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イケニエ勇者の物語-第1部- ~勇者と呼ばれた少年~  作者: 青の鯨
。弱点、ライバル、新たな真実
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。弱点、ライバル、新たな真実-9-






「ああ、こんなところに居られた。ラクト様、ウルキ様、副隊長…シャーロット様がお呼びです。」


「え!?」


眼鏡を掛けた男の使用人は二人を城の上層部に案内する。城の中心部には箱形の乗り物が上下に移動出来る装置があり、三人はそれに乗って上へ上へと登っていく。初めての感覚にラクトたちは足に力が入らないような、浮いているような気分になる。チーンと鐘を鳴らして箱が止まった。扉が開くとそこには赤い絨毯が長い廊下に敷かれている。使用人の後ろをついていく二人は、キョロキョロと辺りを見回しながら進んだ。


「おう、来たな!」


廊下を進んだ先にある大きな扉を開くと、大きな窓が沢山ある部屋があり、その中心にシャーロットがドレス姿で立っていた。赤く長いロングドレスを身に纏ったシャーロットは、いつもの髪型とも違い、後ろをアップにして髪飾りも着けている。見たこともない女らしい姿に、ラクトもウルキさえも目を真ん丸にして驚いていた。


「しゃ、シャーロットさん!?」


「どうしたの!?そのドレス…似合ってるけど。」


シャーロットは苦い顔をしながらドレスをりょうてで掴んで少し上げて見せる。


「これか…さっきまでセミールと一緒に他国の偉いオッサンたちと食事しなきゃいけなくてな…いつもの格好だと示しがつかないから仕方なく、だ。うざったいったらないけどな!」


そう言ってシャーロットはおもむろにドレスを脱ぎ始めた。


「えっ!?な、何やってるんですか!!」


「ちょっと、シャーロット…!!」


慌てふためく二人の様子を見て面白そうにシャーロットは笑っていた。バサッと落ちるスカート…その下には膝丈の黒いパンツがあり、上も胸元の開いたTシャツがあった。


「ハハハ!!下着じゃなくて残念だったな、ラクト!」


からかわれたと知った二人はポカンとしていたが、ラクトはたちまち真っ赤になって反論した。


「なっにを言ってるんですか!!残念とかじゃないですから!!」


「シャーロット…あなた女なのだからもうちょっと恥じらいというものを…。」


ウルキも呆れ顔でシャーロットを見る。彼女は笑いながら先程の使用人から羽織の服を受け取った。


「ありがと…さてと、お前ら私がいなくてもちゃんとやれてたか?」


「もう!子供扱いしないでよ!!」


「そうですよ!!やれてます!!…多分。」


曖昧な返事にシャーロットはふうと溜め息をつく。


「おいおい、そんなんでやれるのか?ロギにまで心配されるようじゃこの先が不安だぞ?」


「え!?見てたんですか!?」


「私じゃない、このフラットがだ。」


シャーロットは隣に立っている使用人を指差す。紺色の髪のショートカットに金縁の眼鏡、にこりと笑顔を見せる男は、三十代前半でスラッとした物腰だ。


「自己紹介が遅れました、私はこの城の医療責最高任者のフラット・ファーガスです。以後お見知りおきを。」


「お医者様…だったんですね!?」


「はい、まあほぼセミール様の専属ですがね。」


眼鏡をくいっと上げながらフラットがじっとラクトを見ているのに気づく。


「な…何か?」


「ラクト様、身体に相当の疲労が溜まっていますね?昨日は随分無理をしたらしいですが、本日の午前中も身体に負荷をかけたと見えます。自分の身体だと思って過信し過ぎますと、後々お困りになるのは自分だということをお忘れなく。」


スラスラと説教され、ラクトは何も言えずにただただ頷くだけだった。その様子にシャーロットは思わず噴き出す。


「ぶあっはっは!!さすがフラット!!」


「シャーロット様、貴女も女性の品格が更に落ちていると見えます。今度私が手取り足取り教えて差し上げましょうか?」


「…遠慮しときます。」


あのシャーロットが大人しくのを見て、ラクトたちはフラットがただ者ではないことがよく分かった。


「それで…シャーロット様、お二人をわざわざお呼びした理由を話さなくてよろしいのですか?」


フラットに言われてシャーロットの表情が変わる。ピリッと緊張が部屋に走ったことを感じて、ラクトたちは思わず背筋を伸ばした。



「…分かってるさ。――――ラクト、ウルキ。私はお前らに自分たちの過去を聞いてきたな。ラクトの村のこと、父親のこと、力のこと、この先の願い…。それはお前たちが私を信用して話してくれたから、そう思っている。」


ラクトとウルキは静かに頷く。それを見て、シャーロットは目を閉じてゆっくりと、何かを決意したように再び彼らに視線を向けた。



「お前たちをトルマディナに連れてきた時点で決めてはいた…。私も話そうと―――私の過去と、旅の目的を。」







ラクト、ウルキ、シャーロット、そしてフラットは上下に移動する箱に乗り、ずっとずっと下に移動した。地下深く、最下層で止まった箱から出ると、周りの冷たい空気に思わず身震いする。


「…寒いわね。」


「ここは地下五十メートルですからね。安心してください、酸素は一定量供給されるよう魔力で動く機械が設置されています。」


フラットが天井に設置してあるパイプを指差した。それはゴオオと音を立てながら静かに動いている。シャーロットが壁にあるスイッチを押すと、暗い道に明かりが灯った。


「灯りも…魔力ですね。」


「…ついてこい。」


シャーロットを先頭に、ラクトたちは薄暗い道を進む。薄い鉄の壁からは所々土から染み出た水が滴り、雨漏りしたときのような水音が静かな空間に響く。


「…こんな地下に何があるの?」


「何も…何もない。」


「?どういう…。」



ウルキの質問の途中に、シャーロットは足を止めた。見るとそこには頑丈そうな銀色の鉄の扉が立ち塞がっている。


「…六年振りか…。」


ボソッとシャーロットは呟き、扉の横にあるスイッチを押す。するとスイッチの下から九つのボタンが現れ、ひとつひとつ決められた順番に押していった。ガコンッと大きな音がしたと思うと、ゴゴゴゴと不気味な音を立てながら扉が左右に開いていく。扉の中は広い部屋があるだけらしいが、中は真っ暗で通路からの明かりが少し照らしているだけでほとんど見えない。



「中に…入るぞ。」


シャーロットはゆっくり歩を進める。ラクトは彼女が右肩を押さえていることに気がついた。服にシワが出来るほど強く掴まれていた。


「フラット…明かりを。」


「ええ、点けますよ…。」


バチンと大きな音が部屋に響く。瞬間、真っ白な灯りが部屋の隅々まで照らし、急な眩しさでラクトたちは目を細めた。しかし、見えてきたその光景にラクトとウルキは絶句する。



「――――ッヒ!?」


「――――っ…これって!?」



銀色の鉄の壁で囲まれた部屋の中には、無数の血痕と切られたような傷跡があった。飛び散る血は天井にまでついていて、何がどうすればこんな状況になるのか想像もつかない。


「…この部屋は元々こんな頑丈な作りにはなっていなかった。昔、トルマディナで飢饉が発生してな、食料不足になったとき、ここにいざというときのための非常食なんかを保存するために掘られたんだ。しかし…六年前、どうしてもこんなふうに改造しなくてはいけなくなった。―――化物を閉じ込めるために、な。」


「…化物?」


「―――一体どんな…!?」


すると、シャーロットは羽織っていた上着を脱ぎ、フラットに渡した。開いそた胸元から右肩を出すように服を脱ぐ。Tシャツの下、胸の真ん中から右肩を覆うように巻かれた布がある…それはラクトたちと出会った時からずっとつけられたままだった。何か肩を痛めているのか、ラクトはそんなふうにしか思ったことがなかったが、シャーロットは苦笑いしながら二人を見つめて言った。



「これが、私の過去と、秘密だ。」



そして巻かれた布を取り外す。外された下にあったのは…。



「――――――っな…!?」


「―――ぅそ…!?」



ドクンッドクンッと鼓動する、赤黒くなった肌ともいえないものが、そこにあった。右肩から胸に向かうそれは、血管のようなものが筋となって見えていて、所々ブツブツとしたイボのようなものもある。明らかにそれは、人のものではない。



「…恐ろしいだろ?化物は――――私だよ。」


「「!!」」



信じられない、信じたくない言葉が本人から放たれ、ラクトたちは何も言えない。何故ならそこに現実として、気味が悪いと言えるほどのものがある。否定すら出来ない…。



「―――はは…、言う言葉もないよな。こんなもの、私だって見たくもない…今すぐにでも、肩から削ぎ落としてやりたいよ。」


憎しみを込めた言葉と共に、シャーロットは赤黒いソレを睨んだ。


「シャーロット様…風邪をひかれては困ります。」


そう言ってフラットは上着をシャーロットに掛けた。大部分は隠れたが、痛々しいそれはまだドクドクと鼓動しているのが隙間から見える。



「…それは…まさか魔物に?」


ウルキが恐る恐る訊ねると、シャーロットは大きな溜め息を吐いて頷く。


「…そうだ。六年前、突如として現れた魔物に私はこいつを憑けられた。トルマディナの港からその魔物は大暴れしてな。多くの人間が犠牲になった…。漁師に主婦、子供に老人…兵士も大勢死んだ。私も前線で戦っていたが、奴は強く、知能も持っていた。何より…奴は言葉を話せた。」


「っ…魔物が、言葉を!?」


「聞いたこともないよな?私も初めて言葉を聞いた時は驚いた。巨体から放たれる声は不気味に響き、今でもよく思い出せる。そいつと私は一晩中戦ったよ…決着がもうすぐ着く!…そんな思いが頭を過った、それが油断になったんだ。」


シャーロットは肩を爪を立てるようにギリッと掴み、殺気のこもった声を静かに発する。


「―――肩を、奴は腕を伸ばして一突きすると…そこから自分の体液を私に流し入れてきた。今まで感じたことのない激痛で頭がおかしくなりそうだったよ。のたうち回る私を見下して奴は言った。」



『楽しかった…もし生き残れたなら、それが私への道しるべとなる。また殺り合おう、若き戦女よ…それまで、私のために生きるがいい。生きていれば…。』



しんと静まり返る部屋で、ラクトとウルキは息をゴクンと飲み込む。


「…それで、その魔物は?」


「また海に消えていった…大きな爪痕を残してな。その後、私はすぐに治療を受けたが、何しろ魔物の体液が身体に入ったなんて前例がないからな。どうすればいいか、医者も四苦八苦だったろう?」


シャーロットの問い掛けにフラットは眼鏡を上げながら答える。


「…ええ、何しろ生きているのが不思議なくらいでしたからね。精一杯治療したつもりでも、ほぼ手探りの状態でしたよ。何度駄目だと思ったか…。」


「ふっ…それでも、私は何とか生き残った。奇跡的にな。――――この化物と一緒に。」


殺気立つシャーロットの周りで空気が震える。思わずラクトは後ろに後退りしそうになった。


「…絶望したよ。目が覚めたら気味悪いこいつはついてるし、魔物を仕留め損ねたし…こいつは何をやっても取れないんだ。」


「何をやっても…って、まさか…。」


何かを覚ったラクトの表情から血の気が退いていく。シャーロットは諦めたような笑みを見せる。


「そうだよ…私はここで、こいつを何度も切り落とそうとしたんだ。自分の手で…己の剣で。」


ウルキは両手を口に当てて言葉を飲み込んだ。今立っているこの部屋にある血は全てシャーロットが自身を傷つけて噴き出したもの。つまりこの血の量だけ、シャーロットは自分を剣で切りつけ苦しんだ何よりの証拠だからだ。








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