.特訓の成果-1-
「…うむ、これで私が教えることはもうない。この短期間でよく頑張ったな、リコ。」
リコがミネルヴァに特訓を依頼して五日が過ぎた。初めは魔力を感じることすらままならなかったリコだが、今では自分の中にある魔力を感じることも引き出すこともできるようになっていた。魔力の特性や扱いも一通り試し、自分なりの力の使い方を見出だすことで晴れてミネルヴァからお墨付きを貰った。
「ミネルヴァさんのおかげです…!ありがとうございました!!」
ギュッとミネルヴァに抱きつくリコ。ミネルヴァは優しく微笑みながらぐりぐりと頭を撫でた。
「いいか?これからも修行を怠るなよ?お前の魔力は色々な可能性がある、が、そのぶん危険な部分もたくさんあるんだ。お前はこれからもずっとこの魔力と付き合っていかなければならない。だからこそ、自分と向き合い、自分で決めた道を、自分の力で掴みとるんだ。…お前なら出来る!」
目と目を合わせ、リコは涙を堪えながら大きく頷いて最後にまた抱きついた。その様子をラキとロンが近くで見守っている。ミネルヴァから離れ、リコは二人の元へ向かった。
「ロン、妹を守ってやれよ。ラキ、お前も…また来い!いつでも歓迎するからな!!」
「はい!」
「ミネルヴァも元気で!」
ミネルヴァに別れを言いながら、三人は神殿をあとにした。ミネルヴァは姿が見えなくなるまで見送ったあと、久しぶりの空を見上げて微笑んだ。
「…行ったぞ?見守ってやれよ…。」
そう呟くと、再び神殿の奥に消えていった。
神殿から村に戻り、今度は村人たちに挨拶する。
「はい、お弁当を作っておきました。途中で食べてください。」
「わあ!ありがとうございます!!」
ニルーニャから葉っぱでくるんだ包みを受け取り、リコは笑顔でお礼を言った。
「また来てよロン兄!絶対だからね!!」
「おう!お前もちゃんと皆を守れるよう強くなるんだぞ!!」
デンの頭をわしわしっと撫でながらロンも笑っている。
「またいつでも来いよ!会ったことないが師匠さんによろしくな。」
「はい、ありがとうございますカイドさん。」
ラキも村長との挨拶を済ませ、三人は結界の出口までマシューに見送られることになった。村から山を下り約一時間、マシューは足を止めて三人に振り返る。
「…では、僕はここまでです。皆さん、お気をつけて。」
「お世話になりましたマシューさん。」
三人はマシューにそれぞれにお礼の言葉を口にした。マシューはにっこりと微笑んでいる。少しだけその笑顔がミネルヴァの面影を覗かせていた。
「ラキさん…ミネルヴァが言っていましたが、リコさんはまだ発展途上です。そして魔力の特性が珍しく、見つかれば狙われる確率は高いだろう、と。なるべく能力の効果は他言しないよう気をつけてください。」
「…わかりました。」
小さく耳打ちするマシューと顔を見合せ頷き、ラキたちは結界の外へ一歩を踏み出す。
「ありがとうございました!!必ずまたお礼に来ます。それまでお元気で!!」
手を振るマシューの姿を確認し、三人は結界から出て歩き始めた。
数日間過ごした村から出て、ここからまた三人の旅が始まる。透き通る青空の下で、彼らは山を下っていく。
「あ、そういえば…さっきの結界は外からもマシューさんの姿が見えてたね?さすがに普通の人が通る道には、中を見えなくしちゃダメだもんね。」
歩き始めて数分経ったころ、リコが思い出したように言った。
「うん、この道は港まで繋がっているからね。まあ、村の存在が知られるようになってからも、わざわざ山を登る人は少ないんだけどね。さっきの場所の結界は、視覚的には変化はないんだけど、通った人の人数なんかはわかるようになっているんだ。」
「へえー、やっぱりミネルヴァさんすげえな。」
草の生えていない土の道を下りながら、三人は港へと歩みを進めた。
「リコ、疲れは大丈夫?」
「うん!魔力も安定してるし、まだまだ全然歩けるよ!!」
「もう村を出たんだから、魔力とかポロッと言っちゃダメだよ。」
「あわわわわわっ…ごめんなさい。」
両手で口元を押さえるリコ、その姿を笑いながらラキはロンに視線を移した。
「ロンも結構傷ができちゃったね?痛む?」
ロンの顔や腕には切り傷やアザがちょこちょこ見える。頬の瘡蓋をポリポリ掻きながら、ロンは苦笑いした。
「大分痛みはなくなったけどよ、まさかここまでされるとは思わなかったわ。マシューさん案外こえぇのな。」
リコがミネルヴァに魔力の指導を受けていたとき、ロンはマシューとラキに魔力の入った武器の使い方や戦い方を仕込まれていたのだった。
「そりゃあ次期村長だし、真面目で責任感強いからね。見た目はおっとりしてそうでなかなか手強いと思うよ。」
クスクス笑うラキに、ロンはムッと唇を突き出す。
「笑うなよ。こっちは最初から自分の武器をたった数回で俺より使えるのを見せられてビビってたのに、すぐに特性の勉強や効果的な使い方とか叩きこまれて、そのあとはひたすら体に染み込むまで特訓特訓…。」
思い出しながらロンの口元が引きつる。
「そして武器を使わない戦い方を僕がさらに教えて、だったもんね。」
「だあー!!お前ももうちょい手加減とかしろよ!!いや、されても嫌だけどよ!?」
「だから手加減しないで付き合ってあげたじゃないか。」
ロンの性格上、本気には本気で応えた方がいいとわかっていたので、ラキは一切手加減しなかった。そのためロンは、マシューには精神的に、ラキには肉体的に鍛えられたのだった。
「言っておくけどまだ僕は優しい方だと思うよ?師匠は…うん、何倍…何十倍恐いから。」
ラキも自分の昔の特訓を思い出し、表情を引きつらせた。基本無表情の多いラキが恐いと口にする相手、どんなに恐いのかとロンとリコは不安を覚える。しかも今からその人物に会いにいくのだ。会う前から緊張が二人に纏わりつく。
「つーか海に飛び込んで一人で魔物を倒しちまう女剣士って…すげえにも程があるだろ…。」
ラキの昔話を聞いていてもその強さは十分伝わる。
「ま、昔からすごい人なんだよ。今はそれだけ覚えておいてくれれば…会えばわかるし。さて、港まで急ごうか。」
そう言ってラキたちはペースを上げて山を下りていく。二時間ほど歩いた頃、よいやく港がはっきりと姿を現した。




