。シャーロット-7-
にっこり微笑むセミール。シャーロットは大きなため息をついて言い返す。
「そりゃそうだろ…父上はお前に仕える身なんだからな。とにかく、そこの二人。別に私たちは…そうだな、腐れ縁だ、腐れ縁!だからそんな顔でこっちを見るな。」
まだ大口を開けているラクトたちに、シャーロットは呆れた表情でセミールの婚約発言をバッサリ否定した。
「ふふふ、こういうところも可愛いだろう?」
一方セミールは否定されたにも関わらず、相変わらずにこにこ顔のままだ。周りの使用人たちもくすくす笑みをこぼしていることから、どうやら二人はいつもこういう会話をしていると窺える。
「はあ…な、仲がいいんですね?」
当たり障りのない言葉でラクトは困ったように笑っていた。すると、横でウルキがテーブルの下の見えないところからラクトの服をツンツンと引っ張った。それに気づき、ラクトは少し上体をウルキの方に近づけると、ウルキはこそっと小さな声で話しかける。
「初めて会ったとき、シャーロットが『帰りを待ってる人がいる』って言ってたけど…たぶんセミールさんのことね?」
ラクトはウルキと初めて出会ったときのことを思い出した。シャーロットと共に魔人のいる洞窟に行き、そこで魔人の正体がウルキだと知った。そのときウルキはラクトたちに、水晶の中で幸せな夢を永遠に見続ける代わりに自分の側にいるように願ったが、シャーロットは自分の帰りを待つ人間がいると言ってそれを断ったのだった。
ウルキに言われて思い出したラクトは、クスッと笑って頷いた。
「そうだね…きっとそうだよ。シャーロットさん、ああ言ってるけど、やっぱり大事な人みたいだね。」
「そこ!!何こそこそ喋っている!?」
ムスッとした顔でシャーロットは二人を指差した。ラクトたちは顔を見合わせて、にっこりとシャーロットに向かって笑顔を向ける。
「「何でもありませーん。」」
揃って笑顔で返されたので、いつもの威厳のある態度がとれず、シャーロットは苦々しく顔を歪めた。そしてセミールを叩いて、お前のせいだと八つ当たりした。
和やかな食事会が終わり、食べ終わった食器は綺麗に片付けられ、使用人たちは部屋をあとにした。大きな広間で、現在はラクト、ウルキ、シャーロット、セミールの四人だけとなり、シャーロットは唐突に帰ってきた目的を告げる。
「今回帰って来たのはお前に頼みたいことがあってな…。悪いがこいつらにこの島の身分証明書を作ってやってくれないか?」
「!?シャーロットさん…!」
驚いたのはセミールではなくラクトたちの方だった。そう、シャーロットが二人をトルマディナに連れてきた理由は、彼らの身分証明書を作り、安全を確保するのが目的だった。魔力を使った機器の開発が活発な今、旅をする者は身分証明書であるカードを持っていなければ、他の国に行くことはおろか、町に入れない場合もある。しかし外界からの接触を最小限にし、隔離された村から追い出されるような形で旅をすることになったラクトや、人間にあるはずのない魔力を持ち、命を狙われる可能性がある魔人のウルキに、身分証明書など簡単に作れる訳が無かった。そのため、王族であるセミールに保証人になってもらうことで新たにトルマディナ住民として身分証を発行してもらおうと、シャーロットは考えていたのだった。
「考えがあるって、セミールさんのことだったのね…。」
ラクトとウルキは心配そうにセミールを見つめた。シャーロットの突然の申し出に、特別驚いた様子はない。しかし、静かに、先ほどまでとは違う真剣な表情で、セミールは三人をじっと見ている。
「身分証明…か。この子たちが今まで作れなかった理由が何かあるのか?身分証明書を発行することは、特別難しいことではない。生まれや育ちに問題がなければ普通に各々の町の役所で発行できる。もし発行手続きの出来ない町や、魔力開発の未発達の環境で知らなかったとしても、時間は掛かるが調査してから発行することも出来るんだ。しかし…そうもせずに私に頼みに来るとは、どういうわけか説明してもらいたいね?」
「詳しくは言えない。だがこいつらは一刻も早く身分を証明してやらないといけないんだ。」
「言えない?言えない理由は何だ?一刻も早くとは、彼らが危機的状況下に置かれているという意味かい?そうであるならば、このトルマディナに危険を持ち込ませる訳にはいなかいよ。私はこのトルマディナの統治を任されている身だ。例え君の頼みであっても、簡単にこの町の身分証を作ることは認められないな。認めて欲しいのなら、確かな理由を説明してもらわないことには始まらないよ。」
ピリッとしたセミールの放つ重い空気に、ラクトとウルキはゴクリと唾を飲み込んだ。にこやかな表情はどこかに消えてしまったセミール、その雰囲気はまさに領主たる威厳そのものだ。だが、シャーロットもただでは引かない。
「確かにトルマディナを危険に曝すようなことをするつもりはない。私だってこの土地で生まれ育ったんだからな。…しかし、理由を詳しく話す訳にはいかない。」
「埒があかないな。それでは確固たるものが何もない、ならば身分証を発行することは出来ない。」
厳しくなる口調にラクトたちはハラハラしながら見守るしかなかった。シャーロットもセミールも睨み合ったまま一歩も引こうとしない。
「 それなら私の命を懸ける。もし何かあったときは私の首をはねていい。 」
「!?」
とんでもない発言がシャーロットの口から出てきたために、ラクトもウルキも目を見開いて息を飲んだ。
「なっ!?何を言い出すんですか、シャーロットさん!!」
「そうよ!!命って―――!!そこまでする必要なんてない!!」
二人はバタバタとシャーロットに近寄り、必死に止めようとする。が、シャーロットはそれを制止させ、二人より一歩前に出て述べる。
「このシャーロット、トルマディナの名を汚そうものなら元より死ぬ覚悟は出来ている。セミール様、どうか私の命に免じ、彼らに安息の場を与えてやってくれませんでしょうか。」
胸の前で拳と手のひらを合わせ、片膝をついて頭を下げるシャーロット。長いオレンジの髪がさらりと肩から滑り落ちる。
「―――――おっ、お願いします!!」
彼女の後ろでラクトたちも両膝をついて頭を下げた。自分たちのために命を懸けると言ってくれたシャーロット、彼女だけに頭を下げさせる訳にはいかなかったからだが、二人は内心シャーロットの言葉に感銘を受けていた。まさか出会って間もない自分たちのために命を懸けるとまで言ってくれたことに、思わず涙が滲む。その様子をじっと見つめるセミール。暫く沈黙が続いたが、ようやく彼は重い口を開いた。
「…説明出来ない、ということは、説明した方が危険性が高まると考えていいのかな?」
「今はまだ分からない。私の思い過ごしかもしれない、が、用心に超したことはない。…それに命懸けなのは私だけじゃない。ここにいる二人はそれぞれ重い過去を背負っている。それでも危険を承知で私についてきてくれたんだ。二人の気持ちに、私も誠心誠意応えたい。」
真っ直ぐな瞳をセミールに向けて、シャーロットは真剣に答える。その後ろから、ウルキが啜り泣く声が聞こえた。広い部屋に、静かに響く彼女の必死に堪える泣き声に、セミールはため息をひとつ吐いて後ろを向いた。
「…参ったな。これではまるで私が悪者だ。」
そう言って振り返ったセミールの表情に、先ほどの厳しさは無かった。
「ご、…ごめんなさい…っぐす…。」
涙を拭きながらウルキは慌てて謝った。コツコツと音を立ててセミールはウルキに近寄り、そっと白い布を差し出す。
「これで拭きなさい、大丈夫、君たちの友達を信じなさい。」
にっこりと微笑むセミールに、布を受け取りながらウルキは目に涙を溜めて呟く。
「…――――じゃあ…?」
セミールは静かに頷き宣言する。
「君たち身の保証は私がしよう…今日から君たちもトルマディナの住民、私の大切な家族だ。ラクト、ウルキ、改めてようこそ、トルマディナへ!」
二人の肩に手を回し、抱き締めるように二人を包んだセミールの手は優しく、温かなものだった。
「ほ、本当に…ですか?」
「うぅ゛――――っ、ありがとうセミールさん…!」
セミールに貰った布に顔を埋めて、ウルキはまた泣き始める。ラクトは背中を擦りながら笑顔でウルキを見つめる。
「…良かったね、ウルキ。」
「うん、うん…ううー…!」
そんな二人の近くでシャーロットとセミールは立ち上がり、彼らを見て笑顔を見せる。
「…いいなあ、私も背中を擦ってあげようか?シャーロット。」
「バカ言うな、エロセミール。」
どうやらシャーロットの態度は元に戻ってしまったらしい。セミールは残念そうに肩を落とすと、シャーロットがぽつりと呟いた。
「…ありがとう。」
その言葉だけで充分満足したらしく、セミールはダバッと血を口から吐き出した。
「「ぎゃ――――――!!」」
ラクトとウルキの叫び声に、使用人たちがバタバタと部屋に入ってきて、セミールはまた着替えるために部屋をあとにしたのだった。




