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イケニエ勇者の物語-第1部- ~勇者と呼ばれた少年~  作者: 青の鯨
。弱点、ライバル、新たな真実
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。弱点、ライバル、新たな真実-4-







どうやらミンチェたちもラクトの雰囲気が変わったことに気づいたらしい。が、イライラが溜まってきたミンチェは気にしようともせず、手首をコキッと鳴らしてラクトに向かって構えの姿勢をする 。


「ハンッ!!お怒りですか?王子様よお!?来いよ!!ギッタギタに叩き潰してやるからよ!!」


挑発するミンチェ。しかしラクトは黙ってゆらりと立っているだけで動こうとしない。ミンチェは待ちきれず、舌打ちをして勢いよくラクトに向こうに向かって走り出した。


「ラクト!!」


堪らずウルキが叫ぶ、と。顔を上げたラクトの表情に、息を飲んだ。


それはあのとき、アーニーとホロンと闘った時と同じ…冷たく、静かに怒りを放つ目をしていた。その人間を見下すような目が、ミンチェの怒りを更に逆立てる。


「テメェ…!!んな目で俺を見るんじゃねえよ!!」


ミンチェの素早い蹴りが、ラクトを襲う。しかし、ラクトは寸でのところで身体を反らし、凍るような視線を外すことなく、ミンチェの背中に強い肘鉄を食らわせた。


「―――――くっ!?」


ミンチェもラクトの動きに合わせて身体を曲げ、ダメージを減らしたものの、まさかの反撃を避けきれなかった。両手を地面に着けて、ラクトとの間合いを取ろうとするが、ラクトはすぐに追いかけるようにミンチェに近づく。


「来るんじゃねーよ、クソが!!」


先程までの動きとの違いに、ミンチェは間合いを取るのをやめ、そのまま攻撃に移す。素早く身体を回転させ、蹴りや打撃を繰り返す。経験の違いで圧されているのはラクトだ。攻撃を避けたり躱したりはするが、三発に一回はダメージをまともに受けている。


「ハハッ!!んなもんかよ、テメェはやっぱりクズだな!!」


自分が勝っていると感じたミンチェに余裕が出てきた。が、その攻防を離れて見ていたウルキの心のざわつきは止まらなかった。何故なら負けているはずのラクトの目は変わらずに冷たいままミンチェを見据えていたからだ。


「わー♪兄サン相手にあそこまで出来るとは思わなかったよー!やるね、彼♪」


いつの間にかウルキの横にいたリリが笑顔で話し掛けてきた。驚いたものの、ウルキはそれどころではなかった。


「っ…違う、ラクトは…。これじゃ、あのときみたいに…。」


ウルキの脳裏にある光景が浮かぶ。アーニーたちの時も今のように不利な状況に陥った、しかしラクトは少しの隙をついてはあっという間に形勢を逆転させてしまった。そしてそのあと、降参している相手に向かって刃を向けようとしていた―――。


暗く、冷たい、人間を人間とも見ないような…冷酷な瞳のままで。



「だめ、止めなきゃ!!あんなの…ラクトじゃない!!」


あのあとラクトは闘った記憶がなかったが、その行動に後悔していた。制御出来ない感情があることを恥じていた。このままでは前の二の舞になってしまう。ウルキは覚悟を決めて闘う二人の元へ走り出そうとした。ラクトを止めるために。しかし、不意に腕を掴まれ阻止されてしまった。振り向くと、掴んでいたのは二人を引き合わせた張本人だった。


「シャーロット!?何するの!?早く止めなきゃ、ラクトがまた…!!」


必死に振りほどこうと訴えるウルキ。しさしシャーロットは無表情のままウルキの腕を放そうとしない。ウルキは焦りだけが増えていく。こうしている間も、ラクトが傷つき、ラクトがラクトでなくなっていく、そんな気がしてならなかった。


「焦んなよ、女!!すぐこんなやつ叩きのめしてやるからよお!!」


ウルキに声を掛けたのはシャーロットではなくミンチェだった。闘いの最中だというのに、周りのことを見る余裕をみせている。攻撃の手は弛めぬまま、ニヤリと笑みをこぼした。



「兄サン!!」


瞬間、リリが声を上げた。と同時にミンチェの頬に一発の攻撃がヒットする。


「――――っぶ!?」


笑顔の余裕が油断になったとき、ラクトは攻撃を防いでいた構えを解き、体勢をくるりと回すと共に手の甲をミンチェの頬にお見舞した。そして一瞬動きの止まったミンチェの首に足を引っ掛け、そのままガクッと地面に向けて彼の身体を叩きつけようとする。


「んっなあ!?」


危ういところで腕を前に出し、顔面が着くのを阻止したが、身体を起こす前に横から強い衝撃を受けた。ミンチェを倒したあとラクトは身体をくるっと回転させて勢いをつけた蹴りを彼の脇腹に食らわせたのだ。


「――――ってえなあ!!」


ゴロンと身体を地面の上で転がしたあと、素早い動きで体勢を整えようとするミンチェ。が、ラクトはそれをさせまいと次の行動に移っていた。左足を軸にしてミンチェの頭目掛けて回し蹴りしてきたのだ。咄嗟に頭を下げてミンチェはラクトの蹴りを躱す。そこから横に跳んで、漸くラクトとの間に距離を持つことができた。


「っはあ、何なんだよ一体!?さっきまでなよなよしてたクズのくせに!!」


ミンチェは突然動きが速くなったラクトを眉間にシワを寄せて睨み付ける。蹴りが外れたラクトは、ゆっくりとミンチェの方に視線を向ける。しかし、やはりその瞳は深く冷たい、温かさを知らないような色をしていた。


「ラクト…!!やだ、シャーロット、放して!!ラクトのところに行くんだから!!」


変わってしまったラクトの表情に、ウルキはいてもたってもいられない。必死にシャーロットの手を外そうとするが、ウルキの力で振りほどくことはどうしても出来なかった。と、黙りつづけていたシャーロットが遂に口を開いた。



「ウルキ、お前はラクトのことをどう見る?弱いか、強いか?」


唐突に質問され、ウルキは戸惑う。ラクトの闘った姿は何度も見ていたが、殆どがシャーロットと特訓しているときであり、シャーロットの方が強いということは分かっている。しかし、ラクト自身が他の人間より強いのかどうかは考えたことがなかった。


「…え、ラクトは…あなたよりは弱い…でも、速さはあると思っているわ。現に今、あの人と闘えているもの。」


シャーロットを見つめて正直な意見を言うと、シャーロットはラクトとミンチェの方に視線を移して、今度はリリに質問した。


「リリ、お前はどうだ?」


「そうですねえー?確かに普通の人間よりは強い方だと思いますよ。油断したとはいえ、兄サンに一発食らわせちゃいましたし♪」


ウルキのすぐ後ろにいたリリがクスクス笑いながら言った。


「…そうだな、闘いとは無縁の環境にいる人間よりは、小さい頃から鍛えられたラクトの方が上だ。私より弱いのは仕方ないとして、あいつは常人より体力もセンスもある。ちゃんと鍛えればまだ強くなれるだろう。」


初めて聞かされたシャーロットの評価に、ウルキは驚きつつも何となく自分のことを誉められたようで少し嬉しく感じた。


「速さは…まあ逃げ足の素早さは一目置くものがあるな。しかし、ラクトには足らないものも多い。」


「足らないもの?」


シャーロットの言葉にウルキは眉をひそめる。


「あいつは良く言えば優しい、悪く言えば甘過ぎるんだ。闘いから逃げ、傷付くことから逃げ、傷付けることを恐れている。だから攻撃にも全力を出せず、中途半端な闘い方しか出来ない。だから前に進めない。」


「それは―――…でも、優しさはラクトの良いところだと思うわ!」


「良いところかもしれない、しかし戦いに情けは無用だ。その優しさが命取りになる可能性は十分にある。助けたはずが、逆に殺された、なんてよく聞く話だ。」


ぐっと喉の奥が詰まる。ウルキはシャーロットの言っていることが理解出来ない訳ではなかった。長い間生きていて、魔人として追われる立場にいたからこそ、そんな戦いに巻き込まれることが何度もあった。そのたびに人間に絶望し、恐れ、関わることをやめようと何度も思った。しかし…。



「…何でお前が泣きそうになってるんだよ?」


シャーロットに言われてウルキは自分の頬に伝う熱い水を拭う。泣き叫び、魔力を使ってでもラクトを止めたい気持ちを、歯を喰い縛って抑えていたのが溢れてきたのだ。


「人間は…優しさがあるから、人間でいられるの…。だから他人と、仲間になって、笑って暮らせるの…。だから―――ラクトが、優しいことをダメだと言わないで…!!」


思いもよらなかったウルキの涙に、シャーロットは一つの大きな溜め息を吐き出す。


「別にダメだとは言ってないだろう?まったく…お前も甘ちゃんなんだよ。ふう。ルキ、お前は何故ラクトがあんな風になるのか分かるか?」


「わ、からない…けど、あんなのラクトじゃないわ!!」


「ウルキ、それは違う。あれは正真正銘ラクトだ。あれも、ラクトの一部なんだよ。」


「でも―――…。」


「頭を冷やせ!お前がラクトを否定してどうする!?」


急に力強く言われて、ウルキは目を大きく見開きキュッと口をつぐんだ。


「あれはラクトの良くない部分だよ。普段が温厚で優しい奴でも、ストレスってのは溜まるもんだ。普通は愚痴を言ったりして発散させるものが、ラクトは外に出すことをせず、ずっと身体の中に蓄積させていた。それがどんどん溜まりに溜まって、怒りが頂点に達したとき全てを爆発させる。なんともたちの悪い発散方法だ。」


「爆発って…確かに怒ってはいたけど、あの目は…?」


「怒り方にも色々あるんだよ。わんわん泣いたり、大声を出して表現したり、ああやって静かに、でも身体や頭の中が煮えくりかえる奴とか、な。話に聞いた過去のラクトは相談できる相手がいないか、或いはいても遠慮して一人で我慢することしか出来なかったんだろう。ある時それが爆発して、その方法でしか発散出来なくなった。推測だが、そんなとこだろ。」


怒りが爆発する。ウルキにとっての発散のさせ方は涙を流すことで少しずつ外に出すこと。しかし、確かに今までを思い出してみると、ラクトが他人を責めて怒ったり泣いたりしたのをあまり見たことがない。いつだって他人のことを考えて行動していたラクトを、ウルキは当たり前だと勘違いしていた。が、ラクトだって怒りもある、普通の人間なのだ。


「―――――…私ったら…、なんて自分勝手なの…!」


自分のことしか考えていなかった自分が情けなくて恥ずかしい。ウルキは思わず顔を伏せた。


「お前が恥ずかしがるのは勝手だが、見ろ。あのラクトは怒りに委せて闘っている。ミンチェに攻撃することを躊躇っていない、だからあれが本当のラクトの全力だ。」


そう言われてウルキは視線をラクトたちの方向へ戻す。攻撃はやはりミンチェの方が優勢だが、ラクトは防御しながらも反撃を少しずつ加えるようになってきた。動きも良くなってきている気がする。


「ありゃりゃ、兄サンの動きにだんだんついていってるね。」


リリも少し驚いているようだ。ミンチェの速さはかなりのものだが、ラクトはまるでその動きを吸収するように速さを上げていく。それは今までの特訓で見たラクトの速さの上をいっていた。


「あれが…ラクトの全力…。」


「元々闘いに慣れさせられた身体だ。どうすれば勝てるか、怒りで考えが回らなくても、身体が先に動いて答えを探し出す。ああやって我を忘れるくらい怒りを溜めなきゃいけないってのをなんとかコントロール出来れば、攻撃の時に常に全力を出すことも出来るだろう。そうすればラクトはもっと強くなれる。…闘い以外があの甘ちゃんのままでもな。」


ニヤリと口元を上げるシャーロットに、ウルキは漸く彼女の意図を理解した。ラクトが怒りをコントロール出来るようになること、それがトルマディナでの特訓の内容だということを。それにはラクトの怒りを外に出せる相手が必要で、ラクトよりも強く、短気で攻撃的な人間が向いている。だからこそミンチェが選ばれたのだ。



「…そういうことだったのね。」


ウルキが理解したのを確認し、シャーロットはずっと掴んでいた手を放した。


「確かに前回のようにお前にならあのラクトを止められるかもしれない。だが、それでは駄目なんだ。自分で、ラクト自身が欠点を理解し、克服しなければ。何度も同じことの繰返しになってしまう。だがミンチェという適任者が見つかったんだ。ああやって闘い合わせてりゃあ、そのうち自分で解決の糸口を見つけられるだろう。…そう、あの欠点はな。」



シャーロットの表情が再び無表情になる。ウルキは彼女の言葉が引っ掛かった。あの欠点は…それは他にもラクトに欠点があるということを意味しているのだろうか?



「ミンチェ!!」


シャーロットは大声でミンチェの名を呼ぶ。彼はラクトの腹に打撃を喰らわして隙をつくり、素早くシャーロットの近くにやって来た。


「何です、姐さん!?あいつスゲームカつくんすけど!!っくそ!!」


「ミンチェ、あの契約、解除していいぞ。」



あの契約とは?ウルキは問い掛けようとしたが、言えなかった。シャーロットが話した瞬間、ミンチェがギラリと目の色を変えて、不気味なくらいにニンマリと笑みを溢したのだ。その異様さにウルキの背筋にゾクゾクと何かが走る。



「…姐さん…いいんすね?」


「ああ、やりたいようにやればいい。」


ミンチェはウルキたちに背を向けてラクトのいる方向を見ている。しかし、彼の周りはまるで空気が震えて怯えているような雰囲気が漂っていた。



「…ラクト…?」



ミンチェが何をしようというのかは分からないが、ラクトにとって良くないことが起こる。そう感じたウルキはミンチェからラクトに視線を移す。しかし、ミンチェ同様にラクトも、先程とは違う雰囲気になっていたことに気づく。


何故だろう?ラクトのあの冷たい目は消え失せ、呆然と立ち尽くす姿があり、まるで幼い子供が何か驚いて動けないような、見たことのない瞳をしていた。


「…なんだあ!?隙だらけだなあ、誘ってんのか!?ああ゛!?」


どうやらミンチェもラクトの様子が変わったことに気づいたらしいが、ヤル気満々と言ったように怒鳴り出す。と、ついにラクトに向かって駆け出した。それも、今までよりももっと速く。


ラクトが構える前に、ミンチェはラクトのすぐ傍まで詰め寄り、ニヤリと笑みを浮かべながら懐に入り、思いっきり下から拳を振り上げた。


「ラクト!?」


ミンチェの攻撃は見事にヒットし、ラクトは後ろに吹き飛ばされた。しかしミンチェは攻撃する手を止めない。すぐさまラクトの足を掴み、ぐるんと回転させながら今度は地面に叩きつけた。背中から落ちたラクトは一瞬息が止まる、しかし目を開けるとそこには手をまるで刀のように平らに尖らせ、ラクトの目を狙って攻撃してくるミンチェの姿が映る。


「―――――っ!?」


顔を寸でのところで動かし、どうにか避ける。しかしミンチェは攻撃を弛めない。二度目の攻撃がすぐに迫ってくる。無我夢中で身体を動かし、グッと腹に近づけた足をミンチェ目掛けて突き出す。が、攻撃を止めたミンチェが直ぐ様弾くようにして蹴りの軌道を変えた。ラクトは弾かれたまま身体ごと転がして、なんとかミンチェから逃げようと試みる。しかし、彼がそれを見逃す筈もない。突如としてラクトの脇腹に強い衝撃が走る。ミンチェによって三メートルほど蹴り飛ばされたラクトは、横たわったまま動かず、反撃は遂に途絶えた。ミンチェはゆっくり移動し、ラクトの肩を蹴る。


「…おい、何だよそれ?」


ラクトの胸ぐらを掴み、ミンチェはラクトの身体を持ち上げた。その表情はひどく不機嫌だ。


「てめえ、さっきまでの動きはどこいったんだよ、ええ゛!?」


持ち上げたままミンチェはラクトの顔にバシンッと拳を放った。しかしラクトは反撃も、防御さえもしようとしない。それどころか…全身がガタガタと震えている。目は―――――明らかに怯えていた。



「…つまんねー…、お前、もういいわ。」


ミンチェは鋭い視線のまま呆れた顔をして、手刀をつくる。そしてそれを振り上げ、ラクトの首を狙って呟く。



「死ねよ。」








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