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.嵐の後の静けさに-2-






部屋の中に沈黙が流れる。ロンもリコもラキの答えをじっと待つように視線を送っていた。そしてラキは遂に重い口を開いた。


「…二人とも、父さんの話を聞くのは嫌かい?」


「え!?…そ、そんなことは…。」


「それはねえよ!!決してな!!」


たじろぐリコと自信満々に言うロン。二人の差についついラキはふふっと笑みを浮かべる。


「――――ありがとう。僕のことまで気にしてくれるなんて…やっぱり君たちに出会えて良かったよ。」


「…ラキちゃん。」


ラキは一息だけ深呼吸したあと、真っ直ぐな視線を二人に返した。


「僕は…父さんの話をするのは嫌じゃないよ。確かに思い出してちょっとだけ懐かしく思うことはあるけれど、今話している父さんの話は僕も人から聞いたことだからね。実際見たわけではないし…でもやっぱり父さんの話なんだなって、二人に話すことで実感出来るんだ。でもね、リコ?僕たちは今、何をするためにトルマディナに向かっているのか、言ってみて?」


「えっと…ラキちゃんのお師匠さんに、敵討ちが出来たって報告を…。」


「そう…確かに父さんはもうこの世にはいないよ。だけど、父さんを殺した魔物を僕の手で葬ることが出来た。もう終わったんだ――――僕は、父さんの敵を打てた。この手で…!それだけで…もう充分…。」


ラキはまた深呼吸して微笑む。


「だから、もう辛いことだけじゃない。今は…逆に知ってほしいんだ。僕以外の人に、父さんたちがどんな旅をしてきたのかを。僕は大丈夫だよ、だから…これからも話していっていいかな?父さんたちの…自慢話。」


そのときに見せたラキの笑顔は、出会ってから一番素直な優しいものに思えた。心の底からの笑顔、それはリコの不安を取り除くには十分過ぎるもので、握っていた手を放してラキの体に抱きつく。


「――――うんっ!!ごめんね、ありがとうっラキちゃん!!」


ラキはびっくりしていたが、優しくリコの頭を撫でてあげた。ロンもその光景を見て、つられて笑みを見せていた。


あたたかい。信頼できる仲間がいると、こんなにも心が安らぐものなのか。ラキはゆっくり瞼を閉じて父の姿を思い浮かべる。大きな体に優しい手を伸ばして笑顔を浮かべる、あたたかい父親。



「…?泣いてんのか、ラキ。」


「へ?」



ロンに言われて初めて自分の頬に流れる滴に気づいた。だが、その涙のわけはすぐに分かった。敵討ちを目的にしていた間に思い出す父は、血塗れの…最後の姿だったからだ。父が亡くなってから、その姿が脳裏に焼き付いて離れなかった。いくら笑顔の父を思い出そうとしても、うまくいかないことが多かった。でも今は――――…。



涙を拭ってラキはリコを抱き締めた。リコは頬を赤らめてアワアワと動揺し、ロンは布団から飛び上がってワーワー騒ぎ出す。可笑しくて、嬉しくて、ラキは思いっきり笑った。心から。


父さん…父さんのおかげで僕は、仲間を見つけたよ。大切な、信頼できる仲間を。もう、僕は…一人じゃないんだ。



嵐の去った空は澄んでいて、夜にはたくさんの星が瞬く美しい光景を作り出していた。ラキたちはそんな夜空に見守られる中、ぐっすりと安らかな眠りにつき、遂に港を発つ朝がやってきた。


「ふわー!!何だか船に乗るのが久し振りに感じちゃうね!」


船に乗り込んで甲板から港を眺めてリコははしゃいでいる。これからサイジルのガラディナに向かい、そこからようやくトルマディナに行く船に乗る。近づいてきた目的地に、期待が高まっているようだ。


「いやー、これから実際に勇者様が過ごしていた土地に行くって緊張するな!!うおお…鳥肌が立ちそうだぜ!!」


「鳥肌って…どんだけだよロン。」


「うるせえな!!いいだろ、楽しみにしてんだからよ!!とはいえ…シャーロット様とお会いするのはやっぱり緊張すんなあ。お前の話を聞いてるとマジでおっかなそうだし。」


ぽりぽり頭を掻きながらロンは手摺の上でうなだれる。


「ああ…まあ、恐いときは恐いけど、いい人だよ。会えるかは分からないけど。」


ラキの言葉にロンは思わず飛び上がる。


「は!?報告しにトルマディナまで行くんだろ!?何で会えるかわかんねえんだよ…まさかこんな田舎者には会う価値が無いって…そういうことか!?」


「何でそうなるんだよ。…そうじゃなくて、今でも師匠は旅に出る時があるんだよ。あんまり長くはないけど、ふらっと何処に行くかも伝えないままね。その時は待ってるしかないかもしれない。」


「そうなのか!?流石だな…。」


うーんと唸る兄の側まで来て、リコはふと思ったことを口にする。


「ねえ?そういえば…シャーロット様は今でもその魔物を探してるの?お身体は…大丈夫?」


「ああ…それは――――。」


ラキが答えようとした瞬間、バッとロンが勢いよくラキの口を塞ぐように手を伸ばした。


「ダメだ!!ダメだダメだダメだ!!言うんじゃねえー、まだそこまで話してないだろー!!」


どうやら勇者の話の結果だけを先に聞きたくないらしい。必死になってラキを睨む。


「ちょっ!?お兄ちゃん!!放してよー!!」


「ダメだー!!ラキ、言うんじゃねえぞ!?頼むからー!!」


するとラキは眼鏡越しに冷たい視線をロンに向けた。その雰囲気に気づいて、ロンは恐る恐る手を退けて顔を青くする。


「…ロン。君はその熱くなる性格を直す気はあるの?僕にはとてもそうは見えないのだけど?」


静かに怒るラキの言葉に、ロンは黙って小さくなる。弱々しい兄の姿にリコは驚きつつ、ラキの次の言葉を待った。


「…まったく。心配しなくても話さないよ。どうせ会いに行くわけだから、その時に自ずと分かるでしょう?リコも、いいかい?」


「う、うん。それもそうだね、ごめんねお兄ちゃん。」


妹に謝られてちょっとだけロンは情けなくて口をへの字に曲げて顔を赤らめた。



「でも…やっぱり不思議な感じ。お話は聞いてるけど、実際に会えるなんて。あ、もしかしてミンチェさんとか会えるのかな!?アイルさんとか…。」


「そうだね、会えるんじゃないかな。ミンチェさんは仕事じゃなかったらだけど…。」


するとロンは鼻息を荒げてむすぅとしかめっ面で海を睨んでいる。


「…今度はどうしたの、ロン?」


「ラクト様のライバルのミンチェさんに会えるのを楽しみにしてるんじゃないかな?多分色々聞きたいんだと思う。」


さすが血の繋がりはなくても兄妹として旅するだけのことはある。リコにはロンの考えることはお見通しのようだ。


「ふふ。でもますます楽しみだなあ…。私、一番会いたい人がいるの。」


リコの会いたい人発言に、ロンは思わず反応する。


「何!?男か!?男なのか!?」


兄の過剰な反応にリコはちょっとだけイラッとしたのをラキは感じた。


「お兄ちゃん…。違うよ、私が会いたいのは――――。」


リコはラキの目をじっと見つめる。


「ウルキ様だよ。」



「…え?」


「ああ、ウルキ様か。それは――俺も楽しみだな。一番会いたい、会って話したい。」


「ね?そうでしょ?…ラキちゃん?」


ウルキに会いたいと言う二人の前で、ラキはキョトンとした表情をしている。


「…もしかして、トルマディナにはいらっしゃらないのかな?私、てっきり…。」


ラキが何も言わないのでリコはアワアワとうろたえている。ロンはロンで残念そうに溜め息をついた。


「んだよ。ま、しょうがないか…トルマディナにいるかどうかお前から聞いてなかったからあんまり期待してなかったし。」


「うー、ごめんねラキちゃん!勝手に期待しちゃって…でもシャーロット様に報告したらウルキ様の所にも行かなきゃだよね。その時についていっちゃだめかなあ?」


おずおずと頼むリコをラキは黙って見つめていた。そして、ゆっくり瞬きをしてこくりと頷く。


「いいよ…じゃああとで皆で行こうか。きっと…母さんも喜んでくれる。」


小さい声で話すラキに、リコは首を傾げる。


「どうしたの?ラキちゃん…。」


「決まりだな、行こうぜ。だからそれまでに話をはやく進めてくれよ、ラキ!」


リコとは正反対にロンは楽しそうにラキが話すのを待っている。まるでオアズケされている犬が尻尾を振っているように。普段からこのぐらい素直で聞き分けが良かったらとリコは思った。


「――――うん、いいよ。天気もいいし、今日はこのまま外で話そうか。」



ラキの提案にロンはヒャッホウと飛び上がる、が、はしゃぎすぎたと直ぐに反省した。どうやら性格を直す気はあるようだ。道は長そうだが。


「…ラキちゃん、ウルキ様は今どこにいるの?ラクト様もラキちゃんもいないんじゃ、寂しいんじゃないのかな?」


ラキの服の裾を引っ張りながら、リコは心配そうに表情を歪めている。ラキはそんなリコの頭を撫でて、瞼を閉じた。


思い出すのは、赤い夕陽に照らされる白い髪、柔らかな微笑み…ベッドの上にいる母の姿。



「…寂しくはないと思う。きっと。――――父さんの側で、きっと笑顔で笑ってるよ。」



「…え。」


一瞬の沈黙。リコも、ロンも動けずにただ立ち尽くしている。ラキは二人から視線を離し、大海原に思いを馳せる。


「別に話したくなかったわけじゃなかったんだけど…言ってなかったね。母さんは………ウルキは、父さんが死んだ一年後、後を追うように死んでしまったんだ。今は…父さんの隣で静かに眠ってる。海の見える、花の咲く丘の上で。」



ビュオッと風が三人の間を駆ける。同時に汽笛が辺りに鳴り響き、船はようやく港から旅立った。歓声と旅人たちの笑う声、泣く声が聞こえているはずなのに、三人の耳には小さな音のようにしか頭に入ってこない。


ラキは二人に微笑む。衝撃を受けて動けないロンとリコ。優しい彼らの心に感謝しながら、ラキは物語を語り始める。長く、険しい…それでも諦めなかった父と母の人生の軌跡を。



「…さあ、物語の続きを話そうか。トルマディナで過ごした父さんたちは、そのあと大きな出来事に身を投じることになる。君たちはどう思うかな?―――…でも聞いてほしい。父さんたちの戦いを…。始めよう…。」




嵐の過ぎ去ったはずの上空は強い風が吹いているのだろう。流れる雲のスピードは早く、次々に形を変えていく。船に付けられた旗は波打つように横に広がり、海鳥は風をつかむのに苦労している。


ラキの口から語られる物語はより一層険しいものになることをロンやリコは知らない。しかし、何かが変わるのだとラキの表情や口調から感じ取り、静かに耳を傾ける。












その頃、ラキたちを追い越した嵐は激しさを増して別の大地を覆っていた。あの不気味な男は笑顔で激しい雨の中立っていた。恍惚とした表情で見つめるのは、すでに冷たくなった男たちの死体。流れる血に雨が容赦なく打ち付ける。叫び声すら聞こえない。暴風は様々なものを奪っていく。それは決して、理由があるわけではない。巻き込まれた、それだけで人間は簡単に命を落とす。



君は理不尽だと思うか…それが世界に流される存在に生まれた運命だとしても。



物語は激しさをますます増して、僕らを巻き込む。本当の嵐は…すぐそこまで来ているのかもしれない。




けれど、進むしかない。立ち上がるしか、脱する方法はないのなら。どんな未来だとしても、幸せを願い望むなら、手を伸ばして行くしかない。 どんなに辛く滑稽でも…踊らされているだけだとしても…。



隣で笑ってくれる君がいるなら。



強くなれる。



さあ。






―――――…。











イケニエ勇者の物語-第1部- 完






-後書き-



ここまでお付き合いくださりありがとうございます。イケニエ勇者の物語、第1部はこれで終わりです。


何も知らない少年のラクト、その娘であり自らも旅をするラキ。二人の物語は第2部へと続きます。ラキが語る父の話を、そしてラキ自身が経験する話を綴っていこうと思います。


お時間がございましたら、是非。よろしくお願いいたします。感想、アドバイスもありましたら…。



更新速度はゆっくりペースになるかと思われますが、たまに覗いていただけると嬉しいです。




ご閲覧、本当にありがとうございました。


では。



青の鯨



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