。シャーロット-1-
ガキイィィンッ。
「―――――っだ!?」
「どうした、もう終わりか?情けないぞラクト!!」
シャーロットはラクトの前に立ちはだかり、ジッと睨みをきかせている。倒れて横になっているラクト、その身体にはいくつもの打撲傷が見える。痛々しい身体に力を入れ、ラクトはキッとシャーロットに強い視線を送った。
「ま、まだやります!!お願いします!!」
「なら立て!!すぐだ!!闘いで待ってくれる相手なんていないぞ!?」
シャーロットは持っている棒状の物をラクトの前に突き出す。動じることなく、ラクトは片膝をついて立ち上がった。
「はい!!」
二人は再び向き合い、シャーロットとラクトは修行を始める。シャーロットが攻撃し、それをラクトがかわして反撃を狙う。しかし素早いシャーロットの動きに、なかなかチャンスを掴めずにいるラクト。そしてシャーロットに肩をバシッと叩かれ、その痛みでふらつき、膝をついてしまった。
「ま、だまだ!!」
ラクトはめげることなくシャーロットに向かっていく。ラクトの根性にシャーロットは思わずニヤリと笑った。
「かかってこい!!」
そんなシャーロットが持っている物、それは…。
「まったく毎日毎日よくやるよ。…しかもモップとブラシで。」
そう、ラクトが持っていた物はモップ、そしてシャーロットがラクトに向けたのはデッキブラシだった。二人は船の甲板の上で清掃用具を振り回し、闘い方の特訓をしていたのだ。
それを少し離れたところで乗組員の男たちが自分の仕事をしながら見ている。ジィンの船には二十人ほどが働いていて、ラクトたちはサイジルに着くまで乗組員として生活していた。船乗りたちと同じような格好をして時々働いたりもするが、それは怪しまれないようにするための見せかけの姿。ジィンは船乗りたちに自分の知り合いの子供だと嘘をつき、手伝いをしながらタダで乗せているのだと説明した。その為、船内を自由に行動することが許されていたし、深く疑われることもなく過ごせていた。そんな船旅でラクトとシャーロットは毎日稽古を行っていたのである。
「ルキヤ、お前は加わらなくていいのか?」
船内に入る扉の脇にいた男が隣にいる少年に話しかけた。バンダナを頭に巻いている少年はにっこりと微笑み頷いた。
「うん。僕は闘うの苦手だから。」
その笑顔はなぜか男たちをホワンッと優しい気持ちにさせる。
「まったくー、男ならもうちょい体力つけなきゃだめだぜ?ま、そのかわいい顔でムキムキになられても困るけどな。」
その言葉で男たちはどっと笑い声を上げた。少年もクスクスと笑みをこぼし、再びラクトたちに視線を戻す。
このルキヤという少年、実はウルキが男装した姿だ。目立つ格好を避けて怪しまれないように、白い半袖にベスト、ふわっとした膝下のズボンに、腰には長い布を巻いている。白っぽい髪色をバンダナで隠し、名前もルキヤと名乗ることで、乗組員たちにも気づかれることなく打ち解けていた。シャーロットも同様で、噂を知っていて気づく人間がいるかもしれない為に、オレンジの髪を纏めて布を巻いて隠していた。ただし、ラクトだけは変わらない。変わったとすれば服装くらいで、いつもよりラフであることだ。
「ふいー…。」
「お疲れ、ラクト。」
稽古が終わってラクトがウルキの元にやって来た。今日も痛々しいアザが所々にできている。ウルキは持っていたタオルを渡してにっこり笑顔を見せた。
「あ、ありがとうウ…ルキヤ。はは。」
慣れない呼び方についつい戸惑いながら、ラクトはタオルを受け取って苦笑いした。
「お前ら仲いいよなー、さすが従兄弟。似てねえけど。」
積み荷を運ぶ若い男が通りすがりに話しかけられ、二人は顔を見合わせて笑った。ラクトとウルキもといルキヤは従兄弟、そしてシャーロットはルキヤの姉という設定で船に乗っていた。
「姉さんタオルっす!!」
「お疲れっす!!今日もかっこよかったっす!!」
そしてこの数日でどうやらシャーロットにはファンができたらしい。彼女の強さに惹かれてか、乗組員の数人がシャーロットに対して尊敬の眼差しを送っていた。
「わー…はは。すごいな、やっぱりシャーロットさんは。」
ラクトは男たちがシャーロットを取り囲んでいるのを見て、呆気にとられていた。
「ほんと、姉弟だとは思えねえわ…。なんであの人あんなに強いんだ?」
先ほどの男に訊ねられ、ラクトは設定を思い出しながら説明する。
「えと…、ルキヤは昔体が弱くて、世界中を旅して薬を見つけてきたんです。シェリルさん、一人で。」
「なるほどな。弟のために強くなったってわけか…くー!泣かせるぜ!!俺も姉さんって呼ぼうかな。」
あははと笑いながら、ラクトとウルキはシャーロットの方へ向かう男を見送った。
ウルキはルキヤ、シャーロットはシェリルと偽名を使っていたが、ラクトだけはそのまま本名のままだった。三人が船で潜伏している間に決めたのだが、ジィンに説明する前に彼が船員に三人を紹介し始め、ラクトの名前が出たところで止めさせたからだ。
「飯だぞー!! 」
カンカンッと鍋を叩く合図で甲板にいた皆はワッと歓声を上げる。食堂へ向かう男たちにまじり、三人も続いて船内に入った。三人が航海を始めて一週間が経つ。途中に二つほど港に停泊したが、船内から出ることはせず、順調に航路を進めていた。
そしてついに、サイジルという国に到着する日がやって来た。
「姉さん、いっちまうんですか!?寂しいっす!!」
すっかり慕われてしまったシャーロットはファンの男たちに囲まれていた。シャーロット自身は鬱陶しそうに表情を歪めている。
「うるっさいわ!!私は清々するっつーの!! 」
そんなシャーロットを見ながら、ラクトたちはジィンにお礼を言いに船長室に向かった。
「本当にお世話になりました。ジィンさんには感謝するばかりです。ありがとうございました!!」
「ふはは!!いいってことよ、俺も楽しかったぜ。シャー…おっと、シェリルにはこんなもんじゃ足りねえ恩ができたからな。それにやっぱり船旅には華がねえと!!ま、トゲがめちゃくちゃありそうだが?」
ジィンの冗談に思わず二人も笑ってしまった。
「これからトルマディナに向かうんだってな?あんましいい噂は聞かねえが、あいつが一緒だってんだから心配は要らねえわな。」
「はい。それに私達は彼女についていくと決めてますから。」
「そうか…。今まで何度も疑問に思ったが、お前らみたいなガキが旅をする理由っつーのは…いや、ここまできて聞くような話でもねえな。俺はそんな野暮な男じゃねえ。ただ、これだけは言っとくぜ。この船を降りたとしても、お前らはずっと俺たちの仲間だ。困ったことがありゃあ、いつでも力になるからな!!」
ニカッと笑うジィンのしわくちゃな笑顔に、ラクトとウルキは改めて感謝の気持ちが溢れてくる。深々と頭を下げて、二人も精一杯の笑顔を見せた。
「達者でなー!!また会おうぜー!!」
「姉さーん!!今度は俺も鍛えてくださいねー!!」
「ルキヤーまたなー!!あ、ラクトも!!」
付け足すような言い方をされ、ラクトは思わず転けそうになり、それを見て見送りのため甲板にいた男たちは次々に笑う。船員たちに見送られながら、ラクトたちは町に向かって歩き始める。
「皆さんもお元気でー!!」
サイジルの最大の港町、ガラディナ。赤い屋根の背高のっぽで横に長い建物が列なり、傾斜上に並んで綺麗な景観を作っている。坂道の先を見上げると、ずっと高いところに立派な城らしき建物がある。時刻はまだ朝の七時だが、町は漁師や市場の人間の笑い声が聞こえていた。船から降りたラクトとウルキは、久しぶりの町の雰囲気に思わずわくわくしていた。
「はあー!なんだか久しぶりの空気って感じがするよ。わ、いろんなものが売ってるよ?」
「本当ねー。ずっと船の中だったから、ちょっと新鮮な気分だわ。…それに、やっぱり国が違うからかしら?建物とか町の景色が違うのが不思議ねー。」
キョロキョロとはしゃぐ二人をシャーロットが軽く一喝する。
「おいお前ら!遊びに来たわけじゃないんだからな!!」
どうやら船の男たちからようやく解放されて安心したのか、シャーロット自身も怒る中にも笑みがこぼれている。それに気づいてラクトたちはバレないように顔を見合わせ小さく笑った。
「はあーい、分かりました。姉さん?」
「おい、ウルキ…。もうその設定は―――――…。いや、いるか?」
もうバルハミュート、ラクトたちのいた国から離れ、船から降りた三人に嘘の設定は必要ないはずだった。しかしシャーロットは何故か設定をそのままにするか悩んでいる。このサイジルという国こそが、シャーロットの出身国だというのにも関わらず。
「?どういうことですか?シャーロットさん…。」
疑問に思ったラクトが質問したそのときだった。シャーロットは突然ラクトの口を塞ぎにかかり、その素早い行動に思わず身体を反らしてラクトがシャーロットの手から逃れ、驚いて思わず声を上げる。
「ぅっわ!?な、んですか、シャーロットさ――――――――!?」
「っバカ!!」
シャーロットは次の動きでようやくラクトの口を押さえた、がすでに遅く、しかも最後にウルキが止め刺す。
「何するの、シャーロット!」
瞬間、シャーロットの口元が微かに歪んだ。その理由はすぐにわかった。
「シャーロット?」
「シャーロットだって!?」
三人のことを気にも止めなかった町人が、口々にシャーロットの名前を発しながら振り向き始め、じっと三人のことを見つめている。
「…へ?なになに?」
ウルキは状況が読めずにシャーロットの近くに寄り、口を塞がれたままのラクトは更に訳が分からなかった。すると、みるみるうちに三人は町の人間に囲まれ、身動きが取れなくなってしまった。
「シャーロット!なんだ、戻って来たのか!!」
「あれがシャーロット!?思っていたよりずっと女らしい人なのね!」
どうやらシャーロットの姿を知っている人間と知らない人間がいるようだ。だがそれに関わらず、シャーロットのことを慕って集まっているように思えて、ラクトとウルキはやっとある結論に到達した。
「…もしかして…魔物を倒したサイジルの港って、ここなの?」
ウルキの発言にシャーロットもようやく諦めがついたらしい。ラクトの口から手を離し、ため息を一つ吐き出すと、集まった町人に対してしゃべり始めた。
「…訳あってあまり騒ぎにしたくないんだ 。皆いつも通り、普通にしててくれないか?」
「うおおー!!やっぱりシャーロットかぁ!!」
「わかったわ、いつも通りね!!ほらほら皆、シャーロットたっての願いよ、
いう通りにしましょう!!」
素直にシャーロットの言葉を受け入れているものの、町人のざわめきは大きくテンションが高かった。シャーロットの口元が更に歪んでいたのを見て、内心ラクトとウルキはひやひやしたが、しばらくすると集まっていた人々はシャーロットに軽く挨拶など言葉をかけながら三人から離れていった。
「…やっぱりこうなったか。」
やっと解放されたシャーロットがぼそりと呟く。
「あ…はは。どこいっても人気者ですね?」
離れたところからもまだ視線を送っている町人を見て、ラクトが苦笑いしながら言うと、シャーロットはでっかいため息を吐いてジロリとラクトを睨んだ。
「…ラクト、笑い事じゃない。黙れ。」
黒いオーラを放つシャーロットの静かなる怒りに、ラクトは思わず身震いして黙って何度も頷いた。
「…あのー、貴女がシャーロットさんですか?」
聞き慣れない声が後ろから聞こえ、シャーロットは怒りの形相のまま振り返ると、そこに立っていた人物はヒイッと声を上げる。見ると、その人物は立派な兵士の格好をした男性だった。




