。初めての航海-1-
「うわああ――――――!!」
よく晴れた青空の下、ラクトたちは遂にトカという港にたどり着いた。小高い丘から見下ろすと、港の向こうに青く一直線を描く水平線が広がっているのが見える。初めて海を見たラクトは思わず感嘆の声を上げた。
「すごい…これが海――――――!!うわ、すごい、一面真っ青だ!!」
はしゃぐラクトの後ろで、ウルキとシャーロットはその姿を面白がっていた。
「ぶわっはっは!はしゃぎ過ぎだろー?なあ、ルキ。」
「ふふふ、いいじゃない楽しそうだし。あんなラクト初めて見たわ。」
ラクトの嫉妬をきっかけに、三人の仲は再び良好なものになった。気兼ねすることなくラクトがはしゃげるのも、二人の前だからという理由が大きい。
「あ、船!?あれが船だよね!!あれに乗るんですか!?」
ラクトは港に停まっていた船を指差す。色とりどり、小さな小型船から大型の船まで、様々な船が停泊している様子にラクトは目を輝かせた。
「ああ、私らが乗るのは…あれくらい大型のやつだな。二番目に大きいやつか。このトカという港はバルハミュートの中で最南端の港なんだ。ここからサイジルって国まで行って、船を乗り換えトルマディナに向かう。」
「あれに乗れるのかー!!…あれ?国を出るんですか?でも俺とウルキは…。」
二人は身分証となるカードを持っていない。それどころか国を出たこともなく、ウルキにいたっては魔人だということを隠さなければならない。カードを作るために港に来たが、先に国を出ることになるとは思ってもみないことだった。
「サイジル…って、結構遠い国じゃなかったかしら?」
ウルキが質問するとシャーロットは頷く。
「船に乗って一週間くらいかかる。さらにサイジルまで二回他の港に停泊するんだ。ま、乗ってしまえばなんてことないさ。いいからついてこい!」
ニヤリと笑みを浮かべ、シャーロットは丘を下り始めた。ラクトとウルキも急いで後を追うが、不安がないとは決して言えなかった。しかしシャーロットの言葉が今まで二人に与えたものは多く、特に反対を唱えることはしない。下り終えた先に、トカの港がすぐそこにあった。
「――――――はぁ!?許可がいる!?いつからだよ!?」
シャーロットは大声で門番を怒鳴り付けた。声の大きさに門番の青年は顔を真っ青にしながらヘコヘコと頭を下げた。
「ええーと…すみません、つい一週間程前からです…!とはいっても船を乗る人限定なんですけど…なんでも今、巨大な魔物がこの海域に住み着いちゃったらしくて、安全性のため大きな船で対魔物用の砲弾を積んだものしか動いてなくて…人数が限られてるんです。」
「…だとしても何で許可がいるんだよ!?船乗りだってカード無しは多いだろうが、そいつらはどうなんだよ!?」
すごい剣幕で捲し立てるシャーロットに、青年はさらにビクついている。
「やっ、あの、船乗りは特別に許可するってお達しがあって―――――!お、俺が決めてるわけじゃないんです…!」
「お達し…なんだよ、国のお偉いさんが関わってるってことか――――!くそっ、とりあえず港までいくぞ。いいな!!」
「ふあい!!ごめんなさい!!」
遠くからその様子を見ていたラクトとウルキは門番に同情した。どれだけ怖かったことだろう、と。スタスタと港に向かうシャーロットの少し後から、二人は門番に礼をしながら彼女を追った。
「まずったな。まさか魔物に足止めされるとは…!」
シャーロットはイライラしながら海を睨んだ。見渡す限り船は大小様々にたくさん停泊している。が、動いているのは本当に大きな船だけらしい。船体の横にはいくつもの砲台があり、太陽の光を反射し光っていた。
シャーロットのイライラを余所に、ラクトは港から海を覗き込む。手を伸ばせば届きそうなくらい傍にある水をただジッと眺めているだけだが、楽しそうに笑顔を見せていた。
「どう?近くから見た海は。」
ウルキがラクトの後ろから声を掛ける。
「遠くから見るとあんなに青いのに、近くで見ると透明なんだね。ただの水みたいだ。」
ラクトの答えにウルキはクスクス笑う。
「だって水だもの。ちょっとしょっぱいけどね、ふふ。」
「あ、そうか。はは!へえーしょっぱいってどれくらいかな?」
そのとき海に興味津々なラクトに、一人の大人が近づいてきた。
「なんだ、おめぇさん海初めてか?」
見ると、がっしりとした肩にどっしりとした佇まいの、立派な白髭をたくわえた六十代くらいの男性がラクトに笑顔を向けていた。顔には大きなイボが三つあり、日に焼けている黒い肌、ぽっこりと出たお腹をしているその人は、ラクトの横に立って遠くの島を指差した。
「残念だったなぁ?今、あの島の辺りにでっけえ魔物が出るようになってよう、国の軍隊を呼ぶか呼ばないかの話まで出てくるような大事になっちまった。この辺の連中も小型船で漁にもでれねぇんだ。まったく商売あがったりだぜ。」
ふうとため息をつきながら男は苦い顔をする。
「…おじさんは漁師なんですか?」
ラクトが質問すると、男はニカッと黄色い歯を見せて笑う。
「いいや、おれぁあの船の船長だ。たまたま停泊中に魔物が出やがってよ、ずっと足止めくらってんだよ。ったく、運がねぇ。」
そう言って男が指差したのは、この港で三番目くらいに大きな立派な船だった。
「え!?あの船ですか!?すごく立派ですね!!」
ラクトもウルキもびっくりしながら船に見とれていた。少しボロいところも あるが、どっしりといた姿が男に似ているような気がする。
「こいつで行けないこともないんだが、どっかの王族がある程度の武装をしないとダメだとか、許可がねえと乗れないだとか、わけわかんねえ規制をだしやがったからよぅ?今から武器を買うにしても、金も時間もかかるからよ…だあーっ、くそっ!」
悔しそうに海を睨む男。すると、近くで話を聞いていたシャーロットが男に質問した。
「どっかの王族って、どこの誰かはわかるか?」
声をかけられ男がシャーロットの方へ振り返った。すると、ジーッとシャーロットを上から下まで眺めたあと、目を見開いて大声をあげる。
「…―――――――っあんた…、まさか、トルマディナのシャーロットか…!?」
「え?おじさん、シャーロットさんのこと知ってるんですか?」
ラクトとウルキも男からシャーロットの名前が出てきたことに驚き、一斉にシャーロットに視線を向けた。シャーロット自身は平然とした顔で男を見ている。
「まあ私はシャーロットだが…なんだよ、私を知ってるのか。」
「知ってるも何も――――はははは!!そうか、あんたが!!噂通り胸がでかくて美人だな、わははは!!」
「…どういう噂が流れてんだよ?」
苦々しい表情で男を見るシャーロットに気がつき、ゴホンッと咳払いをして男は笑顔を向けた。
「いやいや、あんたの噂はおれら船乗りの間じゃ有名なんだぜ?二年前トルマディナから出てきた胸のでかい若い女が、サイジルの港に現れたでっけえ魔物をたった一人で退治して、王さまから表彰されたってな。だが褒美は貰わずさっさと旅に出ちまったって聞いていたんだが?」
初めて聞いた話だったが、シャーロットのことに間違いとラクトとウルキは確信した。一人で巨大な魔物を倒してしまう女なんて、他にいないだろう。
「オレンジに近い色の長い髪に、腰につけた長い大剣。一目でわかったぜ。」
珍しいものを見るようにじろじろと見る男を睨むように、シャーロットはため息をつく。
「はあぁ…だから何だっていうんだ?私の質問に答えないならあんたに用はない。おい、ラクト、ウルキ。行くぞ。」
踵を返しこの場を去ろうとするシャーロット。すると男は慌てて引き留めた。
「おおっと!悪かった、悪かったよ!確か王族の話だったな?――――…おれぁこの港の者じゃねえからよくは知らんが、ここを治めてる領主は位の高い貴族なんだが… どうやら今回はどういうわけか王族から直々に命令が下ったらしい。」
「…話が見えないな。もっと詳しく奴を探した方が早そうだ。」
そう言ってシャーロットはまた歩みを進める。
「わーったった!!わかった!!おれが港の奴を紹介してやるから、待ってくれ!!」
男はシャーロットの進む道を塞ぐように前に走って止めた。
「なんなんだよ!何を企んでんだ!?」
しつこい男に怒りを露にしながらシャーロットが睨むと、男はビクッと一歩後ろに下がる。が、どうやら退く気はないようだ。口をモゴモゴと動かしたあと、男はゆっくり口を開いた。
「――――…頼みがあんだよ。あんたの強さを見込んでの頼みだ。…頼む!!この港の魔物も、退治しちゃあくれねぇか!?」
驚いたのはシャーロットではなくラクトたちだった。
「ええ!?ま、魔物退治!?シャーロットさんが…?」
「ど、どうするの?」
二人が心配そうに訊ねると、シャーロットはめんどくさそうな表情で二人に振り返る。
「どうするったって――――――…?」
と、話の途中でシャーロットはしゃべるのを止めて考えこんだ。
「…おい、あんたあの船の船長だって言ってたよな?」
「あ?ああ。」
男が頷くとシャーロットはニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべる。
「魔物がいなくなれば…あんたも船で航海ができるんだよな?それに許可をとる必要もなくなるし、港にとってもいいことずくめなわけだ?」
「は、まあ…そうなるわな。―――――…やってくれるのか?」
恐る恐る男がシャーロットの表情を伺う。機嫌を損ねないように慎重になっている。しかしシャーロットはすでにどうするかを決めているようだった。男の目を見つめてはっきりとした口調で言う。
「私がその魔物を退治したら…あんたの船にタダで乗せてもらう。交換条件だ!どうだ?別にのめないんだったら他を当たるが――――?」
「?シャーロット…?」
「しゃ、シャーロットさん…!?」
無茶苦茶な要求にラクトもウルキも口をあんぐりと開けていた。男は呆気にとられたあと、にんまりと黄色い歯を見せて、満面の笑みを浮かべる。
「よっしゃあ!!そうこなくちゃな!!おれの自慢の船だ、お前たち三人喜んで運ばせてもらうぜ!!」
「よし、取り引き成立だ!」
シャーロットもニヤッと不敵な笑みを見せ、二人はガシッと握手を交わした。その様子をラクトたちは呆然と眺めていたが、お互い顔を見合わせたあと苦笑いした。
「そうと決まれば早速この港の連中にも知らせねぇとな!」
男は鼻息を荒くして興奮しているようだ。だがシャーロットが待ったをかける。
「ちょっと待て、出来れば港にはあまり知られたくない。大事にすると王族から何か言われかねないぞ?いいのか?私の身動きがとれなくなっても。」
それを聞いて男はウッと動きを止めて考えた。
「――――…確かにな…。今回の港に対する処置はあんまりだ。何かおれたちの知らねえところで違う動きがあるかもしれねえな…。よし、それじゃあこの港で一番頼りになるやつを紹介してやるよ、ついてこい!!」




