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イケニエ勇者の物語-第1部- ~勇者と呼ばれた少年~  作者: 青の鯨
。弱点、ライバル、新たな真実
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。弱点、ライバル、新たな真実-5-







ラクトの命の危機にウルキが叫ぼうとする。だがその前に横から影が通り過ぎ、ミンチェの攻撃をあと一歩のところで止めた。



「そこまでだ。」


「…姐さん。」


ミンチェはシャーロットに止められた手から力を抜いた。それを確認し、シャーロットも手を放す。


「もういい、ミンチェ。契約の解除を解除だ。いいな?」


ミンチェはピクッと眉を動かしたが、ヤル気のない返事を返す。


「へーい。」


そしてミンチェから解放されたラクトは、地面に両手をついて倒れこんだ。ウルキは漸くラクトの元に駆け寄り、上半身を起こさせ背中を擦った。


「ラクト…大丈夫?」


ウルキに介抱されるものの、ラクトの顔色は悪く、冷や汗が額から流れ落ちている。息も荒く、ミンチェに殴られたところが痛々しく赤く染まっていた。


「…ラクト、どこから記憶がある?」


シャーロットに問い掛けられ、ラクトは虚ろな目をゆっくり上げて、震える声で小さく答える。


「…ウルキのこと…許せなくなって、それで…所々は…頭に残ってるんです、けど…。」


「はあ!?記憶にないって!?てめえ…!」


口を挟んできたミンチェを睨みで黙らせ、シャーロットはまたラクトを見る。


「で?はっきり意識が戻ったのはどこでだ?」


ラクトはぐっと唇を噛み締めたあと、口を開いた。


「あの…この人が、怖くなったとき、に。全身から、力が抜けました…。」


恐らくミンチェの雰囲気が変わった瞬間のことだろう。ウルキはあのときのミンチェを思い出しただけでも背中が震える。後ろにいたウルキでさえ恐ろしいと思ったが、真正面にいたラクトはもっと大きな恐怖を浴びせられたのだろう。しかし、それまで互角とはいかないものの闘えていたはずのラクトの変わり様はあまりにも…。



「ラクト、それがお前が克服しなければならない一番の弱点だ。」


シャーロットの言葉に、ラクトは目を見開いた。


「―――…じゃ、くてん…?」


「そうだ。お前、昔殺されそうになったと、そう言ったな?今のように我を失ったときに。」


ラクトがこくりと頷くと、シャーロットは突然冷たい瞳をラクトに向けた。空気が震えるような殺気を感じラクトも、隣にいたウルキも、金縛りにでもあったように動けなくなり、ラクトにいたってはガタガタと肩が震えだす。ハアハアと呼吸も乱れたのを見て、ウルキは慌てて背中を擦った。


「恐いか?恐ろしいか?この程度の殺気すら…。」


そう言うと、シャーロットはふうと溜め息を吐きながら緊張を解く。ラクトは下を向いたまま、呼吸を調える。未だに震えは止まらない、しかしそれはシャーロットが恐ろしかっただけではない。気づいたのだ。


「ハアッ…ハア…俺、の…弱点…。」


「解ったか?お前は、自分を殺そうとする者が恐いんだ。殺す、死ぬ、その絶望的感情がお前の身体を支配して、本当は闘える、勝てる相手に対しても無防備に怯えてしまう。どうか早く殺してくださいと言わんばかりにな。」


「―――――っ…!!」


シャーロットから突きつけられた事実に、ラクトは自分を抱き抱えるように肩を掴む。歯を食い縛り、地面を憎むように睨んだ。自分の感情がコントロール出来ないことを悔やみ、どうにかしようと思っていた矢先、死への恐怖心が身体を強張らせてしまうとは…これではいくら強くなったとしても、いざ闘いに赴いたとしても、易々と殺されることは目に見えている。


(なんて…弱く脆い、自分が憎くて、悔しくて、情けなくて仕方がない―――…!)



ラクトの気持ちを察してか、ウルキはラクトの背中から手を放した。まさかラクトがそこまで『死』を恐がっていたとは思わなかった。だが思い返すと、確かに妙だと感じることはあった。今まで少しの間だが一緒に旅をしてきて、何度か魔物と戦う場面はあったが、その度、ラクトは逃げて、戦おうとしても足がすくみ、結局シャーロットがトドメを刺すことが多かった。魔物はラクトを獲物として殺すために襲ってきている。しかし、アーニーやホロンと闘った時は感情が暴走していたとはいえ、同等に、それ以上に力で圧倒していた。あのときは、二人はラクトを殺そうとまでは思っていなかったから。


つまり、ラクトは自分が思っているほど弱くはないのだ。しかし『死』が絡むと、ラクト自身の意志とは関係無く身体が動かず、本来の力を発揮できなくなってしまう。それは、とても致命的でつ強くなりたいと願うラクトにとって、最大の弱点ということ。



「ラクト…。」


何と声を掛けたらいいか分からないウルキが、複雑な表情で名前を呼ぶ、と少し離れた場所からミンチェが口を挟んできた。


「ハアー?死ぬのがコエエってか?馬鹿じゃねえの、人間いつかは死ぬんだよ!!てめえやっぱりクズだな。自分から弱く成り下がるなんて、何だっけ?蛇に睨まれた蛙?っつーか蛙以下だな!!フハハッ!!」


ミンチェの心無い言葉にウルキがキッと睨み、ミンチェはへっと笑って舌を出した。すると横からリリがニヤニヤ笑って言った。


「その蛙以下に圧されてたのは兄サンだけどね♪」


「うるせーぞリリ!!別に圧されてなんてねえんだよ!!誰があんなクズに…。」


「煩いのはお前だ。口を閉じろ、ミンチェ。」


シャーロットの気迫に圧され、ミンチェはんぐっと口をつぐむ。シャーロットはラクトに視線を戻し、落ち着いたところを見計らって問い掛ける。


「ラクト…お前は、どうなりたい?」



「―――――…俺は…。」


ラクトはゆっくり横にいてくれるウルキを見た。淡く輝く銀髪に、蒼く透き通る瞳、少し曇った表情で彼女はラクトを心の底から心配し、眼差し返す。




…守りたいんだ。この儚い、愛する人を。



ラクトの心はすでに決まっていた。不思議なもので、二人が出会ってそれほど長い間一緒だったわけではない。ウルキに至っては本当に僅かな時間だったかもしれない。しかし、出会いが出逢いだったとして、この気持ちに嘘がないと言える、これを運命と言わずになんと言えばいいんだろう?




心配そうにラクトを見つめるウルキに、優しい微笑みを返してラクトはシャーロットに視線を向けた。強く、確かな意志を持って。



「…強くなります。もっともっと、大切なものを守れる力を、弱さを変える努力もします。俺は――――逃げません。」



暫く視線を交わしたあと、シャーロットは座り込むラクトに手を差し伸べた。


「まったく、これで私も逃げられなくなったな。」


そう言って、笑顔を向けた。シャーロットの笑顔は何度も見ているが、それまでで一番優しく、暖かい笑顔だった。




「―――――…気に入らねぇ…。」


立ち上がって笑い合うラクトたちを見て、ミンチェは深いシワを作りその光景を憎むかのように睨んでいた。


「アハハ、兄サン酷い顔してるよ♪」


リリがからかうように笑うも、ミンチェのシワは一層深くなるばかりだ。


「俺はお膳立てするためにここにいる訳じゃねえ!!姐さん!!あんたもこの平和ボケに流されてんじゃねえの!?へらへら笑う姐さんなんて見たくねえんだよ!!俺は――――!!」



「…ガキはどっちだよ。」


「!?」


その言葉を口にしたのはシャーロットではなかった。今、笑顔でシャーロットたちと決意を新たにしていたラクトが、あの冷たい目をしてミンチェを見ている。見下すような眼差しに、ミンチェの怒りは沸々と沸き上がり、表情はまさに鬼の形相に変わっていった。


「…――――いい度胸じゃねえか!!さっきチビりそうになってたクズが調子に乗ってんじゃねえよ!!」


「煩いな、そうやって大声を上げることでしか自分を出せないの?可哀想だね、それじゃその辺にいる魔物と大して変わりない。」


「んだとテメェエエエ!!」


そしてミンチェが地面を思い切り蹴った瞬間、ラクトもシャーロットたちから離れてミンチェに向かって走り出した。一番最初の攻撃はミンチェが右手で手刀の形を作りラクトの顔面目掛けて物凄いスピードで仕掛けてきた。ラクトは目を開けたまま、すれすれのところでそれを避け、そのままミンチェの懐に入り胸ぐらを掴もうとする。ミンチェはその前に地面を蹴って飛び上がり、ラクトの首の後ろの服を掴んで回転を加えて引っ張った。だがラクトもただではやられる気もなく、掴んでいるミンチェの腕に両手を当て、爪を立てて思い切り握り締めた。その痛みにミンチェの力が鈍り、危うい場面でラクトは顔面から倒れる前にミンチェから放れ、転がるようにしてダメージを減らした。


「っつー…テメェ…!!」


「テメェじゃない、ラクトだ。学習能力もないの?」


「―――ハッ!!上等だラクト!!テメェは俺が殺ってやるよ!!」


そうして第二ラウンドへと移り、二人の闘いは激しさを増していた。





ウルキは目を大きく見開き、闘う二人を眺めているしか出来ない。何故なら、先程まで震えていたラクトが、あのミンチェと対等に闘えている。いや、そればかりか、あの感情を爆発させた時の冷たい瞳をしているのに意識がハッキリしている。憎たらしいほどの言葉でミンチェを逆撫でしながら、今までとは違うしっかりした動きで。



「ふ、ははっ!」


ビクッとして笑い声の方を見ると、シャーロットが面白そうに笑顔で二人を見ていた。


「…シャーロット、あれって…ラクトは?」


「面白いもんだな、あいつ。もう一つ目の弱点を克服しようとしている。自分の弱さを認識して、未来の目標を確認しただけなのに…本当に、素直なやつは分からないことを仕出かす。飽きないよ、お前らは。」


そう言って彼女はウルキの頭をぽんぽんと撫でてその場から離れて行った。



「…。」


ウルキはシャーロットを無言で見送ったあと、またラクトたちを見る。今なら分かる。ミンチェはまだ本気を出していないことを。ミンチェ自身の意図は分からないが、恐らくシャーロットとの契約というのは人間を殺さないという約束ごとなのではないだろうか?彼からは先程の殺気はほとんど感じない、むしろ…。


「あんなに楽しそうな兄サン久し振りに見たよー♪」


また気配もなく側にいたリリがニコニコしながらウルキに話し掛けてきた。


「楽しそう?」


「うん、私たちあんまり他の兵士サンたちと一緒に行動しないお仕事ばっかりなの。だから兄サンとああやって張り合う人ってなかなかいないんだよー。兄サンは本気じゃないけど、彼、弱くもないし。強くなると思うよ、多分ね♪」


ウルキはリリの話を聞きながら、ラクトの闘う姿を見つめていた。自分を変えようと、必死に、がむしゃらに立ち向かうその背中が、何時もより大きく瞳に映る。


弱さを認めて生きる難しさは、魔人であるウルキも痛いほど経験して分かっているつもりだ。苦しくて、吐き出したくて、でもどうしようもなくて…虚無感に支配されていくあの感覚を何度味わっただろう。



それでも生きて、ここにいる。



ラクトたちに出逢った、そして世界はみるまに変わっていった。変えてくれた彼らが、頑張って自分を成長させようともがいている。



「…私は――――…?」


自分が魔人であることを隠していかなければ容易にこの世界で生きていけないことは重々承知だ。しかし、のんびりと何もしないで、彼らの側にいる資格は果たしてあるのだろうか?


ウルキはラクトがミンチェにやられて、それでも立ち上がる姿を見て、自分の拳を握り締めてくるっと後ろを向いて歩き出した。


「?どこに行くの?心配だったんじゃないの、彼。」


リリが不思議そうな顔で問い掛けると、ウルキはしっかりした瞳で笑顔を向けた。


「私も、頑張らなきゃって思って。」


そう言ってウルキは先に行ってしまったシャーロットを追いかけた。リリはキョトンとしていたが、闘いながらその様子に気づいていたラクトは、優しい微笑みを彼女の背中に送った。


「きっしょくわりぃー、ニヤついてんじゃねえよ!!」


よそ見をされてミンチェは苛ついているようだ。その顔に頭突きを食らわせて、ラクトは舌を出して挑発した。


「っ!?ってーな!!」


「集中力ないんじゃないの?単純だから?」


ピキッとミンチェの額に苛立ちやマークが容易に見てとれる。性格を知ってしまえばなんてことない。村中に嫌われていたラクトにとって、相手の性格や行動を伺うのは癖になってしまっている。その為、相手に動きを合わせることは得意な方だ。逆に相手に自分の行動に合わせるよう仕向けることも。


(こういうことで役に立つっていうのもどうかと思うけど。)


冷めた目をしながらラクトは昔を思い出して、心の中で苦笑いする。


(…自分って、思っていたよりも冷たい人間だったんだな。綺麗事ばっかりで、ほんとこの人の言ってることは当たってる。俺はどうしようもないクズだよ。)


目の前にいるミンチェが自分に合わせて力を出し切っていないことくらい最初から知っている。恐らく本気の彼にかかれば、ほんの一瞬で首を掻っ切られて終わりだろう。自分とそんなに変わらない歳に見える彼の殺気は、どんな環境で育ったら作り出せるのか、想像すら出来ない。



「ハッ!!バテてきたか!?動きが鈍くなってるぜ!?」


「―――――っそれでも…!!」


守るって決めたんだ。勝手で一方的だけど、それでも…。だから。



「まだまだっ、強くなるんだ!!」



胸の中でくすぶっていた熱い感情が真っ赤な炎のように燃え上がるのを、ラクトは闘いながら感じていた。









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