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イケニエ勇者の物語-第1部- ~勇者と呼ばれた少年~  作者: 青の鯨
。弱点、ライバル、新たな真実
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。弱点、ライバル、新たな真実-8-








一方、サイジルのトルマディナでは昼食の時間が迫っていた。兵士たちは一斉に道具を片付けて、笑いあいながら食堂に向かう。その中に混じってラクトもフラフラと歩いていた。


「ラクト!」


名前を呼ばれて振り返ると、ウルキがぱたぱたと駆け足で近づいてくるのが見えた。ラクトは手を振って応える。


「ウルキ!…昨日ぶりだね。」


「うん…昨日はお疲れ様。もしかして今日もあの人と?」


「いや、ミンチェたちは仕事があるから二、三日いないんだ。だから今日はずっと体力作りしてた。」


配膳を待つ列に並びながら、二人は自分たちの近状を互いに報告する。


「そうなの…随分疲れた歩き方をしていたけど、無理はしないでね?」


「うん、ありがとう。ウルキこそ、無理はしちゃ駄目だよ?エレーヌさんが教えてくれたけど、ずっと部屋に閉じ籠って本を読んでいるんでしょう?」


「あら、もう聞いたの?エレーヌさんて心配性なのね。大丈夫よ、元々本を読むことは好きだったの。それに私…きちんとこの世界について知りたいって思ったから…頑張るわ!」


ウルキの笑顔はラクトに元気を与えてくれた。自然にラクトもつられて微笑み、二人は昼食をもらって空いている席を探す。



「おーい、ラクト!こっちこっち!」


声のする方には、自分の横の椅子を指差しながら、反対の手をぶんぶん振っているロギがいた。


「ここに座れよ。ちょうど空いてたからさ!」


「ありがとうございます、ロギさん。ウルキ、ここに座ろう。」


ラクトはロギの横、その向かいにウルキが椅子に座る。初対面のロギとウルキは互いにペコリと頭を下げた。


「こんにちわ、お邪魔します。」


「どうぞどうぞ、いやー可愛い女の子と飯が食えるっていいよね♪なあ、羨ましいねえラクト?」


「ろっ、ロギさん…!」


ニヤニヤ笑うロギがからかっていることに気づいて、ラクトは顔を赤らめながら眉毛を曲げて睨む。しかしロギは気にもせず自己紹介を始めた。


「俺はロギ、第二部隊所属の兵士です。よろしく!」


「私はウルキです。アイルさんの部隊の人なのね?よろしくお願いします、ロギさん。」


三人は昼食を食べながらお喋りしていた。


「そう、じゃあラクトが疲れてたのはその道具を使っていたせいなのね?」


「そ。体にかかる重力を重くする魔力の入ったブレスレットっつうのがあってね、それを着けて走れば普通に走っているときの倍以上の体力を消耗するんだ。その分早く鍛えられるし、慣れれば体力アップにもなるっつーわけ。」


「面白い道具ね。他にもまだあるの?」


「そりゃあトルマディナで一番の訓練場だからな!特殊な魔力の入った武器はたくさんあるぜ!」


ウルキの好奇心はロギの話に夢中のようだ。ロギも自分の話のように得意気に話している。だがラクトはと言うと、体の疲れが取れていないためか食べながらうとうとと眠そうだ。


「ラクト…午後は休んだら?」


ウルキが心配そうに顔を覗き込む。


「…う、ううん、大丈夫。食べたばかりだからさ…、もう少し…鍛えないと。」


「ずっとこれなんだよ。昨日あんだけミンチェとやり合ったからちょっとは身体休ませないと後がキツいぞーって言っても聞かないんだ。ウルキちゃんもっと言ってやってよ。」


ロギが呆れ顔をして指差すと、ラクトは困ったように食べるのをやめて胸の辺りを擦った。


「?どうしたのラクト…もう食べないの?」


皿の中にはまだ三分の二ほど残っているのに、ラクトは手をつけようとしない。


「いや…なんか、朝食べ過ぎた…かな?」


ラクトがそう言うと、ロギが横からゲンコツで軽く頭をど突く。


「アホ言え。俺と一緒の量食ってて食い過ぎってのはないだろ。身体がついていってねえんだよ!いきなり体力を消耗して、更に無理矢理身体を痛めつけてるんだ。消化もエネルギー使うんだ、疲れてるって証拠じゃねえか。これじゃあ鍛えてるとは言わねえ、壊してるの間違いだろ。」


「う゛…。」


ロギの正論にラクトは何も言えない。食べれないのも腹が一杯ではなく、胸が一杯で苦しいからで、頭の中もしっかりと思考が働いていないのは分かっていた。だけど、少しでも早く強くなりたい。その想いだけが先走り、焦りに変わっていた。ラクト自身分かってはいたが、どうしても鍛えなければ負けてしまうような気分になり、なかなか引っ込みがきかなくなっていた。


「ラクト…無理はしないって言ったわよね?午後は休んで。それはとても大切なことよ。ね?」


真剣な表情でウルキはラクトの瞳を見つめる。ラクトは何か言い返そうとしたが、遂に折れてゆっくり頷いた。ウルキはそれを見て、にっこりと微笑む。


「良かった、私も安心だわ。約束よ。」


「うん…ごめん。」


情けなく思いながらも、ウルキの気持ちが素直に嬉しい。ラクトはポリポリと頬を掻いて頬を赤らめた。そんな二人の様子をすぐ横で見ていたロギがぼそりと呟く。


「これで付き合ってねーって言うんだもんな…もう早くくっついちまえよ。」


「?ロギさん何か言った?」


「いやあ?ラクトはヘタレだねえ、って。」


「ロギさん…。」


憐れみの目で見られていることに、ラクトは更に顔を赤くしていたが、ウルキはキョトンとしている。


「さーてと、ラクトをからかったことだし…俺はそろそろ戻ろうかね。いいか、ラクト?ウルキちゃんとの約束守んなかったら俺が鉄槌を食らわせるからな!ちゃんと休んどけよ?その代わりあとで俺がビシバシ鍛えてやっから!」


ニッカリ笑顔でロギは手を振りながら行ってしまった。


「ふふ、ロギさんって面白い人ね。」


「うん…なんか、変わってるけどね。」


次第に昼食を終えた人々は食堂から出ていき、活気のあった部屋は静かになっていた。


「そういえばシャーロットさんは溜まってる仕事があるって言ってたけど、ウルキ知ってる?」


食器を片付けて二人も廊下をてくてくと歩いていた。


「なんでもサインしなきゃいけない書類とか、新しく変わった部隊のメンバーとの顔合わせとか、偉い人との話し合いとか…色々大変みたい。」


「へー…やっぱり副隊長って凄いよね。ビックリしたけど。」


「本当よね…。そういえば、ラクトはこのあと部屋に戻るの?」


「うーん…どうしようかな…。」



ふと、歩いている廊下の窓から昨日ミンチェたちが帰っていった林が見える。その向こうには険しい山脈が連なり、不意に故郷の村から見えていた景色を思い出す。


「…そっか、ロギさんってイルジ兄ちゃんに似てるんだ。」


独り言のようにラクトが呟く。


「イルジ…アイジの息子でラクトの従兄弟…だった?」


ウルキは遠い目を山脈に向ける。


「そう、俺の隣の家に住んでて…妹のミルと一緒に俺の面倒もみてくれたんだ。っていっても、いたずらされることが多かったんだけど。」


苦笑いしながらラクトはイルジとの最後の別れを思い出す。イルジの父、アイジはラクトの前に勇者として村から追放され、ウルキによって水晶の中に閉じ込められていた。ウルキ、魔人の正体も、勇者が村を出ていったあとのことも何も知る由もなかった村人にとっては、アイジは死んだも同然と思われていた。そしてアイジの次に勇者に選ばれたラクトもまた、その道を辿るものと考えられていた。


「どっかで生きてくれればいいから…か。」


「何?」


「イルジ兄ちゃんに言われたんだ。俺は逃げ足が速いからって。…村から出たら死ぬ…そんな風に思われてたから。アイジおじさんのこともあったし、兄ちゃんもそれが精一杯の言葉だったんだろうな…。」


「…ごめんなさい。」


ウルキは視線を落として胸に手をあてた。服を掴む拳には力が入り、シワが出来ている。するとラクトはウルキに向かってにっこりと微笑んだ。


「ウルキ、俺は死んでないよ?アイジおじさんだって…ちゃんとウルキだけが悪いんじゃないって知ってるし、おじさんは村に帰れたんだ。見たでしょ?水晶で…おじさんと会えて喜んでる叔母さんやイルジ兄ちゃんたちの姿を。大丈夫だよ、生きてるんだから。」


ウルキは顔を上げてラクトを見た。その目には今にもこぼれ落ちそうな涙が溜まっている。それでも必死に泣かないよう堪えているようだ。唇を噛んで、肩をふるふると揺らし、服を掴む手も力が増す。


「俺もごめんね、嫌なこと思い出させて…。」


「…ううん…そんなことないっ…。ま、だ…無理かもしれないけど、私…ラクトから聞きたい。村にどんな人がいて、どんなふうにラクトが生きてきたのか…。水晶で村を見てはいたけれど、ずっと見ていても寂しくなるだけで…本当はほとんどちゃんと見てはいなかったの。だから、ラクトに教えてほしい…。私が迷惑をかけてしまった人たちのことを、どんな生活を強いさせてしまったのかを…。」


「そんな…別にウルキがやらせたことじゃないでしょ?」


「ううん…誰がって訳じゃなくても、私が関わってしまったことが一番重要なことだもの。私の力が…一番の要因だから―――私ね、いつか…許させるなら、またあの村に行って、今度こそ自分の口から謝りたいの。」


ウルキの言葉にラクトは瞳を大きくする。


「私は本気よ?…いつになるか分からないけど。だけどね、それまでに自分を変えたい…このまま会っても何も変わらないもの。自分の力を制御出来るように、そして私の行動がどれだけ愚かだったか…世界で私がどれだけちっぽけだったか…それを知った上で、心から謝りたいの。もう二度と、過ちを犯さない為にも…。」


「ウルキ…。」


初めて聞いたウルキの決意に、ラクトは正直動揺していた。ラクト自身心残りはあったものの、もう村に帰ることはないだろうと思っていたからだ。ウルキだけではなく、ラクトもまた、村に帰ることは許されないだろうと、心の底で思っていた。


「もちろんこれは私の勝手な意志であって、ラクトにも村にもついて来てほしいなんて思ってないわ。…だけど、アイジがいたとしても、私は村の人と会ったことはないし、どういう人たちか知らないから…心構えっていうところかしら?ちょっとずつでいいの…お願いします。」


ウルキは目を閉じてラクトに頭を下げた。ラクトは驚いたが、少し黙ったあと、ウルキに顔を上げるよう肩を掴んで合図する。


「俺も…いい思い出だけじゃないけど、分かった。俺が育った村だ、そしてウルキが守っていた村だからね!」


そう言ってラクトはにこっと笑ってウルキに向かって頷く。ウルキもつられたように笑顔を見せ、溢れた滴が一滴だけ頬を伝った。




服の袖で涙を拭うと、ウルキはいつも通りに振る舞う。


「そろそろ私も書庫に戻って勉強しなきゃ。ラクトも来る?ちょっと埃っぽくて暗いんだけど…。でもちゃんと休まないとロギさんに鉄槌をお見舞いされるかしら?」


「そ、それは…どうなんだろう?」


階段の手前で話していると、一人の使用人が降りてきて、二人の元へ近づいた。






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