前編
春の訪れを感じさせるような日和。
暖かで穏やかで何もかも新鮮な景色。
新学期を迎え、晴れ晴れしさが辺りを埋め尽くし、期待と高揚に胸躍らせる事を夢見て、気持ちが昂ぶるこの季節。
ここにもまた、勇気に想いを乗せて恋なる花を咲かせようとする1人の乙女の姿があった。
都会でも田舎でもない平凡な高校の放課後のとある校舎裏。
覚悟を決め腹をくくった少年、岩見悟は女子を呼び出していた。
30分前から校舎裏で待機していた岩見は力のこみ上げ、どうしようもない焦燥に駆られつつあった。
そこへ、不安気な少女が登場した。
岩見の鼓動が高鳴り、手に汗握る。
どこか覚束ない足取りの少女が自分の前で止まり俯く。
「ずっと前から好きでした。付き合ってください!」
岩見は勢いよく頭を下げ、少女に右手を突き出す。
プロポーズを行なった。
岩見にとって一世一代のイベント!
突き出した右手を掴んで貰いたかった。
賑やかな雰囲気の学校から隔絶されたかのような静寂に包まれている校舎裏とは裏腹に岩見の内情は爆発してしまうのでと勘違い出来る程、うるさくけたたましい鼓動の高鳴っていた。
しかし、彼女は沈黙していた。
最早、微動さえないと思えるくらいの不動だった。
岩見は少し考えているのだろうかと思ったが、それにしては長過ぎた。
只でさえ不安な状況もあり、頭を下げている岩見は彼女の顔を伺うことさえ出来ていない。
「ごめんなさい‼︎すみません‼︎」
切り裂くように反響した彼女の声は一瞬岩見の耳では何を言っているか分からなかった。
しかし、少女はそう叫び岩見の顔を見る事もなく、校舎裏から走り去っていた。
そんな彼女の後ろ姿を尻目にプロポーズの答えが否だった事を岩見は理解した。
ある夏の夜。少し雲のかかった夜空のお陰か夏にしては涼しく心地の悪い夜ではなかった。
そんな祭日和があってか辺りは賑やかに一夏の思い出を楽しみたんのうしている。
「お前でも振られることがあるんだな!」
業賀力は友達のイケメン、スポーツ万能、勉学ができて性格良い、女子にモテモテである筈の岩見悟が振られたという話を3ヶ月経ち、夏祭りに2人で来ている現在、カミングアウトされ少し驚いたものの明るく励ましの声を掛けてやった。
「何で今頃になって失恋話なんだ?」
「あ〜ぁ、その彼女に一目惚れしたのがこの祭りの日でさ、急に彼女の面影が見えた気がしてさ。
そしたら、つい乗りで喋ってたわ。」
岩見の珍しい表情を垣間見るが、完全に未練タラタラである事は言うまでもなく確実だった。
これ程天に恵まれた才能を持つ男が1人の女の子に振られているという事実は周りにさえ悟られていなかった。
それに対して、俺はどうなのかと言えば岩見のような天に恵まれた才能はカケラも持ち合わせていないだろう。
俺の自信のある運動関係も比べたら負けるかも知れない。
当然、俺はモテない。
「失恋の1つや2つ気にすることないさ!」
そして、サラリと軽く流し祭りで楽しめば直ぐに忘れるだろうと思った。
しかし、その軽く一言が岩見の逆鱗に少し触れてしまったのかもしれない。
「お前はまだ告白した事も無いだろう!」
突然、岩見は豹変し、指を指し言い放った。
「だったら、今日祭りに来ている人で誰かに告白してやるよ!」
そんな岩見の安い挑発に頭の悪い業賀が簡単に乗ってしまう。
後で思えば自分がとても軽率な判断と行動をしていた思い知る羽目になる。
すると、突然岩見が一瞬硬直した後に、挙動不審にそわそわしと辺りを見回し何かを探すように始めた。
「そうだ。用事を思い出した。力、少しそこで待っていてくれ。」
明らかな棒読みで少し噛みがちの口調になりながら、話し掛けると、業賀の返事を待たずして岩見は瞬く間に姿を人混みに紛れ姿をくらませてしまった。
しょうがないと、業賀は溜息を吐き渋々そこで祭りに行き交う人の流れを只呆然と眺め歩いた。
すると、屋台の前で右往左往して困っていそうな少女を見掛けた。
少女は同学年か下学年くらいの第一印象で、黒縁眼鏡で三つ編みの黒髪ツインテール、つぶらな紅の瞳で顔は整っているものの弱々しい表情をしている。
紺色の生地にアサガオが咲く浴衣で巾着袋を下げていた。
俺は何となくその少女に声を掛けてみたくなった。
「どうした?大丈夫か?」
に声を掛けると、その彼女はチョコバナナを指差している。
「あれが買いたいのか?」
業賀がそう彼女に問い掛けると、首を縦にコクコクと振りチョコバナナの代金を俺に差し出してきた。
業賀は代金を受け取ってチョコバナナを買ってあげた。
彼女はチョコバナナを受け取るとお辞儀をして、少し遠くの3人の女子グループに近づいた。
そして、その彼女がチョコバナナを差し出した瞬間、パシン‼︎とチョコバナナをはたき落とした。
「何してるんだよ‼︎自分で買って来いって、行っただろ。」
3人の女子グループのリーダー格が声を上げる。
そして、リーダー格の女子がその彼女の頭をわしゃわしゃと掻き乱す。
彼女は嫌がっている様子だが、抵抗する訳でもなく、声も上げない。
端から見れば、いじめられている様に見えてもおかしくない。
業賀は女子グループに近づく。
「おい!!」
見ていられず仲裁に入る。
流石に女子にいきなり殴りかかる訳にもいかず、迫力で威圧する。
「うぁ!こいつ不良だ!」
と女子グループが業賀の存在に気付き、
「逃げるぞ」
と、下手に彼女を置いて逃げ出した。
悪いことをしているという自覚はあった様だ。
横を見やると彼女はへたり込んで居た。
助けた事を押し付けるのもどうかと思い立ち去る事にした。
夏祭りなのに嫌な気分になってしまったが、不意に岩見との挑発を思い出した。
と、その瞬間目の前を浴衣姿の美女が通り過ぎた。
無意識に顔がそちらを向く。
「決めた!あの人に告白しよう。」
未だ、岩見は帰って来ていないが成功すれば何の問題もない。
業賀は先程の美女を呼び止め、
「一目惚れした。俺と付き合ってくれ‼︎」
周りの目も気にせず、告白した。
「いや……無理だから。特に顔が。」
美女からの返答は素っ気なく、手厳しいものだった。
業賀は急に恥ずかしくなり、頭が真っ白になる。
岩見もこんな感情になったのかと考えると、その場から逃げ出したくなり気付くと走り出していた。
が、業賀の視界に夏の夜の満点の星空がひろがっていた。
「あれ?何で上見てるんだろ?」
そう言った直後、後頭部に激しい衝撃が走り業賀の意識が途絶えた。
「起きるがよい。筋肉バカ。」
業賀力は虚ろに目を擦りながら覚ます。
辺りは真っ白な空間でそこに横たわっていた。
取り敢えず立ち上がると業賀の目の前には年終えた老人が立っていた。
「わしは神様じゃ。お前さんはこのままだと一生目を覚ます事はない。そこでお前さんにめざめる機会を与えてやろうと思てのう。」
業賀は何が起こっているか分からなかった。
「何じゃ。理解力がないの〜。お前さんは祭りの日に滑って転んで意識不明の重体じゃよ。」
「はぁ?」
やはり、業賀には理解し難かった。
「じゃあ、俺は死んだのかよ。まだやりたい事がいっぱい残ってんのによ〜〜!」
業賀の悲痛の叫びは虚しく消える。
「お前さん神様の話を聞いておるか?意識不明じゃ。挑戦するかのう?」
その問いかけに業賀は直ぐに飛びついた。
「やるに決まってんだろ!」
そして、神様は話を進める。
「やっと理解しおったか。いいか、お前さんは人助けをするんじゃ。そうすれば目覚めさせてやるぞ。」
「人助けなんて楽勝だぜ!で、誰を助けるんだ?」
「焦るでない。まず、お前さんには『憑依』と言う能力を1度だけやろう。『憑依』はあらゆる物質乗り移る事が可能で1度『憑依』してしまうと、人助けが終わるまで解除できないぞ。」
神様が親切に説明をしている中、スゲ〜と業賀は小学生の様に呟く。
「『憑依』する前は霊体の状態じゃから、壁なんかもすり抜けられる上に誰からも認識されないぞ。それからお前さん自身が死亡したら、時間切れじゃ。お前さんは目覚めないで終わる。」
「どう言う事だよ⁉︎意識不明なだけなんだろ?」
カッとなって、業賀はつい怒鳴ってしまう。
「だから、ちゃんと神様の話を聞け、この筋肉間抜けバカめ!今現在、意識不明で寝ている方のお前さんがじゃ!」
神様も業賀相手に怒鳴り口調なっていた。
「あー、はいはい。」
まるで理解したか分からないような返答を見せ、先程の威勢はあっさりと落ち着いた。
神様は盛大に溜息を吐き
「お前さんが人助けをする相手は柳川奈菜と言う娘さんじゃ。」
神様がそう告げた瞬間、
「必ず助けてみせるぜ‼︎」
業賀は勢いよく拳を上に突き上げて叫びを上げたと同時に体のバランスを崩し足を勢い良く滑らせて再び後頭部を強打した。
「はぁ〜。逝ってしもうたのー。伝えてない事がまだ沢山残っておると言うのに。まぁ、名前さえ分かっていれば何とかなるじゃろう。頑張るのじゃよ〜〜。」
病室の窓からはオレンジの光が差し込み、白い室内を朱色に染める。
業賀が目を覚ましたのは1人部屋の病室。そんな部屋で俺はベットに横たわって白い天井を見上げていたわけではなく、瞳を閉じてベットに横たわっている業賀力を立った状態で見下ろしていた。
「マジで意識不明なのかよ。」
神様曰く俺は霊体とやららしいので、人をすり抜けられたし、誰にも気付かれなかった。
1つすり抜けていないとすれば、業賀が立っている病室の床くらいなものだが、やろうと思えば出来るだろうと試しはしなかった。
すると、業賀の目の前を業賀の母親が通り過ぎ、業賀の本体が横たわっているベットの横の椅子に腰掛け話し掛けていた。
途中からしか業賀は耳すませなかった。
理由は今からやりたい事をあれやこれやと想像を膨らませていたからである。
我に帰り、母親の言葉を聞くと業賀は驚愕した。
「明後日の朝にはあんたをドナーとして臓器を提供するからね。目覚めるんだったらそれまでにしなさい。」
「はぁぁ〜〜〜〜〜‼︎‼︎⁇⁇」
業賀の絶叫は病室全棟に大きく響き渡ったが誰の耳にも届く事は無かった。
いやいやいやいやいやいや、おかしいだろ俺の母親‼︎意識不明の次の日に1人息子に死の宣告するとかどんだけだよ!?殺したいんだろ‼︎
最早、声に出す事もなく実の母親に対して感情をぶち撒ける。
ヤバい!急がなくてはならなくなり、先程まで繰り広げていた妄想は一瞬にして業賀の頭から崩れ落ちた。
業賀は急いで病院から飛び出した。
いや、飛び立った。
何の違和感を感じる事もなく空を飛び柳川奈菜を探した。
しかし、そこで致命的なミスに気づた。
「あれ?俺って、柳川奈菜って奴の情報0だよな…。」
そう言えば、神様から色々聞く前に頭部を強打した気がする。
愕然とする。
頭を抱え込み、墜落した。
アスファルトの地面をすり抜ける事は無かったが、業賀の気持ちはどん底の底まで落ち切った。
「あ…おれ、死ぬんだな……。」
業賀は柄にもなく道路で膝を抱え込み落ち込んで居た。
すると、そこに女子の4人組が前を通り過ぎた。
そこで奇跡が訪れた。
その女子達の1人のカバンに書かれた柳川奈菜の名前を見逃さなかった。
これは来たと思い業賀は空を飛び直ぐさまストーキングを開始した。
ストーキングを開始した直後、ある事に気付いた。
「あれ?こいつら夏祭りで居た奴らじゃないか?」
そこには虐めていた3人の女子と虐められていた彼女だった。
そして、虐められていた彼女が柳川奈菜の名前が入ったカバンを持っていたため、この時点で彼女が柳川だと理解した。
「という事は。柳川を虐めから救えは良いと言う事だ。」
業賀は呟き女子グループに更に近づいた。
「あっ!そう言えば『憑依』が使えるんだった。」
そして、柳川に『憑依』しようと思いたった。
女子同士なら殴りかかってフルボッコにしても大丈夫だろうと安易に考える。
しかし、柳川は突如逃げる様走り出した。
3人の女子は追いかけるが直ぐに諦めた。
業賀も慌てて追いかける。
少し走ると近くの橋で足を緩め、橋の中腹で歩みを止めた。
そして、近くの橋の手すりを掴んで橋下の川を見る。
柳川は憂鬱に橋下の川を眺めどうなってもいいと言う表情をしていた。
突如、手すりを越えて川に飛び降りようとしていた。
「危なーい‼︎」
業賀は叫び『憑依』を使うべく、柳川に飛び掛った。
しかし、業賀と柳川の間を1羽の烏が横切った。
「キャッ‼︎」
「あぶね!」
柳川は烏に驚き尻餅をつき、業賀は烏に『憑依』してしまいそうになり、慌てて避ける。
だが、勢いが止まる事はなく業賀は柳川に突っ込んだ。
「ん、んん……。」
業賀力が目を覚ます。
『憑依』は成功したのだろうか?と考えていると体は霊体ではなく、物質の実感があった。
よし!後は柳川を虐めていた3人の女子グループを打っ飛ばせば終わりだ!と一歩踏み出そうとするが踏みでない。
そして、業賀の目の前には未だ尻餅をついたままの柳川奈菜がいた。
「………。」
絶句する。
業賀は自身の体を見ると、灰色の石で出来た小さなお地蔵だった。
そう、業賀は柳川ではなく橋の中腹の小さなお地蔵に『憑依』する事に成功したのだ。
もはや、動けない小さなお地蔵では失敗と言っても過言でない。
「うぉぉーー!」
業賀が悲痛の叫びを上げると、怯えた小動物の様に柳川がこちらに振り向いた。
幸いにして、声だけは出せた様だ。
柳川は怯えてはいるが、好奇心からかこちらに近づいて来た。
業賀は自分の事情を話し、助けてもらおう考えた。
「俺の名前は、ご……。」
言葉が出なかった。
いや、正確には出せなかった。
どうやら、自分身辺の事情は話す事が出来ない様だ思えた。
おいおい、聞いてないぞ!と、機会を与えて貰った神様に毒吐く。
目の前の柳川は首を傾げ異様な事態に立ち去ろうとしている。
このチャンスを逃す訳には行かず、
「俺の名前は、ご、ゴッド。そう神だ!」
小さなお地蔵にしてはかなり大きく出てしまったが、今更関係ない。
まず、こんな地蔵では3人の女子グループをフルボッコにする事に叶わず、動く事も際どい。
それに川に身投げしてしまうくらいなのだから、相当追い詰められているであろう。
その為、柳川から悩み事を聞き出し内面から解決してみせようと、業賀の単細胞の脳がフル回転する。
「お、いや私が柳川を救ってみせよう。」
ドンっ!と胸張る。
が、張る胸は石で動かなかったが。
「悩み事があるなら何でも相談してくれ。」
しかし、柳川は一言も口にする事なく自身のガバンをさばくり始め、メモ帳とシャープペンシルを取り出した。
そして、メモ帳に何かを書き込み、柳川はお地蔵に書いた内容を見せた。
メモ帳には「大丈夫」と小さな女子の字で書き込まれていた。
そこで業賀は思った。
全く以って大丈夫ではない。
そこで初めて柳川奈菜の喋っている姿を見ていない事に気付いた。
まさか相手が神だと言う相手にさせ喋らないのはかなり重症だ。
業賀はこんな柳川と向き合わなければならない。
大丈夫だろうか?俺の命。
〈続く〉