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。初めての航海-5-






それからいくらかの時間もかからないうちに、緑色に染まった海からシャーロットが姿を現した。



「――――っぷはあ!はーああ。」


小さな無人島に停まった船では、ラクトとウルキ、そしてジィンが目を疑ったような表情でシャーロットを見ていた。ゆっくりと島に近づき、浜から上がってきたシャーロットは、その様子を見てケラケラ笑う。


「ふっはははは!なんだ?お前ら、まるで化け物でも見ているような顔だな?ん?」


からかうように喋るシャーロット。ラクトは唾を飲み込みながら訊ねてみる。


「…シャーロットさん…ドゥーブは?」


「ああ…とりあえず仕留めといたよ。今は血だけ浮かんでいるが、じきに身体も出てくるだろ。」


何事もなかったように服や髪から海水を絞り出す。ビチャビチャと音を立てて落ちる滴は、砂の色を変えて大地に染み込んでいく。三人は何も喋ることが出来ず、ただ見ているだけだった。


近くにあった川で軽く塩を流して、ラクトから鞘を受け取り剣をしまうシャーロット。するとしばらくして力尽きたドゥーブが海面に上がってきた。


「…しかし、あんた本当にすげえな…。いや、魔物退治を頼んだのはおれなんだけどよ。」


ドゥーブの亡骸を眺めながら、ジィンはまだ信じられないといった表情をしていた。ぽたぽたと滴が垂れる髪を揺らしながら、シャーロットはドゥーブを見て言う。


「こいつは元々深海にいる魔物なんだ。潮に流されたか何かしてここまでやってきたんだろうな。見た目はゴツイが動きはそう速くない。それに暗い所に棲んでいるはずのやつだから、明るくなり始めた朝は余計動きが鈍いんだ。」


「いや、それにしたってよう…―――――ずいぶん詳しいな?」


客船の商売だが海に詳しいジィンも、この魔物は初めて見た。だからより詳しいシャーロットの知識に驚愕している。


「ああ…私はこいつを見るのも倒すのも二度目だからな。あんたらが言っていた噂、サイジルの港でやったやつもこいつなんだよ。偶然にも、な。」


ニヤリと笑うシャーロットを見て、ウルキは納得した。


「だからあんなにすんなり退治する話を受け入れたのね?」


「ま、そういうことだ。さて、だいぶ明るくなってきたし戻るぞ!」


シャーロットは剣を片手に持ち、小舟に向かって歩き始める。続いてジィン、ウルキが歩を進めるが、動かないラクトに気づいてウルキが振り返った。


「――――ラクト?行かないの?」


ラクトは曇った表情をしていたが、作った笑顔をして見せて、大丈夫と言いながら後に続いた。



砂の上を歩く足が重い。初めて歩く砂浜に感動する間もなく、ラクトは暗い顔で足元を見つめていた。ちらりと前を歩くシャーロットに視線を向けて、ラクトは唇を噛み締める。


(―――――…何も出来なかった…信じて待つことしか…。解ってたことだけど、俺…弱い――――。)



「ラクト!早く来い!!」


船に乗ったシャーロットが呼んでいる。ラクトは重い足に力を入れて、情けなさと悔しさを込めて砂を思い切り砂を蹴った。船に乗り込むときに、シャーロットが手を貸してくれたので、ラクトは一瞬戸惑ったが苦笑いしながら自分の手を差し出した。引き上げたあと、シャーロットはラクトの気持ちを汲み取ったのか、耳元で小さく囁く。


「焦るなよ。」


ドキッと心臓が跳ねたが、ラクトはバレバレな自分のことが恥ずかしくなり、下を向いたまま頷いて船内に入る。先にいたウルキが心配そうに表情を伺おうとしたが、また作り笑いを浮かべながらラクトは奥に移動した。


ジィンが魔力を使う動力にスイッチを入れ、船はゆっくりとドゥーブの横を通りすぎ、無人島から離れていく。少しだけラクトは船内から顔を出して外を眺める。間近で見たドゥーブは、いくら倒したことがあるといっても簡単に倒せるような大きさでもない。むしろ近くで見た方が恐ろしさが増して、光のない目ですら迫力があった。


(―――――…。)


また船内の奥に移り、ラクトはウルキ、シャーロットと共に身を潜めた。規制されているため他の船と出会う確率は低いが、トカの港に戻りジィンの船に隠れるまで油断は出来ない。三人が魔物退治に関わったことも、船に身を隠すことも誰にも知られてはならないため、三人は船に揺られながら黙ったままだった。ジィンだけは船の上で舵をとりながら鼻歌を歌っていたが。


スピードは出ているものの、行きより揺れは少なく、ラクトは船酔いしなかった。ただじっとしているだけなので、ウルキは腕の中に顔を伏せて眠ってしまったらしい。シャーロットは海水でベタベタすると文句を言ったあと、目を閉じて動かなくなった。ラクトはずっと俯いたまま、シャーロットを見て先ほどの出来事を思い出していた。


いきなり海に飛び込み、巨大な魔物を仕止め笑っているシャーロット。その姿を目にしたときに、ラクトは驚愕し、そして恐怖を感じた。魔物に、と言いたいが、シャーロットの笑みを見た瞬間にラクトの背にビリビリとした悪寒が走ったのだ。あれだけ信頼していたシャーロットに、まさかここまで恐怖を覚えるなど考えてもみなかった。しかし、鋭い眼差しで魔物を見て笑みを浮かべ、大剣を突き刺し魔物を殺すその姿は、まさに――――――…。




(――――そういえば…。)


ふとラクトは今更ながら思う。


(俺…シャーロットさんのこと、何にも知らないんだ…。)



出会って僅か一週間と数日、長いように感じていたが実際はそんなに時間は経っていない。だがとても濃い時間だったため、実感はあまりなかった。勇者に選ばれ、シャーロットと出会い、村を出て、ウルキに会って、三人で旅を始めて…。


ウルキの事情はだいたい知っている。ラクト自身の話もほとんど話した。だが、シャーロットのことだけは、剣士であること、物凄く強いこと、あとは…何も知らなかった。目の前で休むシャーロットを見ながら、ラクトはゆっくり目を閉じる。


(…今度、ちゃんと聞いてみよう…。答えてくれるかはわからないけど、まだまだ旅をするのに、こんなもやもやした気持ちでいるのは…シャーロットさんにもウルキにも悪いし、それに―――――…俺は自分の弱点を克服して、強くならないといけないんだ…仲間を信頼しないで、強くなる意味なんてない…!)


口の中で唇を噛みながら、ラクトはぐるぐる思考を巡らせ続けていたが、緊張が解けた為だろうか…いつの間に深い眠りについていた。









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