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TE  作者: 真杉圭
5日目
25/45

25話

 目的地まで、妨害は罠やドローンぐらいで、誰かと遭遇することはなかった。

 ショッピングセンターはほぼ直線に広がっており、両脇には店舗が並列している。その構造が三階まで続いていて、中央部は吹き抜けとなっているので、二階と三階は移動できる面積が少ない。上に昇るにはエスカレーターかエレベーター、非常階段なのだが、エスカレーターしか使えない。非常階段はどういうわけか扉が開かなくなっていた。


「店の商品が根こそぎなくなってるな」


 雅たちが今朝出るまでは、ショッピングセンターの一階には商品があったのだが、いつの間にかなくなっている。壁にめり込んだ銃弾もあるが、商品が破損しているわけではなく、なくなっているので戦闘とは別の要因と考えるべきだろう。何にせよ、香歩に替えの服でもと考えていたが、当分このままいるしかない。


「そうみたいですね。ここから一番近い入り口は二階でしたっけ」

「うん。一階は破壊されたらしいね」


 志郎の言う通り、一階と二階に最終ステージへの入り口はあったのだが、一階は破壊されている、と地図に記されていた。


「二階も破壊されないとは限らない。急ごう」


 襲撃されやすいが、エスカレーターを上るしかなかった。

 しかし、懸念していた襲撃もなく、目的地の二階入り口付近に着く。手前で止まったのは入り口を塞ぐように小型のドローンが飛んでいたからである。


「ああ、雅さん、香歩ちゃん、志郎君、久しぶり」


 入り口の奥の柱から梨子は顔だけ出して笑いかけてきたが、その顔は笑みと形容できるものではなかった。怨嗟に満ちた雰囲気を漂わせている。明るく、少し幼げのあった彼女とは全く違った。


「ここは一人ずつ通る必要があります」


 ルール上、そういった制約はない。が、日本刀を持った梨子がそれを強いていた。

 彼女の立っている柱の奥から銃火器禁止エリアと記されている。文字通り、銃火器が使えないため銃弾を切った梨子に有利な場所だ。

 横幅が電車の車両ぐらいあるため、どうにか刀を振りまわせる。万全と言っていい状態の相手を近接戦で倒さなければならない。


「考えたな」


 雅は梨子の作戦に感嘆した。

 通路の進んだところの真ん中に柱があり、その奥から禁止エリアとなっている。

 柱の後ろに梨子は身体を隠し、顔だけ出している。これで禁止エリア外の攻撃を防ぐつもりなのだろう。禁止エリアでの銃火器の仕様だけ禁止されているのであって、その外からであれば使えるのだ。

 そして、一人ずつという制約は、雅たちから見て柱の右側を箱やら荷物やらで塞いでいるので、人が通れない。進行方向が左側のみに制限されるため、複数人で入っても梨子の指示に従わなかったと斬られるのが落ちだ。

 一人ずつ通るという指示に従うしかない。


「その前に、雅さんだけ端末の罪の画面をそのドローンに向かって見せてください」

「それは構わないが、理由でもあるのか?」

「貴方が私の仇であるかを見極めるためです」


 仇、という語句の意味は雅も理解している。梨子の言葉には文字通りの重さがあった。つまり、聞き間違いでも、言葉を間違えたわけでもない。彼女もゲームに乗せられた一人だった。


「端末の罪の項目を私に見せるだけでわかります。香歩ちゃんと志郎君はいいですよ。仇は成人している男性なので」


 さあ、と雅に端末の提示を促す。

 時間が惜しいので、雅は画面を大人しく見せた。


「違いますね。失礼しました。通ってください」

「金原さん――」

「待って、私は必ず成し遂げます」


 香歩の発言を遮り、梨子が言った。


「べらべらと喋るのは嫌いなのですが、雅さんには助けてもらいましたからね。それに、貴女方を納得させないと止められそうですし」


 梨子は肩を竦め、柱の奥から話し始めた。


「私はあの日、第二パーフェクトビルに家族でショッピングしていました。テロに遭う時はソフトクリームを食べていましたね。

 一回目の爆破では家族全員生存していました。パパとママはショーケースの下敷きになっていましたが、弟と私は偶然無傷でした。そして、パパは私に弟を連れて逃げろと言いました。僕たちは大丈夫だから、と。

 その決意の意図はわかりましたし、弟の手を引いて私は出口を目指しました。しかしながら、私はこの時、『TE』を発病していたようで、世界が変わって見えました。その結果、このまま泣きじゃくる弟を引いて歩いていては助からないと、わかりました。理論などではなく、直感的に。そこら中に焼け焦げていたり、ひしゃげた死体が、私の中の死というものの恐れを倍加させていました。

 言い訳ではありませんが、私は怖くて、死にたくなくて弟を放って、独りだけ『TE』の力を使って、爆風を掻い潜り逃げました。第二パーフェクトビルのテロ唯一の生存者という訳です。これで合点がいったと思いますが、私が罪の画面を見たかった理由はこの犯人を捜すためです」 


 言葉巧みに語られたわけではないが、梨子の口ぶりはまるでその場にいるような臨場感があった。つまり、それほど彼女は鮮明に覚えている。まだ心はそこにいる。


「まさか、それでも止めようとは言いませんよね?」


 誰もそれを止めるな、とは言えなかった。綺麗事を幾ら並べても梨子には届かない。復讐が何も生まないなどという詭弁では彼女の切っ先を曇らせることすらできない。法がなく、時間もないこの場では彼女の激情を覆す方法はなかった。

 そして、雅たちには力になれない。梨子の決意を踏みにじれるほど、復讐を止めろという思いがないのだ。復讐に至った過程を理解できない、とは言えなかったのだ。

 大人しく指示に従い、一人ずつ梨子の作った入り口を通り、エリア分断から逃れることができた。

 まだ踏ん切りがつかないのか、香歩は立ち止まっている。そういった彼女の性分を理解している雅と志郎は何も言わずに待っていた。


「謙二郎!?」


 突然、梨子はそう言い、柱から飛び出ていった。後を追おうとする香歩を雅は引き止める。柱の側にいた彼には見えてしまったのだ。血だらけの謙二郎が。

 銃声が鳴り響く。音から連射性に優れていて、銃が一つでないことを示していた。

 柱から見ずとも、死に体の謙二郎を罠にした梨子への襲撃であることはわかった。そして、皐月のメールから相手もわかっている。近藤だ。


「離してください!」


 香歩が凄まじい勢いで雅を振りほどこうとするので、志郎も彼女を抑えつける。二人がかりで拘束されれば、女性の力ではどうしようもない。

 彼女の頬に涙が伝う。それは己が無力さからくるものだった。力を伴わない行動が、今は死に直結している。数時間前に痛感した事だ。

 しかし、雅にはそんなことはわからない。だが、関係もない。樋口香歩が涙している状況と、その元凶がはっきりしているのだから。

 体内の撃鉄が落ちる。思考が加速する。


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