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赤い屋根の家  作者: サトイチ
3/12

3.星野のケース

 「それで、結局のところ、呪いって何だったんですか?」

 助手席から、ハンドルを握る先輩に問いかけた。先輩は仕事帰りで、チャコールグレーのスーツに白いシャツが映えている。

 「うん、それがさっぱりわからなくてね」

 先輩は困ったように答え、「星野は、どう思う?」と私に聞き返した。

 あまりドライブに適切な話題ではないようにも思ったが、ミステリー研究会に所属する私としては、非常に気になる話題であった。



 先輩は大学のサークルのOBで、たまたまそのサークルの飲み会に顔を出した際に知り合った。私より6歳上で、しかも他のサークルを掛け持ちしていたから殆ど幽霊部員らしかったので、その飲み会で初めて存在を知った。

 歳は多少離れていたものの、私の隣町の出身であったためにすぐに打ち解け、メールのやり取りをするようになった。それから程なくして大学が夏休みに入ったため、実家に帰ることを口実に先輩に連絡したところ、先輩が仕事帰りに車で迎えに来てくれたのだ。親には、明日帰ることになったと連絡してある。完璧だ。世間はもう夏だが、私にもようやく春が来たのだ。もう、誰にも止められない。


 私は、なるべく背伸びをして落ち着いたように答えた。

 「呪いは、一般的には、誰かが何かをすることによって、何らかの効果が引き起こされるものだと思います。家が呪われているというのは、例えば、その家に住んだ人は不幸な目にあうとか、その家に入った人は死んでしまうとか、そういったイメージじゃないでしょうか?」

 いい。いい回答だ。これは先輩の目には私が知的に映っているに違いない。星野選手、1ポイントゲット。私は心の中でガッツポーズをした。

 先輩は、そう、そういうのが呪いなんだ、と答え、数秒頭を回転させた。元々薄い顔立ちで目立った特徴がなく、何かを考えているときの先輩の顔は、とても知的に見える。警察官という職業柄、言えることと言えないことを整理しているのだろう。



 「そうだね、色々聞いた話によると、家に入ると近いうちに死ぬとか、周りの人に不幸が起こるとか、病気になるとか、あと、髪が抜けるなんて人もいたな。あと、呪いとはちょっと違うかも知れないけど、悪魔がいるなんて話をする人もいた。」

 「それってつまり、どういうことですか?」

 「みんな、『呪いがある』ということに対しては疑いようのない事実だと認識していた。でも、それによって何が起きるかは、てんでバラバラだった」

 私は腕を組み、一呼吸分の思考を巡らせた。

 「つまり、強い因果関係のあるようなものはなく、噂に過ぎなかった、ということですか?」

 「そう、そうとしか思えなかった。結局ね、呪いなんてなかったんだよ。いや、そもそも呪いというもの自体が、そういうものなのかも知れない」


 私は、顔では平静を装いながら、納得がいかなかった。噂がある以上、何らかの根拠や事実があるはずだ。抗いがたい知的好奇心が込み上げてくる。天使と悪魔が議論をした結果、最適解が出てきた。そう、吊り橋効果である。

 「先輩、行きましょう」

 「え?」

 「今から、その赤い屋根の家に」



 ◇◆◇



 車のタイヤが砂利を噛む音を立てながら、その家の前で止まった。

 先輩が車のエンジンを止め、「ここがその家だよ」と言った。

 「車に非常用の懐中電灯を入れておいて良かった。一本しかないけど、一緒に行こう」

 むしろ好都合だ、と私は思った。



 薄く切り取られた月が雲に隠れ、木々の輪郭が曖昧になる。木々のざわめきは大気のざわめきとなり、私の心に恐怖の輪郭を与えていく。確かに、呪いがあると言われれば、納得してしまう。人は灯りがないとこんなにも心細くなるものだろうか。都会がいつまでも夜をギラギラと灯している理由が何となくわかった気がする。

 私達は、ガラスの割れた玄関の引き戸を開け、中に入った。



 家の中は、外よりも更に薄気味悪かった。

 換気されていないため空気は淀み、朽ちていく時間の臭いがした。まるでこの家だけ、外の時間の流れから隔離された空間のように思えた。心なしか、隣にいる先輩との距離が近づいた気がする。



 一階を一通り見て回ったが、人にしか見えないほど精巧な人形以外は、特に特筆すべきことはなかった。

 「あの椅子に座ってる人形、人にしか見えなかったですね。ビックリしました」

 「昔、ここには割と有名な人形職人が住んでいたらしいよ。町からほどよく離れてるし、喧騒から離れてそれに打ち込むには、ちょうどよかったんじゃないかな」

 ちっ、そこは『僕がいるから大丈夫だよ』とか言うところだろーが、女心がわかってない。私は心の中で毒づきながら、二人で二階に上がった。



 二階は概ね同じ大きさの和室が二つ、洋室が一つというつくりであった。階段の横に和室、そこから奥に向けて洋室、和室と続いている。大きさはそれぞれ6畳ほどだろうか。 洋室の安楽椅子には、表面が白く見えるほど埃が積もっており、とても腰かける気にはならなかった。 和室の畳は、どちらの部屋もささくれ、懐中電灯の灯りでもはっきりと分かるくらい、完全に小麦色に変色しきっている。

 「結局、何にもなさそうですね」

 私は、窓から私達の乗ってきた車を見ながらそう言った。小型のAT車。小回りが利いて燃費が良い。鮮やかな青い車体は、闇に紛れて黒にしか見えなかった。

 「まあ、呪いなんてそんなもんさ」

 幽霊の、正体見たり、枯れすすきと先輩は続けた。



 階段横の和室の床には、古い手紙が散らばっていた。宛名はなく、差出人も書かれていない。

 普段なら、他人の手紙を勝手に見るのは気が引けるが、私には呪いの謎を解き明かすという大義名分がある。そうすると、これは有力なヒントになる可能性があるのだから、見ないわけにはいかない。私は勝手にそう結論付け、散らばった手紙の一つを手に取った。封は既に空いており、中から1枚の薄茶けた便箋が出てきた。


 『この家は、呪われている』


 その便箋には、中央に赤茶色でその一文だけが記されていた。筆やペンではなく、指で書いたような文字だ。

 気味が悪い。変なものを見てしまった。私はそっと便箋を封筒にしまい、床に放った。いたずらにしてはタチが悪い。いたずらでないにしては、意味がわからない。



 そろそろ帰ろうかと思ったとき、ふと壁際の鏡が眼に入った。大きな全身鏡だ。白い長袖のシャツにデニムのショートパンツを合わせた、平均的な20歳の女子大生がこちらを見ている。鏡が歪んでいるのか、鏡の自分には、少し違和感があった。

 吊り橋はもう十分だから、あとは先輩の家に行くだけ、と思った瞬間、何かが体を通り抜ける感覚があった。直感的に、私は理解した。理解した時には、既に手遅れであった。



 遠くから先輩の声が聞こえた。それは、どこか遠くから運ばれてきた風の音のように聞こえた。


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