。シャーロット-6-
単純な性格な二人を連れて、シャーロットたちはあの男性が待つ広間に向かう。長く続く廊下を右へ左へと進んでいくが、そこかしこに立派な美術品や高級そうな装飾品が置かれている。考えてみれば城のなかにあるものなので、当然と言えば当然なのだが、改めて場違いな空気がひしひしと伝わっくる。
「…ほ、本当に、凄いとこに来ちゃったよね…?」
「そうね…でも、シャーロットは随分ここの人達と親しいし、お城の中にも詳しいみたい。…ねえラクト、やっぱりシャーロットのこと、私達なにも知らないのね。」
知らなかったシャーロットについての事実は、どれも二人を驚かせることばかりだ。それによって思い知らされる。これまで三人で旅をしてきた日々は、長いようで本当は短く、まだまだ知らない真実が多く、知らなければならないことが山のようにあるということを。
「…ちょっとずつでも、今から知っていこう。まだまだなのは当たり前だよ、一個ずつ進んでいこう、一緒に。」
前向きなラクトの言葉と笑顔に、ウルキは少し心が跳ねた気がした。一緒に、その言葉はウルキにとってとても嬉しいもので、憧れに近い。何十年もの孤独が溶けていくように、ウルキの表情も自然に綻んでいく。
「うん。…ありがとう、ラクト。」
「着いた、ここだ。」
ようやく立ち止まった場所の前には、普通の約二倍の大きさの扉があった。思わずラクトとウルキは見上げてポカーンとした表情をしている。
「お待ちしておりました、ささ、中にどうぞ。」
扉の横にいた一人の男性がペコリと頭を下げたあと、扉をコツコツとノックした。すると、扉は誰かが押しているわけではないのにギギッと音を立てて開いていく。
「――――…っわ…!」
開かれた先にあったのは、着替えをした部屋の倍以上にキラキラ光り輝くシャンデリア等の装飾品、大きなテーブルにずらりと並んだ椅子、高級そうな食器に盛られた美しい料理の数々。そして驚くべきはその部屋の広さと高さ。広間と言っていたが、何十、いや、百人は軽く寛げるだろう。そして天井は三階まで吹き抜けにしたような高さで、まるで教会のように見事なステンドグラスまであった。ラクトとウルキは目を真ん丸にして部屋中を、まるで芸術品を見るように眺めていたが、シャーロットにバシッと背中を叩かれ、慌てて前に向き直る。
「やあ、先ほどは失礼したね。さあ、座ってゆっくり寛いでくれたまえ。」
部屋の奥から話しかけてきたのは、外で血を吐いてシャーロットに愛の言葉を投げ掛けていたあの男性だった。外にいたときも高級そうな服を着ていたが、血のついた服を着替え、白いヒラヒラのついたシャツに細かな刺繍の入った羽織と、少し動きやすそうな格好になった。が、やはり高そうで気品がある。
「?どうした?さあ、思う存分食べてくれ。シャーロットと、客人のために用意したのだから、遠慮などいらないよ。」
カチーンと固まっているラクトとウルキに微笑み、男性は椅子に腰掛けた。部屋の中にいた使用人達が椅子を引いて座るよう合図をしたので、ラクト達もせかせかと座る。銀色に光る食器に美味しそうな香りのする湯気がホカホカと出ている。それに反応してラクトの腹からぐぅと虫が訴えだした。
「あわわっ!…す、すみません。」
先ほどの騒動もあったためか、どうやら思ったよりペコペコだった自分の腹を抑えて、ラクトは恥ずかしそうに頭を下げた。
「ふふふ、体は正直だ。気にせず、好きなものを食べなさい。」
そう言って男性は優しい視線をラクトに向ける。
「よーし、私は食べるぞ!!いただきます!!」
始めにシャーロットが料理にがっつき出したので、ラクトとウルキも周りを気にしながら手を伸ばす。スープにパン、メインは見たことのなかったあの赤い魚、サラダにデザートまで、とても豪華なフルコースメニューに舌鼓を打つ。どれも美味しく、いくらでも食べれそうだ。
「美味しいです、とても!」
料理を褒めると、男性も使用人達もにっこりと笑顔を返してくれる。だんだんとこの空気にも慣れてきて、ラクトたちはようやく緊張がほぐれ、食事に集中し、あっという間に目の前の皿を空にしていく。ある程度満腹になり、ラクトは数メートル離れて座る男性を改めてまじまじと見た。
エメラルドのような綺麗な色の髪を長く伸ばし、一つに束ねて右肩から垂らすようにしており、遠めからだと女性にも見えなくもない。スッとした鼻筋の凛々しい顔立ちの彼は、見た目はシャーロットと同い年くらいだろうか?城の偉い人だと思われるが、食事する姿も所作が一つ一つきれいで美しい。
(こんなに立派な人が…さっきシャーロットさんに愛の言葉を叫んで、しかも血まで吐いてたんだ…。なんだか一致しないなあ…。)
するとバチッと目が合い、ラクトはあわあわと料理に視線を戻した。
「ふー…やっぱり故郷の味が一番しっくりくるな。」
重なった皿を見ながらシャーロットは満たされたお腹をさする。先に手を止めていたラクトたちも、皿を下げてくれる使用人にお礼を言いながら幸せそうな笑みを見せていた。
「口に合ったようだね、何よりだよ。」
口を布で拭きながら、男性もフォークを置く。あまりお腹が空いていなかったのだろうか、彼の前の皿は一つしか空になっていなかった。反対にシャーロットは十を超えていたが。
「はい、とても美味しかったです。初めて食べるものが多かったけど、どれも素晴らしかったわ。」
ウルキがにっこり微笑み、男性も嬉しそうに頷く。
「それはよかった。作ってくれた皆にも伝えておこう。」
テーブルの上が片付けられ、食後の温かい飲み物だけが置かれたとき、男性の方から話題を持ち掛けてきた。
「さて、そろそろ話を聞かせてもらってもいいだろうか?シャーロット、旅はどうだ?順調かい?」
シャーロットは椅子にもたれながらため息混じりに首を振る。
「さっぱりだな。…色々情報は集めてるんだけどね、今のところ手がかりなし。困ったもんだ。」
「…そうか…。まあ、すぐに見つかるとは思っていないが、少しでも何か見つかればいいな。」
「ああ…。」
おそらくシャーロットの目的についての話をしているのだろう、しかし内容を知らないラクトやウルキは神妙なその空気に口を噤んでいるしかできない。それに気づいたのか、男性は二人に向かって笑顔を見せる。
「すまない、まだ君たちの話を聞いていなかったね?シャーロット、紹介してくれるかい?」
シャーロットは立ち上がって向かいに座る二人の元に回り、肩に手を置いて話始めた。
「まずはこいつ、名前はラクト。私が酒で酔っていたときに介抱してくれてな、小さな村出身なんだか色々あって一緒に旅をすることになった。」
ラクトはペコリと頭を下げた。
「そしてこっちはウルキ。何だかんだで同行することになったんだが、二人とも世間知らずで世話が焼けるんだよ。」
「ちょっと、その言い方はないんじゃないの?」
ぷんぷんと怒るウルキ、それを見て男性は思わずクスリと笑っていた。
「ま、今は私が心身共に鍛えることになった。単純だが芯は強い。よくしてやってくれ。」
ラクトたちは改めてお辞儀する。男性もこちらこそと言って小さく会釈した。
「よろしく、ラクト。そしてウルキ。申し遅れたが、私はこの城の主、サイジオール・セミール・ヴェルナンド。我がデルフィナ城にようこそ。歓迎するよ。」
にっこりと微笑み、男性は自己紹介する。が、ラクトとウルキは驚きのあまり目をぱちくりさせて大口を開けている。予想はできていたものの、やはり目の前にいる彼こそがこの巨大で荘厳な城の主、つまり一番偉い人だった。
「ははは。驚いているのかい?これでも私はこの国の王族の血が流れていてね、トルマディナの統治を任されているんだよ。」
「――――お、王族!?」
ますます驚愕する二人の反応を楽しむかのように、セミールはクスクス笑いながら話を続ける。
「なに、大したことではないさ。私がたまたま王族に生まれ、たまたま体が弱く、この地に療養する意味も含めてのんびりしているだけのことだ。そう気構える必要はない。」
「で、でも…セミールさっ…セミール様?」
言い方を直すラクトに、セミールは困ったような顔をする。
「よしてくれ、君たちはシャーロットが連れてきた大事な客人なのだから。そんな堅苦しい呼び方は城の者だけで十分だよ。」
「いや、でも…。」
小さな村から出たことがないラクトでも、王族はかなり偉いということはよく解っていた。一年に一回、ラクトの村にも国からの使者がやってくるが、どの人達もバルハミュートの王族からの書状を持ってきて、いかに王族が自分達のためを思い努力しているのかを延々と聞かされたものだ。勇者とともに、王族は讃えるべき存在だと言うことを、昔から言われてきたのである。
「ふう…普通の奴にこんな城で優雅に過ごしてるやつに普通に接しろ、なんて言われてもピンとくるわけないだろ?そういうところが鈍いって言われんだよ。」
見るに見かねてシャーロットがセミールとラクトの間に入る。
「そういうものかな?すまないね、何しろあまり城から出ることも無いものだから、外の人間に会うだけでもとてもワクワクするんだよ。私の周りには臣下や使用人という立場の者ばかりだから、馴れ馴れしくするような間柄はなかなかいないんだ。」
ふう、とため息をつきながらセミールは少し悲しげに笑う。その姿を見て、ラクトとウルキは彼に共感を感じた。ラクトは生まれた村から外の世界に憧れ、ウルキは外の世界で生きることを願い続けてきた。王族であるセミールにとって、城の外の世界に出ることは難しく、勝手もきかないものであるのだろう。
「俺…は、生まれた村から一度も出たことがありませんでした。ずっとずっと、憧れだけはあったけど、俺一人だったら絶対出来なかった…いいえ、もう死んでたかもしれません。」
『勇者』に選ばれ、もし一人で村を追い出されていたのなら、魔物に食べられていただろう。今でもラクトは思い出しては恐ろしくなる。
「でも――――…シャーロットさんに会って、俺は今ここにいます。生きてるし、生きたいって思う。それに、何も知らなかった世界を知りたい、無知で無力な自分を変えたい…!そう思えるようになりました。」
力強い眼差しのラクト、その横で今度はウルキも話を始める。
「私も、二人に会って、外に出ることができた。怖いし、不安なこともたくさんある。でも…私も変わりたい。変わって、少しでも二人の役に立ちたいの。」
「ウルキ…。」
ラクトはウルキの気持ちを聞いて、彼女の顔を見た。ウルキは優しく微笑み、頷く。
「だからね、私はシャーロットがくれた出逢いは大切にしたいって思うの。王族はこの国で一番偉いって分かっているけど、私世間知らずだからこう呼んでもいいかしら?…セミールさん?」
「お、俺…も。セミールさんって…えと、呼んでもいいでしょうか!?」
微笑むウルキにバリバリに緊張しているラクト、その違いにセミールはフフっと笑い、そして二人の素直な気持ちに笑顔になる。
「…勿論、いいとも。嬉しいよ、かわいらしい友人が一変に二人もできるなんて。さすがシャーロットが連れてきた子供たちだね、ありがとう。」
にっこり笑うセミールに、ラクトとウルキは照れた表情をしている。シャーロットだけはうーんと唸ってポツリと呟いた。
「別にそういうつもりで連れてきたわけじゃないんだがな…。全く、素直な奴ほど行動が読めん。」
愚痴をこぼすシャーロットに、周りにいた数人の使用人が頷いたりクスリと笑ったりしている。
「…あの、一ついいかしら?」
会話が一段落したところで、ウルキはついに気になっていた話題を持ち掛けることにした。
「セミールさんは王族で、このお城の一番偉い人よね?そんな人と普通に接しているシャーロットとは、どんな関係なのかしら…?」
そう、セミールに敬語も使わずふんぞり返っているような態度のシャーロット、そして彼女を愛していると囁き愛おしそうに見つめるセミール。この二人の関係とは…。
「ああ、そういえば言っていなかったね。私たちは…婚約してるんだよ?」
満面の笑みをしてセミールはシャーロットを見る。しかし、質問した本人も、横にいるラクトも、今までより大きく目を見開いて唖然としていた。
「こ―――――ここここここ…婚約!?」
二人に凄い形相で見つめられ、シャーロットは面倒くさそうに苦い顔をしている。そしてセミールの元に歩いていき、ぺしんっと彼の頭を叩いた。
「余計なこと喋るな、本気にするだろ!?私は認めてないからな!!」
「はは、恥ずかしがるシャーロットも可愛いな。いいじゃないか、君の父上も認めてくれているんだから。」




