拳銃を照らしながら、男は「わかったか?」と念を押した。二階にいたのが幽霊でなくてよかったが、一階から僕を探す声が聞こえてきた。芳樹と健司を逃さなければ、と思った。


 狼は、窓から外を確認し、僕の自転車について質問した。僕は首の振り方で答えた。僕の後ろにいた、羊のように気の弱そうな男が命令され、僕の自転車を隠しに行く。うまく行けば二人はそのまま帰り、そのあと僕はどうなるのだろう。二人に来て欲しい気持ちと、そのまま何事もなく帰って欲しい気持ちと、どちらが僕の気持ちなのかよくわからなかった。


 二人の声が遠のき、十分ほどして、羊が戻ってきた。羊はまた命令され、僕の足首の拘束だけ解くと、僕を促した。僕は、お腹が痛かったので立ちたくなかったけれど、狼が怒鳴るのでしぶしぶ立ち上がった。ふとももが拘束されているので階段がやけに降りづらかった。



 そのあとのことはよく覚えていない。気がつくと羊と池にいて、羊の銃で撃たれたかと思ったら、撃たれていなかった。羊は、同じ歳くらいの子供がいて、少し時間が欲しいと言っていた。さっきまでのビクビクした羊ではなく、何か覚悟を決めたような切迫感があった。僕にひどいことしたくせに、と思ったが、少しの間黙っているくらいはいいかな、と思った。とりあえず、家に帰りたかった。アルトもそのうち戻ってくるかもしれないし、戻ってこなかったら明るいうちに迎えにくればいいのだ。



 納屋から自転車を取り出し、僕は家に帰った。家にはアルトがいなかった。また、僕はあそこにいかなければならない。



◇◆◇



「お母さん、昨日、なんでアルトの鎖が外れたの?」

 翌朝、僕は母に詰問した。母の答えは、意外なものだった。

「昨日?アルトは半年前に死んじゃったじゃない」

 僕は怒った。冗談じゃない。学校から帰ったら、すぐに探しに行こう。



 夕方、赤い屋根の家に着いた。日に照らされた家は、歴史的な風化を露わにしているが、昨日の不気味さは薄れていた。これなら一人でもいける。

 きしむ階段を昇ると、僕はアルトを呼んだ。かすかな声の方向をたどると、どうやら大きな鏡の方から聞こえてきているようだ。鏡には僕の姿が歪んで映っている。古い鏡で、歪んでしまっているのだろう。

 鏡の裏を見ても何もなく、鏡の立てかけてある壁の向こうは外である。僕が不思議そうに鏡を見ていると、鏡に映った僕の足元にアルトが駆け寄ってきた。アルト、と思って自分の足元を見ると、アルトはいなかった。もう一度鏡を見る。アルトがいる。鏡の僕と目が合った。視界が歪んだ。



 歪んだ世界から、僕は僕を眺めた。足元にはアルトがいた。僕は漠然と理解した。ここから向こうには、戻れないのだ、と。

 僕の姿をした僕でない何かは、薄く笑って世界の枠から消えていった。僕はアルトにしがみついて泣いた。音は残響し、でも、目の前の明るい世界には一片の音も出て行かなかった。どうしようもなく、この世界は閉じられていた。アルトは小さく、悲しそうに鳴いた。



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