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。シャーロット-5-







やはり男性は城の、それもかなり偉い人だったらしい。城の大きな門の下に着くと、門番が敬礼し、城へ続く庭にはたくさんの庭師がいて被っていた帽子を取って頭をさげ、城に入るやいなやノーランの時の数倍の使用人がずらっと整列した。知らない間にラクトたちと一緒にいた団体の人々もそれぞれの配置に戻ったらしい。優しく話し掛けてくれた恰幅のいい男性が最後にウインクしながら自分の持ち場に戻っていった。


「では私は口を洗って来なければな…シャーロット、二人と共に着替えて広間に来なさい。彼らが張り切って腕を振るってくれるらしいからな?動きやすいのを選んでやってくれ。」


使用人に上着を預けながらセミールは階段を上がっていく。ラクトたちは三人の使用人と共に大きな部屋に案内された。豪華なシャンデリアや細かい細工のされたテーブルや椅子が置かれた部屋に、ラクトとウルキはポカーンとただただ立ち尽くしている。しかしゆっくりする間もなく、一緒にきた使用人たちがそれぞれラクトたちに似合う洋服を何着も運んできた。


「ささ、殿方は隣の部屋に移動しましょう。」


ラクトだけ隣の部屋に移り、何故か二人の女性があれやこれやラクトに服を着させようとしてくるので、恥ずかしさのあまり奇声をあげてしまう。


「ギャ――――――…!!」



「ラクト!?…大丈夫かしら?」


ウルキは着替えながらラクトのいる部屋の方を心配そうに見つめる。すると、ウルキを手伝っている四十代くらいの女性が笑みを浮かべながら言った。


「大丈夫ですよ。若い男性のお客さまは久し振りなので皆張り切ってるんですよ。特に若い子たちわね?」


ふふっ笑う女性の言葉の意味はウルキにはあまり理解出来なかったが、女性の朗らかな雰囲気にほだされたようだ。ウルキは椅子に座り、髪を梳かしてもらう。


「そう言えば、シャーロットも違う部屋に行ってしまったんですね?」


ラクトがバタバタと連れていかれる騒ぎの中、シャーロットは知らないうちに部屋から姿を消していた。女性は少し動きを止めたが、すぐに優しくウルキの髪に触れる。


「…ええ、あの子は一人で着替えられますから。それに久々の帰郷ですからね、思うところがあるんでしょう。」


「…そう。確かにシャーロットってやることが早いから、いつのまにか着替えいるのよね。」


思い出してみると、今までシャーロットが着替えているところを見たことがなかった。あれだけ一緒にいるのに不思議なものだとちょっとだけ思う。


「…さて、出来ましたよ。本当に綺麗な髪、まるで夜空に瞬く星のような銀色ね。伸ばさないのですか?」


さらさらになったウルキの髪に、女性は思わずうっとりする。ウルキは褒められて照れ笑いしながら言った。


「えへへ…ありがとう。そうね、伸ばしてもみたいけど、私の髪色だと目立っちゃうから…。」


少し寂しそうに話すウルキの心情を察して、女性はあえて何も聞かないように話題を反らすことにした。


「そう言えば隣、静かになりましたね。終わったのかしら?」


女性の言葉が終わると同時に、隣からバタバタと人が慌ただしく走ってくる足音が聞こえてきた。


「エレーヌ!!エレーヌ、大変、大変なのよ!!」


バタンッと勢いよく扉を開けて入ってきたのは、先程ラクトを連れていった使用人の女性の一人だ。


「何をしてるの、騒々しいわね!!お客さまの前ですよ!!それにあなたと一緒だった彼はどうしたの!?」


ウルキを手伝っていた女性が怒りなが言うとハッとした様子で、入ってきた使用人はペコリとウルキに頭を下げる。


「ご、ごめんなさい!!…え、えーと、その…あのお客さまのこと、なんですが…。」


急に歯切れの悪いしゃべり方になり、使用人はおどおどしながら隣の部屋の方向へチラッと視線を向ける。


「!ラクトがどうかしたんですか!?」


すぐさまウルキは椅子から立ち上がり、パタパタとラクトのいる部屋に向かう。扉が開きっぱなしで、中からはもう一人の使用人の声が聞こえてきた。


「ごめんなさい、もうしませんから!!お願いです、出てきてください!!」


「どうかしたんですか!?」


ウルキが駆けつけると、使用人の女性がトイレだと思われる扉を叩いて謝罪していた。どうやらラクトは中にいるらしい。


「あっ!!…えーと、えへへ…。」


女性がウルキに気づくと、彼女は苦笑いしながら申し訳なさそうに頭を下げた。


「すみません…ちょっと、お手伝いの度が過ぎたといいますか…やり過ぎたといいますか…。」


どうにも何かを隠しているようだが、とにかくラクトから事情を聞かなければ。ウルキは扉をノックして中にいるであろうラクトに呼び掛ける。


「ラクト!?私だよ、ねえ出てきて!!」


「―――――っウルキ…!?わ、だめ、本当にだめ!!」


確かにラクトの声が聞こえるが、何か焦ったようにドタバタっと音を立てたあとも、扉はまったく開こうとしない。


「ねえ、開けてラクト!?どうしたの!?だめって何が!?」


「だ、だめっていうのは…とにかく、大丈夫だからっ、ごめんちょっと部屋から出てくれないかな…!?」


「なんだあ?騒がしい…。」


着替え終わったシャーロットがいつのまにか扉に寄りかかってウルキを見ていた。


「シャーロット、ラクトが出てきてくれないの。どうしよう…?」


困った表情で訴えるウルキ。すると、扉を叩いていた女性がシャーロットにヒソヒソと耳打ちした。どうやらこうなった状況を説明しているらしい。


「…ほー?」


話を聞いたシャーロットは、何故か口元をにんまりと歪める。その意図が分からないウルキは、目をぱちくりして頭の上にハテナを浮かべた。そんなウルキの元にすたすたやって来たシャーロットは、ラクトの隠っている扉をドンドンと叩いて言った。


「おい、開けろラクト!!いつまでそうしているつもりだ!?」


「しゃ、シャーロットさん…や、皆さんが出ていってくれたらちゃんと出ますから!!先にほら、広間に行っててください!!」


頑なに扉を開けようとしないラクトに、おろおろするウルキ。皆が部屋から出て行けば出るというのだが、シャーロットは出ていくつもりは毛頭なかった。


「ウルキが心配してるだろ!?さっさと出てこい!!でないと…。」


「で…でないと?って?」


シャーロットの話の先を案じ、ラクトはゴクリと唾を飲み込む。


「私の大剣を扉に突き刺す。」


「っはい――――――!!!?」


思ってもみなかったシャーロットの発言に、ラクトはおろか、ウルキや側にいた使用人まで大きな声を出して驚いていた。


「いいかー?私が十数える間に出てくるんだ。いーち、にー…。」


突然の展開にウルキも呆気にとられていたが、シャーロットか持ってきていた大剣を目の前で本当に抜き始めた。シャリンと金属音を立てて抜かれた剣を見て、思わず扉の向こうのラクトに叫ぶ。


「ら、ラクト!!シャーロットは本気よ!?お願い、早く出てきて!!」


「え゛っ!?い、いや、でも――――――っ!!」


まだ渋っているラクトのことなどお構い無しに、シャーロットのカウントは止まらない。


「ごー、ろーく。」


すると、シャーロットは剣の切っ先を扉に向かって構えだし、近くにいた使用人たちはキャーキャー騒ぎ始める。ウルキは止めたくても止められず、顔を真っ青にして叫んだ。


「早く――――――!!」


「はーち!きゅーう!!」


シャーロットの数える声が大きくなり、ついに扉に睨みながら振りかぶるように剣を横に引いた、その時だった。


「――――――っ出ます!!出ますよー!!」


扉越しにシャーロットの気迫を感じ、ついにラクトは観念したようだ。ガチャッと鍵が開けられ、扉はゆっくり開かれた。



「…え?」


ラクトの姿を見て、ウルキは安堵する前に思わず目を疑った。開かれた扉の先に居たのは間違いなくラクトだ。しかし、その格好はふわふわしたピンク色のレースのついた女物の服で、ラクトは顔を真っ赤にさせて俯き、左手で顔を隠していた。


「――――っぶわっはっは!!い、いい格好だなラクト!!わっはっは、ひー!!」


使用人に話を聞いたシャーロットはどうやら知っていたようで、驚くことはなく単純にラクトの格好を見て思いっきり笑いだした。


「え、えーと…?」


まだよく状況が飲み込めていないウルキが目をぱちくりさせていると、先ほどウルキの着替えを手伝ってくれた女性が二人の使用人たちを引っ張りながらやって来た。


「申し訳ありません。この二人がとんだ悪ふざけを…なんてこと!?お客様に女装させるなんて!!」


怒られてシュンとしている使用人たち。


「ご、御免なさい…着替えを手伝っていたら、ちょっと魔がさしたというか…。」


「見た目よりいい体してて、でも顔はかわいいから似合うんじゃないかなーって…。若いし、今だからこそっていうか…。萌え?」


「あなたたち!!」


使用人たちはまたお叱りを受ける中、ウルキは再びラクトを見た。確かにラクトは昔は村で、今はシャーロットに鍛えられ、筋肉は人よりある方だが、顔立ちはそこまで男らしいわけではない。寧ろ中性的だ。しかも十代前半、幼さが残るためだろうか。


「似合ってる、かも。」


ついぽつりと出たウルキの本音に、ラクトはズカンッと雷に撃たれたような衝撃に襲われ、ヘロヘロっとその場にへたりこんでしまった。シャーロットはさらに大声を出して笑う。


「ら、ラクト!?大丈夫?」


自分の発言のせいだと気づいていないウルキがラクトの横にしゃがむと、ラクトは今にも泣きそうなくらい恥ずかしさに身悶えしていた。


「――――っ…だから出てきたくなかったんだ…!!」


どうやら着替えさせられなんとか逃げたものの、女物、しかも国が違うためか、脱ぎ方が分からない服だったらしく、脱ぎ終わる前にこんな騒ぎになってしまったのだった。


「ひひひっ、に、似合ってるって言われてよかったじゃないか!!これから身を隠す時、女装もアリだな!!」


ニヤニヤと涙を浮かべて笑うシャーロットに、ラクトはキッと苦い顔で睨んだ。


「―――――と、とにかく早く脱がせてくださいよ―――――!!」



ラクトの必死の訴えに、シャーロットたちはしょうがなく部屋から出され、ウルキを手伝っていた女性だけ残り、ラクトの着替えを手伝った。廊下に残された女たちはまだラクトの女装姿が頭から離れない様子で、さっきまで怒られていた使用人たちをシャーロットはよくやったと誉めていた。ようやく女装から開放されたラクトは、ぐったりとした表情で部屋から出てきた。ピンクから一転、青い布の羽織に白いシャツ、薄い黄色布を腰に巻き、紺色のズボンを穿いて、今度はちゃんと男の子らしい格好だ。


「似合ってたのにな?」


意地悪そうに笑うシャーロットに、ラクトはムスッとした顔をしたが、もう反論する元気はないらしく、手伝ってくれた女性にお礼を言った。


「ありがとうございました、エレーヌさん…。」


「いいえ、こちらこそ本当に申し訳ありませんでした。彼女たちにはキツーイお仕置きをしておきます。」


そういってエレーヌは二人の使用人たちを睨む。ビクッと震える様子に、エレーヌがどれだけ厳しいのかがよく分かり、ついついラクトも悪いような気分になった。


「ほ…ほどほどで。」


すると、苦笑いするラクトのそばに、ウルキがタタッと寄ってきた。似合ってる発言のせいで、ラクトは思わず恥ずかしさで顔を赤く染めた。じっとラクトの服を見たあと、ウルキはにっこりと笑顔を向ける。


「うん、やっぱり男の子だね。こっちの方が似合ってる。」


大して褒められたわけではないのだが、ラクトは単純にもその言葉でうれしい気分になる。つられたようにへへっと笑うラクトを見て、シャーロットはため息をつく。


「まったく…お前らは。」








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