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イケニエ勇者の物語-第1部- ~勇者と呼ばれた少年~  作者: 青の鯨
。弱点、ライバル、新たな真実
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。弱点、ライバル、新たな真実-7-







一度自分の部屋に戻ろうと歩いていると、使用人のエレーヌにばったり出くわした。手には何やら銀トレイに乗せたカゴがあり、食事が入っているようだ。


「おはようございます、エレーヌさん。」


「おはようございます、ラクト様。昨日はお疲れだったようですね?夕食も取らずに寝てしまっていることをウルキ様が心配していましたよ。」


「あ、そうなんですか?あはは…そっか、心配してくれたんだ。ありがとうございます、なんとか元気だとウルキに伝えてください。」


そう言ってラクトは歩き出す。


「あら、お会いになられないのですか?」


「朝早いですし、俺もこれから訓練場に行こうと思うので…昼にちゃんと会おうかと。」


「熱心ですのね…。ラクト様、宜しければ少しのお時間だけこのエレーヌに付き合ってはもらえませんか?ほんの少しでいいので。」


ラクトは突然の申し出に躊躇ったが、エレーヌには良くしてもらっていたのでこくりと頷き彼女の後に続いた。長い廊下を進み、階段を下りてどんどん奥に進んでいく。一体どこまで行くのだろうかと辺りを見回しながらラクトはエレーヌについていく。と、大きな木製の扉の前で、ようやくエレーヌは立ち止まり、振り向いてにっこりと微笑んだ。


「扉を開けます、少しここで待っていてくださいますか?静かに…。」


ラクトが頷く前に、エレーヌは取手を持ちコンコンとノックをする。


「エレーヌです。入りますね。」


中に誰かいるらしい。ゆっくり開かれる扉の中は少し暗い。部屋の奥では明かりが使われているらしく、魔力の光が見えた。


「…はーい…、どうぞ。」


中から聞こえていた声は、ラクトにとってとても聞き覚えのあるものだった。


「お疲れ様です、進んでいますか?ウルキ様。」


奥の明かりの中心にいたのはウルキだった。眠そうな目を擦りながら、ウルキはエレーヌの方に振り返る。よく見ると、彼女の回りには大きな机と数えきれない本が山積みになっている。どうやらここはこの城の書庫らしい。ズラリと並んだ本棚にはびっしりと古いものから新しいものまで本が入っているのが、扉の向こうにいるラクトからでも見える。


「ふう…なかなか。覚悟はしてたけど思った以上に読めないものね。まあ本を読むことすら何年ぶりだったからだけど、もう少しなんとかならないものかしら。」


持っていた本とにらめっこしながらウルキは溜め息をつく。エレーヌは笑いながら机の上にトレイを置いて、掛けてあった布を取る。


「ふふ。一冊一冊が分厚いものが多いですし、何より難しい文章が使われてますから。朝食でも召し上がって一息ついてください。」


「わあ、ありがとう。お腹ペコペコだったの。体使ってないのに、これじゃ太っちゃうわね。でも美味しく頂くわ。」


そう言って嬉しそうにウルキはパンを頬張った。エレーヌが運んでいたのはウルキのための食事だったのかとラクトは納得した。


「今朝、ラクト様に会いましたよ。お疲れのようでしたが、ウルキ様に元気だと伝えるよう申しつけられました。」


「本当?よかった…心配してたけど、ふふ、疲れた顔で元気だって言うのはラクトらしいわね。目に浮かぶわ。ありがとう、エレーヌさん。」


二人の会話を聞きながら、ラクトは恥ずかしそうに頬を染めた。


「では、また少ししたらお茶を持ってきますね。食べ終わりましたら邪魔にならないところに食器を置いておいてください。お昼は食堂でよろしいですか?ラクト様もいらっしゃるみたいですよ。」


ウルキはにっこり微笑んで頷く。


「そうするわ。ずっとここにいるのも疲れるから。お願いします。」


そしてエレーヌはゆっくり扉を閉める。ウルキの姿が見えなくなると、ラクトは少し寂しく感じた。


「さあ、いきましょう。」


その場から静かに離れ、エレーヌとラクトは階段を上る。


「どうでしたか?あの部屋はこの城で一番の書籍数で、この国のみならず他の国、世界で起こった出来事はほぼ分かるんですよ。」


歩きながらエレーヌはラクトに話し掛ける。


「凄い数の本でしたね…ウルキは、何を知ろうとしているんだろう?」


「全てですよ。」


「全て!?」


ラクトは思わず目を大きく見開いた。エレーヌは頷きながらラクトの方に振り返る。


「そうです。ウルキ様はこの世界で起こった出来事全てを学ぼうとされています。なので昨日の午後から夕食以外ずっとあの部屋で過ごされているんですよ。」


エレーヌの目に嘘はないようだ。真っ直ぐな視線を受けとめ、ラクトはキュッと唇を横に閉じる。


「…そうですか。頑張ってるんだ、ウルキも。」


「あら、あまり驚かれないのですね?」


「驚いてますよ、これでも。でも、ウルキが決めて、一生懸命に励んでいることなら、俺は応援するだけです。」


優しい笑みを浮かべるラクトに、エレーヌはくるりと踵を返し再び歩き出す。


「本当に、信頼し合っているのですね。何があなた方をそうさせるのか…あえて聞きませんが、あまり無理はなされませんように。」


どうやらエレーヌはウルキの姿をラクトに見せて、頑張り過ぎないよう止めて欲しかったらしい。だがラクトは止めることはなく、結局エレーヌの意図とは反対に応援すると言われてしまい、当てが外れてしまったようだ。何となくそれを感じ取ったラクトは、悪いとは思いながらもあたたかいエレーヌの気持ちに笑みがこぼれた。


「はい、ありがとうございます。」





エレーヌと別れ部屋に戻ったラクトは、靴を履き替え、小さな鞄にタオルや消毒薬など、必要なものを詰め込んだ。ふと立て掛けてある自分の剣に目をやる。ミンチェたちと会う前に、シャーロットに剣は必要ないと言われて部屋に置いたままだったが、今ならその意味が理解できる。


(剣を持ったままミンチェに会えば、その分あいつの殺気を逆撫でするってことだったんだろうな…。もしかしたら最初から殺されそうになってたかも。)


苦笑いしながら剣を持ち、クローゼットの中にそっとしまう。今まで手放せなかったが、この城の中で使う機会はまだ先になるだろう。ラクトは窓越しに青く透き通る空を見た。


(この剣を使うのは、もっと自分の力に自信を持てた時だ。大丈夫、俺はここで強くなる。なってみせる。)



シャーロットやウルキと旅を始めて、ラクトはいい人ばかりに出会ったと振り返る。恵まれている、でもそれに甘えてはいけない。


大切な、ウルキを守れるくらい強くなる。



「…―――――っよし!!」


深呼吸したあと、ラクトは鞄を掴んで勢いよく部屋を飛び出した。




本当に恵まれていたと、後からラクトは懐かしむことになる。そして、魔人であるウルキを守ることがどれだけ長く険しいものか…ラクトはまだ全てを知らなかった。動きだす不穏な闇が、少しずつ彼らのまわりを染め始めていることも。



世界は一つである。何が起ころうとも、起きてしまったことはもうどうすることも出来ないのだ…。


世界は…どこへ向かおうとしているのか、誰も知るよしはない――――…。



未来で語る、ラキさえも…。


知るよしはないのだ…。






















バルハミュートのとある屋敷、とある部屋の中で青年は震えていた。膝をつき、下を向いて絨毯を睨み、両手を合わせて胸に押し当てるように背中を丸めている。


「…お願いです―――――…姉だけは…、姉だけは、どうか…!!」


声はかすれにかすれ、絞り出すように出されたそれはとても弱々しいが、青年にとってそれは精一杯の訴えだった。


「おや、まだ意識が残っていたのかい?相当の姉想いな弟なんだね。なんとも麗しい姉弟愛、素晴らしいじゃないか。」


青年の前で椅子に座り、足を組んで見下ろしている男は微笑みながら愛を口にする。しかし、その目には優しさの欠片も感じられない。


「分かっているさ、君のお姉さんには何もしないよ。もちろん、彼らも同様さ。我々に危害を加える気がないなら…ね?」


ふふふと笑う男の声に、青年の背筋に悪寒が走る。怒りのこもる涙が流れる目を男にゆっくり向けると、男の顔を見る前に後ろから頭を押されて青年は絨毯に顔をぶつけた。


「んぐっ!?」


「こらこら、乱暴はいけないよ。彼は抵抗も何もしていないじゃないか?」


男はにこやかに笑顔を見せながら、青年の頭を押した人物に語り掛ける。


「…この者の目が、抵抗していたように見えたものですから。」


「ふふ、君は大袈裟だなあ。大丈夫だよ、彼が何をしようとも…私に何かある前に君が何とかしてくれるのだろう?だったら睨まれるくらい何でもないじゃないか。彼だって逆らいたい気持ちを必死に抑えているのかもしれないのだから?」


青年は絨毯に頬を擦りながら、怒りが沸々と混み上がってくるのを感じた。呼吸を荒げ、男に今にでも飛び掛かってぶん殴ってやりたい。そんな衝動が溢れだし、押さえつけられている体を左右に揺らした。



「…無駄だ。今暴れるのなら、お前も、姉たちも、この俺がすぐに殺してやる。」


後ろから冷たい声で放たれた言葉に、青年は目を見開いて、動きを止める。そして体の力が抜けていき、遂に彼はその場に泣き崩れた。


「っう…あ…あああぁああ―――――!!」



彼を押さえていた男は青年の頭から手を離し、立ち上がって背筋を伸ばして男に向き直る。


「それで、どうするのですか?この者は…。」


椅子から立ち上がった男はコツコツと靴を鳴らして泣き続ける青年に向かって歩く。もう反乱の意思がない青年に、男はにこりと微笑みを向ける。


「そうだねえ…君と同様に、これからは私の元に仕えてもらおうかな。心配しなくても、君のお姉さんたちの安全は私が保障しよう。ただし、君はもう会えない。会ってはいけないよ。それが条件だ。」


男は青年の目から生気が抜けていくのを楽しそうに見つめて話を続ける。


「私よりも恨まなければいけない人間がいるだろう?彼らが君の運命を変えたんだ。彼らがいなければ、ずっとお姉さんといれたはずなのに…ねえ?憎いだろう?悲しいねえ?」


絶望の色を映した瞳が男を見つめる。その美しさに、男は優しく語りかけた。


「これからは私がずっと傍にいるよ…私が、彼らと会わせてあげよう。取り戻すんだ、彼らに奪われた幸せを…その手で、ね。」



男は力の無くなった青年を部下の男に別の部屋に連れていかせる。一人残った部屋で、遠くから聞こえる青年の叫び声を聴いて、口元を綻ばせた。


「また一人、君は犠牲にしたんだよ?ああ、早く会いたいなあ…じゃないと、生け贄はまだ増えていくよ?ふふ…。」




窓の向こうに見える太陽が、部屋に黒い影を作る。その中で男はまた椅子に座り、部下の帰りを待った。














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