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。初めての航海-4-






朝、まだ夜も明けきらないころ、シャーロットが二人を起こして荷物を持たせた。眠気を帯びた目をこすりながら階段を降りると、自宅の裏口からダミルが手招きしていた。


「ジィンさんが港で待っています。灯台の近くに小型船がありますから、そこに向かってください。」


「ありがとうございます。」


シャーロットが先に外に顔を出して様子を窺う。その間、ラクトは気になっていたことを小声で聞いてみた。


「ダミルさん…その、ここまでしていただいて言うのもなんですが、どうしてこんなによくしてくれるんですか?シャーロットさんがいるから…だけですか?」


ダミルはきょとんとした顔をしたあと、クスッと微笑みラクトの頭をくしゃくしゃ撫でた。


「君は本当に気遣い屋さんだね。…確かに、昨日今日会った君たちに魔物退治を頼むことも、こうして泊めたりしたのも、普通ならあまりしないだろうね。何が理由かは知らないけれど、君たちが身を隠したいって話を聞いて、どうしようか正直迷ったんだ。…しかし、言われたんだよ。シャーロットさんに。」


「?」


「『私のことはどう噂を流してもかまわないが、ラクトやウルキは関係ない。今、あいつらは一人で生きていける術を必死でもがいて見つけようとしているだけなんだ。だがあの幼さで既に苦痛を味わってきた。だからせめて、その強さを手に入れる道を見つけるまで、色々な経験をさせてやりたいんだ』ってね…。だから理由は聞かず、今回は協力だけで見逃してくれとも言われた。」


「――――――…シャーロットさん…。」


ラクトとウルキはシャーロットを見た。シャーロット本人は聞いていないふりで外の様子をまだ探っている。


「あのシャーロットさんにここまで言わせるなんてね。見たところ血の繋がりはなさそうだけど…それでも君たちには強い絆を感じた。だから僕らもそれに応えようと思った、それだけだよ。だって、魔物退治を頼んだのはこっちだからね。大丈夫、約束は守るよ。」


にこっと笑うダミル。ラクトはぐっと胸が締め付けられる思いがした。ダミルもポーラも、素性のしれない自分たちにこんなに協力してくれている。それは泣きたくなるほど嬉しくて、同時に村にいたころを思い出させる。もう戻れない故郷、今はもうどうなっているかはわからないかつての仲間 。しかし、ラクトは自分の意志で村に帰らないと決めた。そしてウルキとシャーロットと共に旅をしてここにいる。自分が出来ること、強くなることをずっと考えていたが、まさかこうして頼られることになるとは思っていなかった。


実際はシャーロットが引き受けたことだが、自分たちを信じてくれる人がいることがこんなにも心強いとは…。そしてそんな自分を想ってくれる仲間の存在が、ラクトの心を奮い起たせる。


「…また必ずここに来ますから、そのときは、ダミルさんの酒場でおもいっきり飲ませてください!」


ラクトが笑顔でそう言うと、ダミルは嬉しそうに笑う。そして漸くシャーロットからの出発の合図が出た。


「ああ、楽しみにしてるよ!さ、行きなさい。」


「ありがとうございます、ポーラさんにもよろしく言っておいてください。」


走り出すシャーロットとラクトの後ろからウルキが言った。ダミルが頷くのを確認したあと、急いで二人を追いかけていく。三人がいなくなって、ダミルはゆっくりと扉を閉めた。静かな時間が港を包む。







灯台を目指して、三人は音を立てないように注意しながら走る。いつもの港ならすでに漁に出る人々がいるのだろうが、規制されて漁に出れない今、人影もなく港はガランとしていた。響くのは潮騒や、船が軋む音くらいで、ラクトたちは誰にも気づかれることなくダミルの言っていた小さな船までたどり着いた。


「…ジィン、いるか?」


「おう、来たなお前ら。」


シャーロットの呼び掛けにジィンはゆっくり船から顔を覗かせた。人がいないことを確認し、三人を船に乗せて船内に入れる。四人入ってギリギリの広さの船内で、身を小さくする。


「んじゃ、出発するぜ。この船はかなりの年代物だが、まだまだ現役だ。せいぜい一時間程度で魔物のいるポイントまでいけるさ。」


「なあ、原動力はなんだ?魔力だったら後からバレることはないのか?」


シャーロットの質問にジィンはウインクする。


「だから最初は風を読むんだよ。おれを信じな!」


そう言ってジィンは船の帆を張った。するとちょうど沖に向かう風が吹き、船はゆっくりと動き出す。港にくくりつけていたロープをほどき、四人を乗せて船は出港した。






「…っぷ…ぅえー…。」


「…ラクト、大丈夫?」


出港してからおよそ二十分。港はすでに遠くになり、ジィンは帆を畳んで魔力で動くよう操作していた

この日の波は穏やかとはいえず、少し高い。波打つ中を進む小舟は上下に揺れ、ラクトは初めて船酔いしてしまった。胸がもかもかして吐き気がする。しかし吐きたくても吐けず、頭まで痛くなってきた。ウルキが心配そうに背中を擦っている。


「中で横になっててもいいんだぜ?まあこの波じゃゆっくり休めたもんでもないとは思うがな。」


舵を取りながらジィンはラクトを見た。顔色は青く、すでに動けないような状態にため息をつく。シャーロットは気にも留めずジッと海を見ていた。


「このボロ船、ちゃんと高い波にも耐えられるんだろうな?」


「言ったろ?現役だって。確かに見た目はアレだがこれぐれえの波は大丈夫だよ。それにこの船なら見つかっても、古い船が勝手に海に流されたってことに出来るだろ?大変だったんだぜ、昨日の夕方から探してやっと見つけたんだ。これ以上はねえ!」


フンッと鼻息を荒くするジィン。ハイハイとシャーロットは軽く受け流して会話は終わった。




それからさらに十数分経ったころ、ラクトは船から身を乗り出すように顔を出していた。まさか初めて乗った船で、船酔いで動けなくなるとは思っていなかった。潮の匂いが今は辛い。これほどまで気持ち悪いとは…。


そしてふと思う、シャーロットは毎日酒を飲んで吐いているが、こんな思いをしてまで飲む理由はなんなのだろうか?それほど酒はうまいということなのだろうか?



「―――――ぷっ…!」


込み上げるものを吐き出す為に口を開いたときだった。



ザッと船の下を何かが通った影が見えた。


「―――――ットさっ…!」


身体を起こしてシャーロットの方に視線を向けると、すでに彼女は立ち上がり海を睨んでいた。


「…なんか来たな!」


ウルキとジィンも海中に目を凝らす。船のスピードを弱めようとした、そのときシャーロットが叫ぶ。


「走れ!スピード上げろ!!」


慌ててジィンが動力を上げた。次の瞬間、水しぶきを上げながら水中から茶色い物体がザバッと音を立てて船を襲おうとした。間一髪のところで船はそれを回避し、シャーロットは後方へ走る。


「ジィン、船は止めるな!!そのままどこか島に向かえ!!無人島だとかなりありがたいんだがな!?」


「おっしゃあ、まかしとけ!!ちょうどいい島がある、おいお前ら、しっかり掴まっとけ―――――!!」


ジィンが大声を上げてすぐ、船は方向を変えてものすごいスピードで海を駆け抜ける。ウルキはラクトを中央へ引っ張り、船内に入る入り口近くの取っ手に手をかけた。その上からラクトがウルキを庇うように身体を固定して、跳ねる船の振動に必死で耐える。


「シャーロットさんっは…!?」


予定より早く現れた魔物。まだ全体の姿は見えないが、船酔いを忘れてしまうほどの事態に、ラクトは船の後方へ視線を向けて叫ぶ。が、シャーロットは左手で船の一部を掴んだだけで、ジッと海だけに集中している。すると、シャーロットは唐突に大剣を抜き、何の躊躇いもなく海の中に飛び込んでいった。



「―――――なっ!?」


ラクトは目を疑った。シャーロットがいたはずの場所には、縁にくくりつけられた鞘だけが揺れている。


「おいどうしたあ――――!?」


舵を握るジィンは気づいていないようだ。しかし船はどんどんスピードを上げてシャーロットの消えた場所から離れていく。


「何でもないわ!!行って!!」


「ウルキ!?」


ラクトは驚きの表情で目の前にいるウルキを見た。だがウルキもしっかりした眼差しをラクトに向けている。


「大丈夫よ、信じましょう!?今の私たちに出来ることは、シャーロットを信じて島に向かうこと!そうでしょう!?」


強がったセリフを口にするが、その表情は不安の色を隠しきれていない。しかし、ウルキの言葉にラクトも同意した。あのシャーロットが何も考えずに海に飛び込んだとは思えなかったからだ。きっとシャーロットにしか出来ないことで、自分たちは足手まといになる、その考えが一番しっくりくる。


ラクトはウルキからシャーロットの消えた海に再び視線を戻す。――――と、ラクトが視線を向けた瞬間、とんでもない光景が飛び込んできた。



ブワシャアアアッ、と勢いよく海中から不気味な茶色い魔物が姿を現し、聞いたこともない奇声を発していたのだ。ぶつぶつと突起物がいくつも並ぶ表面は、黒と茶色の斑模様で、黄色く光る小さな目が二つ離れてついている。大きく横に開いた口の中にはびっしりとノコギリのような歯が生えていて、エラは海藻で緑に光を反射している。飛び上がって見えた全体の体長は十メートルを越えていた。


「――――あれが、ドゥーブ…!?」


船からは距離があったが、魔物の大きさや迫力は十分伝わってきた。ザバアアアアンッと波を立てて、ドゥーブはまた海中へと姿を消す。船はその波で上下に大きく揺れて危うく転覆するところだった。ジィンが何か大声で叫んでいたが、ラクトの耳には言葉が入ってこない。



ラクトは確かに見た。



飛び上がったドゥーブの背ビレに大剣を突き立てているシャーロットの姿を。そして緑色に光る、魔物特有の血飛沫を。




そして不気味に思えるくらいの恍惚とした顔で笑っていた、シャーロットの表情を。











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