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.船上の朝日の中で










「…ぐおぉ…。」


「すー…すー…。」


様々な人のいびきが響く暗い部屋で動く影がひとつ。むくりと起き上がったラキは、隣で寝ているリコとロンを起こさないよう、静かに立ち上がり扉に向かう。


トルマディナに行くため、船に乗った三人は、一番安い大部屋をとった。休憩や睡眠は一ヶ所に集まって雑魚寝になるが、個別の部屋をとるよりもぐっと値段が下がるため、旅人や商人など、様々な人々が利用している一般的なものだ。そんな人々の中をするすると通り抜け、ラキは静かに部屋をあとにした。まだ朝陽も見えない時間帯なので、 起きている船員を除いて活動している人間は少ない。階段を昇り甲板に出たラキは、中との気温差に少し身を震わせた。暖かい日中とは裏腹に、船上の朝はとても冷えている。だがそのぶん空気は冷たく澄んでいて、息を吸う度、海の潮の匂いが身体中に沁みていく。


「…ふうー…。」


船頭の手摺に手をかけて、暗く冷たい海を眺める。真っ暗な空の下にあるはずの海は、まだ空と見分けがつかないくらい黒く、船によって立てられた波音だけが響いている。軽く背伸びをして、ラキは空を見上げて昨晩のことを思い出していた。船旅の時間はたっぷりあるため、ロンはラキにラクトの話をしつこいくらい話すように迫ってきた。これから行くトルマディナの話でもあるため、リコも興味津々だ。


ラクトたちがトルマディナに着いてからの話に、二人の反応はいちいち大袈裟なところがあり、ロンにいたってはラクトを女装させた使用人に本気で怒っていた。あまりに大声を出すので、大部屋にいた他の乗客たちはさぞや迷惑だっただろう。しかし、シャーロットが王族と深い関係だったことに、彼らもとても驚いていた。それだけこの世界にとって王族の存在が大きいということなのだが、ますますシャーロットが分からない、と口を揃えて言っていた。


「…師匠…元気かな…。」


少しずつ明るくなっていく遠い空を見つめながら、ラキは現在のシャーロットを思い出す。強く、厳しく、父の師であった彼女に、ラキも随分鍛えられたものだ。その彼女に会うため、新しくできた仲間という存在と共に船にいる自分。そんな自分を、彼女はどう受け入れてくれるのだろうか。水平線の向こうにいるであろう彼女のことを考えながら、ぼんやりしていた…そんなときだ。



「――――――っ…!?」


突然背中に鋭い殺気を感じ、ラキはバッと後ろに振り返った。暗闇の中、目を細めて辺りを緊張した表情で見つめる、と。


「やあ、おはよーございます。」


甲板の上からやたら明るい声が聞こえた。見ると、ラキのいる船頭の甲板から階段を昇ったところ、二階の甲板の手摺に腰掛けている一人の男の姿があった。薄暗い中、目を凝らすとその人物はニコニコと笑みを浮かべてラキを見ている。一瞬感じた殺気はすでに消えていて、辺りを見ても他に人影も気配もない。ということは、この男が殺気を放ったということなのだろうか…。


「…お早うございます。」


警戒しながら、ラキは怪しまれないように挨拶を返した。男は満足そうにさらに口角を上げてニコッと微笑む。


「お早いお目覚めですねー?まだ寒いのにー。」


「ええ…まあ。朝陽が見れるかな、と思って。」


ラキは一人で考え事をするため、目が覚めるよう外に出てきた。ついでに朝陽も見れたらいいと思っていたので、取り敢えず嘘はついていない。


「あー、いいですよねえ朝陽。俺もですー。」


そう言いながら男は背伸びをして遠くを見つめる。ただの世間話をしたいのだろうか?ラキは読めない男に警戒を続けた。


「…一人でですか?」


「それが聞いてくださいよー!俺、今連れと一緒なんですけど、俺のこと監視するとか言ってずっと小言言われっぱなしなんですよー。別に俺なんにもしないのになあ?だから朝くらい一人になりたくて!」


コロコロと表情を変えながら、男はラキに愚痴をこぼし始めた。連れと一緒、ということは仲間がいるのだろう。監視とは一体?


「…大変なんですね?」


「ですよー!ほんっと頑固で…そういえば、そちらもお連れさんと一緒でしたよねー?昨日めちゃめちゃ目立ってましたよ、特に金髪の人。」


ロンのことだ。思った通り、どうやらラクトの話で盛り上がり過ぎて印象的だったらしい。目立った行動はしないと港で約束したはずなのにである。ラキは少し表情を歪めて、心の中であとできつくロンに言おうと誓った。


「…それは失礼しました。うるさかったですよね?はは…。」


「いえいえ、俺は全然。むしろ羨ましいですよー、楽しそうで。」


人懐こそうな笑顔を向けて、男はじっとラキを見ている。視線を感じているものの、迂闊にボロは出せないと思ったラキは、愛想笑いで誤魔化そうとした。


「はは…それはどうも?」


正体は分からないが、このままこの男の相手をしているわけにもいかないので、ラキは揺れる甲板の上をゆっくり歩き出す。


「ありゃ?中、入っちゃうんですか?」


「ええ…まあ。」


「いいじゃないですかー、もうすぐ朝陽出てきますよ?」


近づいてわかったが、男は十代後半か二十代前半で、髪の一部を赤く染めて髪飾りで留めている。細い手摺の上で、男は残念そうに整った顔を歪めて、ラキを引き留めようとした。


「ちょっと冷えてきたんで…朝陽はまた今度にします。」


先ほどの殺気は本当にこの男からだったのだろうか?初対面のラキにそう思わせるほど、この男から悪い気配はしなかった。ラキ一人だったらまだ話をしていてもよかったかもしれない。しかし、今は仲間がいる。余計なことで二人を危険にさらすわけにもいかないのだ。ラキは少し歩を速めて船内への扉に向かう。


―――…その瞬間、また背中に先ほどの殺気がラキを包んだ。


突然後ろから感じる殺気に、背筋にビリビリと悪寒が走ったラキは、顔を後ろに勢いよく回した。が、先ほどまでラキが立っていた場所に、当然人影はない。人影があるのは斜め上にいるこの男ただ一人だけだ。しかし、確かに後ろから殺気を感じた。


「あれー?どうしたんですかあ?」


キョトンとした顔を向けて、男はラキを見下ろしている。何も感じていないのだろうか、それとも…。


「…少し寒気がして。やっぱり今日はやめときます。風邪でもひいて皆さんにうつすのも嫌ですからね?」


愛想笑いを作りながら、ラキは男に言った。すると男は軽々と手摺から降りて今度は肘をつき、二階からラキを見つめて哀しそうな表情を見せる。


「そうですかあ…残念だな、俺今日着く港で降りるんですよね。あなたは何処まで行くんですか?」


「ああ、僕たちはサイジルの方に…お世話になった人たちに挨拶をしに行くんです。」


半分本当、半分嘘の解答でラキは誤魔化す。すんなり出てきた答えに、男も納得したらしい。にっこり微笑み、軽く手を振ってきた。


「そうですかあ、じゃあまだ船に乗ってるんですね。すみません、引き留めちゃって。身体、気を付けてくださいね?俺はもう少しいて朝陽見てますから。どうぞ、よい旅を。」


「どうも…あなたもよい旅を。」


そう言って、ラキは甲板をあとにした。うっすらと明かりが灯る船内に入り、少し進んだあと、ラキは壁に背をつけて立ち止まった。



「…―――――っはあ…。」


詰まっていた物を吐き出すように息をすると、ラキは背中の汗が服に染み込んでいることに気がつく。しっとりと濡れた感触に、それほど自分が緊張していたことを思い知らされる。


「…なんなんだ…あの人…。」


先ほどまで何でもないように話をしていたが、そう振る舞うだけでラキは神経を使っていた。そうさせる何かが彼にはあった。あの鋭く尖った殺気は、恐らくラキだけに向けられたものだろう。しかし、一度目も二度目も、近くにいたのは彼だけ。そしてラキが思うに、二度目の殺気は彼がラキの後ろから放ったものだ。何をしたらそんなことが出来るのかは分からない、が、中に入ろうと彼から視線を離し、殺気を感じてまた彼を見たとき…確かに彼の座っている位置が微妙にずれていた。一瞬で移動して殺気を放ち、一瞬でまた元の位置に戻った?だが二階から一階の先頭の甲板に、しかも間にいるラキを越えて?そんなことが有り得るのだろうか…。


(何か…魔力や道具を使った可能性もある。だけど…殺気がするまで気がつかないなんて――――。)


己の未熟さに怒りを覚えながら、ラキは来た道を振り返る。薄明かりの船内の先にいるであろう、あの男の姿を思い出しながら、ラキは内心ほっとしていた。何事もなく、あの場から立ち去る事が出来たことに。そして恐らく彼は今日船を降りるという。ラキと関わることももうないだろう。そんな自分の気持ちに、ラキは苛立ち、壁をドンッと叩いた。


(…弱い、僕はまだ…。まだ――――…。

)



しばらくそこにいたが、船員たちが朝の仕事を始めたので、リコたちのいる大部屋に戻ることにした。まだ寝息を立てて寝ている人たちに混じり、ラキは元いたところに腰掛ける。二人は何も知らずにすやすやと眠っていた。そんな二人を見て、ラキはゆっくり深呼吸して心を落ち着かせる。


(…大丈夫…この二人に迷惑は掛けない。まだ…一緒にいられる…。)



「…ふごっ…勇者様…かっけぇー…。」


ロンの突然の寝言に、ラキは思わず噴き出す。まさかあれだけ勇者の話を聞いて、夢にまで見るとは…さすがロンだと感心してしまう。


(父さんの話を…誰かに聞いてもらえるなんて、考えたことなかったなあ…。しかもこんなに熱心になんて…。父さん、あなたが生きていたら、どう思ったかな?)


ラキは毛布を引き寄せて静かに目を閉じた。滲んだ涙は滴となり、一筋だけ頬を伝って毛布の中に消えていく。大部屋にある小さな丸窓から見える空は、黒からゆっくり色を変えていた。





ラキの居なくなった甲板を見ながら、男はうっすらと笑みを溢していた。ヒラリと一階に降り立ち、黒い空を仰ぐと、ニヤリと口角を上げた。


「ふふふ、本当…ざあんねん。俺の気配に気づいてくれる人間とせっかく二人っきりだったのに、殺り損ねちゃったよ。まあ、騒ぎを起こすなって言われてたから、よかったはよかったけどさぁ?」


そう言って、船の進む方向へ視線を移すと、さらに恍惚とした目で空を見た。


「ほんとさ、もうちょっといればよかったのにぃ…そしたらこんな素敵な朝陽を見れたのに、ね?」


黒い海から現れた太陽は水平線を燃えるように赤く染めていた。まるで黒い空を高温で燃やし、すべてを燃やし尽くそうとしているかのような、おぞましさを感じてしまう。そんな朝陽を彼は見ていた。


「…また、君に会いたいな…今度は何も考えないで殺しあおうよ。ねえ、ラキ…さん?」





そして夜は明けていく。














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